ご機嫌な感じで歩く、つやつやの黒曜石のように美しい毛並みの黒猫の[クロコ]。
目の下にクマを作り、少しおぼつかない足取りで歩く老人の[イル・ベルリオーネ]。
イルと言えば、あの[魔術師ビッグバイ]を倒した英雄の一人である。
が。
今の様子では、この男が大魔術師であるとは誰も気がつけないだろう。
普通にどこにでもいる、髭モサモサのおじいちゃんである。
「た、太陽が黄色い……」
そんな一人と一匹が、再び[冒険者組合(ギルド)]の扉を開けたのは護衛依頼を上げた翌日だった。
-----------------------------------
047 顔合わせ
-----------------------------------
[冒険者組合(ギルド)]は相も変わらず盛況だった。
人をかき分けるように、イルとクロコが受付カウンターに向かおうとした時だった。
「お・じ・い・さ・ん~♪」
「おわっ、
と、とと――!?」
突如、イルの背中におんぶしてくる女性がいた。
女性とわかったのは、明るい声で呼びかけられたからだ。
だが、突然の事に、老体のイルはバランスを崩して尻餅をついてしまう。
「わたたた……」
「あ、ご、ごめん~!」
そんなイルに、急に飛びついてきた女性は手を差し出した。
イルはその手を取り、引っ張られて立ち上がる。
「さ、さすがにびっくり……
……ん?
あれ、君は――」
イルの目の前の女性。
それは昨日、この[冒険者組合(ギルド)]で案内してくれた女性だと気がついたからだ。
「う、ホントゴメンなさい。
あはは、ちょっちテンションあがっちゃっいまして……」
くせっ毛の、燃えるような赤い髪をポリポリと掻いて女性は苦笑いをする。
女性は[ルイディナ]と名乗った。
ルイディナは十分に見目麗しい部類に入る女性だった。
健康的な身体はバランスも良い。
レザーアーマーなど身に纏わずに、ちゃんとした格好をしたら男は放っておかないだろう。
だが、ルイディナは「そんなお金ないし、めんどくさーい」といって、今まで女性らしい身なりを整えたことはない。
ルイディナは、イルに対して頭を下げた。
「大丈夫。
こっちも驚いただけですから」
イルはルイディナに問題無いことを、微笑みながら告げる。
が、納得していない者がいた。
クロコだった。
先程までは上機嫌だったのだが、クロコの機嫌は一気にストップ安になるまで下落した。
女性のくるぶしに、「ぽこぽこ」と猫パンチを与えている。
「う、ごみんよ、猫ちゃん。
君のご主人様をどうこうする気は無かったんだよ~」
ルイディナがクロコを抱きかかえて、あやそうとする。
が、クロコはますます暴れるだけだった。
暴れるクロコ。
必死になだめようとするルイディナ。
そんな二人を、イルは苦笑しながら眺めていた。
○
クロコの猫パンチはイルが抱きかかえるまで続いた。
結局、ルイディナにはクロコをなだめることはできなかった。
そんなクロコは、今、イルの腿の上で満足げにゴロゴロしている。
「えーっと。
では、改めまして、あたしはルイディナ。
よろしくね、[イルマ]さん!」
「こちらこそ、昨日は助かりました。
ありがとう……
……ん、私の名前?」
今、[イル・ベルリオーネ]が名乗っている偽名。
それが[イルマ]だ。
偽名と言っても、[イル・ベルリオーネ]の中の人間の本名が[入間 初(いるまはじめ)]だ。
不意に呼ばれても、自然に応対ができる。
だが、ルイディナに名乗った覚えの無いイルは小首をかしげた。
「えっへん。
それは、これ!」
そんなイルに、ルイディナは羊皮紙をテーブルの上に差し出す。
それはイルも見覚えがあるものだった。
「依頼書、ということは――」
イルの問いに、ルイディナは自信満々に頷く。
「ええ!
イルマさん、大船に乗ったつもりでいてね。
今回の護衛、あたし達のパーティが受けさせてもらうわ!」
ルイディナは腰に手をあてて、「えっへん」と胸をはる。
(反対です、イル)
だが、ルイディナの言葉が終わるやいなや、イルの頭の中に言葉が飛び込んで来る。
クロコからだ。
イルの使い魔であるクロコは、1.5km以内ならば自由に意思の疎通が可能となる。
(ただでさえ反対なのに、よりによって、この人間なのですか?
