■■■
「……全員……なのかのう?」
「……はい」
イアンちゃんが目をつぶりながら頷く。
……やれやれ、だ。
そんな答えは聞きたくねえんだよなあ。
「もう一度聞くけど、答えは変わらんか?」
思わず、頭を叩いちまう。
こんな質問に意味は無い。
イアンちゃんが嘘なんてつくわけはねーんだからなー。
ただ、それでも言いたくなるわけよ。
「はい。
ムハンマド第二調査隊ですが、帰還予定時刻になっても――」
「……そうかい」
こんなこたあ、今まで無かった。
最近のエドラス地下墳墓(カタコンベ)に何が起きているっつーんだ!?
ムハンマドまでこれじゃあよ――
「ムハンマドのやつは、イアンちゃんの同期じゃったか?」
「ええ、長い間一緒です。とても気持ちの良い男ですよ」
イアンちゃんの右手が力強く握り拳が作られたのが見て取れる。
……無理もねえやな。
「……すまんのう」
「なぜ謝られるのでしょうか、ジョウゼン長老(エルダー)。
ハイローニアスへの門を開けた証拠もありません。
たとえそうだったとしても……
それは、ムハンマドにとって本望であると確信しております」
因果なモンだ。
神に仕えている俺達が、本当の気持ちも吐露できねえんだもんなあ。
「偉いな、イアンちゃんは」
第一次調査部隊も弱い僧兵じゃなかった。
だが、行方不明になった。
それ故に、第二次はムハンマドへ頼んだんだ。
油断したつもりは毛頭ねえ――
「今回の件、ドーヴェン殿に話を持っていってくれないかい?」
「組合(ギルド)にですか!?」
イアンちゃんが珍しく声を荒げる。
……無理もねえ。
本業って言えるうちらが降参して、助けを請うのだから。
「長老(エルダー)!
ならまず私に行かせてください、それからでも――!」
「ダメだ」
イアンちゃんの口を遮るように、俺は手の平を差し向ける。
「言っておくけど、イアンちゃんの実力が無いからってわけじゃないからの。
第一、第二がやられたんじゃ。
今のわしらじゃ、圧倒的に力不足って話なんじゃよ」
「し、しかし、我らハイローニアスが――!」
「街のみんなが安全に暮らせればいい。
うちらの意地だ誇りだ、ましてや復讐なんてのは――
……
……犬も食わねえぜ?」
「――!
……はい。失礼いたしました……」
イアンちゃんが、一歩下がって頭を下げる。
辛れえよな。
辛れえよな、わかるぜ――
「すまんな、イアンちゃん」
「わかっています、わかっていますが――」
正午を告げる鐘が鳴る。
いつも聞いている大聖堂の鐘だ。
心にストンと響いてくる音色。
いい音だ。
もっともっと鳴らしてくれ。
そしてわしの心を落ち着かせてくれ。
この、荒ぶる怒りが静まるまで――!
-----------------------------------
022 ただいま勉強中
-----------------------------------
コンポジットロングボウ。
これはわたしの専用の特注品。
普通の人の力では固すぎて弦を引くことはできない。
だからこそ威力は絶大。
狙いを定める。
確信した、この矢は決して外れない。
矢羽根をつかんでいた右手指を離す。
刹那、矢は轟音を発しながら一直線に突き進む――
「zeononoea――!」
手応えあり!
矢は巨大ムカデ中止部に命中――!
ビクン、ビクン、と2mはあるだろう身体を震わせる。
「ノア君、隙を与えるな――!」
「はい!」
ドーヴェンさんの合図で木から飛び降りる。
狙った大ムカデに向かって走る。
木の上から狙ったために、どうやら矢が身体を貫通して地面に突き刺さったようだ。
暴れているが、移動できそうな気配は無い。
チャンスだ――!
ロングボウを放り投げる。
「全てを貫く神槍、我が手に――」
走りながら右手にグングニルを出す。
勢いを落とさないまま、大ムカデ[メガロ・センチピード]に突進する――!
「えーい!」
一息に、グングニルを突き立てる。
ストンと、した感触。
「zeononoea――!」
[メガロ・センチピード]の身体が[光輝]に包まれる。
光がシャボン玉のように浮いて、弾けて、最後には消えた――。
もうそこには[メガロ・センチピード]の姿は見られない。
「ふぅ! よかった、逃がさないで済んだ~」
「おみごとだ、ノアくん!
