「な、なんじゃて!?」
わたしはパケお爺さんのところへ伺わせていただきました。
今回の、事の顛末を説明するためです。
マクガヴァンが偽の僧侶であること、
盗賊などを使ってわたしを襲ってきたこと、
それらを捕まえて拘束していることを。
さすがにパケさんも驚かれています。
当然だと思います。
今まで僧侶様と信じていた方に対して、突然、わたしのような娘に言われたら――
「じゃ、じゃからか……
考えて見れば、一度も[奇跡]とやらは見たこと無かったしの……」
「触媒や動作も適当です。
あれでは魔法……パケさんがおっしゃる[奇跡]は発動されません」
「そう、そうか……」
パケお爺さんが力なく項垂れました。
けど、一瞬で、わたしの方に慌てて問い詰めてきました。
「……ん?
あ、あやうく聞き逃すところじゃった!?
ノアさん、あんた襲われたって!?
だ、大丈夫だったのかいのう!?」
「わわ、パケお爺さん!?」
ちょっとびっくりです!
……でも、不謹慎ですが嬉しくも思ってしまいました。
今回のこと、本当にショックだと思うんです。
それでも、わたしの言葉を真面目に聞いてくださって。
わたしの身体を心配してくださって。
「ええ、わたしは大丈夫です!
こう見えても、わたし、力はすごいんですよ!」
パケお爺さんが安心してくれるように、ローブの裾をまくって力こぶを見せました。
……全く、力こぶとかはできなかったけど。
「そうか、傷とかどこもなんとも無いんじゃな?
ほんに良かったわい……
でも、ノアさんは、ちと身体を鍛えないといかんわなあ。
なんちゅー細い腕じゃ」
パケお爺さんも笑ってくれました。
わたしもつられて、自然に笑顔になるのがわかりました。
○
パケさんと話し合って、まずはマクガヴァンの教会を調べることにしました。
何か、今までの行為に関する証拠などがあるかもしれないからです。
「よいしょっと」
人気が全く無い木造の教会の扉を開けると、
すぐ目の前は木製の椅子がならび、正面には木彫りの像が掲げられた祭壇のみが置かれていました。
誰もいない教会って、とても寂しく感じられます。
「こっちの方が居住の部屋かの?」
「ですね、じゃ、失礼します……
……
……って、え、ええ-!?」
「これはありえんわい……」
扉を開けてびっくりですよ!
なんていうか、ええ、ゴミ屋敷?
前にニュース特報なんかで見た映像よりは酷くはないけど……
……うん、普通に汚いし臭いよ~!!
「えほえほ、酷いホコリじゃのう……
……まったく、神に使えるなんて偉そうに言っておるものの部屋が、ゴミと酒の樽だらけじゃとは!」
パケお爺さんが近くの樽を蹴飛ばしました。
「……こ、これは酷いですね、あぅぅ……」
「もう証拠なんぞいらんわ!
これだけで偽物僧侶と断言できるわい!!」
「その意見には……
はい、わたしも同感です……」
思わず鼻に手をやってしまいます。
うぅ、帰りたい。
「ノアさん、
あんたみたいな娘さんがおっていい場所じゃないわい。
もう、いっそ焼き払ってしまうわ!」
「あはは、それいいかもですねえ……
……
……ん?」
パケお爺さんが暴れている箇所、蹴りの勢いでゴミが動く。
その、ちらりと床が見えた時――
……なんだか気になる。
間違い探しってあるよね。
2枚の絵を見比べるやつ。
その絵を一瞬だけ見せられて感じる違和感。あんな感じかも……
うー、自分でもよくわからないのだけど。
「これって……?」
前に背中がチリチリすることがあった。
あの時は尾行されていたのを、[ノア]が教えてくれた合図だった。
感じる感覚は違うのだけど、身体がわたしに何かを訴えかけているように思う。
「ちょっといいですか、パケさん」
「どうしたのじゃ?」
わたしはパケお爺さんがいらっしゃった床を見つめる。
うーん、すっごく気になる!
