[サーペンスアルバス]を治める[キース・オルセン]は机に向かっていた。
黙々と、羊皮紙の書類に目を通しては、様々な数字を記入していく。
それは[サーペンスアルバス]を平和で豊かに治める為の事務作業だ。
1枚を処理し終わると、キースは、すぐさま次の書類に取りかかる。
尋常では考えられない速度であった。
おかげで机の上に詰まれた大量の羊皮紙の書類は、ものすごい速度で処理されていった。
そんな作業をするキースの周囲には、忙しなくピンク色のプリズムと菱形の小石がクルクルと回っていた。
時折、神秘的な光を発するプリズムと小石は、キースに多大な力を与えていた。
この石は2つ共に、[魔術師ビックバイ]を倒した際に入手したアイテムだ。
キースはこの石を入手したことで、その後に領主になる道を選んだといっても過言では無い。
ピンク色のプリズムは[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]。
このプリズムのおかげで、キースには理解できない言語は無かった。
また、このプリズムは、有益な情報を自然にもたらす[事情通]と呼ばれるパワーがあった。
この情報を基に、負けないスペキュレーション取引を行うことによって、キースは[サーペンスアルバス]に富をもたらしている。
菱形の小石は[アイウーン・ストーン・オブ・サステナンス(維持のアイウーン石)]。
この小石は所有者に対して、[食料]も[水]も[休息]すらも必要としなくなる。
疲労が一切無くなるというアイテムだった。
アイテムの力と[勇希(ゆうき)]の時に身につけていた簿記知識による、キースの必死の努力。
このおかげで、[サーペンスアルバス]の経済状態は右肩上がりになっていったのだ。
[キース・オルセン]こと[水梨勇希(みずなしゆうき)]。
彼は、特別に派手な事はしていない。
薄利多売、無駄を無くす、独占して恨みを買わない、そういった基本的な事を守っていた。
というか、一介の政経学科大学院生でしかない勇希には「それしかできなかった」のだ。
「ん~!」
羽ペンを置き、キースは立ち上がりながら両手をストレッチさせる。
コキコキ、といった音が至るところから鳴った。
ふと、キースは窓に目を向ける。
と、閉じたカーテンの隙間から、淡い光が差し込んでいるのがわかった。
緩慢な動作で、キースは窓のカーテンを開く。
すると、キースの目にどこまでも広がる海が視界に飛び込んできた。
海の遙か先にある水平線からは、オレンジ色の太陽が顔を覗かせ初めている。
「ふぅ……
……
……もう朝か~」
キースは窓を開けると、ヒンヤリとした海風と海猫の鳴き声が飛び込んできた。
深呼吸をしつつ、キースは黙って海に見入ってしまう。
キースは、この光景が大好きだった。
そして、いつも考える。
この海は[自分の世界の海]に繋がっているのかな、と――
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◇[アイウーン・ストーン・オブ・サステナンス(維持のアイウーン石)]
特性
使用者は飲食や呼吸の必要がなくなる。
また、休憩に要する時間は通常の半分になる。
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どのぐらいの時間、海を見ていたのだろうか。
キースの耳に扉をノックする音が聞こえてくる。
「はいはーい?」
ノックに反応して、キースは深く考えずに無意識に返答する。
「失礼いたします、ホワイトスネイク」
挨拶と共に入室してきたのは、自分の秘書兼メイドである[マリエッタ]だった。
「!
……マ、マリエッタさんじゃないですか……あはは……」
何も考えずに返答したキースは、この瞬間にものすごく後悔した。
「ホワイトスネイク。
なぜ、貴方様は政務室にいらっしゃるのでしょうか?」
「険しい」と言ってよい表情で、マリエッタはキースを見つめてくる。
「え、えーとだな。
うん。
まあ、落ち着こうじゃないか、マリエッタ君。
つまりだね。
えーと、まあ、なんと言いますか……」
シドロモドロな口調になるキース。
そんな様子を見たマリエッタは、深いため息を付く。
「また、寝室から抜け出されたのですね」
「……はい」
「何度も申しているはずです。
夜はお休みになってください、と」
「き、昨日は暑かっただろ!?
だから、さー。
寝られなくて、そう、寝られなくてね!