しかし、弓の一撃で[メガロ・センチピード]を貫通して地面に縫い付けるとは……
さすがとしかいいようがないよ」
ドーヴェンさんも追いついて来てくれました。
「ありがとうございます!」
「本当に今回はお疲れ様だったね。
冒険者が生き残るのに大切なのは情報、準備、冷静、忍耐が私の持論だよ。
今回はまさに情報と忍耐の勝利と言えるだろうね」
今回、わたしは[メガロ・センチピード]退治のクエストを受けました。
ムカデって言っても、ものすごく大きくて毒も持っている手強い相手です。
近隣の村人で亡くなられた方もいらっしゃるとのことでした。
さらに厄介なのが、[メガロ・センチピード]は神出鬼没というところです。
そこで今回は、村人から今までの出現傾向を伺いました。
その上で出現確率か高いところに罠をたくさん仕掛けて、ずっと潜んでいたというわけです。
で。
張り込み3日目にして、ようやく倒せました!
-----------------------------------
◇メガロ・センチピード(Centipede)
社会構成:構成せず
食性 :肉食性
知能 :動物並み
性格 :ニュートラル
生態
・2m以上に成長する巨大昆虫。
・酸性の毒を持ち人間や動物を死に至らしめる。生き残れたとしても酸性の毒は皮膚を焼きダメージを与える。
・メガロ・センチピードは他のムカデよりも頭が良く、狩りの際には巧妙に獲物に襲いかかる。
-----------------------------------
最近のわたしは、ドーヴェンさんに色々なことを教わっています。
今回のクエストや、それ以外にクリアしたクエストなどにも同行して欲しいとお願いしました。
冒険者としての基本的なことや、行動、心構えを知っておきたかったからです。
わたし、真正面の戦いでしたら結構戦えると思うんです。
じゃあ相手が真正面からこなかったら?
色々なシチュエーションを想像するだけで怖くなってきます。
実際ゲームプレイ中に、敵の卑怯な手段で苦戦したことがありました。
そんな時、わたしは……
……
……あはは、力押しのゴリ押しプレイでした……
そんなのゲームだからできるんですよね……
……
はぅ。ゲーム中に頭を使ったロールプレイをしておけばと後悔です。
そういえば、考えて行動するプレイはおにいちゃんが得意でした。
おにいちゃん……
……元気かな……
「どうしたんだい? 浮かない顔しているぞ。
胸を張りたまえ!
村人がきっと喜んで、ノア君を迎えてくれるに違いない。
さあ、報告に行こうじゃないか!」
「え、ええ! そうですね!」
ドーヴェンさんに背中をポンポンと叩かれる。
あは、本当にドーヴェンさんは先生みたいだ。
○
わたしとドーヴェンさんは五日ぶりに[城下町エドラス]戻りました。
代名詞である城壁をくぐり抜けて、最初に向かうのはプレーンライン沿いにある冒険者組合の事務所。
冒険者組合とドーヴェンさんは密接な関係のようで、対応なども手慣れた感じです。
「はあー、さすが[鉄]のドーヴェンだな!
メガロ・センチピードをたった数日で倒しちまうなんて、なんと、まあ……
ともかく助かったよ、これが今回の報酬だ」
「ああ、いつもすまんね」
係の方から、ドーヴェンさんはお金が入っている小袋を受け取ります。
組合(ギルド)から依頼を受けたクエストは、こちらで報酬を受け取ることになっています。
「ドーヴェン、また厄介な事があったら声をかけさせてもらうよ」
「程ほどに頼むよ。
最近、腰が痛くてね」
「はは、何言ってやがる。
腰が痛てえ、なんて言っているやつはツーハンデットソードなんて振り回さないっての」
係の方が大笑いされました。
うん、同感です!
ドーヴェンさんはたぶん40歳ぐらいだと思うんですが、ものすごく若いですよ!