明らかに、どうやって中立的に見たとしても、
ええ、間違いなく、太陽が東から西に沈むぐらいの確率で実力が不足しています。
完全無欠にダメダメです。
全く持って、イルには相応しくありません。
それに胸に無駄にある贅肉を押しつけて、イルにおんぶするなどうらやまし――
――コホン。
空前絶後、言語道断の無礼な行為。
とにかくダメです。
ダメったら、ダメです)
ものすごい勢いで、メッセージが飛び込んできた。
そんなクロコに対して、イルも慌ててメッセージをテレパスする。
(ど、どうしたのさクロコ?
まあまあ、落ち着いて。
今回の街道には危険が殆ど無いらしい。
良いと思うよ。
形だけの護衛ってなったとしても、老人が旅をしていて不自然でない光景が作れればいいんだから。
それに明るくて良い人だと思うけど?)
(……
……
……
イルならそう言うとは思っていましたが。
イルがそういうのでしたら仕方がありません。
イルが言うから従います)
しばらくの沈黙の後、本当に不承不承な感じでクロコは了承してくれる。
(ああ、ありがとう、クロコ)
なんでここまで反対されるのか、よくわからないイルだった。
だが、ひとまず、太ももの上にいるクロコの頭を撫でて機嫌を取ることにする。
そんな主人の行為に、ほんの最初だけは拗ねていたクロコだったが、
すぐに、主人の気持ちが良い愛撫に身を委ねた。
「ど、どうかなー?
あたしじゃ依頼を受けちゃダメ……?」
ちょっとした沈黙の時間があった為に、ルイディナが不安そうにイルを見てくる。
そんなルイディナに、イルは慌てて首を横に振った。
「あ、いえいえ、失礼しました。
ルイディナさん、ありがとうございます。
是非、[ケア・パラベル]までよろしくお願いします」
イルは右手を差し出す。
「ええ!
ありがとう、こっちこそよろしくね!」
ルイディナは笑顔で握手に応じる。
花が咲くような、そんな表情だった。
イルは、そんなルイディナを見て、今回の道中は楽しくなりそうだと思えた。
○
[ケア・パラベル]に出立の朝。
ルイディナ達は、依頼主であるイルマと合流するために待ち合わせ場所に向かっていた。
「ね、ねえ、ルーちゃん。
今度は、だ、大丈夫なの……?」
ルイディナの横について歩く少女。
少女は13~15歳といったところだろうか。
小さな身体を振わせて、おどおどしながら、ルイディナに問いかける。
「ま、前は本当にゴミンよ~、[ファナ]!
でも、今回は大丈夫!
ちょー、紳士的なおじいちゃんだから!
紳士・オブ・ザ・イヤーって感じ?
絶対に前のクエストみたいなことないから!」
「ホ、ホントなの……?」
小動物的な眼差しで、ルイディナを見つめる[ファナ]。
「全くだ。
俺もあんな変態依頼主には、2度と近寄りたくないんだが……」
[ファナ]の横にいる、ミリタリーフォークを抱えた男もため息を付き同調する。
男の方は30半ばだろうか。
手にしているミリタリーフォークもあって、男は農業を従事しているように見える。
「はぅ、[ガストン]さんまで~!
前は本当に、なんていうのか、そう、運がなかっただけだから!
ね!
信じて、今回は大丈夫だから~!」
四面楚歌状態のルイディナは、[ファナ]と[ガストン]を拝み謝り倒している。
そんなルイディナを見て、[ファナ]と[ガストン]はますます不安になっていった。
この直前に、ルイディナが持って来た仕事があった。
[ルイディナ][ファナ][ガストン]。
3人で依頼を受けたのだが、これが最悪の仕事だった。
一言で言うと、依頼主が変態だったのだ。
結局、この依頼は「すったもんだ」したあげくに、キャンセルすることになった。
当然、ルイディナからのキャンセルだった為に、依頼主へ違約金の支払いが発生することになる。
ただでさえお金が無いルイディナ達には、涙目となった経緯があった。
「う、うん……
ルーちゃんがそういうなら……」
だが、ルイディナの言葉に、[ファナ]はおびえつつも頷いた。
「まあ、今回は金が無いから、まともな依頼者と依頼であるのを信じるしかないな。
信じてねえけど、俺、今だけ神に祈るわ……」
ガストンは深い深いため息を付いた。
「もう!
ホントのホントに、今度は大丈夫だから!
