雲一つ無い過ごしやすい晴天。
二頭立ての馬車が、ガラガラと音を立てながらあぜ道を進んでいた。
[オークリーフ村]に続いているこの道は整備されている方ではない。
時折、強い震動が馬車を操る者の腰に負担をかける。
ミッチェルはため息を付いた。
「このままでは二つにおしりが割れてしまうよ、バーバラ」
馬車を操りながら、中肉中背の男ミッチェルは隣に座る妻に愚痴る。
「あら、私はとっくに二つですけど?」
夫であるミッチェルの言葉に対して、バーバラは微笑を返した。
「むむむ、ボケ殺し!
いつの間にそんな高等な技術をマスターしたんだい?」
「ボケゴロシ?
それがなんだかわかりませんが、きっと、毎日あなたの言葉を聞いているウチにですよ。
そんなことよりも見てください」
バーバラは右前方方向に見えてきた小高い丘を指差す。
ちょっとだけ「むっ」とした表情で、ミッチェルは愛する妻が指差した方を確認するために目を凝らした。
「そんなことって……
ん?
人が断末魔を上げているように見える気色悪い岩……
ってことは、そうか[嘆きの丘]まで来たのか」
「ええ。
[嘆きの丘]が見えるとなると、[オークリーフ村]まではもうすぐですけど……」
バーバラの表情が少し曇る。
無論、ミッチェルとて思いは妻と一緒である。
今、商人仲間の間で噂になっている[嘆きの丘]が原因だ。
ここでは多くのモンスターが目撃されている。
モンスターにどうこうするなど、一介の商人にすぎないミッチェルにできるわけもない。
「文字通り、最後の丘場……
……違った、山場ってわけか」
駄洒落にも何もなっていない駄洒落を口にしながら、いつも陽気なミッチェルも思案する。
「まだ日はでているし、
何かがあっても[オークリーフ村]まで駆け抜ければ問題は無いと思う。
けど、念のためだ。
[タエ]に起きてもらおうか?」
夫の提案に、妻のバーバラも頷いた。
「そうね。
いつも寝ないで夜を見張ってくれている[タエ]には悪いかもしれないけど、
今日は[オークリーフ村]で休めるものね。
私、起こしてくるわ」
「ああ。頼むよ」
ミッチェルの提案に対して、バーバラは大きく頷いてから荷台に向かっていた。
○
馬車の荷台には、所狭しと商売用の毛皮が多く積み込まれていた。
毛皮だらけの荷台。
そんな中のちょっとした隙間に、黄金色の髪を持つ女性は眠っていた。
黄金色の髪を持つ女性[タエ]だ。
今、[タエ]は小さな寝息を立てている。
[タエ」の横には、[タエ]に抱きついて小さな男の子も眠っていた。
ミッチェルとバーバラの一人息子である[バド]だ。
バーバラは胸の鼓動が激しくなるのがハッキリとわかった。
それは、[タエ]の圧倒的な美貌と醸し出す雰囲気にある。
月の滴を纏ったように光輝き、流れるような黄金色の髪は女性なら誰もが憧れるものだった。
また美人な上に、冷たさといったものも感じられない。
なんというのだろうか、優美さと少女が持つ可憐さも兼ね備えている顔立ち。
それでいて、何か不可侵のような気品を感じてしまうのだ。
バーバラは[タエ]にぺったりと寄り添って眠っている我が子を起こさないように、
[タエ]の肩にソッと手を添える。
「[タエ]、ちょっといいかし――」
小さな声で呼びかけた瞬間だった。
[タエ]と呼ばれた女性は一瞬で立ち上がっていた。
しかもそれだけでなく、右手は腰に下げられた剣の握り手部分に添えられていた。
まるで、つい先程まで戦っていたかのような姿勢だった。
「どうしたのバーバラ?」
「え、え、え……!?」
バーバラには、[タエ]が何を行ったのか全くわからなかった。
こんなに目の前で、直接見ているにもかかわらずだ。
驚きの表情を全開にしているバーバラに対して、[タエ]は微笑しながら声をかける。
「何かあったの?」
[タエ]の声に、バーバラは一気に心が落ち着くのがわかった。
バーバラの表情に対して、[タエ]はにっこりと笑った。
○
「ミッチェル、どうかした?」
荷台から降りて来たタエの呼びかけに、ミッチェルは反応できなかった。
いつも見ているのだが、いつも見とれてしまうのだ。
それほどの美貌なのだ。
反則だと思った。
「あなた――?」
バーバラの呼びかけで、ミッチェルは我を取り戻した。
だが、これで今日もバーバラに怒られる事が決定してしまった。
なんだか不条理だ。
しかし、今日はひさしぶりに屋根があるところで眠れるのだ。
バーバラには謝罪と日頃の感謝の気持ちを込めて、めいっぱいサービスをしてやろうと決めた。
