「あなた!」
「お父さん~」
「バーバラ、バド……!」
ミッチェルの存在に気がついたバーバラとバド。
ハイローニアスの僧兵達一団の元から、二人はミッチェルの元に走り寄って行った。
「服とかボロボロじゃない……!
け、怪我とかない?
酷い事はされなかった!?」
バーバラは慌てて、夫であるミッチェルの身体を確認する。
一目見て、ミッチェルの服などがズダズダになっていた為だ。
「あはは。落ち着いて、落ち着いて。
見た目は酷いけど、今はもうすっかり大丈夫さ」
ミッチェルは腕に力こぶを作り、問題が無いことをバーバラにアピールする。
夫の言葉通りだった事を確認できたバーバラは、大きく安堵の息を吐いた。
「もう……
本当に……
し、心配したんですから……」
「うん。
ごめんね、心配かけた」
胸にバーバラを抱きかかえながら、ミッチェルはそっと髪を撫でた。
そんな両親をみたバドは、やはり勢いよく父であるミッチェルの元に飛び込んだ。
「お父さん、海はー?」
息子の開口一番の言葉に、ミッチェルは苦笑する。
だが、ミッチェルは暖かい気持ちでいっぱいでもあった。
「ああ、そうだね。
バドにも謝らないといけないな。
ごめん。
ちょっと遅くなったけど、もちろん、泳ぎに行くに決まってるじゃないか」
「やったー!」
バドはミッチェルの言葉を聞いて、ピョンピョン跳ねて喜んでいる。
夫と息子の様子に、バーバラも安堵と笑みが押さえきれない。
「あらあら、あなたったら」
ただ、ふとバーバラは気になった事があった。
先程の会話についてだ。
「あなた、さっき身体は大丈夫って聞いた時、
『今は』って言ってたけど、それって……?」
「ああ。
実は結構やばかったんだよ、これが」
「えっ!」
「でも、もうなんともないだろ?
これって、実はタエが治してくれたんだ」
「タ、タエ、が……?」
力のある僧侶が[神の奇跡]で怪我を一瞬で治すことができる、とはバーバラも聞いたことがある。
だが、タエは剣を使う[戦士]ではないのか?
と、考え込むバーバラに、ミッチェルは微笑んで――
「ああ、そうさ。
あの時のタエはまるで……
……
そうだね。
僕には[英雄]に見えた、よ――」
バーバラを強く抱きしめた。
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039 告白
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タエは大きく、深く、体内の息を吐き出した。
遠目に、ミッチェル達のハッピーエンドの光景が確認できたからだ。
「やっぱりこうでなきゃ、ね」
タエが[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を鞘に収めた、その時だ。
タイミングを見計らうように、タエの前にはチェインメイルと法衣を身にまとった男が跪く。
「お疲れのところ、誠に申し訳ございません。
我らが英雄である[戦乙女(ヴァルキュリア)]に、
感謝の言葉を述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」
男は恭しく頭を垂れた。
タエが確認したところ、彼は[クリステン]と名乗った。
クリステンは先程のハイローニアスの集団を率いる僧兵との事だった。
「んーん。
それはこっちの台詞。
ありがとうございます、今回は助かりました」
土下座しかねないほど恐縮しているクリステンに、タエは片膝を付き起こすように促した。
「そ、そ、そのような、
も、勿体ないお言葉でございます……!!」
タエの言葉に対して、クリステンはますます恐縮することになった。
そんなクリステンに対して、タエは苦笑しながら頭を上げるようにお願いをする。
「とにかく、まずは街の人をどうにかしないといけないわね。
今回、私、かなり迷惑かけちゃったからー」
クリステンに今後の事を提案することによって、タエは今の状況を打破する作戦を決行することにした。
ハイローニアスの僧であるクリステンに、この作戦は見事に功を奏した。
引き締まった表情をタエに向け、クリステンは直立不動の姿勢を取る。
「今回の件ですが我らが早急に動くべき事態でした。
感謝こそすれ、[戦乙女(ヴァルキュリア)]が気にされることではございませぬ」
「早急に動く事態……?
