[アーケン]から[ケア・パラベル]へと続く街道は程よく整備されている。
互いに、多くの物的流通があるためだ。
馬車が使用することもあり、道は非常に歩きやすい。
そのために商人以外の、多くの人々も街道を使用している程だ。
そんな中、
1人の老人と1匹の猫、そして3人の若者も歩いていた。
「ひっま、ひっま、ひっま~♪」
若者の1人である真っ赤な髪の女性が、拍子ハズレの歌のような何かを口ずさむ。
「でもルーちゃん。
絶対に、暇の方がいいよ……」
そんな珍妙な歌に対して、蒼の外套を纏った小さな少女が答える。
この少女には似つかわしくない苦笑を浮かべていた。
「ファナの言うとおり、だ。
暇っていうのは、こんなにも尊いモノだったんだなあ……」
横を歩いていたミリタリーフォークを担ぐ男は大きく頷く。
そんな2人の反応に、真っ赤な髪の女性ルイディナは頬をふくらませた。
「え~、そっかなあ??」
ルイディナの様子に、ミリタリーフォークを肩に背負った男ガストンは深いため息を付く。
二人のやり取りに、小さな少女のファナが仲裁する。
いつもの光景。
そんな3人に、簡素な焦げ茶色のローブを纏った優しげな老人が後に続く。
そして老人の横には、ぴったりとスコティッシュフォールドの黒猫が付いてきていた。
老人は、3人をやんちゃな孫を見守るかのように眺めつつ歩く。
「えーん、みんながいじめるよ~、イルマさ~ん!」
泣き真似をしながらルイディナは、老人のイルマに援軍を求める。
「暇すぎても退屈だけど、忙しいのは遠慮願いたいかな」
イルマはニコニコしながら、どっちつかずの回答をする。
「え~!
ちょ、それ、ずる! イルマさ~ん!」
ルイディナの声が街道に響き渡った。
ファナ、ガストン、イルマは笑う。
柔らかい日差し。
サラサラとした風。
穏やかで優しい時間が流れる。
そんな街道を、ルイディナ達は歩いていた――
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◇[ローブ・オブ・フォーベアランス(耐えるもののローブ)]
特性
・一見は簡素な衣服だが、圧倒的な魔力による防御力を備えたローブである。
眼にした多くの敵対する相手は、着用者の防御力を過小評価してしまう。
・ローブ着用者に対して攻撃を加えた者は、全てのステータスへペナルティを与える。
視界から外れるか、もしくは着用者の攻撃を受けることでペナルティは終了する。
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049 ケア・パラベルへ
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モンスターにも盗賊にも、危険な動物にも遭遇することなかった。
ルイディナ達一行は、のんびりとしたペースで街道を歩いていく。
これは老人であるイルマに負担をかけないように、ルイディナ達がペースを落としている為だ。
そんな旅の中、イルの頭の中にメッセージが流れてきた。
(イル、一つ伺ってもよろしいでしょうか?)
イルと呼ばれたイルマは、横を歩いている黒猫のクロコに視線を向ける。
と、クロコは既にイルの方を見つめていた。
微笑みながら、イルはクロコを胸に抱きかかえた。
(どうしたんだい、クロコ?)
クロコの黒曜石のような黒い毛並みをなぜる。
(あ、そこ気持ちいいです、イル。
……
……あ……
ん……
……
……い、いけません……
こ、これ以上は、また後で夜にお願いするとします。
今、伺いたいのは、あの3人のことです)
イルにとって、何かさりげなく気になるような言葉が混じっていたような気がした。
が、それはスルーして、クロコに問いただす。
(ルイディナ達のこと?)
(はい)
胸元のクロコは、「コクリ」と頷いた。
(クローク・オブ・コーシャス(慎重な者の外套)。
イルには些細なものでしょうが、凡百の魔術師では、あれは決して触れることも叶わぬ一品です。
それを与えてまで、なぜ、あの小さな少女を手助けするのですか?
他にも様々な物を与えてまで。
そもそも、彼女たちの助力はいりません。
私とイルで十分です。
やはり、彼女らは足手まといにしかなり得ません。
イルの目的を果たすのに、無駄な時間がかかってしまと思うのです)
クロコは一息で、想いをテレパスしてくる。
少しふて腐れているようなクロコに対して、イルは頭を撫でた。
(そうだね。
クロコの言うとおりかもしれない。
勇希達、いや、ここではキース達か。
彼らを見つけ出すのが、少し遅れてしまうかもしれない。
でも――)
イルは空を見上げる。
果てしなく広がる大空だ。
太陽が中点に来ているために、光がまぶしい。
イルは手をかざす。
それでも光は、指の隙間からイルの眼に飛び込んでこようとする。
(ワクワクがとまらないんだ)
空を見上げるイルの面持ちは、まるで少年のような無垢なものだった。
(イ、イル!?
そ、その、ワ、ワクワク、ですか?)
