ピクニックとキャンプの繰り返し。
そう言っても差し支えない程、荒事が起きることも無く、また天気にも恵まれた。
[アーケン]から[城塞都市 ケア・パラベル]へ向かって5日目の真昼。
村以上だけど町未満と言える規模の集落が、ルイディナ達一行の視界に入ってきた。
「お、見えてきたな」
「へえ、あれが[カスピアン]なんだ~!」
「思っていたより大きいんだね、ルーちゃん」
見えてきた集落[カスピアン]について、ガストン、ルイディナ、ファナは各々の感想を述べる。
[カスピアン]は[アーケン]と[城塞都市 ケア・パラベル]の、丁度、中間地点に存在する。
そのために[アーケン]と[ケア・パラベル]間を行き交う人々は、この[カスピアン]で休憩することが多い。
そんなことから、多くの人々からは[中継集落 カスピアン]などとも呼ばれていた。
「よ~し! 元気100倍!
チャキチャキ行って、今日は美味しいご飯を食べまくるわよ~♪」
ルイディナは踊るようにスキップしつつ、[カスピアン]へ向かっていく。
「わ!
ル、ルーちゃん、待ってよ~!」
イルとルイディナを交互に見つつ、ワタワタとファナは慌ててしまう。
ガストンとイルは、ルイディナのはしゃぎように互いの顔を見合わせて苦笑してしまう。
「ほら、早く早く~!」
ブンブンと勢いよく、笑顔でルイディナは3人に向かって手を振った。
「なんだか、ホントに孫娘を見ているような気になってきたなあ」
元気一杯なルイディナの姿を見て、苦笑いをしつつ、思わずイルは呟いてしまった。
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051 ケア・パラベルへ03_カスピアン
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「ラッキ~! ここ税金取られないんだ」
通常、街に入る際には、入市税が課せられることが多い。
だが[中継集落 カスピアン]に入るに際には、1cp(銅貨)も支払う必要が無かったからだ。
おかげでルイディナはホクホクの笑顔だ。
「まあ、[カスピアン]は商人や旅人がよく使うからな。
詳しいことはよくわからんが、文句がでるからじゃないか?」
ガストンもお金を払わないで済んだことに、やはり微笑を浮かべている。
そんな[カスピアン]についての感想を述べつつ、ルイディナ達は中央広場に向かった。
○
[カスピアン]の門から、15分程歩いた場所に中央広場は位置している。
ルイディナ達が中央広場に到着した頃は、丁度、真昼ということもあり多くの人々で賑わっていた。
「それじゃ、さっき決めた通りだ。
俺は宿を探す、と」
そんな中で、ガストンは自身を指差しながら告げる。
続けて、その指をルイディナに向ける。
「りょーかい、ガストンさんヨロシク!
んじゃ、あたし達は景気が良さそうな商人をゲットね。
行くわよ、ファナ~!」
「うん、ルーちゃん」
指差されたルイディナは、「任せなさい!」と言わんばかりに自身の胸を拳で叩いた。
一方のファナは、大事にサック(袋)を抱えている。
このサックの中には、ケイブ・フィッシャーから取った繊維が詰まっているものだ。
「悪いな、イルマさん。
ちょっとブラブラしといてくれるかい?
