「これでも長く生きておるのでの。
魔法にはこちらに分があったか。
ひひ、[戦乙女(ヴァルキュリア)]、次は何を見せてくれる?
さあ、次じゃ。
早く、早く、早く!
ひひひ、ひひひ、ひひひ……!」
でっぷりとしたお腹を撫でながら、レンブランは立ち上がる。
「このまま兵士達に逆らえず、蹂躙され、嬲られ、死んでしまうのかのう?
ひひひ。
それは、それで一興。
女、子供に生涯消えぬ悪夢を見せてあげられることでしょう……ひひひ。
それとも、パラディン(聖騎士)が弱者である兵士をひねり潰す?
ああ、なんて我ながらよいアイディアなのでしょう。
ひひひ、イきなさい兵士諸君……」
聞くと吐き気がこみ上げてくるようなレンブランの不快な声。
それは、またも兵士だけではなく、[公開処刑場]にいる全ての人々の耳に飛び込んだ。
「ひひひ」
指示を出し終えたレンブランは、でっぷりとした身体を椅子にゆだねた。
「いけません。
レンブランさんの口調ではなく、素の私が出てしまいそうです。
これも全てあなたがいけないのですよ、戦乙女。
あなたが魅力的すぎるから、ひひひ……」
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038 戦乙女(ヴァルキュリア)03
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兵士達の雄叫び。
数え切れないぐらいの長槍(パイク)の矛先。
それは、まるで津波と形容するに相応しい光景だった。
津波のような攻撃が、今にも襲いかかろうとしている状況。
タエは凜とした姿勢を崩さずに対峙していた。
タエは、今回の事件の元凶と思われるレンブランへ一瞬だが視線を向ける。
すると、はっきりと目があった。
レンブランの表情は明らかに[勝者]、つまり、上から目線でこちらを見ているのがわかった。
「どこまでテンプレな悪代官なの。
東野英治郎版の水戸黄門もびっくりってもんよ。
ったく、このまま、やすやす問屋が卸すなんて思わないでよね――」
タエは遠くにいるレンブランに対して、剣の切っ先を向けて宣言する。
「パラディン(聖騎士)って地味よね。
みんなファイター(戦士)を選ぶから仕方が無いと思うけど。
良い機会だから教えてあげるわ」
妙子は「D&D」で遊ぶために、自身のキャラクターを作っていた頃を思い出す。
勇希やダンジョンマスターから、「パラディン(聖騎士)って微妙じゃない?」などと言われていたのだ。
確かに攻撃力や命中率は、生粋のファイター(戦士)の方が上だ。
呪文に関しても、当然、僧侶(プリースト)には及ばない。
それに加えて、パラディン(聖騎士)には厳しい多くの縛りもある。
だがそれを踏まえても、妙子はパラディン(聖騎士)の[ある2つの特殊能力]に惹かれた。
これがあるから、妙子は自身のキャラクターにパラディン(聖騎士)を選んだのだ。
「呪文だけじゃない。
パラディン(聖騎士)には、まだその先があるってことを――!」
[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を、タエは大空に向けて掲げる。
「ひかりに歩め、さらば深き
ひかりに歩め、さらば暗き
ひかりに歩め、さらばまた
ひかりに歩め、さらば墓よ
銀光、吼猛ける獅子
架空の希望を許すまじ――」
絶対零度を想起させる銀の刃から、まばゆいばかりの[光輝]が発せられる。
[光輝]はノーマルマン(一般人)でも確認できる程、圧倒的なものだった。
それは兵士のみならず、セーフトンの街の人々、そしてレンブランまでも届く。
「取っておきよ。見て、せいぜい驚きなさい。
今回、お代は入らないわ――!」
タエは[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を、何もない空間に向かって強烈に切り下げる。
「消えて、無くなれえぇぇ!」
刃に纏った光が、タエを中心として煌々と一面を輝き照らした。
○
「あ、あれ……? 俺、こんなところで何を?」
「わ、俺の長槍の穂先が無え~!?」
「うぉ、お、俺もだ、アレアレ???」
レンブランに仕えていた兵士達は戸惑っていた。
今まで何をしていたかが、誰もわかっていないのだ。
お互いが、横にいる兵士に向かって状況を確認している。
これには、処刑を見学に来させられていた住民達も驚くだけだった。
先程まで怒号を上げて戦闘を行っていた兵士達が、急におろおろし始めたのだから。
