「離せ、離せってんだよ!」
2人の屈強な兵士が、ソランジュを地面に押しつける。
ソランジュは必死にもがいているが、両腕と頭を抑えられているために動くことができなかった。
「ハハ、相変わらずだ。
こうでなければならない。
狩りをするにも、獲物は生きが良くなくてはつまらないからね」
地面に這わされている状態であるソランジュの頭上から、尊大、かつ、居丈高な雰囲気の言葉がかけられる。
声を聞いた瞬間、ソランジュの全身を虫酸が走りまくった。
この男の言葉は2度と聞きたくなかった。
唯一、自由に動かすことができた首を、男の声が聞こえる方へ向ける。
と、そこにはソランジュが生涯視界に入れたくなかった男がいた。
「良い目だ、48番。
その反抗的な目だからこそ、僕は君の逃亡を許可したのだ。
今しばらく、短い時間になるとは思うが、存分にその目で僕を見ることを許可しよう」
相変わらず、ソランジュにとっては腹が立つ言い回しだった。
が、それによりも気になる事があった。
思わず、ソランジュの口から自然と漏れる。
「え、許可――?」
ソランジュの言葉に、男は淫猥な笑みを浮かべた。
「本気で[逃げられた]と思ったのかな、48番。
それは滑稽にも程があるというものだ。
[逃がして]あげていたのだよ。
この僕、トスカン・ブルゴー・デュクドレーがね。
だってそうだろう?
動かない標的に矢を向けたって、狩りは面白くもなんともないじゃないか。
その点、君は威勢が良かったからね。
褒めてあげるよ」
装飾過多なタブレットと装飾華美なサーコートを羽織った男・トスカン。
彼は自身が発した言葉に酔いしれる。
満足げに、何度も何度も頷いていた。
「え、え……!?」
トスカンの言葉に、もがいていたソランジュの力が抜けていく。
何も持たないソランジュが、たった一つだけ持っていた物。
[自力で脱出できた]という、心の支えが崩れていった為だった。
そんなソランジュが見せた表情は、トスカンの心を非常に満足させるものだった。
「それだよ、48番。
ようやく僕を見る目が変わってきたようだ。
高貴な僕を見るに相応しい目にね。
そろそろ頃合いのようだから、手伝ってあげようじゃないか。
もっともっと、良い目にするためにね。
ああ、気にすることはない。
どんな価値が無い人間でも、指導教育するには上に立つ人間の義務だからね」
トスカンは、腰のベルトに下げていた長い細い棒状のような物を取り出した。
ソランジュは目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。
細い棒状の物、それが[ウィップ(鞭・ムチ)]だったからだ。
「くそ、くそ……!」
ソランジュから悔しさと、恐怖と、色々な感情が込められた声が漏れる。
この段階で、トスカンとソランジュの騒ぎを見守っていた人々からざわめきが大きくなる。
トスカンが[ウィップ(鞭・ムチ)]を取り出したということは、小さな子であるソランジュに振われることがわかっているからだ。
だが、人々には何もできない。
トスカンの身なりは、どう見ても一般人の格好ではない。
高貴な身分、もしくは豪商だろう。
どちらにせよ、権力があるのは間違いない。
そんな存在に逆らうことは、己自身の破滅に繋がるからだ。
「ふむ。
みすぼらしい集落ですが、ここにいる人々は己をわかっているようです。
素晴らしいですよ」
そんな周りの人々の反応に、トスカンは満足だった。
また何度も頷く。
その後、ソランジュを捕り押させている兵士に向かって指示を出す。
「48番が来ている汚らしい服を捨てなさい。
身体に触れる時点で、私の鞭が臭くなるのは避けられませんが、
まあ、この服に触れるよりは若干はマシでしょう」
トスカンの指示に、ソランジュを取り押さえている2人の兵士は黙って頷いた。
「ひゃ、や、止めろ……!」
ソランジュは懸命にもがくが、屈強な4本の腕が身体に向かっていく。
「や、止めろ、
……や、止めて……!」
ソランジュの力ではどうすることもできない。
簡単に、汚れに汚れたベストがはぎ取られてしまった。
「くそ、くそ、くそ……!」
ソランジュの上半身が、衆人環視の元で露わにさせられた。
その瞬間、周囲の人々から驚きのざわめきが広まった。
胸には、女性特有の小さな膨らみが宿っていたからだ。
[少女]であるソランジュは、恐怖と、悔しさと恥ずかしさで一杯だった。
「う、うぅ……!」
