■
何れの御世であったでしょうか……。
光る君と呼ばれた皇子がおりました。
母親の身分は劣るものの、数多の子供達の中でも、父帝の寵愛を一身に受け育ったその子は、
父帝の意向で、臣下に下ることになりました。
やがて時が経ち、彼が位人臣を極めた頃に
最も大事にされていた御方に、待望の子供を授かりました。
母親が出産の時に、暗い地平線の彼方より、大きな日輪が昇る夢を見たことから
『暁の君』と名づけられたその若君は、生みの母親である紫の上に瓜二つと噂される美少年であったと語り継がれております。
これは、数奇な運命を辿った、暁の君の半生の物語………
■
数え3歳に成ろうかという頃、姉の遊び(かわず掛け)に巻き込まれて頭を痛打した。
ここまでなら良く有る話(良く有るのか?)で済むのであるが、そのショックで前世の記憶というモノを取り戻してしまった。
転生といえば、ベタな展開とか思うのだけれども、21世紀から、まさか平安時代に生まれ変わるとは………。
正直言うと、文化レベルが違いすぎて勘弁して欲しいです…………。
最も、輪廻転生が信じられているこの世界なら、こちらの事情を話しても、信じて貰えそうですが、
元の生きていた時代だと、色付の救急車を呼ばれそうです。
しかも自分の関係者を確認すると、源氏物語で見たような名前がチラホラと………。
私、光源氏の息子ですか!? こんな年齢の息子な登場人物って居たっけ?
というか、あれって実在してたのか?
記憶を取り戻してから、割と長い期間の混乱と絶望感の後、自分は結局こう結論付けた。
『まぁ成っちゃったモノは、仕方がないさ!!』
父親が公卿だと云うのが唯一の救いでしょうか………。少なくとも衣食住は安定しています。
気持ちを前向きにして、今日は書物などを読んで情報収集しましょう!!
どうせなら知識を生かして、栄華を極めてみましょうか…。少なくてもロリコン2世の汚名だけは避けなければ……。
…
…
…
………殆どが漢文なので、さっぱり読めません。
仮名文字とかも在るのですが、ミミズが這って居る様にしか見えなくて…。(しかも古文)
前世知識を基にした、華麗に天才少年登場な計画は、初期段階で完全に頓挫した様子です。
「あらあら。だから貴方にはまだ早いと最初に言っておいたでしょう……」
書物を前に、落ち込んでる姿をすっと見ていた母上が、流石に見かねたのか声を掛けてきた。
やんちゃな子供に向ける様な、生温い視線は勘弁して下さい。余計に凹ますから………。
母親の紫の上……………。 正直、在り得ない位の美人です。
節操なしの親父が、成人前の母上を押し倒したのも納得できます。
実の母親でなければ、口説きたい所です。
「ちい姫も、まだ読めないのですから」
そして、笑顔で私の死亡フラグ立てるのは止めてください!
姉上の事を引き合いに出されると、大抵、後で理不尽な目に遭わされるのですから…(涙)
「少し位なら読めるわ! 暁と一緒にしないで!!」
案の定、近くで聞いていた麗しき姉上が乱入して来ました。
姉上である明石の姫。家族からは、ちい姫と呼ばれています。
見た目だけは、非常に可愛らしい御姫様に見えます。
しかし、彼女との遊びでは、生傷が絶えません。
『弟は、姉の言う事には従うものなの!』が、彼女の口癖です。
御転婆を通り越して、暴君そのものです……。平安京のジャイアンです。
父上は本気で、この姉上を入内させる気なのでしょうか?
初夜の日に、東宮さまに巴投げを掛ける姿しか、思い浮かばないです……。
姉上の入内の翌日に、一家断絶しそうで怖いです。
「おやおや、此方は賑やかですね。やはり小さな子供がいるからでしょうか…」
そして何時の間にか、この家の元凶……… もとい、主である父上が渡ってきていました。
現在の太政大臣として、権勢を極めた人として、歴史に名を残すであろう傑物です。
間違っても、ロリコンの代名詞として、後世に燦然と名を残す……方じゃないと信じたい。
「あなたの怪我が、母上に良く似た顔に残らないのは幸いでした……」
そんな台詞を平然と言ってるから、垂らしだのマザコンだのシスコンだの炉だの後世で言われるんですよ!
自分の姿は、母上に良く似ているらしく、父上はかなり自分を溺愛している。
恐らく、あの古典文学の通りに、まだ故人の面影を追っているのであろう……。
『暁が姫であったなら……』 ………時々、聞いたことがある父の言葉。
もしかすると姫に生まれていたらヤバかったかもしれません。 男に生んでくれた母上に感謝しています。
…
…
…
もっとも…
もっとも…… いっそ、姫に生まれた方が良かったんじゃないかと、
心が折れそうになる時が、多々訪れるのですが………。
誰か、この父をなんとかして下さい………。
(暁日記:第1巻 「家族」より抜粋)
■おまけ■
Side 暁
「所で上…。久々に暁の艶姿など見たいとは思わないかい?」
「まぁ、殿ったら……。暁は、男の子ですから流石に恥ずかしいでしょうに………」
ん? なんか話がヤバイ方向に行きそうな気がするが………。
「母親としては、反対ですか? 折角、似合いそうな生地が手に入ったので仕立てさせて見たのですが……」
「あら、素敵な色合いですこと………」
「お父様! 暁にばっかりズルイです!」
「もちろん、姫の分も用意してありますよ……」
「あ~~~、これ可愛い!」
何時の間にか、部屋の空気が不穏に成りつつある……
見渡せば女房の数も増えてきているし…
ヤバイ!! 三十六計逃げるにしかず!!
心の中に響く警報を信じて、完全に逃げ道を塞がれる前に逃走を開始する。
…
……
………
Side 源氏
「やれやれ……。気付かれてしまったようですね。皆で、暁を連れてきて貰えないかい?」
「「「「「「は~~~~い♪」」」」」」
元気に響く、女房達の声………。
なんだかんだ言っても、皆、暁の艶姿を楽しみにしているのだ。
あの子が生まれてから、消えていた灯が蘇ったように、屋敷も都も明るくなりました………。
嗚呼、女院さま………。 今、この時、二条の院の皆も幸せに過しています。
どうか、末永くこの幸が続きますように………
「や~~~め~~~~~て~~~~~~~~!!」
どうやら捕まった様ですね……。
……もう少しだけ、皆の幸せの為、協力してくださいね。
源氏の大臣の屋敷である、二条の院に置いて可愛らしい2人の姫君が居るとの噂話が
時折、都を賑わせたが、真実が語られることは、決して無かった。
(了)