「どう、パラディン(聖騎士)も中々やるでしょ?」
正気に戻ったと思われる兵士を見て、さすがのタエも一息を付く
だが、それも一瞬。
[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]の切っ先を、遠くにいるレンブランに向ける。
「でも、まだまだ終らないわよ」
腰を屈めて、タエは[ゼファー・ブーツ(風のブーツ)]へ力を集中させる。
「せーのっとぉ!」
青白く光りを発する[ゼファー・ブーツ(風のブーツ)]で、タエは石畳を思い切り蹴る。
「ドンッ」と音を立てた刹那、タエは目にも止まらない早さで[跳躍]した。
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・[ニュートラライズマジック]
ホーリーソードを使用しているパラディン(聖騎士)はオーラを発生させる。
この能力は抜刀時にのみ発揮される。
[ニュートラライズマジック]は、パラディン(聖騎士)のレベルと同レベルの敵対的な魔法を中和してしまう。
※ホーリーソードは極めて特殊なウェポンである。
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○
レンブランは太った身体を「ブルブル」と振るわしていた。
今までの自分の認識では、思いもしない光景を見たことによる興奮から来ていた。
「ひひ、ひひひ、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ぁ……!
[アストラル海のエネルギー]を呼び出しおった!
ことこどく、一瞬で、全てのワシの魔法が砕け散った!
……
街と人、全ての魔法が……!
ひひひ、ひひひ……!
不条理な力。それが[英雄]の条件……!
ひひひ。
だが、だからこそ。
だからこそ、ヌシを――」
「だから私を、何なのかしら――?」
「……ひひひ、いささか下品じゃないかのう。
勝手な来訪というのは……ひひ」
レンブランはゆっくりとした動作で、声がする背後に振り返る。
そこには、いつの間にか[戦乙女]が立っていた。
「ミッチェルをあんな目に遭わせた人に、そんなこと言われたくないんだけど」
「ひひひ、それはそれはスマヌのう。
でも、本当に会えて嬉しいぞ。
ひひひ。
あああ、タマラぬ。
処女雪のような肌、その光輝く金の髪、人々に力を与える瞳!
ひひひ。
ああ、全てが、ひひひ、全てが愛おしい。
のう、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズング」
「……初対面だと思うんだけど
呼び捨てされるような間柄だったかしら?」
タエは[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を構え直す。
警戒のレベルを上げる必要を感じたからだ。
これまでの旅で、タエは[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]の強さを、自身の経験で知っている。
また、この世界にすむ人々からの[英雄]に対する畏敬の念も、だ。
だがこの目の前の男は、[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズングと知っている。
その上で、このような言動をしているのだ。
加えて、タエの特殊技能[ディティクト・イービル【邪悪探知】] に凶悪なレベルの反応を示している。
「ひひひ。
おお、これはスマン。
ずっと、ワシからは見ていたので、初対面という感じがしなくてのう」
「あらら……
人を覗くなんて素敵な趣味してるじゃない」
「ひひひ、よく言われるよ」
「……ないわー……」
タエは思わず溜息を付く。
この男の存在の全てが、タエを不快な気持ちにさせていた為だ。
「で、覗き魔の悪代官さん。
1つ確認させてもらっていいかしら?
このまま大人しくする気はある?」
「ひひ。
そのようにワシが見えるかね、[戦乙女(ヴァルキュリア)]よ」
それは、タエとしては想定内の答えだった。
逆に「大人しくしよう」などと言われた方が警戒していたかもしれない程だ。
「まあ、見えないけど。
ただ、今回はさすがに諦めた方がいいんじゃないかしら?」
「何を言う、[戦乙女(ヴァルキュリア)]。
目の前に出された温かい食事。
やわらかいベッド。
生まれたままの姿の異性。
目の前にして、誰が途中で止めるというのか?
