ドーヴェン・ストールさんは、がっしりとした偉丈夫でした。
重心がしっかりしている感じです。
また、顔にある傷がくぐり抜けてきた修羅場を物語るようでした。
「よし! 定員の3人が揃ったということで、だ!
さっそく自己紹介をしてもらおうか!
来た順番に頼む。では、君からだ!」
目の前のテーブルに座られていた男性を、ドーヴェンさんは指差します。
なんだか、熱血体育教師って感じかな?
「ったく、こんな女とかよ!
名高い[鉄]のドーヴェンも落ちたってもんだ!
まあいい。俺は組合(ギルド)の承認さえもらえれば何でもいいんでな。
ミハイルだ、ミハイル・ショーロホフ。
得意獲物はコイツだよ!
これで満足かい? ドーヴェンさんよ」
ミハイルさんと名乗られた方は、背中に背負ったバスタードソードを指差す。
間違いなくファイターと言えるような人だ。
ドーヴェンさんは満足そうに頷いた。
「ああ。君は良い身体をしているな。
武器の選択も良いかもしれないね。ああ、期待しているよ!
では、次の君、自己紹介を頼むよ」
ミハイルさんの隣の席に座られていた方は、面倒くさそうに髪の毛を掻きむしる。
痩せ気味で、飄々とした感じの方でした。
「マジで?
なんつーか、ありえないんですけど。ねえ?
はあ、ま、いいけどよ。
俺はオシップ・ザッキン。ミハイルとは一緒に野良でクエストやってた仲だ。
特技は、まー、ヒットアンドウェイってやつ?
軽い武器が好きなんでね。今のお気に入りはナイフだねえ」
オシップ。
日本人には聞き慣れない発音の名前です。
なんか、舌をかんじゃいそう。
このオシップさんは、おそらくシーフで間違いないと思います。
手の動きや足の運び方が繊細というか、音を立てない感じなんです。
「君の体躯からすると、うん。よく己をわかっているな!
ああ、その方向性で間違いないな!
では、最後の女の子の君。いいかな?」
「あ、はい!」
私の自己紹介の番になりました!
なんだか体育会系の部活に入った時の自己紹介みたいです。
うう、なんだか苦手です。こういうの~。
「は、初めまして、ノアと申します。
えと、特技というと――」
流れからすると、呪文は言っちゃいけないのかな?
ドーヴェンさんも戦士系の職業っぽいし。
となると――
「ロ、ロングスピアが一番得意です。よろしくお願いします」
お辞儀をしたわたしに、ミハイルさんとオシップさんの「呆れた」といった声が聞こえてきた。
「おまえさあ。帰ってくんねえか?
はっきりいってテンションがだだ下がりだぜ、なあ?
わかるだろ、俺が言ってること?」
「同感、同感。
ロングスピア? かかか、ロングスピアに振り回されてダンスでも踊るの? ねえ、踊るの?」
ハッキリ言って、馬鹿にされてます。
いえ、でもわかるんです。こう言われるのって。
わたしの外見で両手武器を振り回すなんて想像できないですもん。普通は。
反対の立場だったら、わたしも止めている方についたと思います。
「君達。冒険にとって油断は一番大敵だぞ!
この娘さんは法衣を纏っている。
ということは僧兵の訓練を受けているかもしれないということだ。
その油断が冒険では命取りになることを忘れないでくれ」
わたしの事が気に入らないお二人に、ドーヴェンさんが宥めてくださいました。
1つ咳払いをして、真面目な口調でさらに続ける。
「それじゃ、その当たりの心構えから簡単に言おう。
冒険者は油断であっという間に死んでしまうんだ。
じゃあ、死なないように生き残るにはどうしたらいいのか?
そう、戦闘になるだろう。
あの恐るべき男[魔術師ビッグバイ]が滅びたとはいえ、この世界はまだまだ危険に満ちているからね!」
「だあからさ、ドーヴェンさんよ。
俺達、この娘っ子のことを思って言ってやっているのさ!」
「だねえ。感謝して欲しいぐらいさね」
ミハイルさん、オシップさんが小馬鹿にした感じが続きます。
いや、馬鹿にしているんだろうな。
「そうさ、君達の言うことももっともだ。
だから、これからそれを見極めたいと思う。
早速、3人とも街の外まで行こうか。
ノア君もいいかな?」
「あ、は、はい!」
なんだかよくわからない間に、街の外に出ることになりました。
見極め、か。テストみたいなものかな?