○
「ノア君、それでは今回の報酬を分配しよう」
ドーヴェンさんが小袋から金貨を取り出して、わたしにも分けてくれました。
ただ、それは明らかにわたしの方が多くありました。
「わ、こんなに!? 7割ぐらいありますけど――」
「私は何もしていないからね。
家族を養えるだけの分で十分だよ。こちらこそ感謝したいぐらいさ。
むしろ、これでも気が引けるぐらいだ」
冒険者組合からの報酬を、ドーヴェンさんに受け取っていただいてるのには訳があります
実は、わたしが[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることは秘密にすることにしたためです。
これもドーヴェンさんのアドバイスによるものでした。
わたしが思っている以上に[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]が有名なためです。
どう考えても、様々な事に「良いにせよ悪いにせよ影響が及ぶ」とドーヴェンさんがおっしゃってくれました。
確かにそうかもしれません。
例えば街中で芸能人がいるとわかったら。
ファンの人は喜ぶかもしれませんが、関係無い人には邪魔でうるさいだけかもしれません。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]を広めるメリットがあるとすれば……
おにいちゃんや妙子お姉ちゃんなんかが、わたしに気がついてくれる可能性があるくらいでしょうか?
で、秘密にすることによって、また微妙な矛盾というか問題点が考えられました。
[わたしのような小娘がモンスターを退治して、クエストをいくつもこなしていたら?]
やっぱりなんだかんだで目立ってしまいます。
また、そこから[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることがバレてしまうかもしれません。
そんな考えから、報酬の受け取りなどをドーヴェンさんにお願いさせていただいたのです。
ドーヴェンさんのレベルなら不自然ではないだろうし、わたしも生き残るための勉強ができる。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることも秘密にできるという作戦です!
「こちらこそお忙しいのに付き合っていただいているんです。
感謝するのはわたしの方です。
本当にありがとうございます」
わたしはドーヴェンさんに向かってお辞儀をする。
「はは、そう言ってもらえれると、少しは気が楽になるよ」
ドーヴェンさんと笑いながら、わたし達は報酬を片手に酒場に向かいます。
この瞬間が一番嬉しくて、楽しいかもしれないですね!
お給料が出た日の業務終了後のサラリーマンの方々って、こんな気持ちなのかな?
○
「お、いらっしゃい!」
[ネンティア亭]に入ると、そこはいつも大繁盛です。
ハーフエルフのマスターはいつも大忙し。
みんなが楽しく、大騒ぎをして食事やお酒を楽しんでいます。
「お帰り、ノアちゃん」
「ほらほらノアっ子、こっち座ってご飯でも食べな!」
「ノアちゃん、薬草は助かったよ! また頼むな!」
何度か[ネンティア亭]に出入りしているうちに、自然に皆さんと仲良くなっていきました。
ちょっと言葉は乱暴なんですけど、みんなおおらかな方達ばかりです!
「あれ、ミハイルさん達は……?」
いつも[ネンティア亭]に来ると、ミハイルさんとオシップさんがわたしに声をかけてくれるんです
な、なんだか、こっちが恐縮してしまいます。
でも、今日は来なかったので……
なんだか、いつも一番に声をかけてくれる人がいないと寂しい感じです。
「ああ、今頃、クエスト真っ最中さ!」
「パーティのメンバーが揃ったからなあ。
すげえハイテンションで飛び出していっちまったよ」
「がはは。
あの様子じゃあ、またオシップのやつが苦労するぜ」
あは。
なんだか飛び出していく光景が目に浮かびます。
きっと、今のミハイルさん達はワクワクで胸がいっぱいなんだろうな。
わたしも負けないように一生懸命がんばりたいと思います!
「マスター、ほろほろ鳥の肉をたっぷりもってきてくれないか?」
ドーヴェンさんが料理を注文しながらいつもの席につく。
わたしも目の前に座ります。
何回も出入りしているお店って、自然と自分が座る席が決まってきちゃっていますよね。
ドーヴェンさんの注文に、マスターが応えてくれます。
「ああ。じゃあ、まずは無傷で帰ってきたことを神にお礼を!
よし、期待して待ってくれ!」
[ネンティア亭]の料理もとっても美味しいです。
この世界に来て、食事で困ったことが無いというのは幸せなことですよね!
「じゃあ、料理がくる前にだ。
ノア君が聞きたがっていたことを話させてもらうかな」
「え! じゃあ!」
「ああ、ようやくさっきの組合で報酬と一緒にもらえたんだ」
ドーヴェンさんは羊皮紙を取り出す。
そこにはびっしりと文章が記載されていました!
「じゃあ、まずは[白蛇]からだ」
そう、わたしは[仲間の情報を集めてほしい]と、ドーヴェンさん経由で組合にお願いしていたのです。
仲間っていうのは[キース・オルセン][ブリュンヒルデ・ヴォルズング][イル・ベルリオーネ]の3人!
