わたしとドーヴェンさんは大聖堂内の客間に案内されました。
イアンさんに勧められて席に着くと、モンクさんが温かいお茶を出してくれました。
ほのかにするリンゴの香りが、少しだけ、このピリピリした雰囲気を和らげるような気がします。
少しだけ、ではありましたが――
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024 依頼
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「ドーヴェンは知っていると思いますが、
ノア様はご存じでしょうか?
この城下町エドラスより少し離れた所に、亡くなられた人の遺体を安置する地下墳墓(カタコンベ)があります」
「地下墳墓(カタコンベ)、ですか……」
地下墳墓(カタコンベ)。
実際に見たことはありませんが、ゲームや世界史なんかの知識で名前は知っています。
巨大な墓地や埋葬場所。
人によっては死者の都(ネクロポリス)なんて表現をするかもしれない。
わたしの返答に、イアンさんは静かに頷かれます。
「最近、そこで怪異が起こるとの報告がありました」
「怪異……?」
「はい。さようでございます」
イアンさんは音を立てないようにお茶を飲まれてから、一呼吸を入れて説明をしてくださいました。
「遺族の方が命日に祈りを捧げるために向かったところ、遺体が一人で歩き出して遺族を襲ったとのことです」
「それはなんとも……やるせない話だね」
「ええ。全くです。
今まで、このような事は無かったのですが……」
ドーヴェンさんの言葉に同感です。
亡くなった方のお墓参りにいって、逆に襲われたのでは……
……誰にも救いがありません……
「ただ幸いなことに、今の所、遺体が地下墳墓(カタコンベ)を出たという情報はありません。
が、我々としては看過しえる事ではございません。
我々は地下墳墓(カタコンベ)に2度の調査隊を送りました。
しかし……
……
誰一人として戻ってはこなかったのです……」
イアンさんの手が、胸元にある十字架(ホーリーシンボル)を握りしめられました。
それだけの行為。
だけど、なんだかとても……
胸が「キュッ」となるような感じがして……
「なるほど、そこで私を呼んだというわけだね」
腕を組み、じっと考えるように聞かれていたドーヴェンさんもため息をつかれました。
何かを考えているようです。
それにしても地下墳墓(カタコンベ)か――
地下墳墓(カタコンベ)はゲーム中でも、よく冒険の舞台になった場所です。
希に盗賊達が根城にしていたりすることもありますが、大抵はアンデット系絡みの話が多くなります。
アンデット系のモンスターは戦うと相当に厄介です。
酷いのになると、通常攻撃は全く効果が無い敵もいたりします。
ただそれ以上に厄介なのが……
今回のように、アンデッドが突然出現したとなると……
……
誰かがアンデッドを生み出した可能性があります。
D&Dにはアンデッドを作り出す呪文があるのだから。
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・[アニメイト・デッド【亡者の創造】] LV3スペル
人間、デミヒューマン等の人間系種族の骨や死体から下級のアンデッドを作り出す呪文。
アンデッド化された死体は、使い手の簡単な命令に従うようになる。
アンデッドは倒されるか、ターニングされるまで存在する。
この呪文の使用は善いこととはされず、邪悪な者だけが使用する。
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もしも、そう仮定すると。
今回の出来事の背後に魔法を使う人が存在する――
……
……そうなったら……
……
正直、危険度が一気に増すと思います。
わたしが言うのもなんですが、「D&D」には極悪な呪文が多く存在するのですから――
シーンとした室内。
静寂を破ったのはドーヴェンさんでした。
「徹底した正義を主張するハイローニアスだ。
2回目の調査は、相当に慎重かつ不撓不屈の心で立ち向かったと考える。
それでも……
それでも誰も帰ってこないというのかい、イアン?」
「……ええ。
2回目の調査隊の隊長は、ムハンマドです。
ドーヴェン、貴方も名前はご存じでしょう。
ムハンマド以下、手練れの僧兵を20名派遣したのですが――」
ドーヴェンさんの表情が、より険しさを増したのがわかりました。
「ムハンマドが帰ってきていないのかい?