だったらさ、眠くなるまで仕事してた方が良いと思わない?」
「お身体を壊されたら、どうするのですか?」
「イヤイヤ。
こう見えても、生粋のファイターだから身体は丈夫でねー。
しかも、チートアイテムのおかげで――」
「ホワイトスネイク!」
「ひゃい!」
あまりの迫力に、キースは思わず直立不動で敬礼などをしてしまった。
その際に見たマリエッタは切なげな面持ちを浮かべていた。
「う、そ、その、ね。
マリエッタさん……?」
「いつも、政務に励んでおられるホワイトスネイクはご立派です。
けれど[サーペンスアルバス]が豊かになっても、私達が豊かになっても、
ホワイトスネイクだけが体調を壊されたら、何にもならないではないですか――」
こうなると、もう、どうにもならない。
自分の身体を心配してくれる有能な仲間に対して、キースはマリエッタに謝罪と感謝の言葉を述べた。
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043 日常
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「ん~、美味い。
シチュー、おかわり」
「かしこまりました、ホワイトスネイク」
キースから差し出された空になったお皿を、微笑しながらマリエッタは受け取る。
受け取ったお皿に、マリエッタはシチューポットからおかわり分を注いだ。
「熱いのでお気をつけください、ホワイトスネイク」
「熱いのがいいんだよ、さんきゅ」
嬉々としながら、キースはライ麦パンをシチューに浸ける。
よく染みこませて食べるパンが、キースは大好物だった。
昔からずっとやっていた為に、妹である[乃愛]も真似をしてしまうようになった程だ。
「でも、本当によろしいのでしょうか?
私の料理如きで。
ホワイトスネイク程の御方でしたら――」
何かを言いかけるマリエッタに対して、キースは手を差し出す。
[ストップ]との意思表示であることを察したマリエッタは、途中で、言葉を止めた。
「ずーっと言ってるけど。
俺、シチュー大好き。
マリエッタのご飯に1ミリも不満なんて無い、と断言しよう。
いや、むしろ、俺の妹に教えてやって欲しいぐらいだ」
「ホワイトスネイクには、妹君がいらっしゃるのですか?」
初耳である内容に、マリエッタは疑問を口にする。
「ありゃ、言ってなかったっけ?
[乃愛]、[乃愛]が俺の妹」
さらり、と告げる内容にマリエッタは驚いた。
「え!!???
まさか、あ、あの、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]がですか!?」
「ん。
その[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]」
「……!
そ、そうだったのですか……
そ、それは存じ上げませんでした……」
「まあね。
世間じゃ殆ど知られてないよなあ、これは」
嘘ではないが、これは正しい情報とも言えない。
確かに、[勇希]の妹は[乃愛]であることは間違いない。
だが、[キース・オルセン]と[ノア]には兄妹という設定は無かった。
脳内で[D&D]のキャラクターシートを思い出して、キースは苦笑する。
「と、そんな[乃愛]の絶望的なまでにスキルの無い料理話は置いておくとして。
今の状況って、メイドさんがついてくれて、料理してくれてるなんて――
……
……よく考えたら、何、この桃源郷?」
「と、とうげんきょー、とは……?」
後半から、独り言になったキースだったが、
不安がるマリエッタには、改めて、心から満足していることを告げた。
「不満と言えば、前に商談で行った時の食事の方が参ったよ」
その時の様子を思い出して、キースは苦笑してしまう。
商売の話をする為に、有力な商人の所に赴いた時の事だった。
滞りなく商談は終わり、その後、親睦を深めるべく食事会を開いてもらった。
参加して、キースは呆然としてしまった。
なんと、その商人の元では、厨房で働く人だけで100人程もいたのだ。
「なんだか緊張しちゃって、味なんて覚えてないよ」
キースは肩を竦める。
そんな主人であるキース・オルセンという人間に、マリエッタは親近感を覚えてしまう。
高位の貴族や宮廷では、むしろ、それが普通なのだ。
今の、普通の家庭のような状況の方が不自然と言える。
「よそはよそ。
家は家ってことで。
あ、これ、俺の母親の口癖」
笑うキースにつられて、マリエッタもつられて破顔した。
穏やかな時間だった。
だが、[キース・オルセン]には、そのような時間はいつもわずかしか与えられない――
「ホワイトスネイク!
か、火急のお知らせがございます!」
政務室の扉向こうから、慌ただしい声が投げかけられてきた。
聞き慣れた伝令係の兵士による声だった。
「何事か!
ホワイトスネイクはお食事中だ。
今でなければならないのか!」
今までキースと会話していた口調とは全く異なる、厳しく激しい口調でマリエッタは答えた。
そんなマリエッタに対して、キースはいつも通りに呼びかける。
「あー、いいよいいよ。
入ってきて、入ってきて。
火急なんて言われたら、気になってご飯食べられないしなー」
キースは食べかけのライ麦パンを置いて、口を拭いた。
食事の手を止めたキースを見て、マリエッタは悲しげな面持ちを隠せなかった。
「ホワイトスネイク……
……申し訳ございません……
……
……よし!
ホワイトスネイクのお許しが出た、入れ――」
扉向こうの伝令係に向かって、マリエッタは入室の指示を出す。
直後に、キビキビとした動作の兵士が室内に入ってきた。
キースの前までやってくると、兵士は片膝を付いて頭を垂れた。
「どうした、何かあったのか?」
面をあげるようにお願いして、キースは状況を説明するように促した。
緊張した様子で、兵士は報告する。
「は! も、申し上げます!
[サーペンスアルバス]より北の集落[ティモシー]周辺にて、
3メートル近くの、牛のような顔を持つ化け物が現れたとの報告がありました!」
「――な!?
