「いらっしゃい、こんな朝っぱらからご苦労なこったね」
「それはお互い様。
さ、とっとと出す物出しなさい~」
年期の入った白い前掛けをした中年男。
そんな中年男の言葉に対して、ルイディナは笑顔で答える。
白い前掛けの中年男の名前は[ガスパール]。
[アーケン]の冒険者御用達食料品店[朝びらき丸]の店主だ。
「ひでえ、そりゃ追いはぎの台詞じゃねえか。
わーったよ。
いつものでいいんだよな?」
「ん、というかそれしか買えないし~」
「トホホ……」と言った体で肩を落とすルイディナ。
そんなルイディナに、ガスパールは苦笑しながら棚より保存食を取り出す。
その保存食は粗食と言っても差し支えないものだった。
「ホントは、もうちょっと良いの食べたいなーって思ってたり、
なんかしちゃったりするんだけどな~」
ルイディナはニコニコしながら、ある一点を見つめる。
そこには、出された保存食よりもワンランク上の通常の保存食があった。
「寝言は寝て言え。
こっちゃ1日分で3sp(シルバー)すんだ。
お前さんのパーティの懐じゃ、いつも出してるヤツの3倍だぞ。
これやったら、俺らぁ、かかあのやつにしばかれちまう」
本来の保存食は、この3spが平均的な物だ。
だが、お金がないルイディナ達はガスパールに頼みこんだ。
その結果、特別に1spで粗食保存食を出してもらえるようになったのだ。
「ちぇ、ざんね~ん」
残念といいつつも、ルイディナの言葉からは残念そうには聞こえなかった。
これが、二人のいつものやり取りだったからだ。
だが、ルイディナが通常の保存食が食べたいという気持ちに嘘偽りはない。
「も、もう、
ルーちゃんっ、恥ずかしいよ~
い、いつもごめんなさい、ガスパールさん」
「でも、まー。
あれぐらいの保存食は食えるようになりてえよなあ」
同じパーティメンバーである、ファナとガストンも苦笑する。
そんな中、今まで脇に控えていたイルが前に出てくる。
「すいません、ご主人。
その保存食、4人で一週間分いただけますか?」
3spの通常保存食を指さし、イルは店主のガスパールに言った。
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048 旅の準備
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「ほえ??」
「え、え~!?」
「お、おい、イルマさん!?」
ルイディナ、ファナ、ガストンは一斉に驚きの声を漏らした。
そんな3人に、イルは穏やかな笑みを返した。
「お、おう。こっちゃそれが商売だから勿論かまわねえ。
髭の爺さん、ルイディナの関係者か?」
ガスパールは、横から現れた初見であるイルに対して尋ねる。
「ええ、[ケア・パラベル]まで護衛を頼んだんですよ」
「ほう、あんたがルイディナ達の依頼主ってわけか。
太っ腹だな、爺さん!
毎度あり、えっと、ちょっと待ってな――」
棚から保存食を、ガスパールは次から次へと取り出していく。
通常保存食が、次々と、イルやルイディナ達の目の前に積まれていった。
何が起ったかよくわかっていないのは、ルイディナ達3人だった。
「イ、イルマさん、ちょ、これ3spもするのよ~!」
「え、え……??」
「お、俺の言ったことなら独り言みたいなもんだから気にしなくていいんだぜ!?」
「ワタワタ」する3人を見て、イルは好々爺的な面持ちを深める。
「えーと、ちょっとまってな爺さん。
4人で、一週間だからっと……」
ガスパールは指を折り、支払金額の計算を始める。
が、イルは懐の財布から、8gp(ゴールド)と4sp(シルバー)を取り出した。
「84sp(シルバー)分です。
確認してください」
「うぇ!?
爺さん、すげえなあ!
計算早えよ」
支払いの事は、いつも妻に任せっきりのガスパールは素直に驚いた。
「い、いいの~?
な、なんだか、こんなことになっちゃって……?」
さすがにルイディナもオドオドしてしまう。
そんなルイディナに、イルは優しく言葉を返した。
「今回、私が依頼したんです。
食事代は出させてください」
「う、うそ~ん!