何にせよ、何が来てもいいように、まずは全力で行かないとね――!
○
ドーヴェンさんに案内された場所は、本当に門を出てすぐの所でした。
10分ぐらい歩いた場所の、草原が広がる小さな丘です。
「じゃ、さっそく始めるとしよう!」
ドーヴェンさん、腰のポーチから鏡を取り出しました。
「ミハイル君、これを握ってほしい」
「は、なんだよ? 持ちゃいいのか?」
ドーヴェンさんが取り出した物は、銀製の装飾が施された手鏡でした。
差し出される手鏡を、ミハイルさんが覗きこんだ時だ。
鏡面部から、強烈な光りが発せられる。
そして光の中からは――
「な、なんだ!?」
「何しやがりましたかねえ、このおっさんは!?」
慌てるミハイルさんと、悪態をつくオシップさんの目の前。
ハイエナにそっくりな、二足歩行をするクリーチャーがそこにはいました。
「ノール……!?」
思わずつぶやいてしまう。
ただ、現実感が希薄。
一般の人にはわからないと思うが、あれは[幻影]だ。
となると、あの鏡は[ファンタズマル・フォース(幻覚)]の効果を持ったマジックアイテムか何か?
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◇ノール(Gnoll)
社会構成:部族
食性 :肉食性
知能 :低い
性格 :カオティックイービル
生態
・ノールの全体の体つきは大柄な人間に似ているが、細部はハイエナのものである。
・地下や見捨てられた廃墟などによく生息している。
・ノールはあらゆる種類の温かい肉を食べるが、ただ単に悲鳴を聞きたいという理由のために知的クリーチャーを好む。
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「こいつは特別な鏡でね。
鏡面を見た人間の強さを診断するんだ。
で、勝てるぐらいの強さの幻のモンスターを生み出してくれる優れものってわけさ。
訓練にはうってつけだね。
ああ、ただ幻といっても怪我をしないわけじゃない。
人間なんてもろいからね。
幻覚の傷を、身体は本物の傷と思い込んでしまうことがあるんだ。
油断は禁物だよ?」
「けっ! よくわからねえけど、この犬コロをぶち殺しゃいんだろうが!」
「そういうこと!
さあ[見極め]の開始だ、がんばりたまえ!」
「言われねえでも、脳みそぶちまけてやらあ!」
○
「はあ、はあ……
けっ、俺に勝てるわきゃねえだろ、犬コロが……!」
ミハイルさんはなんとかノールを倒すことに成功しました。
真正面からの戦い方は、見ているわたしの方がヒヤヒヤしてしまいました。
なんだか見ているだけの方が、身体によくないです……
途中、危ない場面がありましたから、ゲームレベルで表すとLV1~2ファイターぐらいだと思います。
「よくやったね!
ノールを倒せるなんて素晴らしいじゃないか!」
ドーヴェンさんも賞賛しています。
初期のレベルでノールを倒せるというのは、確かにすごいかもしれないです!
「では、続いてオシップ君。
怖じ気ついてはいないかな?」
手鏡を差し出しながら、ドーヴェンさんはオシップさんに訪ねてくる。
「はあ? 冗談っしょ?
余裕っすよ、よ・ゆ・う!」
オシップさんは軽快な手つきで手鏡を受け取った。
○
「ったく、まー、なんで俺ん時は三匹も……
やってられないですよ、ホント……」
オシップさんもかなりギリギリの戦いでした。
出現してきたのは、3匹の猟犬。
動きが素早く、複数の敵というのはやっかいだと思う。
ただ、オシップさんは場所取りが上手かった。
またネットを所有していたことが、かなり優位にはこびました。
ネットを投擲することで、1匹の動きを止められたのが最大の勝因でした!
「君は頭がいいな!
力が無くとも、時として知恵は力を上回る。
ああ、君はそちらの方向が良いだろう、いいねえ!」
ドーヴェンさんは大きな拍手をされていた。
そして、わたしを見つめてくる。
「さあ、ノア君。
いいのかい? 今の二人を見ただろう?
それでも君はこの世界に踏み込むのだろうか?
ここでやめたとしても、それは立派な知恵と勇気だと私は思う。
手に取るなら、覚悟を決めて欲しい」
言葉と共に、わたしには銀の手鏡が差し出された。
「ええ、大丈夫です!