ソランジュは尚も懸命にもがくが、何もできない。
少女の力では、屈強な男の腕からは逃れられなかった。
服を奪われた後、再び、地面に押しつけられてしまう。
「良い声で鳴きなさい。
これは命令ですからね。
その後で、僕を見る目がどうかわったかもう一度確認してあげましょう」
トスカンの右手に握られたウィップが、高く掲げられる。
「くそぉ……!」
これから振り下ろされるであろうウィップを見て、ソランジュは心に決める。
今、逃げることはできない。
だったら、せめてできることをしてやる。
この男を喜ばせるような反応はしてやるものか、と――
「さあ、行きますよ」
トスカンの声と、ウィップによる風を切る音は同時だった。
ソランジュの白い背中に向かって、ウィップが振り下ろされる。
「きゃあぁぁぁぁ!!!」
ウィップの打撃音とソランジュの悲鳴が、カスピアンに響き渡った。
ムチ打たれた白い背中には、どす黒い盛り上がった傷が生まれる。
「あ、あ、ああ……!」
ソランジュの決意は、容易く破られた。
今、ソランジュの頭の中は[熱い]と[痛い]のみで占められている。
もはや満足に呼吸することもできない。
我慢など、とてもできる物ではない。
「ふむ。ようやく良い眼になってきましたね」
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◇[ウィップ(鞭・ムチ)]
ウィップ(鞭・ムチ)は人や動物を打つ為の道具である。
相手の武器を絡め取ったり、手足に巻き付けて動きを封じたりが可能となる。
また拷問や調教の道具としても使われる。
拷問用のムチは、苦痛を与える為の道具ではあるが、外傷性ショックから死に至ることもある。
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「ただ、まだまだですね。
私を見上げる目には相応しくありません。
さあ、続けましょう」
再び、トスカンは頭上へとウィップを掲げる。
「や、やめ……!」
あの[痛み]と[熱さ]が再び来ることを思うと、身体が震えて仕方がない。
だが、逃げることもできない。
ソランジュには眼を瞑ることしかできなかった。
そして真っ暗になった。
視界も。
何か大切な物も。
もう、何も考える事ができない。
考えたくなかった。
ソランジュは、すぐに来てしまうであろう[痛み]を待つ。
そして――
「ピシャンッ!!」
空を切り裂き、皮膚を蹂躙する音が耳に飛び込んで来る。
直後に[痛み]が――
――
――
――
――
――
やってこなかった。
[痛み]で死んじゃったのかな、と、ソランジュは考える。
だが、身体の感覚はある。
そして、再び眼を開ける。
そこには地面が映し出されていた。
だが、なんだか影ができている。
そして、唯一、動かせる首を動かしてゆっくり振り返ると――
「すまない。
ちょっと遅れてしまったようだね」
モサモサの真っ白な髭。
銀とも白ともつかない髪の毛。
穏やかな顔皺。
そこにいたのは、ご飯をお腹一杯に食べさせてくれた人――
「じ、じっちゃん!?」
2回目のウィップによる攻撃は、ソランジュに襲いかかることはなかった。
いつの間にか、ソランジュに覆い被さるようにして、イルが背中で防いでいたのだ。
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052 ケア・パラベルへ04_ソランジュ
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「ジジイ、なんのつもりだ!」
トスカンの横に控えていたローブを着た男が、突然現れたイルに対して怒鳴りつけてくる。
そんな男に対して、イルが言葉を発しようとした時だった。
トスカンはローブの男に向かって右手を挙げる。
すると、すぐにローブの男は黙ってしまった。その上、トスカンに対して一礼をする。
ローブの男の態度に満足しつつ、トスカンはイルに対して視線を向けてきた。
「ご老体、どういったことですかな、これは?」
商人が新鮮な魚を品定めするように、トスカンはイルを観察する。
そして、その直後に――
「うっ」
トスカンの手によって、イルの背中にウィップが振り下ろされた。
打撃音と共に、イルから呻き声が漏れる。
そんなイルの声に、ソランジュは混乱してしまう。
「じっちゃん、じっちゃん……!!