あ、ありがと~ん!!」
ルイディナは、まさに言葉通りにイルに飛びついた。
「わ、わわわ」
思わぬ形で、イルはルイディナを抱きかかえる形となった。
ルイディナはイルのモサモサの髭に頬をすり寄せて、気持ちよさそうにしていた。
「んふ、すごい髭~♪
フワフワ気持ちいい~♪」
「ちょ、ちょ、ル、ルイディナさん~!」
今度は、逆にイルが「ワタワタ」と狼狽してしまう。
そして、そんな光景に、黒猫のクロコはルイディナの足に「ぽこぽこ」と猫パンチし始めた。
○
ルイディナは目を輝かせながら、バックパックにしまい込んでいく。
ファナはイルの方に御辞儀、一日分の保存食をバックパックに入れて、またイルに御辞儀を繰り返す。
ガストンは通常の保存食を、感嘆の声を上げながらマジマジと見入っていった。
そんな3人を眺めていて、イルは非常に気になった。
まずはルイディナ達が使用しているバックパックだ。
「年期が入っている」といえば聞こえはいいが、かなりボロボロだ。
それも、知らない間に底が抜けてもおかしくない程度に。
また、身につけている装備もバックパックと大差がない。
パーティリーダーであるルイディナは、レザーアーマーとバックラーにレイピアを所持している。
3人の中では、一番、まともな冒険者と言える風体だった。
だが、所持している物は後回しなのだろうか、ポーチなどはボロボロだった。
ガストンはレザーの胸当てに、ミリタリーフォーク。
麦わら帽子をしているということもあってか、農業従事者にしか見えなかった。
だが、農業で身体の基礎は鍛えられているのだろう。
体躯は3人の中で、もっとも冒険者と言っても差し障り無いものだった。
そして、少女のファナだ。
腰にダガーとナイフを装備し、あとは少し厚手の皮製の服を身に纏っているだけだ。
小柄な少女の為に、全く冒険者には見えない。
100人中、120人が冒険者とは信じないであろう、愛玩動物を思わせるような少女だった。
イルは、数年前の[D&D]をプレイしていた頃を思い出す――
今の身体[イル・ベルリオーネ]が、まだレベル1や2の頃だ。
[D&D]の敵は強く、低レベルだと簡単に死んでしまう。
あの頃は本当に生き残るだけで精一杯だった。
モンスターが強く、お金も効率的に稼げるわけもない。
そんな中、本当に助かったのはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)の存在だった。
NPCはダンジョンマスターが操作するキャラクターだ。
このNPC達は、初期のイル達を本当に助けてくれた。
NPCがいなければ、イル達の存在は無いと断言しても良い程だ。
[朝びらき丸]でのやり取りを見て、イルは昔の自身をルイディナ達に見たのだ。
「皆さん、出発の前に少し付き合ってもらっていいですか?」
イルは決めた。
自分自身がそうであったように。
ルイディナ達に取って、最高のNPCになってあげようと――
○
「小枝を集めて束ねても代用にはなります。
けど、所詮代用品に過ぎません。
絶対にトーチはあった方がいいと断言します。
明かりにもなるし、
蜘蛛の巣も焼き払える、
再生する怪物の傷だってトーチで焼くことで倒せます」
手にしていたトーチを置いて、
続いて、イルはバックパックやサックを手にする。
「バックパックは背中に背負えます。
これで両手が自由になる、ということです。
武器や盾を持っても荷物が運べる、
これは本当に重要で大切なアドバンテージになります。
サックはなんでも入れられる、使い方によっては万能のアイテムと言えるでしょう。
苦労して冒険したって、宝物を持って帰れないのでは意味がありません。
水袋は何も言うことはないですね、まさに命の生命線です」
さらに、イルは毛布を丸めて小さな形にしていく。
「毛布は持ち運びにも便利だし、夜襲されてもすぐに動けます。
冒険者にとっては寝袋より良いでしょう。
それに寝袋との違いは、木の棒と組み合わせて担架にもなる点です。
私は、毛布は冒険中ではどんな宝石よりも価値があると信じています」
[アーケン]にある宿屋[ライオンと少年亭]の一室。
机の上には多くのアイテムが並べられていた。
バックパック、ベルトポーチ、火打ち石/鉄具、ランタン、ランタン用灯油
トーチ、ハーケン、フック付きロープ、サック(袋)、縫い針、布、石けん、
水袋、毛布、ブーツ(長靴)、外套、手袋、サーコート……等だ。
これらは保存食の購入後に、イルがルイディナ達の為に購入したものだ。
それらのアイテムを手に、今、イルによる道具の講座が行われていた。
[イル・ベルリオーネ]の知恵と、[入間 初(いるまはじめ)]のゲーム知識。
これらがミックスされた道具の説明は、的確で、非常にわかりやすいものだった。
イルの説明に、ルイディナとガストンは真剣に耳を傾けている。
続けて、イルが縫い針を手にした時だった。
控えめなノックの音が聞こえてきた。
「ファナちゃんかい?」
「は、はい。
あ、あの、イルマさん、き、着替えが終わりました」
イルが扉向こうに声を返すと、オドオドしたファナの声が帰ってきた。
入室を促すようにイルが告げると、ファナはオドオドした体で入ってきた。
「ちょ、ファ、ファナ!
