公都の北側は日雇い労働者や食い詰め者が軒を連ねる貧民街(スラム)と化している。
公都を治める大公爵は掘っ立て小屋(バラック)がひしめき合う、犯罪の温床となっているその地区に頭を悩ませており、今まで何とかしようとしてはきた。
しかしかつて高級邸宅が軒を連ねていたその地区はかつての大災厄において最も被害を受けた場所であり、故に復興が最も遅れた場所。
早々に取り壊して新たに都市計画を立て直し、整然と街路と建物が建築されていった東西南地区からポツンと取り残されたその場所は、必然的に脛に傷持つもの――犯罪者、密売人、傭兵、ごろつき、そしてマフィア達が集う場所となる。
自然発生的に出来上がったその場所にようやく行政が手を伸ばした頃には、既にそこには独自の社会秩序と文化体系を持つ一個の自治組織が形成されていたのだった。
そして、スラム街を取り仕切る組織の中で最も有名な組織が、その名もズバリ「盗賊ギルド」である。
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そこは何も知らない人間が見れば、少し煤けた感じのする一見何の変哲もない酒場である。
だが、その酒場が盗賊ギルドの窓口になっているのはギルドメンバーと大公爵、そしてその側近達だけであった。
がやがやと酒場の中に集った人種も年齢もバラバラの客達は、口々に益体もない話を交わしながら酒をあおり、馬鹿笑いを響かしている。
だが、少しでも心得のあるものは彼等が話している本当の話題に気がつくだろう。
窓際で、ある娼婦の具合のよさを下卑た笑いを上げながら話している二人は、そのじつせわしなく動く指言葉で南部の穀物市場の情報を交換し合っている。
カウンターで、ある共通の人物が引き起こした失敗談を笑いながらからかっている二人は、その言葉の端々に含ませた暗号によって暗殺計画を練っている。
そんなひたすら物騒な場所にスケルツォが入ってくると、その場にいた全員が視線を彼に向けないままそれぞれ独自の方法で「ようこそ兄弟」としるしを送った。
スケルツォは目立つ男だった。
その鼻はまるで童話の中に登場するピノッキオのように細く尖っていて、まるでキツツキの嘴がそのまま鼻になったかのようだった。
身長はホビット独特の低さを差し引いても更に低く、成人で4フィートになれば平均的な彼の種族において彼はとっくに成人して中年の域に達しているというのにギリギリ3.5フィートといった所だった。
イタチか狐に良く似たその顔は愛嬌と共に抜け目のなさをイメージさせ、実際その通りの人物だった。
その研ぎ澄まされたナイフ捌きと密偵としての技能は、ギルド内でも一目置かれている。
そして彼が尖った鼻をピクピクさせながらカウンターの特別席(子供用で座高が高い物)に座ると、まるで彼が来るのが分かっていたかのようなタイミングでその目前に琥珀色の液体が注がれたショットグラスが置かれる。
それを差し出した太鼓腹の男は、逞しい腕で華奢なグラスを拭いながらニヤリと笑った。
「よう、ゲブト、久しぶりだな」
「おや、こりゃまた懐かしい顔のお出ましだ。あんまり来ないもんで死んだかと思ったよ」
「ぬかせ」
スケルツォはそう言って自分もニヤリと笑ってから、「影と共にあれ」と唱えてグラスの中身を一気に飲み干した。
「ピクニックはもう終わったのかい? スケルツォ」
「ああ、なかなか実りのある旅だった」
(どでかい土産がある、奥に行きたい)
「ははは、そうかそうか。たまにはそんな外出も乙な物だな」
(分かった、着いて来い)
「お前もこんなヤニ臭い所に一日中いずに、たまには外に出ちゃあどうだ?」
「外に出なくたって欲しい物は手に入るし、聞きたい事は人から聞けばいいさ。ああそうそう、このあいだ帝国経由で珍しい酒が手に入った、奥でちょっと一杯引っ掛けないか?」
「そいつはいい、ご相伴に預かるとするか」
「ついて来な」
ひょいと危なげなくカウンターをスケルツォが飛び越えると、その無作法にちょっとだけ眉を顰めるが、ゲブトは特に何も言わずに奥へ入った。
それについてスケルツォが奥へ進むと、薄暗く入り組んだ通路を何度か曲がった後にある袋小路に到着した。
そこの扉を開けて中に入ると、7フィート四方ほどの狭苦しい部屋の中に古ぼけたテーブルと椅子が2脚用意してあり、テーブルの上には年代物のワインボトルが置かれていた。
「準備がいいな」
「それだけが取り柄でね」