「あ、ああ。タエ、実は――」
ミッチェルは事の経緯を説明した。
説明を聞き終えたタエは、[嘆きの丘]と呼ばれる方角に視線をまっすぐに向けた。
どのぐらいの時間が経過したのだろう。
タエは[嘆きの丘]を見ているだけ。
ただそれだけなのに、ミッチェルとバーバラは息を呑んでしまった。
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・[ディティクト・イービル【邪悪探知】]
パラディン(聖騎士)はイービル(邪悪)な意志の存在を感知できる。
これは特定の方向に向かって精神集中することで行うことが出来る。
この能力は何回でも使用が可能である。
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「ミッチェル、バーバラ。
ビンゴよ。
これからも「危ない」ってわかる場所があったら言ってね」
「え……ビ、ビンゴ?
それはどういう意味なんだい?」
ミッチェルはタエに聞き返した。
タエからは時折、よく意味がわからない言葉がでてくる。
名前も[タエ]という聞き慣れないものだし、タエは遠い異国生まれなのだろうか……?
そんなことを考えたミッチェルに、タエは納得した表情を浮かべていた。
「ごめん、そうよね。[ビンゴ]ってゲームが無いんだもの。
[当たり]って意味で捉えてくれればいいわ」
「え、あ、あなた……!」
「と、ということは――」
タエは小さく頷いた。
そして腰に下げている剣を鞘から抜き放つ。
美麗な剣だった。
握り手部分には、雄々しく羽を広げた鷹があしらわれている。
また刃部分は背筋が凍る程に銀の光に纏われていた。
それはアストラル海のエネルギーによるものだが、ここにはそれに気がつく者は誰もいなかった。
が、
ミッチェルとバーバラは息を呑む。
本格的な戦いなど出来ない二人にも分かるほどに、タエの剣から力が感じられたためだ。
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◇[ファースレイヤー・ホーリーブレード]
武器:剣
特性
・ファースレイヤー・ウェポン[彼方を狩る武器]
・ホーリー・ウェポン[聖なる武器]
・デーモンベイン・ウェポン[悪魔殺しの武器]
パワー
・この武器を宙に向かって振るうたびに、間合いの先の敵の身体に魔法による傷が刻まれる[無限回]
・パラディン[聖騎士]が使用時のみ、パラディンのレベルと同レベルまでの敵対的魔法を中和してしまう。
・対デーモンに対して武器は強化される。
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[嘆きの丘]から雄叫びが聞こえてきた。
ショートススピアを携えた6匹のコボルドによるものだった。
丘の斜面を利用して、かなりの勢いで突進してくる。
タエはそっと目を閉じて、戦う前にいつも唱える言葉を口にする。
それは覚悟を決める為だ。
「私が生きる為。
私の好きな人達が生き残る為。
全力で戦う。
迷わない。
全力で殺す。
だから、
だから貴方達も全力で、私にかかってきなさい――!!」
タエは目を見開くと同時に、[ファースレイヤー・ホーリーブレード]を目前の何も無い空間に斬りつける。
刹那。
まだずっと先にいるコボルドの上半身と下半身が切断された。
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031 タエ
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[オークリーフ村]は人口200人の小規模の村だ。
店と呼べるのは二つの宿屋と教会、雑貨と防具屋だけの集落だった。
そのうちの一つの宿屋で、ミッチェル一行はチェックインした。
「タエ、今日もありがとう。本当に助かったよ。
まずは乾杯をしようか――!」
「本当よね、ありがとうタエ」
ミッチェルとバーバラに掲げられたエール。
タエも微笑みながら、一気に喉に流し込んだ。
「ふー、やっぱりとりあえずエールよね!」
タエの外見とはそぐわない台詞に、ミッチェル達も笑いながらエールを飲み始めた。
○
スープとオートミールの夕食は、あっという間に食べ終わってしまった。
ミッチェル、バーバラ、タエの大人組はエールを飲んでいく。
そんな中で、昼間はずっと寝ていた[バド]が体力と暇を持て余しているようだった。
「ねえねえ! タエ、タエ!
