ステンドグラスから淡い光が聖堂内に降り注ぐ。
優しくて儚い光。
その光の下で、バーバラは膝を付いて祈りの言葉を捧げていた。
「祈りは身体を酷使します。
あまりご無理をされぬよう……」
タエがミッチェルの救出へ向かうと言って、たった一人で教会を飛び出していった。
それからバーバラは、休みも取らずに聖堂へ籠もりきりだった。
そんなバーバラを見かねた老いた僧は、そっとバーバラの肩に手を置いたのだ。
だが、バーバラは首を振るだけだった。
「でも、今、この瞬間(とき)でさえタエは……
……私……
なんて、なんて言ったら……」
バーバラは頭を抱えてしまう。
ミッチェルの事、そしてタエの事を考えると、思考と感情がまとまらないのだ。
「ご心配めされるな、
と、私が申しても詮無きことではあると自覚しております。
ですが、その上で……」
老僧は穏やかな表情だった。
そしてゆっくりとハイローニアスの像を見上げて、バーバラを諭す。
「あの[御方]をお信じくだされ。
それがあの[御方]の望みでもございましょう」
「でも、一人でなんて無茶を……!」
「あの[御方]のされる事です。
我ら凡人には及ばぬ、お考えがあるのでしょう。
ですが、我らとて、指を咥えて見ているだけでは情けないにも程がございます。
商人組合長(ギルドマスター)の[レンブラン]の関係場所と、彼の持つ私邸に僧兵を派遣しております。
証拠を押さえ次第、あの[御方]の援護を行わせていただきます」
老僧の言葉を聞いても、バーバラの心はかき乱されっぱなしだった。
先程まで祈りを捧げていたハイローニアス像を、バーバラも改めて見上げる。
堂々たる体躯の立派な像だ。
だが、ハイローニアス像は何も答えてはくれない――
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037 戦乙女(ヴァルキュリア)02
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「さあ行きなさい、兵士諸君達。
ああ、可愛い手足よ。
ひひひ。
ひひひ、まずは、あの悪い女の人に神の鉄槌を与えなさい。
まあ。
ひひひ、無理だとは思いますがね」
楽しげにレンブランは兵士達に指示を出す。
その声は大きくない。
だが何故か、今、この[公開処刑場]にいる全ての人間の耳に届く。
セーフトンの善良な民は、その声が訳もなく恐ろしく感じられた。
レンブランの兵士は、雄叫びを上げて長槍(パイク)を空に突き上げる。
悪い女の人と称されたタエは「ホッ」とした気持ちになった。
「こんな派手に、恥ずかしい見栄を切ったんだもの
私に[全部が集中]してくれないと泣けてくるわ――!」
タエとしても、本来、このような危険は犯したくない。
可能だったら、ミッチェルをひっそりと救出されたかった。
だが今の自分にはそんな[シーフスキル]も無いし、高レベルの協力者もいない。
また、ミッチェルが監禁されている場所もわからない。
何より、時間が一番無かった。
そのような状況下で、タエが必死に考えて出した結果は「たった一人で、派手に真正面から救出する」だった。
まず[真正面から救出する]ことについて。
これは、処刑が結構される直前に乗り込めば、少なくともミッチェルがいる場所を間違える事だけは無い。
そして[たった一人で]という点。
協力を誰かに頼んだとしても、手伝ってくれた人を怪我させてしまうかもしれない。
協力者が窮地に陥った時に、タエ自身がそちらに労力を割く必要が出てくる可能性がある。
協力を他者にお願いすると、戦局が広がりセーフトンの住人に怪我人がでる可能性も高くなることが考えられる。
[派手に]は、自分だけに攻撃を集中させるため。
そんな考えだった。
無論、こんな作戦とも言えない考えは、[圧倒的な個人の力]が無ければ成り立たない。
だが、実際にタエはそれを実行してみせる。
群がる兵士の攻撃を盾で防ぎ、剣で弾き、俊敏な動きは目も止まらぬ早さだった。
「フル装備の私、そう簡単に傷一つでも付けられると思わないでね――!」
今のタエには、[圧倒的な個人の力]はあると感じていた。
それはパラディン(聖騎士)の[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]が、妙子に告げたのかもしれない。
「次はっと!
今回の悪代官を叩いて、クエストクリアっと――!」
兵士達の攻撃を避けながらタエが考えるのは、早急に敵の親玉を取り押さえる事だった。
ハイローニアス寺院の関係者に聞いたところ、最近のレンブランの行動は自身一人による暴走とのことらしい。
兵士達は、レンブランに従っているに過ぎないとのこと。
なら話は簡単だ。
横暴な行為を働くレンブランを押さえてしまえば、それで問題は解決する。
「ったく、勇希(ゆうき)がいてくれたら――
……ここでは[白蛇(ホワイトスネイク)]のキース?
