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何れの御世であったでしょうか……。
位人臣を極めた大臣のもとに、珠のような男の子が居りました。
人には言えない事情を持った彼は、成人を迎える、その時まで、
女人として生涯を送ったと、記録されて居ります。
やがて何時しか人々は、色々な意味で、
彼の若君を『源氏の君の二代目』と呼ぶようになります。
これは、数奇な運命を辿り、平安の世に生まれ変わった、
暁の君の半生の物語 ―――――
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暁です。
新しい年を迎え、目出度く4歳になりました。
暁です。
忘れられていた袴着の儀が、この間、執り行われました。
千歳飴が無いから『別に、どうでも良いや…』とか思っていたのですが、
これをやらないと私、正式な父上の子として世間に認知されないのでしたね。
また何処から聞きつけたのか、母上が水飴モドキを用意してくれておりました。
久々の甘味は、非常に美味しかったです。
暁です。
後で聞いた話なのですが、袴着の儀が『女の子』用の内容で実施されていたそうです。
ココマデシマスカ……?
まさか7歳で『帯解きの儀』とかやらないよね?
というか、成人式は元服だよね? 裳着じゃないよね?
裳着は…… 裳着は、裳着は嫌ーーーー!!
暁です…暁です…暁です…………。
新春を迎えて、庭の梅の花が見事に満開となった二条院は、俄かに忙しい空気に包まれた。
年末・新春の行事から続く、時期外れの私の袴着の準備やら宴会やら……
そして、今年中に実行される(?)と思われる六条院への引越し準備やら、
来年予定されている爺様の50御賀 etc……。
まぁ実はぶっちゃけると、てんてこ舞い状態なのは、母上1人だけで、後は余り変わっていない。
親父っ! 少しは家事を手伝えよ!! 母上がきつそうですよ?
家庭を顧みない父親は、妻の不満を凄く買うよ? ……とは、思っていても教えてあげない。
何故ならば……
何故なら、『母上が忙しい』 =(イコール)= 『監視が弱まる!!』であり、
ふっふっふっふっ……
俺 の 時 代 が 遂にキターーーーーーーー!!
「と言う訳で、兄上、お久しぶりです!」
久々に二条東の院の兄上を訪ねて、お部屋にお邪魔しております。
勿論、両親に言うと止められるので、二条院を無断で出て来ました。
「なんで後々に怒られると分かっていて、此処に来るかなぁ?」
「昔の偉い人は言ってます。『人は後悔する葦』だと!!(注:誰も言ってません!)
私は常に人間らしく、後悔を恐れずに在りたいのです!!」
あぁぁ、そんな呆れた顔で見ないで下さい。今日はちゃんと用事が有って来たのですから……。
「ん?用事? 何かな?」
「はい…実はですね兄上。兄上が今度の朱雀院の行幸に、招かれたと聞きまして……」
「あぁ…よく知ってるね?」
父上に伺いました。たしか詩文を作成する為に呼ばれたのでしたよね?
たしか兄上は、これが切っ掛けで、原作だと昇進街道に入って行く筈だったような?
「それで、当日の趣向の内容というか、『院内の何処で何をやるか?』御存知ないですか?」
「うーん。 いや、聞いた覚えは無いね。多分、当日にならないと僕達には、知らされないと思うけど…」
やはり式部省の試験代わりの余興だから、問題内容(趣向とか)なんて、通知される訳が無いか。
この分だと、趣向を担当している内大臣さましか、詳細を知っている人は居ない様ですね。
それにしても困ったなぁ……。
原作の詳細なんて覚えてないし、でも兄上の邪魔はしたくないし……。
「でも、何でそんな事を気にするの?」
まぁ聞いてきますよねぇ…実は兄上の為なんですが。
「実は私も当日、朱雀院に行くように父上に言われまして」
「えっ!? 暁も朱雀院へ行くの?」
「はい、内裏を出る主上が『良い機会だから私を見てみたい』と言われたから――だ、そうです。
差し詰め私は、珍獣扱いですかいな? それと朱雀院さまからも正式に招待が来まして、
父上が断れなかったと嘆いていました。まぁその様な訳で、当日は兄上の邪魔になりそう場所に、
近づかないようにしようかと思いまして……」
そう、幾ら自分でも、この優し過ぎる兄の足を引っ張る真似をする気は全く無い!
無いのであるが……
最近、存在自体が騒動の種に成りつつ在る自分が、万が一にでも試験現場に居た場合、
騒動が全く起きないと、自分自身で断言出来なくなって来ており、
早い話、『兄上達の居る場所には近づかない方が良いだろう』という結論に至った訳である。
う~~ん、困った。下手をすると、当日にうっかりニアミスをしてしまうかも?
これが原因で、兄上が試験に落ちでもしたら……。
真剣(マジ)で洒落にならねぇぇぇ!!!
雲居の雁さん、泣くかな? 怒るかな?