牛の顔、3メートル???
な、なんだそいつは!?」
兵士の報告にマリエッタは驚きを隠せない。
キースの方も、先程までとは違った真剣な面持ちを見せた。
「3メートル。
牛の顔を持つ化け物、か……
……
……」
キースは顎に手を当てて思考する。
周囲には、アイウーン石が舞い始めていた。
「えと、その化け物ってさ。
武器は持って無かった?
ハルバードみたいな馬鹿でかい斧か、フレイルみたいなやつ」
キースの質問に対して、兵士は驚きの表情を見せた。
「は!
ホワイトスネイクのおっしゃるとおりです。
報告によると、その化け物は自分の身の丈を超える戦斧を軽々と操っているそうです。
し、しかし、なぜそのことを……!?」
「ま、有名なモンスターだからなあ。
[ミノタウロス]に間違いないか。
ったく、迷宮以外で、なんでまたこんな所に……?」
長めになった金髪を、キースはうざったげに掻き上げた。
一つため息を付いて、マリエッタに地図を持ってくるように指示を出す。
指示を受けたマリエッタは、キビキビとした動作で地図を持ち出してくる。
「ん、あんがと。
にしても、[ティモシー]周辺か――」
地図を見つめながら、キースは思案する。
「出たもんは仕方ない、か。
[ティモシー]を含めた、近隣集落の住民の避難はどうなってる?」
「は!
ホワイトスネイクより配布されております[緊急防災マニュアル]に従って、
皆、住民は避難しているようです。
防災訓練通りとのことで、大きな混乱も見られていないとのことでした」
「OK、OK!
やっといてよかった、マジで」
今度は、安堵のため息を付くキースだった。
キースは自身の領土の人間に、[防災訓練]を義務づけていたのだ。
毎月の1日には、大規模な訓練を執り行っている。
そんなキースに対して、周囲の領主等からは、奇異な者を見る目で陰口を叩かれたりもしていたのだが。
「よし、あとは俺達の出番だな。
[ティモシー]辺りだと、準備できている迎撃ポイントB地点しかないか。
[ミノタウロス]は、データ上では7フィートから10フィートぐらいだったよなあ。
なら、サイズ的には問題ないか……」
いつものように、キースは考え事を呟いてしまう。
これは彼の癖だった。
ひとしきり呟いた後で、キースは兵士に告げる。
「よし、決めた。
精鋭囮部隊に伝令。
俺が行くまで時間を稼げ、と。
ああ、でも、戦闘は厳禁だ。
[ミノタウロス]と真正面から戦うなんて、んな、馬鹿なことはしなくていい」
キースの指示が兵士に出される。
[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]の効力もあり、
キースのたたずまいは、偉大なる領主と呼ぶに相応しいものだった。
感銘を受けた伝令役の兵士は、直利不動の姿勢を取り敬礼する。
「は、畏まりました!」
指示を受けた兵士は、駆け足で退出していった。
続けて、キースはマリエッタに向かう。
「マリエッタ。
それと、いつもの道具の手配だ。
今回は[ミノタウロス]相手だから、な。
討伐部隊には多めに持つように伝令を頼む」
「は、畏まりました。
[分銅付きネット]と、[弓矢]、[トリカブト]ですね」
「ああ、それと。
今回は[油]も追加だ」
「[油]ですね、承知いたしました」
恭しく、マリエッタはキースに向かって頭を垂れた。
その様子を見て、キースは一つうなずいた。
「マリエッタ、伝令よろしく!
俺も出るんで、鎧着てくる!」
慌ただしく、キースは政務室から出て行った。
「ご主人様……」
誰もいなくなった政務室。
机の上に詰まれた書類と食べかけのシチューを見て、マリエッタは重いため息をつく。
だが、それも一瞬。
次の瞬間には、マリエッタは行動を起こしていた。
尊敬する主人の指示をこなすために――
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◇ミノタウロス(Minotaur)
社会構成:氏族
食性 :肉食性
知能 :低い
性格 :カオティックイービル
生態
・極めて肩幅が広く、筋肉質であり、雄牛の頭を持っている。身体は人間の男性のものである。
・道に迷わないという特集能力のため、ミノタウロスは通常地下迷宮に生息している。
・生活は人間よりも動物に近い。人間の肉は好物。
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★
私の日本語は相当に酷いレベルだと思います。
が、下には下がいました。
CompTIAというIT団体の認定資格試験の問題文章です。
あの試験文章と比較したら、いくらかは私の方がマシと自信を持って言えます。
興味がある方は是非お試しをw
○
[Dungeons & Dragons 冒険者の宝物庫]を見ると、アイウーン石は相当にチートなのに気がつきました。
ゲーム中では、正直、微妙なアイテムだと思いますけどねw
ちなみに、お金にすると[パーフェクト・ランゲージ]の方には325,000gp。
[サステナンス]の方には225,000gが付けられています。
半端ない……!