私達パーティには楽で、ダンジョンマスターには嫌らしい作戦でも考えてくれるのに。
私、作戦なんて考えられないんだから。
もう、早く会いに来なさいっての――!」
雄叫びを上げて向かってくる兵士達に、タエは真正面から対峙する。
左手に[シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)]を。
右手には[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]を構えて――
「さあ!
全力で、私にかかってきなさい――!」
自分が注目されるよう、タエは声を張り上げる。
そんなタエの姿は、まさに戦場を駆け巡る勇者を守るべく立ちはだかる戦乙女(ヴァルキュリア)だった。
○
そんなタエだったが、表情には出さないが[あせり]の心が次第に沸いてくる。
レンブランの私兵達が異常なのだ。
一般人(ノーマルマン)からは信じられない程の攻撃力で、タエは兵士達の武器のみを破壊していく。
ここまで徹底して多くの武器を破壊しまくれば、士気が下がってもおかしくない。
それをタエは狙っているのだ。
「これだけやってまだ来る!?
いくらなんでも、おかしくない――!?」
タエは一人の兵士を[シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)]で突き飛ばす。
だが、突き飛ばされて転んだ兵士は、何事も無かったように再び立ち上がり咆吼する。
兵士は戦意を失わない。
再び、新たな武器を持って群がってくる――
「もう、なんなのよー!
ミッチェル助けた時は、武器壊したら上手く行ったのに――!」
思わずタエからは愚痴がでる。
天地ほどの実力差があるとはいえ、タエ自身も無限に戦えるとは思っていない。
「あんの悪代官が、気持ち悪い号令してからよねっ、と――!」
兵士の長槍(パイク)による攻撃を避けながら、タエはレンブランの方へ視線を向ける。
瞬間、レンブランと視線が交差する。
「な、なに、こ、この重圧!?」
タエは背筋に、まるで冷水を流されたような気持ちに陥った。
明らかに一般人(ノーマルマン)とは、何か違うモノを感じてしまう。
否、感じさせられてしまう――
「……
……タダの商人じゃ無いって感じね。
で、悪い号令から兵士さんが襲いかかって来るのなら、次の一手は――」
タエは剣を地面に突き立てた。
盾も手放す。
今は、胸のネックレス[アミュレット・オブ・ハイローニアス(ハイローニアスのお守り)]へ意識を集中させる。
「全てはφ(ファイ)から0(ゼロ)へ――」
タエの周囲がキラキラとした光の粒が舞い落ちる。
光の粒子が神聖魔法の効果が発動させる。
「いっけえ、[ディスペル・マジック【魔法解除】]!」
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・[呪文]
パラディン(聖騎士)は一定レベルから、少数の信仰呪文を唱えられる。
かけることのできる呪文(使用可能スフィア)は下記に限られる。
・オール(すべての僧侶が使用可能)
・コンバット(戦闘)
・ディビネーション(探知)
・ヒーリング(治療)
・プロテクション(防御)
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兵士達の身体に降り注ぐ光。
だが光は何も効果を発動させることはなかった。
「え、ウソ――!?」
今回、タエは初めて焦りを含んだ声を上げる。
タエの中で[ディスペル・マジック【魔法解除】]が失敗したという結果がわかったのだ。
つまりそれが意味することは――
「やっぱり、呪文で操られていたってこと!?」
タエは慌てて盾を拾い、怒濤の如く続く兵士の攻撃を防ぐ。
そして剣を地面から引き抜いた。
「私のしょっぱい呪文じゃ駄目か!
乃愛ちゃんか、イルっちなら本業だから違うんだろうけどっ、と――!」
タエが焦燥を感じたのは、兵士が操られていた事ではない。
[呪文が失敗した]という結果についてだ。
しょっぱい呪文などとタエは言ったが、タエの聖騎士(パラディン)としてのレベルは超一流クラス。
ここまでのLVの聖騎士(パラディン)が唱える呪文は、普通の一流魔法使いと遜色は無い。
「[ディスペル・マジック【魔法解除】]の結果、
私がダイス(さいころ)で[1]を出して完全失敗したとかじゃないとしたら――」
失敗という結果で理解できた状況。
それはレンブランがタエよりも高レベルの魔法を使うか、他に強力な魔法使いがいる可能性がある。
もしくは高レベルのマジックアイテムが関わっている可能性も否めない、という事だ。
「ちょっとだけ、面倒な事になりそうね」
まだまだ群がる兵士。
そして兵士の先に見えるレンブランを見て、タエはぼやいた。
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ひさしぶりの更新です。
大変申し訳ありませんでした。
今回のお話は説明っぽい感じになってしまいました。
それでいて非常に難産。
自分の力量の無さに泣けます。。。
次話はテンポの良い文章を心がけます!