柄頭の形状はまさに「明けの明星」と呼ぶのに相応しかった。
球状の頭部に星の形を見立てた複数の棘を備えたメイス。
モーニングスターが必殺の意志を持って襲いかかる。
「――!」
スケルトンから放たれるソレを、イアンはかがみ込みこんで避ける。
が、スケルトンは振りかぶった勢いを殺さない。
そのまま一回転して、さらに上段からの攻撃を放つ。
「……ムハンマド……!」
イアンもかがみ込んだ姿勢から、横に前転して「明けの明星」を避ける。
瞬間、床石にモーニングスターの棘が突き刺さった。
「Uxoon……」
イアンにムハンマドと呼ばれたスケルトン。
うなり?
骨を抜ける風の音?
スケルトンより何かの音が聞こえる。
「ムハンマド――!」
イアンの呼びかけにスケルトンは何も答えない。
イアンとスケルトンの視線が交差する。
床にめり込んだモーニングスターを、スケルトンは力任せに引き抜いた。
返答の代わり。
それはモーニングスターによる攻撃だった。
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027 地下墳墓(カタコンベ)03
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サア、魔女!
47体のスケルトンダ。
何ヲシテクレル?
見セテミヤガレ! サア、行ケ俺ノ下僕達ヨ――!
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何処からか聞こえてくる声の指示に従ったのでしょうか?
多くのスケルトンが、わたしを囲うようににじり寄ってきます――!
「ノア君!」
ドーヴェンさん、わたしを助けてくれようと身構えてくれるのがわかりました。
「大丈夫です、ドーヴェンさんはイアンさんとエミールさんを――」
こちらに来てくれようとしたドーヴェンさんを手で制します。
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イインダゼ?
魔女ノ手伝イをシタッテヨ。
カカカ、震エテ何モデキネエノカ?
魔女モドウシタ?
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]ノ名前ガ泣クゼ――!
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「な!!!
エロールのノア様が、ま、まさか!
あ、あの[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]だって!?!?」
エミールさんの驚く声が耳に届きました。
ただ。
エミールさんだけではなく、わたしもちょっと驚いています。
……
なんでわたしのことを知っているの……?
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ブラックドラゴン?
サイクロプス?
マインドフレイヤ、クラーケン?
魔女ヨ。
ソンナ化ケ物ヲブッ殺シテ来タンダロ?
ナラ見セロ、ソノ力で俺ヲ楽シマセロ――!?
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もしかしたら[乃愛]じゃなくて、[ノア]の時に知り合った敵……?
イヤ、今はそんなこと考えるよりも――
この状況をなんとかする方が優先だよね、[ノア]――!
「ありがとう、グングニル――」
わたしは[グラヴズ・オブ・ストアリング(物入れの手袋)]のコマンドワードを唱える。
唱え終えた瞬間、握りしめていたグングニルが姿を消しました。
「な!?
ノア君、なぜ武器を手放す――!?」
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アア?
ホントに諦メチマッタノカ、オイ!?
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ドーヴェンさんと謎の声が被りました。
「大丈夫です、ドーヴェンさん。
今から行うことに、武器は必要ないですから――」
この47人の[人達]にはグングニルは必要ありません。
きっとエドラスの方達の為にがんばってきた……
……
……
……
一生懸命だったに違いないハイローニアスの人達には――!
「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]の名に誓います――!」
ココロより祈ります――!
もう、みんなが辛くないように――!
ハイローニアスの人達の誇りが傷つけられないように――!
わたしは本当の僧侶じゃないからわからないけど――
それでも。
それでも、みんなには――
……
……楽になってもらいたいから――!
「葉の影
快い木陰
草そよぐ風
空に
大地に
大気に
父の腕の中へ
母の懐へ
帰ろう
いつか
どこか
遠い彼方へ――」
ハイローニアスさんもお願い、彼らを――!
彼らを助けて――!
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ナ――!?
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「ノ、ノア君は何をしたんだ!?
スケルトンが光に包まれていく!」
「あ、あれがエロールの……
……まさか、タ、ターニングアンデッドですか!?」
光に包まれた47人の[人達]が動きを止めてくれました。
それどころか、武器も手放してくれて――
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馬鹿ナ、テメエラ何シテヤガル!
トットト行キヤガレ、俺ノ命令ヲ効ケ――!
