「[戦乙女(ヴァルキュリア)]?」
それって、ワルキューレと同じ意味だよね?
ワーグナーの[ワルキューレの騎行]は劇的な音楽で好きなんだけど……
って、話がずれた。えとえと。
確か、北欧神話に出てきていたと思うけど……?
首をかしげるわたし。
イアンさんが補足の説明をしてくださった。
「ノア様と共に世界を掛け巡り……
……
……」
イアンさんは、非常に悔しそうな顔をされて口をつぐんでしまった。
ジョウゼン長老がイアンさんの前に右手を差し出す。
「この後はワシがお伺いしなければならんな。
一応、ワシが上の立場なんじゃしな」
「長老……」
ジョウゼン長老が改めて、わたしに向かわれて――
「わしらにより不当に与えられた数多の試練。
それをあの者は、己の血と汗と鋼鉄の心で乗り越えたんじゃろなあ。
そんな娘っ子にハイローニアスは味方した。
[魔術師ビッグバイ]討伐にも参加した[戦乙女(ヴァルキュリア)]――」
「え、それって……?」
[魔術師ビッグバイ]と戦ったメンバー。
わたしと、おにいちゃんの[キース]を含めて4人だ。
その中にいて、[戦乙女(ヴァルキュリア)]って言えば……
「もしかしてブリュンヒルデ?」
「さようでございます。
[戦乙女(ヴァルキュリア)]こと、ブリュンヒルデ・ヴォルズングです」
ジョウゼン長老はため息を付き、イアンさんの言葉は悔しげでした。
-----------------------------------
018 戦乙女
-----------------------------------
ブリュンヒルデ・ヴォルズング。
[ノア]と共に[魔術師ビッグバイ]を退治した[パラディン(聖騎士)]。
えと、まー、なんといいますか。
おにいちゃんの彼女である、妙子お姉ちゃんがプレイしていたキャラクターです!
妙子お姉ちゃんとは、家が隣同士の幼なじみになります。
おにいちゃんと妙子お姉ちゃんが同い年で、わたしもよく一緒に遊んでもらいました。
まさか、あの、おにいちゃんと付き合うなんて夢にも思いませんでした!
いろいろびっくりしちゃったけど……
……
……うん、わたしは嬉しかったです!
おにいちゃん、かなり女の人にだらしなかったからなー。
そのわりに、わたしとかには厳しいんですよ!
普段は、いつもやさしいおにいちゃんなのに……
……ま、まあ、わたしはどうでもいんですが、あはは……
切掛けは、妙子お姉ちゃんが誰かから告白を受けたことです。
それを聞いたおにいちゃん。
わたしからみても、なんだかソワソワして落ち着きがなかったなー。
話を持ちかけてみても、おにいちゃん強がるんです。
なんだか、初めておにいちゃんをかわいいと思いました!
で、最終的におにいちゃんが妙子お姉ちゃんに告白したようです。
妙子お姉ちゃんから直接聞きました。
お姉ちゃん、嬉しそうな顔だったな。
おにいちゃんはなんていうか、うん、モジモジしていました。
いつもは格好つけなのにねー。
ちなみに、おにいちゃんは妙子お姉ちゃんには頭があがりません。
おにいちゃんは「三つ子の魂百まで。あれは本当なんだぞ乃愛……」と、しみじみと語っていました。
何があったんだろ?
妙子お姉ちゃん、あんなに優しいのに?
○
「わしら、ブリュンヒルデの嬢ちゃんに頭下げにゃあスジが通らんって」
ジョウゼン長老がピタピタと自分の頭を叩く。
ハイローニアス教団とブリュンヒルデの関係。
しかも「頭を下げる」って、えーと……?
ブリュンヒルデはパラディンだったから、ハイローニアスを信仰しているってぐらいの関係しかないような?
……
……
「あー! もしかして!」
そういえば、ダンジョンマスターがブリュンヒルデ用のオリジナルシナリオを作ったことがあった!
