「わ、さすがに壮観ね……!」
[セーフトネータ]の港には、日々の漁に使われる小型の船がギッシリと並んでいた。
船同士の間に全く隙間は無く、海の水が見えない程だった。
そのあまりの渋滞ぶりに、タエは無意識に声を出してしまう。
「まったくだね。
でも、あの一番奥の小舟って、どうやって海にでるんだろ?
前、全部ふさがれちゃってるよ?」
「あらあら」
「わー、船がいっぱい、いっぱいぱーいー」
横にいるミッチェル達も、各々に思うことを口にする。
ミッチェルの疑問に関しては、タエも同様に思っていた。
「私は剣が得意。
ミッチェルは、商売の流通や計算なんかはお手の物よね。
それと同じように、やっぱり船乗りには船乗りの秘密テクニックがあるのよ。
……
……
……
……たぶん」
「あはは。
自信無さげな、最期の言葉が無ければカッコ良かったのに」
「あら?
聞こえちゃってた?」
「そりゃあ、もちろん」
「なら、[今度]はもっと上手く言わないとダメねー」
タエの告げた言葉。
[今度]という箇所には、少しだけだが力が入っていた。
「ああ、そうだね。
じゃあ、僕は[今度]もツッコめるようにしておかないと、ね!」
ミッチェルも、タエと同様に[今度]という言葉に力を入れる。
二人の様子を見ていたバーバラも、静かにうなずいてくれた。
よくわかっていないバドは、キョトンとした体で両親とタエを見ていた。
そんな何でもない光景。
だが今日は、タエが[港町・セーフトン]を出発する日だった。
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040 またね
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「あれが、今回タエが乗るヤツだよ」
「へえ……あれが……!」
「うん。
あれが[サーペンスアルバス]方面行きだね」
ミッチェルが指さした船は、上空に高く突き出た3本のマストが眼を引くものだった。
船首も長めに設計されており、船幅があるにもかかわらず精悍な印象を与える船だ。
「結構カッコいいんじゃない、これ?」
これから自分が乗ることになる船を見上げているタエに、ミッチェルは船の解説を買って出る。
「商用ジーベック系の船だね。
やたら目立つマストが3本あるだろ?
フォアとメインとミズン。
あのおかげで、ものすごく足が早いんだよ」
「へえ、そうなんだ。
確かに他の漁船とかに比べると、速そうな感じがするわね……!」
「ああ、ダントツな速さの筈だよ。
にしても、このフォルムがいいんだよねえ。
でね、船首部分から最前列の横帆にステイセイルが張られている。
あの横帆がたまらないよね!」
ミッチェルの饒舌な説明に対して、タエは苦笑してしまう。
新作ゲームソフトを購入した時の勇希(ゆうき)と同じ反応だったからだ。
「なあに、ミッチェルってば船好きなの?」
「よくぞ聞いてくれたよ、タエ!
もちろんじゃないか!
なんだろう、ああいった大きな船になればなるほどいいよね!
特にジーベックのラテンセイルなんて最高」
「ミッチェルが船を使った商売に手を出すのも遠くなさそうね?」
「いいねえ!
男の浪漫を感じるよ。
うーん、でもなー、うーん……
コストもかかるし、海賊出るし、嵐は怖いし、
いや、まてよ?
でもハイリターンだ、うーん、うーん……」
どうやらタエは地雷を踏んでしまったようだった。
ミッチェルは腕を組んで悩み始めてしまった。
そんな夫の様子に、横に控えていたバーバラがタエに近寄ってきた。
「タエ、ああなると長いわよ」
微笑しつつ、バーバラは「お手上げ」といったジェスチャーを取ってみせた。
「そうね、失敗したわ~」
「でも、あの船が速いのは本当よ。
[サーペンスアルバス]までには行かないけど、
その手前の商業都市[レストレス]まで行くから、そこまで行けばもうすぐね」
「そう、やっと[サーペンスアルバス]に……!」
バーバラの説明に、タエはジーベック系と呼ばれた船を見上げ続ける。
そんなタエに対して、正気に戻ったミッチェルが心配そうに話しかけてきた。
「でも、タエ。
そんな軽装で大丈夫なのかい?
腰の剣とバックパック一つしかないじゃないか?
旅道具や、その、タエには鎧なんかもあったんじゃないかい?」
ミッチェルの疑問は当然だ。
今のタエは、とても旅人の格好には見られない。
どこかピクニックにでも行って昼食を食べて帰ってくる、そんな風体なのだから。
「ふふふ。
不思議でしょ?