すぐに休めるように探すからさ」
続けてガストンは、申し訳なさそうにはイルに告げてきた。
老体である身に気を使ってくれるガストンに対して、イルは頭を下げる。
「気にしないでください。
この辺りを見物してますから。
こちらこそ、よろしくお願いします」
これからルイディナ達はバラバラの行動を取る予定だ。
ルイディナとファナは、ケイブ・フィッシャーの繊維を売る。
その間に、ガストンは安い宿を探して予約する役目を請け負った。
当然、宿代はケイブ・フィッシャーの繊維を売却したお金から支払う予定だ。
1人することが無いイルは、[カスピアン]の散策をすることに決めていた。
周囲の賑やかな雰囲気に、イルのテンションは上がって仕方がない。
そして、そんなイルの横で、クロコのしっぽが「ブンブン」と揺れていた。
久しぶりに、イルと二人きりの時間が得られて、クロコも嬉しくて仕方がなかったからだ。
○
ルイディナ達を見送ったイルとクロコは、現在立っている中央広場を見回した。
そこには、多くの人々が行き交っている。
商魂たくましい商人などは、馬車などで出店を開いている。
そこで繰り広げられる商人同士のやり取りは、まるで市場のような活気だ。
「中継集落なんて言われてるけど、結構活気があるなあ」
賑やかな広場で、最初にイルが興味を引かれたのは、肉を串焼きにして販売する出店だった。
肉に振りかけられた香辛料が焼ける匂いは、食欲をとてつもなく刺激してならない。
自然に「ゴクリ」とつばを飲み込んでしまったことで、イルは串焼きを最初のターゲットと決定した。
そして、イルが足を進めようとした時だった。
(報告させていただきます、イル。
10時方向、10メートル先に不審な動きをする人物が確認できます。
敵対する気配は感じられませんが――
……
……
……
……久しぶりの二人の時間というのに……!)
テレパスが、クロコより飛んでくる。
最期の方の言葉はよく聞き取れなかったが、クロコの言葉にイルは棘があるように感じた。
それ故に、イルは浮ついた気分を捨てて、指示された方向に意識を向ける。
そこには、すすけた茶色のフード付きローブを身にまとった人物がいた。
千鳥足で、フラフラしながらジグザクに歩いている。
(……酔っぱらい、かな?)
一見して、イルにはそうとしか見えなかった。
思ったままの気持ちを、クロコに告げてみる。
(現状では判断いたしかねます。
いかがしますか?)
(ん――)
意見を求めたが、逆に、クロコの問いかけに対して返答しようとした時だった。
イルの目前で、フード付きローブの人物は「パタリ」と倒れてしまった。
それは、操り人形の糸が切れてしまった時のようだった。
(え……?)
イルも(クロコも)、さすがに驚いた。
そして――
ぐぅうぅう――
ローブの人物から、ものすごい音が発せられた。
「へ、これは……???」
イルの目が点になる。
この音には、イルも覚えがある。
学校に登校していた時。
お昼前の四時限目の授業中に、鳴らないように必死でこらえていた音だ。
倒れてしまったローブの人が、這うように、もぞもぞと動き出した。
動きでフードが外れると、そこに現れたのは十代の前半と思われる少年だった。
そしてイルの方に手を差し出して――
「は、腹減った……」
「パタリ」と地面に落ちた。
「え、ええ……!?」
イルが遭遇したのは酔っぱらいでは無かった。
腹ぺこ少年だった。
(全く、人騒がせ、猫騒がせな人間です!)
なんだか憤慨しているクロコは、少年の頬に対して「ぽふぽふ」と肉球パンチをしている。
少年は「きゅ~」といった体で、(肉球パンチではなく空腹で)目を回していた。
「これは仕方がないなあ」
少年の膝裏と背中に手を回して、イルは抱きかかえた。
俗にいう、お姫様抱っこ状態だ。
「……軽いな」
少年の手足は随分と細かった。
本当にしばらく何も食べることができなかったようだった。
イルは中央広場を見渡し、一番初めに目に留まった食堂へ向かうことにした。
○
はむはむはむはむはむはむはむ。
ごくごくごく。
はむはむはむはむはむはむはむ。
ごくごくごく。
はむはむはむはむはむはむはむ。
「だ、誰も取らないからゆっくりと、ね……」
今、イルの目の前にいる黒髪の少年。
一心不乱に食事を胃の中に詰め込んでいる。
あまりの食べっぷりに、見ているイルがお腹一杯になってしまう程である。
そして、イルの忠告は、少年の耳には入っていない。
リスのようにほっぺたを膨らませて、口の中に入れまくっている。
「はは……
店員さん、もう一人前追加をお願いします……」
イルにできたのは、注文を追加することぐらいだった。
○