わたし達のレベルがあがってきて、世間に有名になりつつあった頃だ。
山の小さな集落に、かなり強いヒル・ジャイアントが出現した。
わたしとブリュンヒルデは退治すること決めたんだけど、そんな時にハイローニアスの使者が来たんだっけ。
で、かなり上から目線でブリュンヒルデに出向命令がくだされた。
なんでも教皇だか、猊下だか、ハイローニアス教団の偉い人のパーティみたいなものに参加しろって内容です。
確か、たいした内容じゃなかったと思います。
当時のわたしじゃ、ヒル・ジャイアントなんて一人で倒すのはかなり難しいレベルだった。
それに集落の人が相当危険な状況なので、ブリュンヒルデは出席を断ろうとした。
パーティなんて、別に危険でも何でもないんだから。優先順位が違うよね。
そうしたら――
「パラディンの称号を剥奪する」
これですよ! 理不尽すぎます!
基本的にパラディンは教団に従うことが前提ではあるんですが……
剥奪されるってことは、パラディンの特殊能力は全て失うことになるんです。
ハッキリ言って、キャラクターとして致命傷ですよね!
[名もない村人を助けるか、パラディンの能力を取るか]
酷い二択です。
いくらゲームとはいえ、自分のキャラクターが弱くなるのってやっぱり嫌じゃないですか。
そしたら、妙子お姉ちゃん。
教団の使者を、笑いながら蹴っ飛ばしました!
「寝ないで寝言を言えるなんて、素敵な特技もっているのね」
これですよ!
カッコよすぎ!!
妙子お姉ちゃんのブリュンヒルデは、全く迷いませんでした!
そんなブリュンヒルデの行動にマスターは降参です!
「もうちょっとぐらい、葛藤して欲しかったぞー」
きっと考えていたシナリオが、あっという間に没になっちゃったのかなあー。
で、あまりにも格好いい行動だったので、パラディンの特殊能力はそのままでOKになったイベントです。
ただ、ハイローニアス教団のサポートだけは一切受けられなくなりましたが。
「あれはちょっと惨いと思いましたけど……」
そっか、それで、ジョウゼン長老やイアンさんは謝りたかったのか。
でも、ブリュンヒルデは何も気にしてなかったなー。
「妙子おね、じゃない、
えと、ブリュンヒルデ姉さんは全く気にしていませんでしたよ?」
なんだか、わたしよりもよっぽどカオティックグッドなアライメント(性格)らしい感じです。
「ただ……
ブリュンヒルデもノア様と同じように、
そう、魔術師ビッグバイ討伐後は一切行方知れずになってしまいました。
我らは彼女に見捨てられたのでしょうか。
いくら探させても、避けられているのか、我らは誰も会うことがかなわないのです」
真面目なイアンさんは本当に悔しそうなオーラが全快だ。
ジョウゼン長老も、表だって表情には出さないけど……
……ひたすら、自分の頭をピタピタとたたき続けている。
「だよなあ。
虫が良すぎるって話じゃからなあ。
あん時は全てがボンクラじゃった。
もちろん、ワシも含めてなあ」
「長老は一人で……!」
「変わらんよ。
変わらんのじゃよ。当事者からしてみたらの。
だが、苦労させてしまった人間、努力した女の子にゃあ……
なんつかー、幸せになってもらわんとなあ」
あぅ、妙子お姉ちゃん。
なんだかハイローニアス教団が、えらいことになっていますよ!
葛藤とか、そういったものがいろいろあったんだろうな……
でも、お姉ちゃんがこの世界に来ていたら、喜んで世界中でも旅しそうだなー。
普通に夏休みとかバックパック1つで、世界中を旅していたし。
「わたしが言うのもなんですけど、
本当にブリュンヒルデ姉さんのことなら気にすることは――」
……
……
もしもお姉ちゃんが、この世界に来ていたらって……
ちょっと待って?
もしかしたら、わたし以外にも、本当にこの世界に来ているかもしれない?
今まで、わたしは夢みたいなものを見ているのかなって思っていたけど……
そうだよ、わたしが[ノア]なんだもん。
妙子お姉ちゃんが[ブリュンヒルデ]になっている可能性もゼロじゃない、のかな?