ほら、あの人だよ。
おーい、イルマさ~ん!」
[アーケン]にある宿屋、[ライオンと少年亭]。
その入り口には老人と猫が待っていた。
ルイディナの大きな声に気がついた老人は、微笑しながら軽く手を挙げた。
○
「皆さん、初めまして。
イルマといいます。この子はクロコ。
色々ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
ファナとガストンに、ルイディナはイルマを紹介する。
イルマの丁寧な自己紹介を聞いて、ファナとガストンは涙が出そうな程に安堵した。
「ああ、こちらこそお願いする。
本当に、今度の仕事が貴方みたいな人だったことに、いもしない神に感謝する。
俺はガストンだ。
普段は天下の農民だが、この時期だけは冒険者もやってる。よろしくな」
ガストンは豆だらけの右手をイルに差し出す。
イルも右手を快く差し出す。
「だからミリタリーフォークを持っていたんですね。
心強いです、どうかよろしくお願いします」
「え?
あ、あんたは馬鹿にしないのか?
大体が、こいつを見ると微妙な反応するんだが……」
ガストンは照れたように頭を掻いた。
今まで、自分のお気に入りであるミリタリーフォークにこのような反応をされたことがなかったからだ。
「だとしたら、その人は視野が狭いかもしれません。
ミリタリーフォークは通常の槍のような使い方と、
もう一つ、馬上の相手も引っかけて引きずり落とすこともできます。
使い方よっては、本当に良い武器だと思いますよ」
「お、おう。
あ、ありがとな、イルマさん……」
褒められたことが無いガストンは、妙に顔を真っ赤にしてしまった。
「おっさんが照れてもキモイだけよ。
はいはい、次々~!」
「お、おいおい」
ルイディナがガストンを押しのける。
そして、イルの前に、小さな少女であるファナを差し出す。
「かわいいっしょ~?
ほら、ファナ、自己紹介、自己紹介」
ルイディナに背中をポンポンと叩かれて、ファナは声を出す。
「あ、あの……
ファナ、です。
ファナって言います。
い、一生懸命がんばります、よ、よろしくお願いします!」
自己紹介の時点で、既に一生懸命なファナに、イルマは微笑した。
ゆっくりと膝を曲げて、ファナに視線を合わせる。
「ああ、ありがとう。
期待しているよ、ファナちゃん。
だが、少し肩に力が入りすぎているかな。
もうちょっとリラックスすると良いと思うな」
ファナの肩に、イルは軽く手を添える。
「は、はい、が、がんばって肩の力抜きます!」
だが、ますますファナの肩がガチガチになってしまった。
ファナの可愛らしい反応に、不思議とイルは逆に心が落ち着いていった。
「えー、じゃ、最期があたしね!
ルイディナです!
このパーティのリーダーやってます。
大船に乗ったつもりでいてね、イルマさん!」
「ルイディナさんがリーダーか。
何かあったとき、私にも指示を出して欲しい。
それに従うとするよ」
「まっかせって~!」
ルイディナは自信満々に胸を叩いた。
「おいおい。
ルイディナの判断は当てならんじゃないか。
俺ならイルマさんの指示に従うがなあ」
「うは、ひど!」
ガストンとルイディナのやり取りで、ファナも笑う。
ファナも少しは力が抜けたようだった。
そんな穏やかな光景の中、イルは冷静に観察する。
とても仲の良いパーティ、だと。
だが、この3人はおそらく初心者レベルの冒険者だろうとも思う。
ゲームのレベルで言えば、ルイディナとガストンがレベル2ぐらいのファイターだろうか。
ファナという少女に至っては、冒険者ですら無いのではないかと思えるぐらいだ。
今回の移動が危険地帯を通るというものならば、さすがにイルはキャンセルをしたかもしれない。
自身の身の安全の為にではなく、ルイディナ達の為にだ。
だが、[ケア・パラベル]までの道は危険性は高くないという。
なら、今は、この、賑やかになりそうな旅を楽しみたいと思う――
「では、ルイディナリーダー。
出発の号令をお願いします」
イルの言葉に、ルイディナは大きく頷いて――
「さあ、それじゃー。
みんな、[ケア・パラベル]まで、れっつらごーよ!」
ルイディナはレイピアを抜いて、空に高く掲げた。
★
今、自分の中で、文章をいろいろ実験中です。
視点も無茶苦茶ですし、読みにくくなったかもしれません。
精進します。
おじいちゃん編のコンセプトは「明るく、楽しく、ハーレムでおじいちゃん無双」。
できるかなあ……????
面白い文章を書ける方は本当にすごいです。