どういうこと?」
「我らはレンブランの関係各所に赴いたのですが――」
レンブランの屋敷。
そこは地獄絵図だったとのことだ。
至る所に、使用人と思われる者達の遺体の散乱。
両手両足が無い、などはまだ良い方に属するほどだったらしい。
あまりの惨たらしさ、腐臭により、修行した僧も何人かは嘔吐する有様。
「それに加えて――」
また、[魔法]関連の道具や触媒も多く発見されたとのこと。
引き下げてきたので、これらに関しては今後の調査に回されるとのことだった。
「商人組合長(ギルドマスター)のレンブラン。
状況から、彼は魔力に魅入られてしまったのではないでしょうか?
故に、己を失っての凶行だったのではないかと考えます」
クリステンは以上のように状況を説明した。
説明を一通り聞いたタエは、ほんの少しだけ俯いた。
そしてタエにしては小さめな声で呟いた。
「[魔法]絡みなのは間違いないと思う。
ただ、魅入られたんじゃない。
えと、レンブラン……さん、か。
この人は被害者――」
「え、ひ、被害者ですか……?」
**************************************
『ああ、全てが、ひひひ、全てが愛おしい。
のう、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズング』
『ずっと、ワシからは見ていたので、初対面という感じがしなくてのう』
『[本当の姿]で、誰も邪魔の無い所でヌシとは会いたいから』
**************************************
タエの脳内に浮かぶのは、レンブランの言葉の数々――
「本当は……
……
……
……私の……
せいなのかも、ね……」
戦闘中に、決して吐くことが無かった『疲れた声』だった。
タエはそっと呟き、力強く拳を握りしめた。
「[戦乙女(ヴァルキュリア)]……?」
タエの様子に、クリステンは何かを感じ取ったのか。
しばらく二人の間には奇妙な沈黙が流れた。
○
[今回のレンブランの暴走について]
セーフトンの住民に対しては、ハイローニアス寺院から現在も調査中であることが伝えられた。
「何もわからない」ことに対して、いくらかは不平の声も上がったが、大きな問題にはならなかった。
それよりも、セーフトンの人々にとっては安堵の気持ちが勝ったからに違いない。
[今後のセーフトンの商業について]
セーフトンの商人組合長(ギルドマスター)だったレンブランの抜けた穴は大きい。
これは残された商人組合(ギルド)のメンバーの合議制によって、立て直しを図ることになった。
ミッチェルも商人組合(ギルド)のメンバーとして、セーフトンの復興に向けて協力する予定になっている。
最後に、セーフトンの人々の中で一番話題になったこと。
謎の、あの[美しい[女騎士]の事]だ。
これに対しては、ハイローニアスより[ハイローニアスのパラディン(聖騎士)]とだけ伝えられた。
伝説とも言えるパラディン(聖騎士)知った人々からは、詳細を求める声が上がった。
だがハイローニアスより、これ以上の情報は伝えられることは無かった。
これには裏話がある。
ハイローニアス側は、むしろ大きな声で伝えたかったのだ。
「[戦乙女(ヴァルキュリア)]であるブリュンヒルデ・ヴォルズングが救ってくれたのだ」と。
だが、タエが必死にそれだけはやめて欲しいと懇願したのだ。
それでハイローニアス側が折れたということで落ち着いた。
何はともあれ。
海沿いの街・セーフトンは次第に落ち着きを取り戻しつつあった。
○
海が好きなセーフトンの人々の中で、もっとも人気のスポット[セーフトネータ]。
天気が良い日には、日光浴や海で泳ぐ人などで賑わっている場所だ。
今日も多くの人々が、各々で楽しんでいる。
「いくわよ、っせーのっとぉ!」
「わー!」
「どう? バド?」
「うん!うん、しょっぱい!