ひひひ」
「……はあ。
覗き魔のアンタならわかるでしょ。
とっとと[クレヤボアンス【透視】]あたりでも使ったら?
今回は呪文を唱える事、許可したげるわ」
タエは[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を[公開処刑場]方面に向けた。
レンブランは剣の切っ先方面へ意識を向ける。
「……[戦乙女(ヴァルキュリア)]……」
レンブランは低い声でうめくように言葉を吐いた。
ここに来て初めてであろう、苛立ちの成分を感じる口調だった。
レンブランはボソボソとした小さな声で言葉を呟く。
呪文の詠唱だった。
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・[クレヤボアンス【透視】] LV3スペル
目標地点の光景を心の中に思い浮かべることができる。
目標地点はどれだけ離れていてもよいが、
その場所は使い手が知っている場所か、明白な場所でなければならない。
目標地点が闇に覆われている場合、見えるのは暗い闇ばかりとなる。
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「……
……
……
ひひひ。
無粋、無粋、無粋よのう……」
「わかった?
ものすごくいっぱい、おっかなーいハイローニアスの僧兵さんが来てるでしょ?」
タエはここに来るために[跳躍]した際に、
ハイローニアスの僧兵達がこちらに向かっているのが見えたのだ。
どうやら目の前の気味の悪い男にも伝わった、タエはそう確信した。
「邪魔、
邪魔、
邪魔、
無粋、
無粋、
無粋……」
レンブランが顔を手で押さえはじめる。
苦悶、光悦、よくわからない声を上げはじめた。
何が起きても良いように、タエは再び剣と盾を構える。
「ああ……!
ワシの身体が、ヌシを欲する……!
こんな皮を捨ててしまえとうるさいわ……」
顔を押さえているレンブランの手。
その指と指の間から、「ポタリ」と肌色の液体が落ちてきた。
「私の[ニュートラライズマジック]でも完全にディスペルされてないなんて。
……ふぅん。
ずいぶん、凝った変装じゃない」
「そう褒めるでない。
増長してしまうではないか、ひひひ」
この瞬間、タエは「ゾクリ」としたものを押しつけられた。
[勇気のオーラ]を纏っていても、何かを感じてしまうほどの力が目の前の男から――
「ひひ。
もう、この[身体]が持たぬか。
ひひ、恐るべきは聖騎士(パラディン)の力じゃて。
この身体でも、呼ばれもしない客をもてなす事は容易じゃが――
……
……
ひひ、今回は尻尾を巻いて逃げさせてもらうとしようかのう。
[本当の姿]で、誰も邪魔の無い所でヌシとは会いたいから。
ひひひ。
ひひひ。
ひひひひひひ――」
「ちょ、あ、あんた待ちな――!」
目の前の男から感じる[邪悪な力]の放出。
[ディティクト・イービル【邪悪探知】] でタエが感じた時には、既に遅かった。
タエの手は届かない。
[邪悪な力]は空高く飛んでいく。
その直後だった。
レンブランの身体が、ゆっくりと崩れ落ちていった。
「くっそ、あの悪代官……!」
倒れたレンブランからは[悪]は既に微塵も感じられない。
そして倒れたレンブランは、既に息絶えていた。
「ふざけんじゃないわよ……!」
半分顔が溶けたレンブランの身体に、タエは自身の法衣をそっと被せた。
★
話の展開を早くしようと思って、このような感じになりました。
次話辺りで、お姉ちゃん編は終了にしたいな。
今回のお姉ちゃん編は、聖騎士(パラディン)の能力紹介という意味だけで見ると満足しています。
ちなみにタエのパラディンは「AD&D」と4版の「D&D」の聖騎士(パラディン)を参考にさせていただいております。