確か、彼は[司祭(ビカー)]の称号をもらっていた程の人だったと思うが……」
「ええ、相違ありません。
彼はこの寺院でも、かなりの実力の持ち主です。
神の奇跡も行え、得意武器のモーニングスターでは右に出るものはおりません」
「……
今回は、それほどの[何か]が起きているといるのだね……」
[司祭(ビカー)]は確かD&Dの称号に照らすとLV4のプリーストだったと思う。
そうなるとLV2の呪文が1度唱えられるか、られないか。
そのぐらいだったはずだ。
LV4と僧侶と、20人の……
おそらくモンクさんになるのかな、それが帰ってこられないクエスト――
「本来、これは我々が解決しなければならないと自覚しております。
けれど、今の我々にはその力が足りませぬ……
私には力が足りませぬ。
ただ、それでもできることならば私の手で――」
「イアン、さん……」
無意識に、声が出てしまいました。
それほどまでに、イアンさんから悔しそうな思いが感じられて――
ドーヴェンさんと、その横にいるわたしに、イアンさんは頭を深々と下げられました。
「エドラスの人々が健やかに生活を営む為、
眠る死者の方々の安寧の為、
冒険者組合のドーヴェンに依頼をさせていただきたいと思います」
室内に、また沈黙が訪れました。
ドーヴェンさんとイアンが見つめ合って……
……
どれぐらい時間が経ったのでしょうか……
大聖堂の鐘が鳴り響きました。
それは重々しい音で、静かな室内にとても響き渡りました。
何回か鳴らされる鐘。
それが収まったと同時に、ドーヴェンさんは微笑されました。
「しばらくノア君に楽をさせてもらったからね。
少々、運動不足気味だったんだ。
はは、リハビリには丁度良いさ」
ドーヴェンさんは握り拳を作り、イアンさんの前に差し出した。
「[鉄]のドーヴェン・ストール、この右腕に誓おう。
イアン。
存分に役に立って見せようじゃないか」
「ドーヴェン……
……感謝いたします」
嬉しそうな、それでいてどこか泣きそうな――
イアンさんはそんな面持ちでした。
右手を握りしめて、突き出されたドーヴェンさんの拳に軽くタッチされました。
「気にすることはないよ。
これが私の仕事なのだからね。
ああ、そうだ。
ただ報酬はいつもの通りに頼むよ、イアン」
微笑みながら、ドーヴェンさんはイアンさんに告げる。
イアンさん、ドーヴェンさんの言葉に大きく頷かれました。
「承知しております。
いつものように前金の500gpは、すぐにでも奥様にお渡しします。
帰還後には、残りをお支払いさせていただきます」
「頼むよ。
ああ、そうだ、それとあと1つお願いがあるんだ」
「ええ、なんなりと。
今回は、可能な限り対応させていただきたいと考えておりますから」
イアンさんの言葉に、ドーヴェンさんが「ニヤリ」と表現するのにぴったりな表情をされました。
「私は頭の悪い男でね。
地下墳墓(カタコンベ)や、動く遺体とか、そういった話には疎いんだ。
そうなると、もうわかるだろ?
依頼を受ける条件に、是非、腕の立つ僧侶が欲しい。
これが認められないと、今回の件は降りさせてもらうよ。
それも、ムハンマドよりも実力を持った男だ。
そう、例えば――」
ドーヴェンさんはイアンさんの胸元を指差した。
「イアン。
君みたいな人が同行してくれないと、私は断るよ」
「……ドーヴェン」
ぱあ、っとイアンさんの顔が明るくなる。
「相変わらずですね、本当に貴方は……」
「何を言っているか、よくわからないな。
私は必要な事を述べているだけに過ぎないよ?」
「……ふふ。
それならば仕方がありません、と言っておきましょう。
[鉄]のドーヴェンに依頼を断られては、打つ手が無くなりますからね。
ええ、是非とも同行させていただきます」
「ちゃんと上の人には説明しておくんだよ。
ドーヴェンというわがままな男の指示に従ったと、ね」
なんだか胸がドキドキしてきます。
先程までと違って、イアンさんの表情が生き生きされています。
きっとドーヴェンさんは――
……
……いいなあ、こういうのって……
ただ。
大丈夫なのかな……?