この世界で驚いたのは、情報を入手することが大変困難なことでした。
考えてみれば当たり前なんです。
携帯電話もテレビもインターネットもない。
その上、この時代の方は、大多数の人が生まれた土地から出ることはない。
モンスターもたくさんでるし、盗賊や山賊だってたくさんいるのだから無理もありません。
そうなると情報は、旅をしている冒険者や行商人便りになってきます。
得た情報には、当然、かなりの時差はあるけどこれは仕方が無いですよね。
マジックアイテムで携帯電話みたいなアイテムがあったけど、一般に流通するものでもないですし……
「[白蛇(ホワイトスネイク)]の[キース・オルセン殿]は有名だよ。
お三方の中で、一番多くの情報を得ることができた。
当然、神速の剣の達人であるなんていうのはノア君が一番知っているだろうから割愛だ。
今のキース殿は、[サーペンスアルバス]という港町の領主になられて土地を治められているようだね」
「港町の領主、ですか……」
確かにゲーム終了時には、キースはロード(郷士)という身分だった。
だからこれは不思議じゃないな。
「キース殿は優れた施政者のようだね。
もともと[サーペンスアルバス]は小さな島がいくつも連なっているような所らしい。
だから生活するには、相当に不便な場所だったようだ。
それを様々なお考えで見事にまとめ上げている。
今では、続々と周囲の人々が噂を駆けつけてきているとのことだ」
「様々な考え、ですか?」
「ああ。ほかの領主には無い、全く独自の政策をとられているらしい」
「……そうですか!!!」
もしかしたら!
この世界では独自の政策ってことは!
[キース]ではなくて、おにいちゃんが自分の知識で政策をやっているかもしれない!!
おにいちゃんは学校で政治や経済学なんかを勉強していた。
これは、これは期待できるかも!!!
「おにいちゃん……!」
「ん? 何か言ったかな?」
「あ、言え、何でもありません。
ちょっと、いや、かなり嬉しくって――」
「おお、そうか。
そうだな。仲間は大切なものだからな」
運ばれてきたエール酒を口に入れて、ドーヴェンさんは次の羊皮紙をめくる。
「[戦乙女]ブリュンヒルデ殿は……
うーむ、残念ながら情報が単発のようだ。
東の方から、西の方へと目撃情報があるようなんだが……」
「でも、目撃情報はあるんですね!
ならブリュンヒルデ姉さんも無事ってことですよね!」
「ああ、情報に時間差はあるだろうが、これだけあると息災なのは間違いないだろう。
というか……
あの噂に名高い[戦乙女]をどうにかするのは、よほどのことがないと無理だと思うがね。
[戦乙女]のグレイターメデューサを一刀両断にしたサーガなんて、正直、耳を疑うよ」
ちょうど言い終えたタイミングで、香草に包まれたホロホロ鳥の丸焼きが出されました。
ホコホコの湯気が食欲をそそります。
ドーヴェンさんは、さっそくかぶりつきました。
わたしもいただきたいと思います!
はむ。
「[終演の鐘(ベル)]の[イル・ベルリオーネ]殿なんだが……
これは全くわからないんだ。
情報が無いわけではなくて、なんていうか、一貫性が無いんだ。
どれが正しいものなのかがわからない。
一説に寄れば、自らの塔で研究に没頭していると聞くが……」
「あは、仕方が無いですよ。
イルさんはねえ……」
[終演の鐘(ベル)]の[イル・ベルリオーネ]。
生粋のマジックユーザー。
面白いロールプレイをしていたな。
一見くだらないなーって思える、オリジナルマジックアイテムを一生懸命にたくさん作っていました。
それを楽しそうに使っているような人でした。
で、結局最後には――
……
……
……
ああ、あれはダイス(さいころ)に神様が降りてきたとしか思えない……
げ、元気にしていると……
……いいんだけどなあ……あはは……
「不思議な感覚だよ。
普段、普段のノア君を見ていると忘れがちだが……
あの[英雄]達と知り合いというか、仲間だったんだな」
「ええ……
今は離ればなれですが、とっても大切な人達です」
「その気持ちは決して忘れないでくれ
仲間は何よりも大切にするべきだからな――」
ドーヴェンさんは二匹目のホロホロ鳥にかぶりついた。
★
これだけの文章なのに、ものすごい難産でした。
今までで一番辛かったかも。
しかも説明っぽい回になってしまいました。
申し訳ありません。
次話は少しは楽しめるようなお話を目指したいと思います。
だから見捨てないでください~ (*・ω・)*_ _)ペコリ