「じっちゃん、マジありがとう!」
3人前は軽く片付けたであろう。
黒髪の少年はテーブルに頭をつけて、イルに対してお礼の言葉を述べてきた。
イルが頭を上げるように促すと、ようやく少年は面を上げた。
中央広場で出会った時にはバタバタしていて気がつかなかったが、
すすけたフード付きローブを脱いだ黒髪の少年は美少年と言ってよかった。
襟まで伸びた髪は何も手入れはされていないが、天使の輪が見えるぐらいにサラサラとしていた。
まつげも長く、大きな黒い瞳は力強さを感じさせる。
体格はルイディナとファナの間ぐらいで小さな方になるが、
あと2,3年もすれば、世の女性が放っておかないだろうと予測できるほどだ。
イルとしては、日本での中性的な女性アイドルを思い出させた。
「ここ最近、ずっと木の根っこを囓じってただけだからさあ。
お腹と背中がくっついて平面人間になると思ったね。
いや、ホント助かったよ!」
頭をバリバリと掻きながら、少年は笑う。
髪からはふけが落ちてくるが、屈託の無い笑顔の為に悪い印象は感じられなかった。
「この子のカリスマチェックに負けたかな?」などと思いつつ、イルも笑みを返す。
「気にすることは無いよ。
私も楽しませてもらったからね。
見ていて気持ち良い食べっぷりだった」
木の根っこと聞いて、イルは表情には出さないが眉を潜めてしまう。
「君は、どこかへ行く途中だったのかな?」
差し障りが無さそうな言葉を選びつつ、イルは少年に話しかける。
両親や、居住、なぜそこまでお腹を減らしているのか、等は避けるために。
が、少年はあっけらかんとした面持ちで――
「ああ、逃げてる最中なんだ。
一文無しだから。
さすがに、ちょっとばかり苦戦したよ」
何事も無かったかのように話してくれた。
少年の言葉に、今度こそイルは眉をひそめる。
「逃げてる?」
イルは少年の言葉を復唱する。
それに対して、何事も内容の少年は肯定した。
「ん、そー」
そして自身の右手首に巻かれていた包帯を、少年は手際よく外していった。
現れた少年の白細い手首には似つかわしくない、「48」と見える火傷の痕があった。
「飢饉、増税のダブルパンチでね。
どこぞの貴族様に両親に売られた。
で、このざまさ。
でも――」
「ニヤリ」とした笑みを浮かべて、少年は自身の前髪に手を持って来る。
手が髪の毛から離れた時には、少年の親指と人差し指で、細く黒い物がつままれていた。
イルには髪の毛に見えたが、よくよく観察すると針金だった。
「コイツがあれば、どんな鍵でも余裕だね!
天下に名が轟くトレジャーハンター予定のソランジュ。
逃げ出すなんて、朝飯前。
実際、朝飯前に逃げ出してきたんだけどね!」
[ソランジュ]と名乗った少年は胸を張った。
[ソランジュ]少年が見せてくれた針金と逃げ出したという行動から、彼は[オープンロック(鍵開け)]の技能を使ったのだろう。
ということは、彼はトレジャーハンターと名乗ったが、[D&D]の職業的に言えば[シーフ]だ。
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・[オープンロック(鍵開け)]
錠前や複雑な鍵、パズル式の鍵などをこじ開けることができる。
ただし、錠前(南京錠)をこじ開ける時には、シーフの7つ道具が必要となる。
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ただ[ソランジュ]が盗賊なら、[ピックポケット(スリ)]という技能もあるはずだ。
だが、こんな状況でも、この子は一文無しと言った。
つまり、この子は辛くても[ピックポケット(スリ)]は行わなかったのだろう。
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・[ピックポケット(スリ)]
他の者のポケットやふところ、ガードル、袋の中から小さな物をすり取る時に使用する。
他にも、掌の中に物を隠す時や、手を使用する作業の際にも使用される。
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そんな[ソランジュ]に対して、イルは[シーフ]とは決して呼ばない事を誓った。
「[ソランジュ]、か。
かっこいい名前だね。
でも、将来有望なトレジャーハンターでも、空腹にはKO寸前だったね」
逃げてきたという点には触れないで、イルは[ソランジュ]に対して笑みを浮かべた。
そんなイルの問い対して、[ソランジュ]は「わかってないなあ」といった面持ちだ。
「じっちゃん、じっちゃん。
空腹って敵は、実は世界最強なんだぜ?