恨まれそうで嫌だな……嗚呼、自分も泣きたくなってきた。
「何か、余り朱雀院に行くのは乗り気じゃないみたいだね?」
「分かりますか? もう胃が痛くて溜息しか出てきませんよ……」
このまま行くと、貴方の出世が大惨事に為りかねない結果とか……。
思っていても口に出せませんよ!
「あぁ! 成る程……。そう云うことか……」
ん? 何故、こちらをニヤニヤと笑って見ているのですか? 兄上??
「いや、何も言わなくても良いよ……。僕からすれば、相手方の親に認めて貰えるだけでも羨ましい限りだと思うけど」
兄上、ちょっと待って下さい! 多分、兄上は何か大きな勘違いをしていると思います!!
「勘違いも何も…… 暁の武勇伝は、ちょっと前まで宮中を最も賑わせた話題だったからね」
ドンナ内容が伝わっているんだろ? スゲエ嫌な予感というか悪寒が……
「ん? 内容? 暁が朱雀院さまの女三の宮さまに、熱烈に求愛して口説き落「わーーーー!!」」
誤解です! 無実です! 冤罪です!!
一体、誰が、そんな噂を広めているんだ!? 凄い誇張された内容になってないか?
「恐らく父上が元凶じゃあないかな? 多分、君を懲らしめる意味合いでだと思うけど…」
おのれ親父っ!! なんと姑息な!!
自分が散々言われた『節操なし』の汚名を、実の息子に濡れ衣を着せるつもりなんだな!?
「宮中じゃあ『さすが源氏の大臣の御子息』って言われているらしいよ。
お察しの通り、余り良い意味じゃあ無いみたいだけどね……。
困ったことに、僕まで女性に手が早いと思われて、年頃の姫持ちの方々に警戒される始末だよ」
兄上は幼馴染の君が居て、実害なんて無いから良いじゃないですか!
私なんか、このまま行くと、お年頃になっても結婚相手が居ないとか……
こんな時代の果てにまで来て、一生独身なんて、イヤーーーーー!!
いいんだ………、また部屋の隅で「の」の字でも書いてやる。
「ま、まぁ……多分だけれど、暁が年頃になる頃には、そんな噂は消えていると思うよ?」
本当にそうでしょうか? もっと酷い噂が流れていそうな予感がプンプンとするのですが?
「そ、それは、君の今後の心掛け次第じゃあないかな?」
最近では、出来る限り気を付けている積りなのですが、
何故か予想外の展開に物事が行く事が、すごーく良く有って……。
私、運命の神様に嫌われているのでしょうか?
「そう云う訳で兄上、今回の朱雀院の行幸は『突発的に何かが起こるかも?』しれません。
いや起こさない様に努力しますが、ちょっと最近、行動が裏目に出ることが多いので……。
ですから、最悪の事態の心構えだけでも持っていて下さい!」
「まぁ君が来ていると事前に分かっただけでも、十分に有意義な情報だけれどもね。
当日に知ったとしたら、恐らく、取り乱しただろうし……」
やっぱり兄上からも『騒ぎの中心』と見られているのですね……。
まぁ本当の事ですから仕方が無いのですが。
おっと! もう此処に来てから四半刻が過ぎますね。
そろそろ戻らないと、二条院で騒ぎが起きますので戻ることにします。
「帰るの? じゃあ送っていくよ」
「何時も思うのですが、道を挟んで隣の屋敷ですから、ちょっと大げさでは無いですか?」
「万が一何か有ったら、僕が怒られるからね。じゃあ行こうか?」
…
……
そして二条院の門の前に着いたのですが――
『若様は見つかったか!?』
『『『『『『まだ見つかりませーーーん!!』』』』』』
『急いで見つけ出すんだ! 殿からは多少強引に確保しても良いとの仰せが有った!!』
『『『『『『分かりましたーーーー!!』』』』』』
「「…………」」
どう見ても、抜け出した事がバレた後の様です。
『惟光さま!! 屋敷を隈なく探しましたが見つかりません!!』
『やはりもう抜け出した後か。是より東の院へ捜索の手を広げる!! 総員、進め!!!』
『『『『『『オォーーーー!!』』』』』』
しかも、大騒ぎに発展しつつあります。(汗)
「兄上、巻き込んでしまって、ごめんなさい……」
「いや、君の行動が裏目に出るって意味が、凄く良く分かったよ……」
目を血走らせた家人が、目の前に迫る姿を目前に捉え、2人の溜息が虚空に消えて行くのでした。
(暁日記:第10巻 「裏目之人」より抜粋)
あとがき:
こんな稚作を読んで頂き、誠にありがとうございます。
朱雀院の行幸編の1話目といった所でしょうか……。
リアルが年末の仕事モードに移行したので、年内は平日の更新が難しい状況になりました。
暫くは前書きの通り、まったりペースで、週末にちょこちょこと書く予定です。
(了)