また[サッカア]やろうよ! あれ、やろうよ!」
バドは捲し立てるように、タエにお願いの言葉を口にした。
すでにバドの手には、タエとバドによる手作り[サッカーボールもどき]が治められている。
「バド、いけませんよ。
タエは昼間に私達の為に一生懸命で、とっても疲れているんだから。
また今度にしなさい、ね?」
バーバラは息子のバドに言い聞かせる。
が、バドは聞く耳を持たなかった。
「えー、やだよ!
ねえねえ! タエ、いいでしょ?
また、あれやってみせてよ! まるせいゆたーん!」
バドはぺったりとタエにひっついて、チェニックの裾を引っ張った。
そんなバドに、タエは微笑しながら席を立った。
「よし!
バド、手加減しないんだから、覚悟しなさい。
マルセイユターンと、そうね、クライフターンも教えてあげる」
「え! なに、なにそれなにそれ!?
タエ、早く早く!」
バドは、タエの手を握り外に引っ張ろうとする。
そんなバドにタエは髪の毛を「クシャリ」と撫でで、一緒に宿の裏庭に向かっていくことにした。
ミッチェルとバーバラ夫妻は、タエに対して苦笑しながら頭を下げる。
二人に、タエは笑顔で答えた。
○
「気持ち良さそうに寝たわ」
バドを寝かし尽かしたバーバラは微笑みながら、テーブルの座席についた。
「ついちょっと前までは、あんなに病弱だったのにな。
タエと会ってから、すっかりよくなったね」
ミッチェルは満足げにエールを飲み干した。
続けて、宿の定員に、自分とタエのエールを追加注文した。
「悪かったね、タエ。
喉渇いただろ?」
「ありがとう、いただくわ」
無愛想な定員がエールを運んでくる。
そして無愛想にテーブルにエールを置こうとした時だった。
店員は、タエの顔を見てから急に顔を真っ赤にする。
その後の動作がぎこちないものになった。
タエは苦笑する。
今までに何度もあったことだ。
タエは店員にお礼の言葉を述べて下がるようにお願いした。
固まっていた店員は、ロボットのようにぎこちない動作で厨房に戻っていった。
こんな時だ。
タエがいつも郷愁の念を強く感じてしまうのは。
本当の私を知っている人達に早く会いたいと――
頭を振り、タエは一気にエールを飲み干した。
○
「タエ、ちょっと聞いてもいいかい?」
ミッチェルはニシンの塩漬けをつまみながら、タエに問いかける。
「じゃあ、質問1回につき一杯で」
タエは空になったコップをミッチェルに差し出した。
「ははは、安いなあ。そんなのでいいのかい」
ニシンの塩漬けとエールを、ミッチェルはタエの前に差し出した。
「なんで護衛についてくれたんだい?
僕らが払える報酬なんて、雀の涙ぐらいだ。
正直、タエの実力なら――」
ミッチェルは[嘆きの丘]でのゴブリンの襲撃を思い出す。
その時のタエの動きは、見ていても何が起こったのかわからなかった。
一瞬が2回ぐらいの時間だろうか。
それだけで、6匹のゴブリンは動かなくなっていた。
ハッキリ言って、こんな凄腕の冒険者に会えたことなんてない。
「私が行きたいと思っている方角が一緒。
で、移動は馬車に乗っけてもらえる。
どう、私にはメリットしか無いと思わない?」
そんなタエの言い回しに、ミッチェルは苦笑した。
タエは照れ隠ししているな、と思ったからだ。
戦うことなんてできない。
でも、これでも商人の端くれだ。
それぐらいはわかる。わからなければやっていけないのだから。
「そうか、ならそう思っておくことにするよ」
「何よ。
なーんか、引っかかる言い方ね~」
「気にしない、気にしない」
ちょっとだけすねたよう表情をタエは浮かべた。
そんなタエの反撃は、ミッチェルのニシンを口に放り込むことだった。
そしてエールを追加注文のコンボ付きだ。
「正直言うとね。
その日のご飯とお酒。
それに雨露がしのげる場所があれば、もう何もいらないのよ」
そんなタエの言葉に、驚いたのはバーバラだ。
こんなに美麗な女の人、さらには冒険者。
色々な意味で、いくらお金があってもたりないのでは?