……
……
……この状況だもん、いいよね?
うん、パケお爺さんのさっきの台詞から良いと判断する!
「ちょっと下がってください」
わたしは右足をあげて、思い切り床を踏みつけた。
すごい音がして、床の板が吹っ飛んでいった。
「お、おお!?!?」
「……あはは……
ちょ、ちょっとやりすぎちゃいました……」
「の、ノアさん、すごい、すごい力じゃのう……」
パケお爺さんも呆然です。
床板がものすごい勢いで抜けちゃいました。
……こ、今度、自分の力加減の練習をしないと!
「で、でも、効果ありですよ、見てください」
地下に続く通路を発見!
違和感の正体はシークレットドアだったようです。
すっかり忘れていたけど、わたし、一応、今はハーフエルフなのですよね。
D&Dのハーフエルフは種族特有のスキルを所有しています。
その中にシークレットドアの発見があったのをすっかり忘れていました。
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■ハーフエルフ
エルフと人間の両方の血を持ち、エルフの血が半分以上である場合のみハーフエルフと呼ばれる。
彼らは両種族の容姿の良いところを集めた美しい種族である。
ハーフエルフは自分たちの社会を作ることは無く、人間やエルフの社会の中で生活をする。
◇種族スキル
・スリープ(睡眠)やチャーム(魅了)関連の呪文に対して耐魔法抵抗力
・暗闇の中でも60フィート(約18m)先まで見通せる[インフラビジョン]
・隠された扉がある、10フィート(約3m)以内を通過しただけで一定の確率で存在に気づく。
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さすがに地下なので、奥は薄暗い状況です。
ランタンを用意してから、わたしが先頭になって入ることにしました。
階段を降りていくと、すぐにドアに突き当たりました。
取っ手を握り、引いているのですがギシギシ音を立てるだけで少ししか動きません。
「ん?
立て付けが悪いようですね。
パケさん、ちょっと待ってください」
腰に力を入れて、先ほどに比べると少し力を入れて引く。
「バキャ」と、明らかに何かが壊れた時の音。
「……へ?」
ドアが音を立てて開きました。
と、同時に、足下に鉄の部品が落ちてきました。
……
……
……もしかして、鍵、かかっていた……?
「ノアさん、さっきの台詞は撤回じゃ。
もうちっと、おしとやかにならんとのう……」
「あは、あははは……
き、きっとサビサビでボロボロだったんですよ……!
……
……た、たぶん」
そ、そんなに思いっきり力入れたわけじゃないのに~!
で、でも、扉は開いたからよしとしよう!
○
室内はこぢんまりとしたものだった。
木製の机と椅子、それにいくつかの棚があった。
棚にはいくつもの小箱。
それらを確認すると、かなりの額のお金や宝石類などが蓄えられていた。
「この宝石なんぞ、メアリ婆さんの父君の思い出の宝石じゃ。
[奇跡]の触媒にするとか言って、寄付させられたものなんじゃが……」
「……パケさん。
どうやら、この宝石なんかは盗賊ギルドに納める予定だったようです」
テーブル上に置かれた、きれいとは全く言えない文字で書かれた手紙。
要約すれば「盗賊ギルドに入れて欲しい」と内容だった。
手紙をパケお爺さんに手渡す。
「……
ノアさん、マクガヴァンたちクソどもはどこにおるんじゃ!?
頭にこの杖の一撃でもくらわせんと気がすまんわい!」
「え、えと、[ドルーアダンの森]に拘束していますが……」
手紙を読み終えたパケさん。
もう、今にも飛び出しそうな勢い!
そ、そうだ、昨日考えていたことを提案してみよう!