まずは用意された酒を楽しんだ後、二人は本題に入る。
「で、土産ってのは?」
「友好的なマインドフレイヤ」
「――――――なんてこった(Jesus)。冗談にしちゃたちが悪いぞ」
「驚くのはまだ早いぞ、こいつはなんと自分の名前すら分からんくらいに脳みそがイッちまっている。……所がだ、いざ殺されかかると突然冷酷無比な怪物に早変わりだ。しかも、一級の細剣戦闘術に高レベル発現者(サイオニック)、薄いピンクの頭部と蒼白の体……この特徴、どこかで聞いた事がないか? それも、つい最近」
「ちょっとまて……」
ゲブトは青褪めた顔で空中を見つめ、やがて「あっ!」と何かに気付いた。
そして、同時に彼は首を絞められた鶏のような声を出す。
「《八つ裂き》のクトゥーチク司教! つい一月前に死亡報告が上がったぞ!」
「誤認だと思うか? ちなみにこれが似顔絵だ」
「よこせ」
奪い取るようにその紙切れを受け取ったゲブトは、穴が開くほどそれを見た後に困惑の視線をスケルツォに向けた。
「……おい、俺にはヒューマンの女に見えるぞ」
「下半身は烏賊だ。元のクトゥーチクとは逆タイプのマインドフレイヤだな」
「うーむ…………」
「戦った俺から言わせると……あれは本物だ。二度と正面切って切り結びたくないな」
「やったのか!? 良く生きてたな」
「運の良さには自信があってな」
「うむむむ……これがあの《八つ裂き》……? 随分とまあ可愛くなっちまって……」
疑わしげな視線をじろじろと似顔絵に注いで、やがて彼はその視線を目の前に座る小人に向けた。
「で、だ。こいつがクトゥーチクの転生体だか複製体だか――或いは娘だかしらないが、そういうものだと仮定して。そんな危険物を引っ張って来て、一体またぞろ何をしようってんだ?」
「分かってて聞くのはマナー違反だろう?」
「確証が欲しくてな」
「ま……いいだろう」
そう言って、スケルツォは背凭れに体重を預けてニヤリと笑った。
「カオス神殿の至宝。ラ・ガレオの宝珠(Orb of La'Galeo)を頂く」
「――――」
スケルツォは、悪党の顔で笑った。
「カオス教団は目下のところ顕界派(Material)と幽世派(Astral)の対立が激化中だ。はっきり言って一触即発、ほんの小さな火種でいつ内部抗争に発展するか分かったものではない。……そんなところに、幽世派きっての武闘派で鳴らした、しかも顕界派の策謀によって暗殺されたクトゥーチクが帰ってきたら……一体どうなると思う」
「戦争だ……間違いなく戦争になるぞ」
「そうさ、そうなったら奴等は憎き政敵の首をちょん切るのに夢中になって、あちらこちらで信者同士が殺しあう……そして大事な至宝を守るのは、そこから動くのを許されないたった数名の神殿騎士だけという寸法だ」
そこまで語って、スケルツォはグラスの中身を飲み干した。
暫く腕を組んで俯いていたゲブトだったが、やがて鼻をピクピクさせて鼻腔を広げ、両掌を擦り合わせて喜悦に目を輝かせながら呟いた。
「――匂いだ(The Smell)。金と、陰謀と、流血と――闘争の匂いがするぞ。イイ、実にイイ。まさにおあつらえ向き、俺たちみたいな悪党が這いずり回る大騒動の匂いがプンプンする…………その話乗った。とびっきりの隠れ家(safe house)を用意してやる。司教猊下をご案内してさしあげろ」
「そう言ってくれると信じてたよ」
「バラッドは何ていってるんだ?」
「まだ何も言っていないが、話せば乗ってくるだろう。あいつもこういう馬鹿騒ぎには目がない――本当に冒険者ってのは! 全くこれだから始末に悪い!」
「よく言うぜ、あの中で一番騒動好きでたちの悪い悪党の癖して」
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って朗らかに談笑する二人の悪党は、注ぎなおした酒盃を軽く打ち合わせた。
最高級の帝国硝子特有の鈴のような澄んだ音を背景に、二人は高らかに杯を上げる。
「司教様バンザイ!」
「混沌神殿に栄光あれ!」
「あ、隠れ家にはそっちからも最低一人、監視員を誰か派遣しろよ。リスクは折半せにゃ」
「いいとも親友。その仕事にピッタリの奴がいる。我等が誇る最高のモンスターテイマーがな」
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ギャグって難しいね。
本来の作風で書くと御覧の有様だよ!