どんな人間や英雄だって、腹は減るんだからさ」
[ソランジュ]の言葉に、イルは一瞬ポカンとしてしまう。
だが続けて、すぐに何度も頷いてしまった。
「はは、なんか含蓄深い言葉だ。
そこらの賢者の言葉よりも重みを感じるよ」
少年だけが持ち得る陽気な雰囲気もあって、イルは大きく笑ってしまった。
○
「イルマさん。
もう戻られてたんですね!」
「あー、ずるい!
もうなんか食べてる、あたしもあたしも~!」
いつもよりテンションが高めのファナと、
いつも通りテンションが高いルイディナだった。
ファナは本当に嬉しそうに、イルマの横に駆け寄ってくる。
ルイディナは近くの店員に注文をしてから、イルの横の空いている席につく。
「イルマさん、ありがとうございます!
あの繊維、とっても高く売ることができたんです!
本当にありがとうございます!
これで、私も、みんなの役に立てそうです」
ちょっと目尻に涙を浮かべているファナに、イルは優しく頭をなでてあげた。
「ありゃ?
この子は?」
席に着いたルイディナが、イルの正面に座っていた[ソランジュ]に気がついた。
ルイディナはイルに向かって、クエスチョンマークを浮かべた面持ちを向けてくる。
「ああ、この子は[ソランジュ]。
さっき知り合った、私の友人だよ。
将来が有望なトレジャーハンターだね」
自分で言うのは慣れているのだろうが、人から言われるのは慣れていないらしい。
「む~」といった視線をイルに向けてから、ソランジュは顔を赤らめながら自己紹介をする。
「[ソランジュ]。
さっき、行き倒れてる時にじっちゃんに助けてもらったんだ」
髪をかきむしりながら、照れくさそうにする[ソランジュ]に、
いつものように陽気にルイディナは答えた。
「ん、よろしく!
あたしはルイディナ。この子はファナ。
イルマさんは、あたし達の雇い主って、まあ、堅苦しい話は無し無し!
まずはお祝いよ!
今日は、ファナがおごってくれるからね~♪」
続けて、ファナも「ぺこり」と頭を下げた。
「ファナです、よろしくね。
わたしもイルマさんにはとっても助けてもらってるんです。
わたし達、一緒だね!」
各々の自己紹介が終わり、ルイディナが注文した食事がテーブルに並べられる。
と、丁度、ガストンも戻ってきた。
そこで、ガストンの自己紹介の後に、宴会が行われた。
ケイブ・フィッシャーの繊維高値売却記念と、[ソランジュ]の出会いに対して――
○
お腹いっぱいにご飯を食べ終わり、まったりと腹休めタイム。
そんな中で、[ソランジュ]は席を立った。
「ありがとな、じっちゃん!
これ――」
[ソランジュ]はイルの目前に立ち、先程見せてくれた針金を差し出してきた。
イルは[ソランジュ]の行動の意味がわからず、首をかしげた。
「これがあれば、どんな鍵も開けられると言った針金だね?」
[ソランジュ]は大きく頷く。
「ご飯の借用書代わり、さ。
今は何も返せない。
けど、ちょっとだけ待っててくれよな! 一山当てて、すぐ100倍にして返す。
それは、その証文さ」
そして、「ずいっ」と針金をさらに差し出してくる。
[ソランジュ]はイルをまっすぐに見つめる。
イルが綺麗な目だな、と思った時には、自然と針金を手にしていた。
「わかった。
[ソランジュ]、君が私を大金持ちにしてくれるまで大切に預かっておくよ」
「当たり前だろ。
無くしたら承知しないんだからな!」
針金をイルに手渡し終えると、[ソランジュ]はルイディナ達にも一人一人挨拶をする。
「またな!