マスターであるイルを敬愛(溺愛?)してやまないクロコは、イルが見せた表情に見とれてしまった。
そのために、返答が遅くなってしまう。
クロコは慌てて、イルに続きを促すような返答をした。
空からクロコへ、イルは視線を戻す。
(ここは危険な世界だ。
それは重々承知している。
嫌でも承知させられたよ。
塔の周りにいたモンスター達から、散々、教育してもらったからね)
(あれはむしろ、モンスター達が危険な世界であると教育させられたと記憶していますが――
……すみません、話を遮ってしまいました)
クロコの言葉に微笑しつつ、イルは続けた。
(本当に危険な世界だ。
それでも、精一杯楽しんでみたいっていう自分もいるんだ。
正直、子供だなって思う。
効率だけで考えたら、いくらでも手段があるのに。
そうは思うんだけど、それでも、このワクワクが止められない。
まるで修学旅行で、初めて海外旅行に行ったような心境かな。
思ったように、感じたように、行動したくてさ)
言い終わって、イルは照れたようにはにかむ。
(我ながら、こんな状況なのに、度し難いとは思ってはいるんだけどね)
なんだか、何を言っているかわからなくなってきたよ――
と、イルは苦笑する。
だが、テレパシーを受けているクロコには十分だった。
言葉と、思いを、十二分に共有できたからだ。
(わかりました、イル。
ぶしつけな質問、失礼しました)
(そんなことはない。
クロコはパートナーだ。
むしろ、ちゃんと話さなきゃいけなかったんだ。
ごめんね)
イルはクロコをなで始める。
(あ、あの、ちょ、これ以上ここでは――)
(え、なに?)
(そ、その、なんというか――)
(え?)
(し、しりません!)
(ど、どうしたのさ、急に??)
クロコはイルの手から抜け出して、自身で歩き始めてしまった。
「プイっ」と、イルからそっぽを向けた時だった。
(――!)
一瞬、身体を震わせたクロコは、前方を凝視する。
直後、真剣な口調で、イルにテレパスが飛んできた。
(イル。前方、約100メートル敵対する者が感じられます)
クロコの言葉に、真剣な面持ちでイルは眼鏡越しに前方を見る。
イルの片眼鏡が淡く光る。
(ありがとう、クロコ。
こっちでも[ケイブ・フィッシャー]を確認できた)
(いえ、大したことはありません。
[ケイブ・フィッシャー]如き、イルには塵芥にも等しいでしょう。
が、言わせてください。
ご武運を――)
(ああ、わかったよ)
「ルイディナ、少しいいかな?」
イルは、暇ソング第9章を歌っていたルイディナに呼びかける。
「へ?
どうかした、イルマさん?」
「少しの間だけ、その歌を止められそうだよ」
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◇[アイ・オブ・ジ・アースマザー(地母神の眼)]
特製
・使用者は眼にしたあらゆるクリーチャーの起源、種別、キーワードを知ることができる。
・野獣に対して、意志による遠隔攻撃を行うことができる。
視線による意志攻撃の目標となった野獣は10分間の支配下になる。
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◇ケイブ・フィッシャー(Cave Fisher)
社会構成:集団
食性 :肉食性
知能 :極めて低い
性格 :トゥルニュートラル
特徴
・大きな節足動物(8本)
・身体に覆い被さる板のような堅いキチン質の甲羅を持つ。
・6本の足で壁を自由に移動でき、前の一対の足には強力なハサミが備わっている。
・奇妙に長い鼻をしており、鼻からは粘着性の単繊維が発射される。
生態
・ケイブ・フィッシャーは主に小さな飛行生物を獲物とする。
・本能的に、生存が一番容易となる行動を選ぶ。
また、自分自身が喰われずに獲物を得る手段として隠密製と罠に頼る傾向がある。
・ケイブ・フィッシャーの繊維によって作られたローブは、
着用者を、周囲からほとんど不可視とする効果を持つ。
繊維は糸巻きに巻かれた後で、特殊な方法で粘着性が薄められる。
残った繊維がローブに加工され、薄められた繊維は特別な溶液となる。
溶液は手袋やブーツに塗られ、壁を上る際に非常な助けとなる。
ローブと手袋、ブーツなどは冒険者に高値で取引される。
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○
イルは3人に前方にモンスターがいることを伝えた。
慌ててルイディナ達は「キョロキョロ」と視線を泳がせる。
が、何処にもモンスターが確認できなかった。
そこで半信半疑で歩を進めると、確かに、木にへばりついている昆虫のようなモンスターを確認できた。
本当にいたために、3人は驚いた。
「ルイディナ。
飛び道具はいけるかな?」
イルの問いに、ルイディナは肩を落とす。
「そのあたりはなんというか、ちょっち経済的事情というやつで……
手がでなかったりなんかしちゃったりして、たはは……」
ルイディナの答えに、イルは無理もないと思った。
剣やミリタリーフォークと違って、飛び道具には「玉」が必要となる。
当然、「玉」は有限であり有料なのだ。
戦闘が終わり、回収できればよいが、使い物にならないことが殆どだろう。
となると、新たに「玉」を用意する必要がでてくる。
初期冒険者に取っては、中々頭と懐を悩ませる問題だった。
「なら、これはおすすめだ」
イルは懐から細い革紐を取り出した。
革紐の中央には、丸いカップ状の受け皿がある。
ただ、それだけの物だった。
「ほえ?