なんで、なんで……!?」
ソランジュには理解できなかった。
なぜ、自分をムチから庇ってくれるのかを――
貴族の不興を買ってしまうのに――
両親にも捨てられたのに――
出会って間もないのに――
「はは。
ご老体、中々に丈夫ですね。
これなら、48番と違ってもっと力を入れても大丈夫そうだ――!」
続けて振り下ろされる3度目の鞭打ち。
再び、イルの口から、くぐもった声が発せられた。
「どうして……?」
ソランジュは、覆い被さってくれているイルに尋ねる。
とても鞭を背中に受けているとは思えない、優しい表情をイルは浮かべた。
「ソランジュ。
なんでそんなことを言うんだい?
その質問こそがどうして、だよ。
助けるのは当たり前だよ。
だって――」
皺だらけの優しい笑顔で、イルはしっかりとした口調で言い放った。
「私達は友達だろう?」
○
ソランジュが心配してくれている。
こちらの身体に気を遣ってくれるソランジュが可愛くもあり、また、心苦しさも感じた。
なぜならば、ウィップによる攻撃は、イルに全く苦痛を与えていなかったからだ。
悲鳴は演技である。
ウィップに合わせて、悲鳴を上げているだけに過ぎない。
イル・ベルリオーネが身につけているローブが、通常の物であるわけがない。
一見は簡素な衣服だが、その実は、[ローブ・オブ・フォーベアランス(耐えるもののローブ)]。
圧倒的な魔力による防御力を備えているのだ。
素人だろうが、玄人だろうが、誰が振おうともウィップによる打撃など衝撃は皆無である。
(イル、まだですか?
まだなわけがありませんよね?
もう行かせてください。
いえ、行きます。
決めました、行きますから。
あの無礼な男達に、この大地に生まれてしまった事を後悔させますので――)
5発目のムチをくらった頃。
イルの頭の中に、クロコからのメッセージが飛んでくる。
クロコの言い分に、イルとしては苦笑せざるをえない。
だが、これだけムチを食らえば、まあいいだろうともイルは判断した。
(ああ、良い頃合いだ。
クロコ、さっき説明した通りに頼むよ。
その上で、こいつらに、君の[顔]をよく見せてほしい)
(イル以外に、顔を見られるのは好きではありません。
ですが、今回は特別です。
私の顔を思い出すたびに、ガタガタと震える程度には覚えていただくことにします)
(ああ、頼んだよ。
それと――)
一つだけ気になるので、一応、イルは忠告をする。
(こ、殺しちゃダメだよ……?)
イルの言葉に対して、少しの間を開けてから――
(……
……
……善処しましょう)
(うわ、何、その政治家みたいな言葉は!?)
と、イルが思った時だ。
ウィップの動きが止まった。
「ぐぁ――!?!?」
トスカンから苦悶の声があがる。
イルはウィップのダメージで動けない体を装っている。
だから、振り返って確認することはできなかったが理解している。
「な、なんだお前は!?
この僕を足蹴にするなど……!
お前は今、何をしたのかわかっているのか、女!」
トスカンの声が遠くなった。
「蹴っ飛ばしたんだろうなあ」と、イルはのんびりと考える。
そんなイルの視界に、小麦色のスラリとした足が入ってきた。
「な、何か言ったらどうだ!?
こ、この無礼者が!!」
トスカンとイルの間に、少女が立ちふさがった。
突然現れた黒髪・褐色の肌の少女は、何も声を発しない。
大きなトパーズのような瞳で、ただ、ただ、貴族を見下している。
「な、何か言え!