ホントにしょっぱいんだね、タエ~」
「だから言ったでしょ」
そんな人気のビーチ。
タエとバドが浅瀬の海に入って水の掛け合いをしていた。
ミッチェルとバーバラの砂場で横になりながら、そんな二人の様子を眺めている。
バドとの約束を守るために、今日、ミッチェル達は海に遊びに来ていたのだ。
「お父さんも、こっち、こっちー!」
「あはは。
わかった、わかったよ」
テンションが高いバドは、ミッチェルに向けて一生懸命手を振った。
「よし、今日はとことん遊ぶとしようか!」
ミッチェルは立ち上がり、バドとタエに向かって走り出した。
「あらあら。
まるで手のかかる子供が3人いるみたい、ね」
夫と息子、そしてタエがはしゃぎ合っている姿を見て、バーバラは楽しそうに微笑んだ。
○
[セーフトネータ]の海に落ちかけている夕日――
それは人々に安らぎを与えてくれるような、暖かいオレンジ色だった。
また潮騒の音も、心地良いリズムで人々の耳に飛び込んでくる。
時折、合いの手のように入ってくる鳥の鳴き声は、どこか郷愁をさそうものだった。
「ん~」
バドがタエの背中で身をよじる。
「タエ、重くないかしら?
私、代わるわよ?」
海で一日中遊んだ帰り道。
遊び疲れてしまったのだろう。
途中でバドは眠ってしまったのだ。
バドをおんぶしているタエに対して、バーバラが声をかける。
「ありがと、大丈夫よ」
実際、タエには余裕があったので全く問題がなかった。
それよりも、タエが心配しているのは――
「それよりも、この髪の毛よ~
もう海水と潮風でパリパリ!」
いつもは流れるような黄金色の髪だが、今は少しウェーブがかかったようになっていた。
タエは頻りに気にしていたが、美しさには全く影は指していない。
それどころか、違った一面の違った魅力が見られるぐらいだった。
「えー、タエ。
そんな状態で文句を言ったら、世の女性に恨まれるよ~」
率直な感想をミッチェルは告げる。
が、丁度、波の音とかぶってしまったのだろう。
タエにはよく聞き取れなかったようだ。
「え、ごめん、聞こえなかった。
何が恨まれるって??」
「いや、なんでもないよ」
ミッチェルの言葉を聞き逃したタエが聞き直してきたが、ミッチェルはスルーすることにした。
「え、気になるじゃない。
なになに??」
「はは。
何でもないったら」
「もう、なんなのよ~」
それは、旅の間からいつもいつも繰り返してきた日常。
たわいのない会話だ。
二人の様子を見ているバーバラも、いつものように微笑み見守っている。
静かな砂浜脇の道。
ふと、会話が途切れて静かな時間が訪れる。
穏やかで心地良い瞬間。
しばらく歩いて、静寂を破ったのはミッチェルだった。
「タエ、今まで……
……本当にありがとう」
バドが起きないように、ミッチェルは小さめにタエに声をかける。
「……どうしたの、急に?」
「いや……
……なんとなく、かな?」
言いよどむミッチェル。
ミッチェルの表情は、どこか真剣なものだった。
タエは黙って、ミッチェルの言葉を待った。
「タエ、君は……」
「……」
「もうすぐ、僕達は……」
ミッチェルの足が止まる。
併せてタエも歩みを止めた。
ミッチェルの一歩後ろに控えていたバーバラも、ミッチェルの横につく。
オレンジ色から、赤紫へと世界が変わりかけて――
「あと少しの時間で――」
「ねえ、ミッチェル」
ミッチェルが何かを言いかけた時、タエが遮るようにミッチェルに呼びかけた。
「え、な、なんだい……?」
不意をつかれたミッチェルは少しどもってしまう。
「私のね。
本当の名前を聞いて欲しいの」
「え、タエ……
きゅ、急にどうしたんだい……?」
「私ね――」
少しだけ強い風がながれた。
海添えに植えられた港町特有の木々の葉がこすれ合う。
サワサワとした音が響く。
誰にとっても心地良さを感じる風――
「タエコっていうのよ」
「……へ?」
ミッチェルは思わず、おかしな返答をしてしまう。
そんなミッチェルの様子を見たタエは、可笑しそうに微笑した。
「タエコがホントの名前。
ハラガサキ・タエコ。
こっちだと、タエコ・ハラガサキになるのかな。
タエっていうのは愛称、あだ名なの」
「そ、そうなんだ
へ、へえ。
やっぱり珍しい発音なんだね、はは」
たわいもない会話の筈なのに、ミッチェルは大きく安堵の息をつく。