でも大丈夫。
ぜーんぶ、このバックパックに入ってるから」
肩に背負っていたバックパックを、タエはこれみよがしにミッチェルに見せる。
だが、それはどこにでもあるバックパックだ。
鎧どころか、旅道具一式も入りきるか微妙なサイズ。
「え? だって鎧とかは……?」
「言葉通りよ……って、そうだ、忘れないうちにっと」
言うとすぐにタエは、肩に背負っていたバックパックを地面に置いた。
カバーを外して、バックパック内に手を差し込む。
「論より証拠。
見てからのお楽しみってやつよね~」
モゾモゾと、タエはバックパックの中をまさぐっている。
「あ、あったあった。
せーのっと~」
タエが右手を引き出す。
すると、そこからは毛皮が溢れんばかりに出てくる――
「なんだ、そりゃ~!?」
「あらあら」
「わー、タエすごーい!」
さすがにミッチェルも驚いている。
当然だろう。
もうすでにバックパックの大きさ以上の[毛皮]が出てきているのだから。
「まだまだ、ね。
よいっしょっと~」
さらに引き出すと、その[毛皮]には[コウモリの羽]のようなモノも付いていた。
バックパックから出てきた[コウモリの羽付き毛皮]は、数m(メートル)にも及んだ。
「ってな感じで、旅道具や私の商売道具の武器防具も入ってるってわけ」
タエは胸を張って答えた。
これにはミッチェルも納得、そして安心することができた。
「あはは……
もうタエには驚くことしかできないよ」
「で、これはあげるわ」
タエは取り出した[コウモリの羽付き毛皮]を指さす。
「旅の途中で手に入れて、ね。
私が持っていても何も役に立たないから」
「ああ、ありがとう!
これだけの[毛皮]なら、数十gp(ゴールド)にはなるよ!
でも、さすがタエだねえ。
熊の毛皮、かな? よくこんな大物を……」
既にミッチェルの目は、商売人モードになっているようだった。
どこからか小さなルーペを取り出して、[毛皮]を確認している。
「ふっふっふ。
残念、ハズレよミッチェル。
いいの、そんなことを言って。
これの正体を知ったらびっくりするわよ~」
だが、タエは不敵な笑みを浮かべた。
「なんてったって、これ[マンティコアの毛皮]なんだから」
「[マンティコア]……?
……
……
……って、あの凶悪なモンスターの?
……
……
……って、[マンティコアの毛皮]だって――!?!?!?」
突然、大きな声を上げるミッチェル。
ミッチェルの期待通りの反応に満足げなタエ。
バーバラはいつもの通り、バドは羽をつんつんつついていた。
「こ、こんな完品状態のもの初めてみたよ!」
「あなた、これすごいものなの?」
ミッチェルのあまりの興奮ぶりに、バーバラは疑問に思ったことを訪ねた。
ミッチェルは、何度も首を縦にうなずくだけだ。
「ああ、すごいなんてもんじゃない!
なんでも、魔法の薬なんかを作る原料になるらしいんだ!
で、[マンティコア]なんて簡単に倒せるモンスターじゃないから、
はっきり言って、[毛皮]の供給が追いていないんだ。
商売人の間じゃ、[錬金術師]関連に言い値で売れるとまで言われる一品とまで言われてる。
特に[コウモリの羽]付きだと……
……
……い、10,000gpは下回らないんじゃないかな!?」
「え、い、10,000gp!?」
さすがに、いつも落ち着いているバーバラも声を上げてしまう。
「ミッチェル、バーバラ。
私ね、二人にお願いしたい事があるの」
ミッチェルとバーバラ。
タエは二人の眼を見つめて――
「今回、レンブランの一件で……
……
……
色々な方が傷ついちゃったわ。
だから。
だから、そんな被害者のご家族に、これで手助けをして欲しいの。
もちろん、悲しいのは癒されない。
けど、無いよりはあった方が、ね」
タエの表情は微妙だった。
泣きそうな、自嘲しているのか、怒っているのか。
それは一見ではわからないものだった。
たが、次の瞬間には――
「あと、私、絶対にまたセーフトンに来るわ。
ミッチェル、バーバラ、バド、貴方たちに会いにね!
で、せっかく来るんだったら、目一杯楽しく過ごしたいじゃない。
だから、ね。
私から宿題になるのかしら?
[毛皮]を売ったお金で、セーフトンをもっともっと素敵にして欲しい。
で、活気溢れるセーフトンで、また4人で飲み食いしたいの。
どう?
お願いしていい?」
見違えるような顔だった。
「タエ……」
タエの問いに、ミッチェルは何も言わずに右手を差し出した。
ミッチェルの表情を見たタエは、やはり黙ってミッチェルの右手を握りしめる。
お互いの、思いを込めた握手となった。
○
「力不足な身ではございますが、旅の安全を祈願させていただきとうございます」
ハイローニアスのホーリーシンボルを取り出し、クリステンは[ブレス【祝福】]の呪文を唱え始めた。
「色々お世話になりました」
深々と、タエはハイローニアスの僧であるクリステンに御辞儀をする。
クリステンは、レンブランの件でハイローニアスの僧を指示していた僧侶である。
その後の事後処理について、クリステンはタエに面倒な事がいかないように取りはからってくれた。
「め、滅相もございません。
むしろ、本来でしたら、僧全員でお見送りをせねばならぬところでございます!」
実のところ、今後について、タエとクリステンの話し合いでは色々あった。
クリステンとしては、ハイローニアスの上の方々に会っていただきたいという主張を――
公に出ることを好まないタエは、「勘弁してほしい」といった主張を――
そんな中で、最終的にはタエの主張が通ることになったという経緯がある。
また、今回の出立に関しても、本来はものすごいイベントに発展しそうだった。
だがそれに関しても、タエは必死に断ったのだ。
「永遠(とわ)の安きに進まんことを――」
クリステンの[ブレス【祝福】]も終わり、出航の時間がやってくる。
○
「ミッチェル、バーバラ、ありがと!