か、か、かわいいじゃない~♪」
ファナの姿に、ルイディナは興奮の声を上げてしまう。
室内に入ってきたのは、深い深い蒼色をした外套に身をつつんだファナだった。
「う、うん、そ、そうかな……?」
顔を真っ赤にして答えるファナ。
おとなしいファナには珍しく、本当に全身から喜びを発している。
今まで、ずっと、すすけたズボンとチョッキしか着たことがなかったファナだったが
この外套は、今まで以上に、ファナの魅力を上げる事に成功していた。
「サイズは丁度のようだね。
うん、うん。
ファナちゃんにとっても似合っている」
大きく頷きながら、イルもファナに感想を述べる。
「あ、あ、あ、あの、
ほ、本当に、あ、ありがとう、ご、ございます……!」
緊張のあまりか、ファナはつっかえつっかえながら感謝の言葉を述べる。
そんなファナに、イルもつられて嬉しくなってしまう。
当初、イルはファナ用に冒険者装備を購入しようとした。
だが、ファナに合うサイズが無かったのだ。
また、非力なファナにとっては、レザーアーマーですら身につけることは不可能だったのだ。
そこで、イルは、自身の[バッグ・オブ・ホールディング]の中から、
何着もある防具の一つを、ファナにプレゼントすることにした。
それが、今、ファナが身につけている[クローク・オブ・コーシャス(慎重な者の外套)]である。
無論、[イル・ベルリオーネ]が所有するローブである。
ただのものである筈はない。
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◇[クローク・オブ・コーシャス(慎重な者の外套)]
強化
・頑強、反応、意志
特性
・このしなやかな蒼の美しい外套は、敵対する者に「臆病者の外套」と呼ばれる。
なぜならこの外套は素早い撤退を助けるからである。
パワー
・使用者に移動速度のパワーボーナスを得る
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サイズに関しては、マジックアイテムの力か、自動的にファナに合わせられたようだ。
「こ、こんなきれいな服、初めてです……」
クルクル回るファナ。
これほどまで喜んでくれるファナに、イルもつられて嬉しくなってしまう。
ただ、ますますファナの職業がわからない外見になってしまったとも思った。
「アニメの魔法少女みたいな見た目だなあ」などと考えて、イルは一人苦笑してしまう。
そんな穏やかムードの中。
ガストンが呟いた。
「でもどうして、俺達にこんなにしてくれるんだい?
ぶっちゃけ、これだけですごい金かかってるだろ……?」
ガストンの言葉に、ルイディナとファナも黙ってしまった。
室内が沈黙に包まれる。
そんな中で、イルは近くの椅子に腰を下ろす。
すると、待ってましたと言わんばかりに、クロコはイルの腿の上に飛び乗る。
イルはクロコの頭を撫でながら、静かに口を開いた。
「私も冒険者だったんです」
「え、イルマさんも?」
ルイディナは驚きの声を上げる。
そんなルイディナに、イルは笑顔で頷いた。
(イル、良いのですか?
冒険者であることを、彼女らに明かしてしまって?)
クロコから、イルに意思疎通のメッセージが飛んでくる。
イルはルイディナ達に悟られないように、表情には何も出さないでメッセージを返す。
(全く問題無いし、むしろ都合が良いと思う。
[イル・ベルリオーネ]であることを、あんまり知られたくないだけだからね。
最初のうちに冒険者ということを明かしておけば、
後々、何かしらの力を使ったとしても、それほど疑われることはないと思うんだ。
木の葉を隠すなら森の中、だよ。
あれ、これはちょっと使い方が違うのかな?)
イルは一つ咳払いをして、ルイディナ達に向き合った。
「ええ。
最初の私なんて、酷いものでした。
腕もない、お金もない。
あったのは、同じ境遇の大切な仲間だけです。
そんな時でした。
やはり先達の人が助けてくれたんです。
おかげで、今、私は生きています。
だから今度は私の番かな、と――」
自分で言っていて「少し気恥ずかしいな」と、イルは思ってしまう。
だが、今のこの世界で、この状況。
ルイディナ達に、生き残って欲しいと思うのも事実だ。
だから、この先の言葉は自然に出てきた。
「そして、ルイディナさんたちにお願いがあります。
3人でずっとこれから先も生き残ってください。
そして、ずっと先の未来。
私と同じような立場になった時。
新人の方を手助けしてあげてください」
イルの静かで、穏やかで、重くて、優しい言葉が告げられる。
ルイディナ、ファナ、ガストンは、大きく頷いた。
「ええ、わかったわ、約束する」
「う、うん、が、がんばります!」
「ああ、勿論だとも」
3人の言葉に、イルは嬉しそうな笑みを満面に浮かべた。
そんなイルに、ルイディナも笑顔で返す。
「イルマさん!
これから、あたし達のことは気楽に話して。
ここまでしてくれて、敬語なんてやーよー」
ルイディナの提案に、ファナとガストンも同意する。
「う、うん。
ファナって呼んでください」
「ああ、ったくだ。
俺も頼む。
どうにも、俺もむずがゆくてダメだ」
イルはゆっくりと椅子から立ち上がる。
そして、3人の顔を真正面から見つめる。
「わかりました。
ルイディナ、ファナ、ガストン。
これからよろしくお願いします――」
イルのまっすぐな視線に、ルイディナは少し照れてしまう。
「まだ、びみょーに敬語だけど、うん!
イルマさんの好意、絶対に無駄にしないわ!
まっかせなさいって~!」
★
なんと出発できず。
ただ、少しは、ルイディナ達に血肉を与えられたかなとも思うので良しとします。
初心者パーティ、これからどうなることやら???
それにしても、おじいちゃん編に入ってから、どうにも文章に違和感が。
視点が散漫というか。
いっそ、ルイディナ達の視点だけで書いてみようかなあ。