一息ついたのを確認してから、タエは言葉を続けた。
「でね、もう一つあだ名があるのよ。
それがブリュンヒルデ。
ブリュンヒルデ・ヴォルズング――」
「え――!」
「タ、タエ……!?」
さらりとタエが告げた言葉。
ミッチェルとバーバラの動きが一瞬止まってしまう。
そして今聞いた名前を、脳内で何回も反芻している。
タエは[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]と言ったことを――
「あはは、ごめん。
正直、あんまり言いたくないんだ、これって。
私が私じゃなくなるみたいで。
でも、ミッチェル、バーバラ。
貴方たちには……
なんていうのかな、隠し事が嫌だったっていうか……
……
そう、それでも言っておきたかった――」
珍しくタエが言いよどむ形で沈黙が訪れる。
風と鳥の鳴き声、そして潮騒の音がしばらく辺りを包んだ。
○
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[戦乙女(ヴァルキュリア)・ブリュンヒルデ・ヴォルズング]
天翔る馬を友として、
輝く甲冑を身に纏い、
鋭き聖なる剣を友として戦場を疾駆する戦乙女(ヴァルキュリア)。
不名誉の前に死を
無垢なるものが汚される前に不名誉を
全ての挑戦には名誉を
相手を敬い、病を癒し、悩みを救う美しき乙女――
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ミッチェルの頭には、一瞬で、酒場の詩人が歌っている[英雄譚]の一説が頭によぎった。
それはこの国の人間なら、老若男女全てが知っている内容。
だが、それを上書きするように――
[タエ]と一緒に安いお酒を飲んだり、馬鹿な話をしたり、モンスターから助けてもらったり――
そんな光景が在り在りと浮かんでいった。
「そっかあ……」
ミッチェルは大きく一つだけ息を吐き出した。
そしてタエに向き合って――
「タエコ。
今日はありがとう」
はっきりと告げた。
ただ、いつもと違って[タエコ]という発音が、かなり強調されていた。
「ミッチェル……?」
タエの呼びかけを無視して、ミッチェルは歩き始めた。
「さあ、さあ!
[タエ]、早く帰って今日はめいっぱい飲むよ!
一日、海で遊んでたから喉がカラカラだ。
バドと遊んでくれたし、今日は僕がおごるよ」
さっぱりした表情のミッチェルに、バーバラも同様の笑みで――
「あらあら。
後でお小遣いが足りなくなっても知りませんよ?」
「かまうもんか、なあタエ?」
ミッチェルはタエに振り返った。
「ぽけっ」とした表情で、タエはミッチェルを見返す。
するとミッチェルからは、どうしようもなくへたくそなウィンクが返ってきた。
「ふふ、ふふ。
あは……!」
タエは思わず吹き出してしまった。
そして、今までの様々な出来事が思い返される。
この世界に来てしまって。
そして、ここに至るまでに、本当にいろいろな事があった。
特に[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]。
当初、妙子は、この名前に相当振り回された。
主に悪い意味で――
最近では、[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]とも上手く付き合えるようになったと思う。
ただ、それでも、今までのことを思うと――
ただ、今日は違う。
今日は違った。
上手く説明はできない。
けど、けど、タエはなんだか嬉しくて仕方がなかった――
「上等じゃない!
今日は本当にお小遣い分を飲み尽くしてあげるわ!」
「そうこなくっちゃ、なあ、タエ――!」
タエは心からお礼が言いたかった。
だが、ここで「ありがとう」などと言ったら、ミッチェルの心遣いが無駄になる。
だから。
タエは旅の時と同じように接する事で、ミッチェルへのお礼の言葉にすることに決めた。
★
上手く書けない、後半が酷すぎる!(T-T)
いつもと比べてちょっと弱気なお姉ちゃんを書きたかったのに。
ああ、頭の中の理想をテキスト化するアプリを誰か作ってください。
またもや難産なお話の回になりました。
しかも、お姉ちゃん編が終わっていません。
次回こそお姉ちゃん編は終了の予定です。