ぼ、僕を誰だと思っているんだ!?」
少女としては全く答える気はない。
当然である。
[終演の鐘(ベル)]イル・ベルリオ―ネの唯一の使い魔なのだ。
この身に命令を下せるのは唯一にして無二。
神であろうと悪魔であろうと、ドラゴンであろうと関係ない。
クロコには、イル・ベルリオーネ以外の指示に従う気など微塵も無い。
「な、なんなんだお前は……!」
尻餅をついていた貴族は、土埃を払いながら立ち上がる。
こめかみに血管が浮き出るほど、この貴族は激高しているようだった。
だが、同時に焦る心も隠しきれない。
この少女が持つ雰囲気が普通では無いのだ。
そして、尋常では無いのが、少女の手に装備された籠手だった。
黄色で縁取られた籠手は淡い光を纏っているのだ。
一級の美術品も霞んでしまう程の品であることが、素人にも見てとれた。
が、この籠手の外側には、禍々しい鋭い鉤爪が取り付けられているのだ。
その鉤爪からは、どう猛な獣の爪を強制的に想起させる。
それほどまでに、鋭く、また血を求めていそうだった。
そんな鉤爪を、少女形態のクロコはぶつけ合った。
甲高い金属の音が、辺りに響きわたる。
「己の愚行を後悔しなさい」
クロコの声がトスカンに届いた時、目の前に居たはずのクロコの姿が消えていた。
-----------------------------------
◇[タイガークロ―・ガントレッツ(虎爪の籠手)]
特性
突撃時の移動速度にボーナスを与える。
パワー
・突撃攻撃時に、両の手による2回攻撃が可能となる。
また、双方の攻撃が命中した際には、さらに追加で相手にダメージを与えることができる。
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「うげぇえええ……!?」
次の瞬間、トスカンの耳に苦悶の声が聞こえてきた。
慌てて、この方向を見る。
と、そこには嘔吐するお抱えの魔術師がいた。
そして、さらに信じられないことに、魔術師の命とも言えるスタッフが切断されている。
この一瞬とも言える時間の間で、トスカンには何が起こったか全く理解できなかった。
「ば、馬鹿な……!」
呆然とするトスカンに向かって、クロコはゆっくりとした足取りでやってきた。
「ひぃ!」
クロコに近づかれて、トスカンは腰を抜かして尻餅を付いた。
そんなトスカンに、クロコは路傍の石でも見るかのように見つめる。
その後、溜息をついてから、再び、鉤爪を鳴らす。
「う、うわああぁ!?」
瞬間、クロコの姿は見えなくなり――
「ぐわ!?」「ひ!?」
今度は、ソランジュを取り押さえていた2人の兵士が地面に倒れていた。
さらには、兵士が所有していた鉄剣が切断されている。
鉄剣が切断されているのを見て、トスカンの混乱具合は増していくばかりだった。
「な、なんなんだお前は……!?」
誇り高き貴族としての維持だろうか。
必死に、貴族は声を出したが――
「ひっ!?」
トスカンが全ての言葉を言い切る前だった。
腰を抜かしてしまったトスカンの目前に、いつの間にかクロコが立っていたのだ。
いつの間に近づかれたのか、トスカンには全く理解できなかった。
クロコは、そんなトスカンの襟掴んで強制的に立ち上がらせる。
そして、クロコ自身の顔に、トスカンの顔を近くに寄せた。
「愚かな頭を働かせなさい。
この顔を忘れないように――」
クロコがトスカンに向けて、全く抑揚のない言葉で告げる。
だが、クロコの手に力がこもっているのだろう。
貴族の襟がしまり、蛙のように、苦しげな声を上げる。
そんな声が聞こえて、イルはクロコに慌ててテレパスを飛ばす。
(く、クロコ。だ、ダメだからね!)
ここで貴族が死んだら元も子もない。
絶対に、この貴族の両親やら、親戚やらが出てきて話が大きくなってしまうことが考えられる。
イルはそのように考えているからだ。
マスターが考えてくる貴族は、しつこいのが多かったからだ。
(……納得はしていませんが、理解はしています)
クロコからイルへテレパスが届けられたと同時だった。
クロコは、トスカンの胸元の襟から手を離した。
「エホ、エホ……!」
喉に手を当てて咳き込むトスカンを見下して、
クロコは身につけていた外套を翻す。
すると、外套を中心としてクロコの姿が滲み霞んでいった。
それはまるで、砂漠の上で揺らめく空気のように。
「エホ、こ、今度は、な、なんなんだ……!?」
涙目になりつつ、トスカンは情けない声を漏らしてしまった。
「終演の鐘。
決して鳴らさないことです」
最期の一言を言い終えた時。
クロコの姿は完全に消えていた。
-----------------------------------
◇[クローク・オブ・ディスプレイスメント(所くらましの外套)]
特性
この輝く外套は、着用者の正確な居所を見えなくしてしまう。
パワー[1日毎]
・着用している者に対して攻撃が加えられ、その攻撃が命中しそうな時、
3メートル程度の距離を瞬間移動できる。
------------------------------------
クロコがいなくなり、カスピアンには平常が戻る。
周囲の人間から、がざわめき始める。
周りの様子に、トスカンは慌てて立ち上がる。
「く、くそ!