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光はシャボン玉のような大きさになっていきます。
フワフワと光は風に乗って――
「……皆さん……
……ありがとうございます……」
本当は、何か違う方法があれば良いんですが……
一度、アンデッドになってしまった人間を元に戻す方法は……
……
……ありません……
だから。
だからせめて。
自己満足だと思うけど、でも、それでも――
「力不足でごめんなさい……」
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◇ターニングアンデッド
プリーストやパラディンが持つ貴重な祈りの特殊能力。
アンデッドを追い払ったり、ディスペル(解呪・破壊)等が行える。
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光の玉が弾けて消えました。
そこにはもう47人の[人達]は、誰もいらっしゃいませんでした。
○
スケルトンの攻撃は苛烈さ増すばかりではあった。
だがイアンはそれを確実に避ける。
周囲の人が見れば、それはまるで演舞でもしているかのように思えただろう。
「貴方の修練は……
……本当に身体に染みこんでいたのですね……」
イアンは泣きたくなった。
そしてこの大切な友人を本当に誇りに思えた。
ココロを奪われても。
肉をそぎ落とされても。
鍛えた魂だけは決して裏切らないのだと――
「ムハンマド、そんな貴方に今の状況は苦痛でしょう……」
イアンは嫌な感情が浮上してくるのを感じた。
誰だ?
この誇り高き友をこのようにしたヤツは――!?
「お疲れ様でした、ムハンマド。
私は幸せでしたよ。
最良の友を得ることが出来て――」
イアンは右手のフレイルを力強く握りしめる。
ムハンマドの動きは完全に読める。
だから、このフレイルが避けられることは決して無い。
「ハイローニアスの元で会いましょう。
その時は――」
いつから一緒だったのか。
気がついたら、ムハンマド、貴方は私の横に居ましたよね?
幼い頃、二人で遅くなるまで外で遊んだ――
「また一緒に、あの頃のように――!」
イアンはフレイルをムハンマドに振り下ろした。
「……uxooo……」
「――!」
フレイルはムハンマドに命中した。
軽い音と共に骨が飛び散った。
○
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スゲエ、スゲエな魔女――!
サスガだ、サスガに英雄ハ半端ネエ!
領域(スフィア)なんて関係ネエカ?
クソ坊主モ見事ダッタゼ?
容赦ナクテ最高ダッタ!
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イアンさんも怪我とか無さそうです。
ただ、バラバラになった骨をじっと見つめるイアンさんは――
「出てきなさい、下郎。
いつまでもそう隠れているつもりなのですか――?」
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ソウダナ、俺モ身体ヲ動カシテエト思ッテイタトコロダ。
相手シテクレヨ、クソ坊主――!
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「なんだ、目の前の風景が……
ゆ、歪んでいる……!?」
ドーヴェンさんが慌てた声を出されました。
渦を巻くかのように、目の前の光景がひしゃげられていきます――!
周囲の空気が変わる。
温度が下がり、かび臭くなり、そしてココロにもたげるのは恐怖――
渦巻きの中心から現れたのは、痩せこけたまるで骸骨のような人……!?
「ヒィ、ヒィ……!?」
エミールさんが腰砕けるように地べたに座りこみました。
匍うようにして、後ろに後ずさりしています。
[ブレス【祝福】]でも押さえきれない[恐怖(フィアー)]に、レベルが低いエミールさんは負けたんでしょう――!
「な、な、なんだコイツは――!?」
ドーヴェンさんも剣の切っ先がカタカタと震えています。
そんなわたし達を、骸骨のような異形がじっと見つめてきます。
まるで品定めでもするかのように――!
「下郎、キサマが――!!!!」
渦巻きの中心から現れた怪異に、イアンさんが突っ込む――!
「イアンさん――!」
やせこけた風体。
周囲の空間を圧倒する冷気。
空洞の目。
服装はまるで貴族のような豪華なローブを身に纏っていて……
……
……
あれは……
……
……
……!!!
あれって、もしかしたら……!
ダメ、あれは――!!
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オオ、イイネ。
サアテ、生マレ変ワッタ俺ノ力ヲ見セテヤルゼ。
トットケ。
初回限定ノ大サービスダ――!
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イアンさんに向けられた、怪異のしわくちゃの何でも無い手。
だけど手から感じられるのは圧倒的な冷気――!
「イアンさん、ダメえぇ――!!」
あれは、あれは――!
あれはリッチ(Lich)――!!
★
ちょっと展開が早いかなとも思ったりしました。
物語を展開させる速度のバランスって難しいです。
あと数話でノア編を終了できたらいいなー。