ありがとう、絶対にまた会いに行くから!
その時までな――!」
そう告げると、[ソランジュ]は食堂から駆け抜けるようにして出て行った。
○
「めっちゃ元気ね。
あたしもあの頃に戻りたいな~」
ルイディナは似つかわしくないため息をついた。
が、ファナにはため息の理由も、言葉の意味も理解ができなかった。
「ルーちゃんどうしたの、あの頃って?
ソランジュ君とそんなに歳離れてないよね?」
ルイディナは、「ぶるんぶるん」と首を振りまくる。
「いやいやいやいやいや。
いい、ファナ!
あたしの年齢ぐらいになると、1年がひっじょーに重要になってくるのよ~」
滝のような涙を流しながら、ルイディナは力説する。
そんなルイディナ対して、ますますファナはわからなくなってしまった。
「うう、ファナはいいいわね。
最近じゃ、なんか肌もプルンプルンだしさ~」
「わ、ちょっと、ルーちゃん!?」
ルイディナは食後の運動として、ファナを撫でくりまわすことに決めたようだ。
ファナはくすぐったそうに、必死に逃げようとするが、ルイディナの力にはかなう訳も無い。
「うりうりうり~」「く、くすぐったいよぅ」といった、じゃれ合ったやり取りが始まった。
そんな仲の良い二人の微笑ましい?光景を眺めながら、イルは、よくわからない葉のお茶を飲んでいた。
お茶をおくと、見計らったようにガストンがイルに話しかけてくる。
「ちょっと言いかなイルマさん?
気になることがあってな」
「何かあったんですか、ガストンさん?」
「ああ、実は――」
ガストンによると、安宿を探すべく歩き回っていたところ多数の兵士の姿を見たという。
そこで、気になって街の人に聞いたら、どこぞの貴族のお抱えらしいとのこと。
「あー、それ、あたし達も見たわ」
ファナを堪能しきったルイディナも、会話に混ざってきた。
ちなみに、ファナは荒い呼吸をしてテーブルに臥せっている。
「あたし達は商人と話してた時ね、
やっぱり兵士っぽい人が、急に、商人の馬車の積み荷とかチェックしてたわ。
なんか探してたっぽいわね。
でね、そいつらが、ちょー上から目線。
でもおかげで、その後に商人さんと話が盛り上がりまくりよん。
その人が結局、繊維を高く買い取ってくれたんだけどね~♪」
ガストンの言葉の中に、イルは気になる単語があった。
「[貴族]ですか――」
モサモサの髭をなぜながら、イルは思考する。
[貴族]は社会的特権を認められている人々や一族のことだ。
だからこそ、ファンタジー小説や、TRPGのキャンペーンにも使い勝手がよい。
[貴族]が出てこないファンタジーゲームは少数派と言っても良いぐらいだろう。
そんな[貴族]に、何故、イルが気を止めたのか。
TRPGは一本道のコンピューターゲームとは異なる。
当然、人間であるが故に、マスターとよばれるゲーム進行役係の趣味趣向が大きく反映する。
今、イルがいる世界はTRPGの世界だ。
つまりは、[マスターの趣向が、世界に強く反映されている]と、イルは考えているのだ。
そして、マスターはキャンペーンに、[貴族]をよく出してきた。
出てくる[貴族]は、あまり好感が持てるキャラクターでは無かった。
それどころか、足を引っ張ってくる[敵]としての扱いが殆どだった。
「ああ。
しかも、なんでも[ケア・パラベル]への街道に検問をしているって話だ」
続けたガストンの言葉に、イルはため息を付く。
「(やれやれ。これは強制イベントの開始かな?)」
[ケア・パラベル]へ向かっている最中。
その途中である、小さな集落[カスピアン]で貴族による突然の検問。
こんな不自然な話は、そうそうあるわけがない。
「(もしも強制イベントだと仮定すると――)」
何か、ポイントとなる出来事について考えようとする――
が、これはすぐに、イルには回答が出せた。
間違いなく[ソランジュ]だ。
[ソランジュ]は[貴族]から逃げていると言っていた。
そこに[貴族]が現れたとなると、当然、[ソランジュ]を捕まえようとしているのだろう。
「(そして、マスターのシナリオに巻き込まれるという感じかな……)」
そう考えると、[ソランジュ]とのアニメみたいな出会い方にも納得がいく。
(クロコ)
イルはテレパスでクロコに呼びかける。
(イル、了解です)
名前を呼ばれただけだが、クロコにはイルの命令がわかっていた。
すぐさま、食堂から駆け抜けていく。
「どったの、イルマさん?