どけ、邪魔だ!」
悪態をまき散しつつ、トスカンはこの場から立ち去っていった。
トスカンの言葉はイルの耳にも届いていた。
そこで、イルは安堵の溜息をつくことができた。
○
イルは今回の対応に「100点ではないけど、70点ぐらいはつけてもいいかな」と考えている。
今回の事件が、マスターが考えたような強制イベントと仮定する。
と、イルの過去の経験上、あの場面で「魔法を使わせたかったんじゃないか」と思っている。
そして「魔法が使える」と貴族にばれた瞬間に、雪だるま式に強制イベントが発生しそうな気がしたのだ。
そこでイルが取ったのが、今回の作戦である。
あんな目にあえば同然だが、貴族の意識は完全にクロコに向けてくれた。
これからのターゲットはクロコに行くだろう。
「一方的にやられた無力な老人」であるイルなど、あの手の人間には記憶も残っていないに違いない。
一方のクロコだが、少女形態の姿を見られただけである。
クロコには悪いと思うが、猫の姿でいれば問題無い。
これで犯人は見つからずに、事件は迷宮入りだ。
勿論、魔法を使って、問答無用に解決するという選択肢もあった。
だが、イルは、クロコに真っ先に倒させた魔術師の存在が心中で引っかかった。
現在、イルは[リング・オブ・ノンディクション【探知魔法消去の指輪】]を装備はしている。
この指輪は、全ての探知系魔法を完全に無力化させる。
そのため、イル自身や装備している物も含めて、他人からは魔力を気取られることはない。
だが、さすがに、目の前で魔法を唱えれば話は別である。
魔法を唱えた瞬間、あの魔術師が[伝達系呪文]で、誰かにイルの存在を伝えるかもしれない。
もしくは、見物している人間の伝聞から、漏れてしまう可能性もゼロではない。
この世界を楽しみたいが、権力者と宗教関連とだけは係わりたくないのだ。
「じっちゃん、だ、大丈夫か!!!
ごめん、ごめん……!」
イルは自身の考えに耽っていたために、ソランジュの呼びかけに気がつかなかった。
[入間 初(いるまはじめ)]が、[イル・ベルリオーネ]になってから、思考に耽ってしまうことがままある。
これは[イル・ベルリオーネ]の能力による所が大きい。
判断力 (Wisdom)が低くて、知力 (Intelligence)が高すぎるのである。
この悪癖に対して、イルは全く解決策を見いだすことはできないでいる。
「なあに、全く問題無いよ」
頭の中の考え事を振り払って、イルはソランジュに対して笑顔を向ける。
そして覆い被さっていた姿勢から、イルは地面にあぐらをかいた。
「だ、だって、あんなにムチを……!」
そんなイルに対して、心配で、どうにかなってしまいそうなのがソランジュだった。
ソランジュも鞭打ちを受けたのだ。
あの痛みが尋常ではないことを知っている。
心配してくれるソランジュに、イルは微笑を返した。
そして、腰のポーチから一つの小瓶を取り出す。
小瓶には下手くそなハートの絵が描かれていた。
イルは、そのハートの小瓶に入っている30cc程の液体を飲みほした。
「じっちゃん、それは?」
突然、何かを飲んだイルに、ソランジュは質問する。
「[ポーション・オブ・キュアライトウーンズ]というやつでね。
これでもう、私には傷一つないよ」
「え!?」
イルの言葉に、ソランジュは驚愕の声を上げてしまう。
そんなソランジュに納得してもらうべく、イルは笑いながらローブを脱ぎだした。
「え、じ、じっちゃん……!?」
そして、イルの上半身が露わになった。
そこに現れたのは、細身ではあったが恐ろしく鍛え上げられた身体。
無駄な肉など全くない。
歴戦の男の強者のみが持ちうる体躯だったのだ。
「じ、じっちゃん……!」
イルの身体を見て、ソランジュは顔を真っ赤にしてしまった。
なんで赤くなるのかは、ソランジュ自身にもわからなかった。
そして、圧倒的な強い男を感じる身体に対して、視線を逸らすこともできなかった。
そんなソランジュの心境を全くわからないイルは、ムチを受けた箇所である背中をソランジュに見せる。
「ほら、大丈夫だろう?」
そうはいうが、元々、イルには傷一つ付いていない。
ポーションを飲む必要も無かった。
だが、わざわざ行動したのは、ソランジュに負い目を感じて欲しくなかったからだ。
そして脱いだ[ローブ・オブ・フォーベアランス(耐えるもののローブ)]を、
上半身が露わにされているソランジュに羽織ってあげた。
「じ、じっちゃん」
イルから与えられたローブは華美な要素は全くなかった。
だが、ソランジュにはどんなものよりも価値のある宝物に感じて仕方がない。
暖かかったのだ。
「きゅ」っと、ソランジュは思わずローブを握り締めてしまった。
続けて、イルは、再びハートの小瓶を取り出す。
それは先程と同様のものだった。
「さ、ほら。
ソランジュ。君も飲むといい」
「え、だ、大丈夫だよ!