そうなると、おにいちゃんだって[キース・オルセン]の可能性があるかも。
[終演の鐘(ベル)]の[イル・ベルリオーネ]だっているかもしれない。
勿論、本当に会ってみないとわからない。
けど、もしもわたしと同じような状況だったとしたら――
これは確認した方が良いかもしれない!
そうなれば、まず、みんなを探さないとならないよね!
「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]、どうされましたか?」
「そりゃ、こんなの聞かされちゃあ呆れるよのお。
本来、自分たちでやらなきゃいけないことなのになー」
考えに浸ってしまったわたしに対して、お二人が心配そうに声をかけてくださった。
いけない、いけない!
「あ、えと、申し訳ありません。
少し、考え事をしてしまいました……」
また少しやるべき事が見えてきました!
今度の新しいクエストは[仲間捜し]です!
「わたしも、あれからブリュンヒルデ姉さんには会っていないんです。
だから、久しぶりにこれから探そうと思います。
もしも会えたら、ジョウゼンさんやイアンさん達が謝っていたって伝えておきますね!」
○
なんかジョウゼンさんとイアンさんに、ものすごくお礼を言われちゃいました。
そ、そんなに大それたことじゃないと思うのになー。
でも。
それだけ後悔というか、悔しいと思ってるんだろうな。
その後、ジョウゼン長老は別件で席を外されることになりました。
けっこう忙しい方の用です。
頭をピタピタと叩きながら、ぼやきながら部屋を退出されました。
残られたイアンさんは、わたしに話しかけられてきました。
「ノア様。今後のご予定はいかがでしょうか?」
「えと、そうですね……」
大まかな予定を考えると――
[仲間捜し]
[日本に帰るための魔法探し]
けど、全く情報がないから……
うん、[城下町エドラス]は人が多い街だし。色々な情報を集めたいな。
それに[ウォウズの村]で出来なかったアイテムの整理もしたい。
「ブリュンヒルデ姉さんを探すために、まずは情報を集めます。
だから、しばらくはここに滞在することになるかな?」
わたしの答えに、イアンさんが嬉しそうな顔をされました。
「それならば、是非、おまかせください。
エドラスにおられる間、我らの施設で御身の羽をお休めくだされ。
これぐらいはさせていただかないと、本当に情けなさ過ぎてどうにかなってしまいそうです」
「え、いいんですか!」
土地勘も無いし、宿泊場所も全く決めていなかったし。
何より……
……
……うう、お金がもうあんまりないんです。
やらなきゃいけない事に[お金集め]も加えないと……
[ウォウズの村]の方々にいただいた野菜なら、いっぱい四次元バックパックに入ってるんだけどなあ……
ですから、正直、この申し出はありがたいです!
教会がらみの宿泊施設だから質素だとは思うけど、全然問題なしです!
雨と風が防げれば、それだけで快適!
○
「はぅう……」
な、なに。このお部屋!
金銀財宝とは言いません。
けれど、明らかに職人さん達により魂を込められて作られたであろう天蓋付のベッド。
白を基調とした壁、家具などの洗練された雰囲気!
そして何よりも――!
「この絵って~!」
壁には何枚もの絵画が飾られていました。
ええ、美術館なんかでよく見た、油絵っぽいものです。
よく宗教画や王様なんかが書かれているタッチのやつ。
でも、よくよく見ると~
金髪の男性戦士。
側には純白の鎧を纏った女性騎士。
二人が、邪悪そうな顔をした魔法使いらしき人と対峙しています。
で。
別の絵を見ると、真っ黒なドラゴンに槍を掲げている真っ黒な鎧を着た人の姿。
……
……
……
……はぅ、全部、わたし達の物語の絵でした。
「もし、わたしに気を使ってくれて、この部屋なら……
イアンさん、逆効果ですよ~」
自分が描かれた絵を飾っている部屋に、まさか泊らされるとは思いませんでした。
はぅ。
★
説明くさいお話になってしまいました。
一瞬でも「その他」板の以降を考えた自分を殴りつけてやりたい。
次話では、買い物や酒場なんかを描きたいな。
なんていうか、ベタベタ王道な冒険者的なお話を。