黙り込んじゃって?」
ルイディナ達は、クロコの行動に気がつかなかったようだ。
思考に耽ってしゃべらなくなったイルに対して、不思議そうにたずねてきた。
「ああ、ちょっとぼーっとしていた。
なんでもないよ」
イルはごまかすように、お茶に手を伸ばした。
そして、お茶を2回すすった頃だった。
イルにクロコよりテレパスが入る。
(イル、状況を報告させていただきます。
イルの考えられた通りです。
先程の[ソランジュ]少年が包囲されています。
人数は5人。
兵士風軽装備の男3人。
ローブを着用した男が1人、
そして――)
イルはクロコの言葉を遮って――
(豪華な服を纏った人間、かい?)
イルの言葉に、クロコより肯定のメッセージが飛んでくる。
(はい。イルのおっしゃる通りです。
状況は少年にとってよろしくない様子です。
今は小康状態ですが、少しの切欠で荒事になると思われます)
(ありがとう、クロコ。
動きがあり次第、引き続き報告を――)
(畏まりました)
一度、クロコとのテレパスを終了させて、改めて考える。
今のイルマ、[イル・ベルリオーネ]が正面からぶつかったら、
[貴族]なんて、全く、相手にもならない。
それこそ一瞬にも満たない時間で、[貴族]を文字通り消滅させることが可能だ。
だが、それは正面からの場合だ。
マスターが出してくる[貴族]の中には、搦め手が得意なキャラクターもいた。
そういうやつは、やっかいというか面倒だった。
こういった搦め手で襲ってくる敵に対しては、キースは嬉々として対応していたが、
正直、イルとしては勘弁して欲しかった。
「(無視するのが、強制イベントを考えたマスターに一番ダメージがあるんだろうけど――)」
何もなかったことにする。
そうすれば、このイベントは終わる可能性が高いだろう。
[貴族]を相手にするのは面倒なのだから。
だけど――
誰も座っていない椅子に、イルは視線を向ける。
そこは、先程まで[ソランジュ]が座っていた場所だ。
イルは目を閉じる。
と、美味しそうにご飯を食べる[ソランジュ]の姿を思い浮かべることができた。
そして、ゆっくりと目を開き、イルは席から立ち上がる。
「ほえ、どったのイルマさん?」
出口に向かうイルに対して、ルイディナが呼び止める。
「ああ。
ちょっと食後の運動にでも行こうと思ってね」
「ん、りょうか~い。
あんだけ食べたんだもん。散歩でもしないと太っちゃうからね~」
明るいルイディナの声に、イルは微笑を返してから食堂の出口へ向かった。
「相変わらずマスターずるいね。
あんな良い子を出されたら、無視なんてできないよ。
掌で踊らされてるんだろうな、私は。
けど、マスター。
バランスブレイカーの高レベル魔法使いを侮ったらダメだよ」
扉を出て、空を見上げつつ、
誰もいない青空に向かって、イル・ベルリオーネ老人は一人呟いた。
★
新キャラクター登場の巻。
少しでも気に入っていただければ幸いです!
○
おじいちゃん編は10話前後で終了を予定しています。
○
最近、厨成分が不足気味です!