マジックポーションなんて、そんな高い物!?」
イルの言葉に、ソランジュは目がひっくり返りそうになった。
ポーションとは魔法の液体である。
それ故に効力は非常に優れているが、値段はかなりの高額である。
一般人に、とても手が出せるような物ではない。
王侯貴族や、成功した商人、または一山当てた冒険者ぐらいだろう。
だが、遠慮するソランジュに対して、イルは首を振る。
「もう強がらなくていい。
子供は大人を頼っていいんだ」
イルはソランジュに、時間をかけて、ゆっくりと優しく優しく諭す。
この、苛烈な人生を歩んできた少女に対して――
「あ、う、うん……
……じ、じっちゃん……
そ、その……
さ、サンキュー、な……」
顔を真っ赤にしながら、ソランジュはイルから小瓶を受け取った。
そして、一気に喉に流し込む。
「あ、ああ――」
体中がポカポカしてくる。
ソランジュは身体が溶けてしまいそうな感覚に陥った。
気持ち良かった。
「す、すごい!
もう、ぜ、全然痛くないぞ!
これ、すごいぞ、じっちゃん!」
ソランジュは全く痛みが無くなった背中に手を伸ばす。
背中故に見ることはできなかったが、傷のようなものは全く無いように思われた。
「ほら。
こっちも見てみるといい」
イルはソランジュの手を取る。
なんだろと、ソランジュが自身の手を見ると――
「あ!
番号が、もう無い……!」
トスカンに付けられた焼き印までもが回復していたのだ。
あまりの出来事に呆然とするソランジュを、イルは優しく抱きかかえた。
お腹がすいて倒れていた時と同じように、お姫様を抱えるように――
「え、じ、じっちゃん……!?」
色々な事が起こりすぎて、ソランジュには何が何だかわからなかった。
だが、一つ言えるのは。
上半身が裸のイルに抱きかかえられると、心臓がバクバク言って仕方がない――!
「私は君に謝らなければならないな」
「え?」
「よく、がんばったね。
もう大丈夫。
だから、これからは笑おうか。
ご飯を食べていた時のように、ね。
それが一番嬉しい、かな」
ゆっくりとイルは歩き始める。
向かうのは、先程までいた食堂だ。
「じいちゃん……」
ソランジュは鼻をすする。
目をこすって、涙も払う。
「あ、ああ、わかったよ!」
そして、イルに向けて笑顔を見せた。
それはソランジュという少女が持つ最高の表情だった。
○
そんな、イルとソランジュの足下。
そこには、いつの間にか猫型のクロコがいた。
すっかり蚊帳の外状態のクロコは、不機嫌オーラは全開だった。
そして、イルのくるぶしに「ぽこぽこ」と猫パンチを与えていた。
-----------------------------------
キャラクター名:イル・ベルリオーネ
アライメント:ニュートラルグッド
種族:人間
職業:メイジ(魔術師)
レベル:?
性別:男
年齢:不明
髪:白
瞳:黒
社会的身分:?
兄弟:?
外観:指輪物語のガンダルフっぽい、レオナルド・ダヴィンチっぽい
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筋力 (Strength) :17
敏捷力 (Dexterity) :9
耐久力 (Constitution) :9
知力 (Intelligence) :18
判断力 (Wisdom) :13
魅力 (Charisma) :15
-----------------------------------
★
イル、結局魔法を使わず。
そろそろタイトルの【チート能力】という看板を外さないとダメな気がします。
○
実はソランジュ君は女の子でした!(みんな知っていたかwww)
そして、おじいちゃんのハーレムに仲間入りです。
明るいお姉さんキャラ、真面目な妹キャラ、少年っぽいキャラ、猫。
うん、完璧ですね!
○
おじいちゃんの筋力 (Strength)が、妙なほど高いのには一応理由があります。
○
おじいちゃん編が終了したら、その他板へ行ってもいいでしょうか……?(;´∀`)