戦います、わたしも戦わせてください」
ここは危険が伴う世界。
だから。
生き残るために。
大好きな人たちと会うために。
守るために。
日本に帰るために。
そう、わたしは――
「戦います!」
わたしは、そっと目を閉じる。
今、この瞬間から、わたしは[ノア]だ。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]の[ノア]になる――!
「よく言った! さあ、受け取りたまえ!」
わたしはドーヴェンさんから差し出された手鏡を受け取った。
右手にピリっとした感触。
刹那、手鏡がまぶしいぐらいに光りを発する。
「ん……?
おかしいな、こんなに光るなんて……?」
ミハイルさん、オシップさんの時とはちょっと様子がおかしいかもしれない。
鏡面から発せられる光が、いつになっても止らないんです。
ドーヴェンさんも首をかしげています。
「弱すぎて、鏡がどんなモンスターを出していいのか困ってるんすよー」
「そりゃ、違げえねえや!」
オシップさん、ミハイルさん、お二人の言葉だ。
丁度、その時。
鏡から異音が聞こえてきます。
「あ、ヒビが――」
鏡面部分に軋みが入ってしまった。
それは次第に広がっていく。
「ピシッ、ピシッ」といった音が止りません。
「馬鹿な、魔法道具なのに壊れるなんて!?
一体何がどうなってるんだ!?」
ドーヴェンさんの声と同時だ。
とうとう、鏡が音を立てて砕け散ってしまった。
キラキラとした破片により、光が乱反射した。
刹那、今までよりもいっそう強い光が周囲を包む――
「バ、馬鹿な……!?」
「な、な、なんじゃこりゃあ!?」
「……あ、あはは……
マ、マジっすか、これってば、ネエ……?」
光は収束する。
そしてそこに鎮座していたのは深い蒼の鱗を持った最強の魔獣。
太古より生きる伝説の生き物。
巨大な体、卓越した肉体、魔法の使い手。
「馬鹿な、ノア君!
なんで青いドラゴンだって――!?!?!」
「わ、わわ、ど、どうなってんじゃあ!?」
「や、ヤベえっす、これ、まじヤバいっすよ!?」
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◇ドラゴン,ブルー(Dragon,Blue)
社会構成:独居性もしくは氏族
食性 :特殊
知能 :高い
性格 :ローフルイービル
生態
・極めて縄張り意識が強く、大食感である。
・自分達の言語、邪悪なドラゴン間の共通言語をしゃべる。
・暑い砂漠の気流に乗って飛ぶことを愛している。
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ドーヴェンさんが、全身をガタガタと震わしながら近寄ってくださった。
「ア、アイテムの暴走か!?
ノ、ノア君! に、逃げるんだ!
いくら幻覚といはいえ、精神がホンモノだと思ったらそれでおしまいだ!」
わたしとブルードラゴンの間に、ドーヴェンさんは分け入ってくださった。
最強の魔獣から、わたしを守ろうとしてくれている。
……そのお気持ちだけで、わたしは……!
戦えます!!
「大丈夫です」
ドーヴェンさんに後ろに下がっていただくように促しました。
そう、大丈夫です。
わたしはドラゴンと戦ったことがあるのだから。
そう、この身体は――
英雄なのだから――!
「全てを貫く神槍、我が手に――」
何も無い空間がゆがむ。
次第に現れてくるのは[神槍グングニル]。
とねりこの柄を握りしめる。
全身に力がみなぎってくる――!
「ひ、ひい、こ、今度はなんだよ!」
「槍、あ、あれが言っていたロングスピア!?」
「ノア君……!?
き、君は一体!? なんだ、この、神々しさは!?」
両手を広げ、わたしは身体をさらす。
「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ――」
人々が畏怖する暗闇を身に纏う。
魔物も、死霊も、神もが恐れる夜になる――
「ノア君……!?」
「な、なんなんだよぉ、おめえは……」
「あはは……まじ、今、何が起きてるんすかあ!?」
ドーヴェンさん、ミハイルさん、オシップさん。
驚かせてごめんなさい。
でも、すぐに終わらせますから――
「わたしはノア――
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノア。
ブルードラゴン、わたしが相手です――!」
わたしにしては、大きな声を上げて気合いを入れる。
そう、わたしは[ノア]なんだから――!
負ける訳がない!
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
ドラゴンの咆吼が響き渡った――!
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ドラゴンとノアを戦わせてみたかったので超絶展開になりました。
最初の予定では、四匹の猟犬vs初心者3人組だったのに。
それにしても、戦闘シーンでの厨二的な展開は書いていて楽しいですね!w