少し落ち着かれるのを待って、タイミングを見計らって提案してみました。
パケお爺さんは苦虫をつぶしたような顔されましたが、わたしの提案を是としてくれました。
「この手で懲らしめられんのはくやしいが……
それが一番賢い選択じゃろう。
わしらが何かをやって、馬鹿どもの仲間たちにでも逆恨みされてもつまらんて」
おっしゃる通りだと思う。
そうすると、もう、イタチごっこになってしまう。
心情的には納得はできないと思う。
でも、今後の[ウォウズの村]を考えた判断だ。
「役人の方々をお呼びするのを、お願いしてもよろしいでしょうか。
引き渡しまでの間、わたしは彼らに食事を届けますので」
「ほっとけほっとけ、ノアさん!
そんなやつらにそこまでするギリないわい!
じゃが、役人を呼ぶのはまかされよう。
[城下町エドラス]に古い知人が居るのでの、そいつから頼んでもらうとしよう」
○
「お初にお目にかかります。イアン、イアン・フレミングと申します。
此度の件、ハイローニアスに代わりまして心より謝罪を。
誠に[ウォウズの村]の方々にはご迷惑をおかけいたしました」
「おお、そ、僧侶様……?」
パケお爺さんが、ゲイルさんに[城下町エドラス]へのお使いをお願いして10日後。
[ウォウズの村]にやってこられたのは、4人の僧侶然とした方々だった。
わたしも当事者として同席させていただいていたのだけど、ちょっと意外でした。
パケさんも驚かれている。
わたし達、兵士っぽい感じの方が来られるのを想像していたからだ。
挨拶されたイアンさんという方が、この4人の代表なのだろう。
50歳ぐらいと思われる男性の方だった。
髪の毛には白髪、目尻にも皺が見て取れる。
この時代だと初老に入りかけの年代なのかもしれない。
身にまとわれている真っ白の法衣には、襟元や裾部分に金の刺繍が時折編み込まれている。
背筋がピンとはっており、威厳みたいなものを感じる方だった。
背後におられる3人の方々は、跪いて、目を閉じて代表の方の声を聞いている。
全員頭を剃られており、また、格好も僧坊といった面持ちだ。
身体付き、手を見ればわかる。
[モンク]の方々だ。
かなり鍛えていると思う。
冒険者レベルで言えば3~4ぐらいだろうか。
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・モンク
心身の完成のため、内省のみならず実践にも携わる戦士。
厳しい鍛錬を重ねて、武器や防具無しで戦う術を身につけている。
呪文などは使わないが、彼ら独自の魔法である[気]を扱う。
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しかも代表の方、ハイローニアスとおっしゃられておりました。
ゲーム中では、確か、パラディンやモンクなんかが主に信仰する武勇の神。
善と秩序を重んじていたはずだ。
どうして、ハイローニアスの僧侶さんたちが……?
驚いているわたし達の、雰囲気を察したのだろう。
イアンさんが説明をしてくださった。
「本件ですが、送っていただいた資料を確認させていただきました。
その中にありました僧衣、これは我らハイローニアスのものでした。
神聖な衣を纏い、行うは外道。
かようなこと、ハイローニアスは決して許されません。
故に、我らがでしゃばらせていただきました。
責任持って、我らが対応させていただきますご安心ください」
……うはあ、かなり大物が出てきてしまった感じです。
秩序にして善であるハイローニアス。
彼らの教義からしたら、今回のようなことは一番許せないことなのかもしれない。
「ご、ご足労おかけするのう」
パケさんも狼狽気味だ。
うん、うん。気持ちわかりますよ~
できる大人って感じのオーラがものすごいです!
大企業の部長さんとかって、こんな感じなのかもしれないです。
そんなイアンさん。
突然、わたしに向かって膝をついた。
「へ?」
かなり間抜けな声がでてしまった。
いや、なんかわけがわかりませんよ、はい!?
「御身が纏いし法衣。感じられる清流が如し瑞々しい力。
万物の精霊の友である女神エロールの[大司教(パトリアーチ)]様とお見受けいたします。
今回、我々の不手際により、大変なご迷惑をおかけいたしました。
心より感謝申し上げます」
「え、そ、そんな、わたしは……」
パケさんの送られた手紙に、魔法などを使ったわたしのことも書いてあったのだろうか。
ちょっと突然の展開に、頭が回りません。
パケお爺さんもポカーンとしちゃっています
うう、わたしも同じ気持ちです!