そう思ったからだ。
「え、でも、タエ。
貴方ほどの女性なら――」
バーバラの問いに、タエは横に首を振った。
「私、あんまり贅沢できないのよ」
「え、タエ。それってどういうこと?」
「こういうのも職業病っていうのかしら」
ミッチェルも疑問だった。
だが、タエには恩がある。
何か問題があるというなら、なんとかしてやりたいと考えた。
「どういうことなんだい?
僕らで力に成れることがあれば協力するよ」
「あはは。
話せばちょっと厄介になるんだけど。
本当に簡単に言えばこれ」
タエは自分の胸に、右手を持って行く。
その瞬間、ミッチェルは思いきり目を見開いてしまった。
そして、流れるようにバーバラのげんこつが飛んでいた。
いつもの光景に、タエは苦笑してしまった。
タエが二人に見せたのは装飾された美しいネックレスだった。
ただ、装飾されているのは小さな盾を模したモノだ。
およそペンダントの題材に相応しいものではない。
「これは、ハイローニアスの――?」
ミッチェルは記憶にあった言葉を口にする。
この盾はハイローニアス教団の紋章だったからだ。
「じゃあ、タエは……」
「ってことで、納得してくれる?」
秩序にして善。
質素倹約。
弱き者の盾にならん。
ハイローニアスの教義は厳しいことで有名だ。
信仰している人も鉄の意志をもって遵守しているために、人々からは非常に信頼されている。
そのハイローニアスのシンボル(紋章)を、タエは見せてくれたのだ。
理由としては、非常に納得がいくものだった。
「ミッチェル、バーバラ。
そんなわけだから、報酬とか何も気にしないで。
ラッキー程度に思ってくれるといいわ」
「そ、そうか。
でも、なあ……」
ミッチェルの懐的には助かる。
が、恩を返せないというのはどうにももどかしい。
バーバラも同様に思ったのだろうか。少し考えるようなそぶりを見せる。
一瞬、テーブルは沈黙に包まれた。
しんみりとした雰囲気。
が、それをタエは明るい声でぶちこわすことにした。
「でもね~。
今日ぐらいはミッチェルのお小遣いが破産するくらいには飲ませてもらうわね」
「えー!」
タエの無情な宣告に、ミッチェルが悲鳴を上げて乗っかっていった。
「タエ、私が許すわ」
「あはは。2対1で女性チームの勝ちね。
よろしく、ミッチェル!」
「うわー、そりゃないよ~」
小さな村の小さな食堂は夜遅くまで賑やかだった。
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キャラクター名:タエ?
アライメント:ローフルグッド
種族:人間
職業:パラディン(聖騎士)
レベル:?
性別:女
年齢:不明
髪:金
瞳:青
社会的身分:?
兄弟:?
外観:金髪碧眼。
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筋力 (Strength) :13
敏捷力 (Dexterity) :17
耐久力 (Constitution) :9
知力 (Intelligence) :12
判断力 (Wisdom) :13
魅力 (Charisma) :17
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◇パラディン(聖騎士)
・パラディン(聖騎士)の長所は魅力 (Charisma)である。 魅力 (Charisma)が17以上無ければならない。
・性格はローフルグッドでなければならない。
・パラディン(聖騎士)は11個以上のマジックアイテムを所有してはならない。
・パラディン(聖騎士)は必要以上の富を有してはならない。
・厳しい戒律の代わりにパラディン(聖騎士)には多くの特典と特殊能力がある。
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★
新しいお話になります。
今回の地名人名は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』1レベル用シナリオ『キャラバン警護隊』からお借りしました。
シナリオは全く別物になります。
ネタバレ等は無いとは思いますが、注意したいと思います。
また、ノアが居ないので3人称視点で文章を書いています。
とっても難しいです~(T-T)
おかげで、山場もオチも意味も無いようなお話になってしまいました。
申し訳ありません。
しばらくは、のんびりとした展開を表現の文章を勉強できたらなって思います!