何それ、イルマさん?」
「実際に見たことはなかったかな?
これは[スリング]だよ」
イルは転がっている適度なサイズの石を受け皿に入れて、革紐の両端を片手で握る。
「スリングはもっと評価されてもいいと思うんだ」
言うやいなや、イルは革紐を頭の上で振り回す。
石を入れたおかげで、遠心力が働き革紐に勢いが付く――
「はっ――!」
イルは片側の革紐の端を離す。
瞬間、石がものすごい速さで飛んでいく――!
木に掴まっていた[ケイブ・フィッシャー]の顔面を的確に捉えた。
かなりの衝撃に[ケイブ・フィッシャー]が地面に落ちる。
「これで、おしまい――!」
続けざま、再びイルはスリングを振り回して石を飛ばす。
第2投の石は、地に落ちた[ケイブ・フィッシャー]の身体を貫いた。
恐ろしいまでの命中率と威力だった。
「なにより、いくら使ってもタダという点がすばらしいよね」
ぽかーんとする3人に、イルはいたずらが見つかったような子供のようにはにかんだ。
○
[ケイブ・フィッシャー]の繊維は非常に人気がある。
この繊維は、ほとんど不可視のローブに加工ができるからだ。
やはりというか、[ケイブ・フィッシャー]製の装備は盗賊(シーフ)に人気が高い。
「うん、よし。
もうちょっとだ」
「は、はい、イルマさん……!」
小さな身体を震わしながら、ファナは[ケイブ・フィッシャー]にダガーを差し込んでいく。
緑色の液体が滲み出てくる。
「ヌルリ」とした感触に、何度もファナはくじけそうになる。
が、
「うん、ここはこうやった方がいい」
小さなファナの身体に背中から覆い被さるように、イルはファナの手をそっと取る。
「は、はい!」
タイミングを見計らって、イルはファナの作業を手伝う。
包丁で野菜の切り方を教えるかのように、イルはファナに[ケイブ・フィッシャー]の繊維の取り方を教える。
「これができるようになれば、結構な安定収入になる。
もうちょっとだけ、あと一歩、がんばろうか?」
「は、はい! が、がんばります!」
ファナは必死に、イルの言葉を聞いて従った。
おかげで、時間はかかったものの、無事に[ケイブ・フィッシャー]の繊維部を取り出すことができた。
「よくがんばったね、ファナ。
もう教えることは何も無いよ」
「あ、ありがとうございます、イルマさん……!」
「[ケイブ・フィッシャー]は不意打ちさえされなければ大したことない。
今日の感覚を忘れないようにだけ、ね。
これで大分、お金に関しては楽になるよ」
イルは小さなファナの頭に、そっと手を乗せて検討をたたえる。
ファナは頬を上気させながら嬉しそうに、くすぐったそうに、イルの手の感触を楽しんでいた。
「もー、ホントのおじいちゃんと孫娘みたいじゃない~」
そんな中、イルから渡されたスリングを手にしたルイディナが戻ってきた。
ファナは嬉しそうに、ルイディナに走り寄っていく。
「ルーちゃん!
見て、わたしにもできたよ!」
手にした[ケイブ・フィッシャー]の繊維を、ファナはルイディナに見せる。
「わ、やったね、ファナ!
えらいわ~!」
ルイディナはファナを抱き枕よろしく抱きしめる。
「わぷっ!」
「さっすが!
あたしなんて、不器用だから絶対にできないわ。
ファナ、本当にすごいじゃない!」
「ルーちゃん!
これで、少しはわたしも役に立てるよ……!」
「ん~、もう、ファナったら~♪」
ルイディナとファナがお互いに嬉しそうに抱き合っていた。
そんな光景に、イルは満足げに何回も頷いた。
○
「スリングはどうだった?」
ルイディナとファナが落ち着いた事を見計らって、イルは尋ねる。
スリングに興味を持ったルイディナに、イルはスリングを進呈しのだ。
もらったルイディナは大喜びで、先程まで練習に励んでいたからだ。
「う~ん、ちょっち苦戦中かも。
でも練習すれば、全然OK!
それに――」
ルイディナとイルの視線が合う。
そしてイルも頷く。
「「タダという点がすばらしい」」
ルイディナとイルは同時に口にする。
そして、笑い合った。
「おーい、枝けっこう集めてきたぞ-」
そんな時だ。
ガストンの声が聞こえてきた。
ファナが繊維の採取、ルイディナがスリングの練習をしている間に、
ガストンは、今日の野営に使う枝を集めてくれたのだ。
「ガストンさん、ありがと~!」
林から出てくるガストンに向かって、大きくルイディナは手を振った。
★
ハーレムものって難しい……!!!
必死にフラグを建築中のつもりなのですが、どうにもこうにも??