バドもお父さんとお母さんの言うこと聞かないとだめよ~」
タエはバドの頭をなでくりまわす。
バドは、いつものように気持ちよさそうに眼を細めた。
「こちらこそ、長い間、本当に助かったよ。
えっと、カーボベルテからだったから、本当に随分一緒だったよね」
ミッチェルは指折り、日数を計算している。
「ふふ、ホントね。
私達って確か……
……
そうだ!
ミッチェル、あなたが怪しげな[トカゲの黒こげ]みたいなモノを
騙されて、高額で買おうとしている時に会ったのよね」
「ああ。そうだった、そうだった!
万病に効果があるっていうから、さ。
バドに飲まそうと思って、ね。
でも、ものすごく高くて必死で値引き交渉してた時だ!
タエが横から入ってきて、店の人に突っかかったんだよね」
「う、私も若かったわ。
でも、ミッチェル。
商人なんだから、あんなのに騙されちゃダメよ」
「全くだよね。
今なら冷静に考えられるんだけど、あの時は必死だったんだよ。
バドの体調が思わしくなくてね。
でも、そういえば、あれからバドはすっかり元気になったなあ」
タエとミッチェルの会話に、少し慌てた体でクリステンがやってきた。
「ま、まさかそれは、ブリュンヒ……
……し、失礼しました。
タエ様の[キュア・ディジーズ]でしょうか!?」
クリステンの言葉には震えた感があった。
タエは頭を掻いて、なんとも言えない面持ちになった。
「あはは、まあ、ね。
でも、そんなのはどうでもいいじゃない!
バドは元気になったんだからね~」
「えー、なに、よんだー?」
自分の名前が聞こえたからだろう。
テクテクと、バドがタエの元にやってきた。
そんなバドを、タエは抱っこする。
「うん、ちょっとね。
バドが元気で良い子になったって、話してただけよ」
「何それー?」
バドはキャッキャいいながら、抱っこを喜んでいた。
そんなバドに、タエは[高い高い]をしてあげる。
「し、失礼ですが、
そ、その[キュア・ディジーズ]とは、なんなのでしょうか……?」
タエとバドが遊んでいる中、バーバラは気になったことを質問してみる。
「真の力を持ったパラディン(聖騎士)は、触れただけで、
全ての病気を快癒させる手を持つといいます。
それが[キュア・ディジーズ(病気治癒)]と呼ばれる力なのです。
この手の前には、どのような[死病]も敵では無いとのことなのですが……
……
……さすが[戦乙女(ヴァルキュリア)]でございます」
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・[キュア・ディジーズ(病気治癒)]
高パラディン(聖騎士)は全ての種類の病気を治すことができる。
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「タエが……」
「タエ、貴方……」
クリステンの言葉に、バーバラとミッチェルは何も言えなくなってしまった。
そこで、いつの間にかバドを肩車したタエが戻ってくる。
「タエ……!!」
バーバラがタエに飛び込んでいく。
結構な勢いだったが、バドを肩車していても、タエはバランスを崩すこと無く受け止めた。
「わ、どうしたの、バーバラったら。
も、もう。
抱きつく相手は私じゃなくて、夜になったらミッチェルにでしょ?」
タエはバーバラを腕に抱きかかえながら、やさしく背中を「ポンポン」と叩いた。
バーバラは顔を真っ赤にしてしまう。
「だって、だって……!
私達、本当に何て、何てタエには言ったらいいのか……!?」
「そう……
……
……なら、何も言わなくていいんじゃないかしら?」
「うん、うん……」
バーバラの気持ちが落ち着くまで、タエはバドを肩車しながらバーバラをも受け止めていた。
○
タエは船の後方デッキに立っていた。
太陽は既に落ちかけており、あと30分もすれば真っ暗になるだろう。
無論、[セーフトン]も既に視界から消えている。
だが、それでもタエは、その方角を見続けていた。
「またね、か――」
挨拶は簡単なものだった。
なぜなら、ずっと会えない、ずっと会わないわけじゃないのだから。
お互いに「またね」と言っておしまい
それだけだった。
それだけで十分だった。
また会うのだから――
そして。
また会うのだから――
「勇希(ゆうき)……
……
……待ってなさいよ……
……
……
……待っててよね……」
タエの呟きは小さく、真っ黒な海に溶けて消えていった。
★
お姉ちゃん編終了です!
[タエ]というキャラクターはいかがだったでしょうか?
普段は強いのだけど、ちょっとした時に弱みを見せる――
そんなキャラクターが目標でした!