「御身の尽力がありハイローニアスの名誉は守られました。
我らの恩人である、御名をお聞かせ願えないでしょうか?」
「えと、あ、はい!
はじめましてです、わたしノアです。よろしくお願いします」
深々とお辞儀をする。
なんだか高校受験にやった面接みたいです。
もうそろそろいいかなー? と、頭を上げると……
……
……
……ぜんぜんよくありませんでした。
な、なんだか場の雰囲気が一変!
そう、まさに張りつめた糸状態!
それも、なんか、ちょっとでもしたら切れそうな感じ!
え、え、もう、いったいなんなんの~!?
「な――!?」
「女神エロールの法衣に、ノアって……!?」
「いや、ま、まさか、かような娘が……!」
今まで一声も発することが無かったモンクさん。
思わず立ち上がり、なんだか慌てています。
「控えなさい」
「は、し、失礼いたしました!」
そんな様子に、イアンさんが重々しく一言注意。
あっという間に、モンクさんたちは先ほどまでの姿勢に戻られた。
ただ、イアンさんにも、すこし驚いたような表情をされている。
「失礼なことを承知の上で、その上でご確認を頂きたいと思います。
[大司教(パトリアーチ)]様、貴方はノア様とのことですが……?」
「え、ええ。な、なんかしちゃいましたでしょうか!?
そ、その、おかしな言葉とか、失礼なこと言っちゃいましたでしょうか、はい」
うう、何、この急展開ってば!?
「あ、頭を上げられてください~!
え、えと、はぅ~」
パケさんも呆然!
でも、一番呆然としたいのはわたしなんですってば!
「この世界を救っていただいた事に、心よりの感謝の気持ちを。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)、お会いできて光栄です」
「な、なんじゃて!?
ノアさんがあの[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)じゃ、じゃて!?」
はぅ!
心に痛恨の一撃!
お、思い出さないようにしていたのに~!
「……はい、そのノアです、はい……」
そ、そっか。やっとわかった。
[魔術師ビッグバイ]を退治した[ノア]にお礼を言っているんだ。
それに、結構な数の、世界や国の危機を救った気はする。
でも、[乃愛]は何もしていないんです
な、なんだか申し訳ないよ~!
「お、おお……!
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]……!」
「かような、美しく小さき娘が……!?」
「まさに詩吟通りではないか……!」
みんなのキャラクターがレベル9になったときです。
「やっぱり異名とか、二つ名は基本だよな~」
と、おにいちゃんが言いました。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]はおにいちゃんが名付け親です。
わたしがバッハ/グノーのアヴェ・マリアが大好きで、よくピアノを弾いていました。
そんなところから、おにいちゃんが引っ張りだしてくれました。
アヴェ・マリアは聖母マリアの祈りや称えているものです。
その、聖母マリアが[聖処女]と呼ばれているとか、なんとか。
で、わたしの鎧の[黒]+[聖処女]になったんだそうです。
読み方の由来とかは、ジャンヌ・ダルクあたりからでフランス語にしたとか。
小学生の頃のわたし、おにいちゃんがつけてくれたあだ名がすごく嬉しかったです。
けど、今、改めて見ると、ちょっとちょっと恥ずかしいよね!?
な、なんだか、どっかの音楽やっているバンド名ぽいというか、む、むずかゆいというか~!
ちなみにおにいちゃんの[キース・オルセン]は[白蛇(ホワイトスネイク)]でした。
うん、なにかどう、白い蛇なのかはよくわかりません。
「お、おお、 [黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]よ」
今、わたしの周りでは、印籠を出した水戸のご老公状態です。
なんだか、いろいろいたたまれません……
「みんな、お願いだから頭を上げてください~!!」
★
1話で一区切りは全くつきませんでした。
うぅ、失礼いたしました。
また、おそらく今年最後のアップになると思います。
来年もよろしくお願いいたします。