ドーヴェンさんのメイン武器は剣だ。
相手が、例えばスケルトンだった場合には攻撃力が半減される。
地下墳墓(カタコンベ)だとワンダリング・モンスター(さまよえる怪物)だって、アンデッドの可能性がある。
例えば、そんな時にシャドーやスペクターなんかが出たら?
そうなると剣に魔法が付与されていないとダメージが与えられない。
そうなるとイアンさんに大分負担がかかってくると思う。
ムハンマドさんという方がLV4だと仮定すると、イアンさんはLV5~6くらいになるのだろうか。
だとしても、やっぱり――
……
……いや、わたしの考えすぎなのかな……?
「イアンさん、よろしいでしょうか?」
「ノア様……?」
しばらく黙っていたけれど、少し、確認したいと思う。
なんだか胸騒ぎが止まりません。
「今回……
えと、これで3回目になると思うのですが、
他に誰か同行される方とか、いらっしゃるのでしょうか?」
「1回目、2回目と比較するとまだまだ修行不足の者が多いですが……
地下墳墓の構造に詳しいものを筆頭に、幾人かのモンク僧を考えておりました。
10人程なら動かせる状態です」
「……そうですか」
修行不足とイアンさんはおっしゃられた。
そうなるとLV1かLV2ぐらいのモンクさん達になるのだろう。
スケルトン程度なら問題は無いと思うけど……いや、それでも問題無くは無いか。
……
……例えば、ダメージが与えられない敵に遭遇したらどうなるんだろう?
逆に人数が多いことがデメリットになりかねない。
[ノア]の知識なのか、[乃愛]のゲームの知識なのか。
色々な考えが頭によぎります。
ただ共通しているのは……
[不安]だ。
ドーヴェンさんとイアンさんに行かせることに対する不安――
「イアンさん、ドーヴェンさん――」
イアンさん。
[ウォウズの村]で会ってから、ずっとわたしを助けてくれました。
いつも優しくって、いつも真面目で――
わたしはどれだけ助けられたのだろう?
ドーヴェンさん。
わたしの師匠。
冒険に対する心構えや、戦い方を教えてくれている先生。
きっとドーヴェンさんがいなかったら、わたしは今でも自分の力の使い方が分からなかったと思う。
この世界で知り合った大切な人達。
……
……
でも、この世界はわたしの世界では無い。
わたしは日本人だから。
わたしの国は日本。
だから。
わたしは日本に帰りたいと思っている。
だから。
帰るだけなら、きっと……
今回の件には関わらない方がいいんだと思う。
……
……
……でも。
でも、それでいいの?
今のわたしには、ある程度協力できる力はあるのだから――
それにわたしは決めたはずだ。
[ウォウズの村]で、そう、あの時の気持ちを忘れないって――
迷った時には……
……
……
わたしを好きだと言ってくれる人に、もっと好きだと言ってもらえる行動を取ろうって――!
「イアンさん、ドーヴェンさん……」
わたしはスイッチを入れる。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノアになる。そして――
「わたしも……
わたしも、地下墳墓(カタコンベ)に連れていってください!」
はっきりと、わたしは、わたしにしては大きな声で告げることができた。
★
乃愛のキャラクターが固まりません。ブレブレというかなんというか。
女の子を文章で表現するって、こんなに難しいなんて。
文章を自分で書いてみて初めて分かりました。
ぶれないキャラクターを書ける人、本当に心から尊敬します。