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No.13088の一覧
[0] 【習作】あなたの Lv. は 1 です 【オリジナル D&D風味・人外】[桜井 雅宏](2010/03/19 22:55)
[1] はいてない[桜井 雅宏](2009/10/30 23:00)
[2] まいんどふれいや[桜井 雅宏](2009/11/07 01:14)
[3] そういうぷれいですか?[桜井 雅宏](2010/01/03 04:08)
[4] あくとうのしごと[桜井 雅宏](2009/11/02 23:03)
[5] ふわ[桜井 雅宏](2009/11/03 23:35)
[6] しょや[桜井 雅宏](2009/12/05 02:10)
[7] あなだらけの「わたし」[桜井 雅宏](2011/10/30 10:30)
[8] みえた![桜井 雅宏](2009/11/10 04:08)
[9] おかいものにいこう[桜井 雅宏](2010/02/12 01:32)
[10] ならずものとそうりょ[桜井 雅宏](2009/11/25 00:05)
[11] まーけっとすとりーと[桜井 雅宏](2009/12/05 02:10)
[12] おかいもの[桜井 雅宏](2009/12/05 02:10)
[13] みざるいわざるきかざる[桜井 雅宏](2009/12/05 02:09)
[14] にゅーとらるぐっど[桜井 雅宏](2009/12/19 01:23)
[15] ゆめ[桜井 雅宏](2011/10/30 23:03)
[16] しゅっぱつ!…………あれ?[桜井 雅宏](2010/01/02 22:54)
[17] しんわ 1[桜井 雅宏](2010/01/08 00:41)
[18] しんわ 2[桜井 雅宏](2010/02/27 16:11)
[19] れぎおーん[桜井 雅宏](2010/02/27 16:12)
[20] ぎよたん[桜井 雅宏](2010/02/27 16:12)
[21] そらのうえ[桜井 雅宏](2010/02/27 16:12)
[22] ぐろちゅうい[桜井 雅宏](2010/02/12 05:53)
[23] しゅよ、ひとののぞみのよろこびよ[桜井 雅宏](2010/02/27 16:12)
[24] いんたーみっしょん[桜井 雅宏](2010/03/19 22:55)
[25] ゆめうつつ[桜井 雅宏](2010/03/30 02:01)
[26] でこぼこふたり[桜井 雅宏](2010/04/30 20:07)
[27] めざめ[桜井 雅宏](2010/04/30 21:13)
[28] ぱーてぃ[桜井 雅宏](2010/05/05 00:54)
[29] けつい[桜井 雅宏](2010/08/02 19:38)
[30] にっし[桜井 雅宏](2010/08/04 00:33)
[31] 真相01[桜井 雅宏](2010/12/01 00:37)
[32] 真相02[桜井 雅宏](2011/10/30 10:29)
[33] 真相03[桜井 雅宏](2011/12/12 23:17)
[34] 転変01[桜井 雅宏](2012/02/02 22:51)
[35] 転変02[桜井 雅宏 ](2013/09/22 23:33)
[36] 読み切り短編「連邦首都の優雅な一日」[桜井 雅宏](2011/12/12 23:14)
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[13088] 真相02
Name: 桜井 雅宏◆bf80796e ID:05a9c3db 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/30 10:29
 橘薫は日本の地方都市に住まう極々普通の中流家庭――に見える家庭に生まれた。
 父親は銀行員、母親は専業主婦。少し融通が効きづらいが真面目で実直な父と、若くて美人と評判のおっとりとした母。そんな二人の間に、橘薫という少女は生まれた。
 母親の実家は日本屈指の旧家で富豪であったが、殆ど縁が切れていたために薫が四つになるまでは完全に没交渉であった。そんな超がつくほどのお嬢様と、単なる銀行マンである父の出会いと馴れ初めの話は、それだけで一本の小説が書けるような波乱万丈な経緯があったらしいが、寡聞にして薫は詳しい話を聞いたことがない。
 さて、二人が結婚して直ぐに出来た愛らしい赤子は薫と名付けられ、すくすくと成長した。
 橘薫がその天才性を発揮したのは、わずか三歳の頃である。常人ならば漸くハッキリとした物言いが出来るようになって来たような年頃に、薫はテレビの教育番組を見ながら仮名漢字混じりの読み書きと、小学生高学年程度の算数の知識を身につけていた。
 その異常性に真っ先に気付くべきであった母親は、箱入り特有のどこかネジの弛んだ天然であり、真っ白の自由帳にかなりしっかりとした日記を書く愛娘に「すごいねぇ」と笑いながら褒めるだけであった。また、褒められた薫も当然ながら自らの異常性に気付くことなどなく、大好きな母親に褒められた嬉しさに笑顔を浮かべながら、その天才的な頭脳にせっせと知識を詰め込んでいった。
 それから少し経って、ある日父親は幼稚園の園長から緊急の呼び出しを受けて、仕事中にもかかわらずに早退して現場に駆けつけた。電話越しの園長が今にも倒れそうに震えた声で、「薫ちゃんのお父様ですか、い、今直ぐ来ていただけますか」と言われては、すわ一大事かと飛び出さずにはいられない。
 息も絶え絶えになってやって来た彼の見たものは、職員室の机で楽しそうに何やらお絵かきをしている自分の娘の姿であった。
 膝から崩れ落ちそうになった彼が思わず園長に掴みかかろうとすると、中年女性の園長は青ざめた顔のまま、彼に一枚の紙切れを見せたのだ。

「これを、まずご覧になってください」
「これは……?」

 思わず受け取った紙切れには、彼にはもう懐かしい高校時代の数学問題が書き連ねてあった。
 特に不審なものではない、強いて言うならばなぜかクレヨンで書かれていることに首を傾げる程度である。
 これが一体なんなのか、そう視線で問いかける彼に向かって、園長はゆっくりと噛んで含めるように「お父様は、あの子に御家庭でなにか特別な教育をされているのですか?」と訊いてくる。

「は……特別、というと?」
「……この、この数式は、あの子が解いたのです」
「は……?」
「お父様、このような事例は私も初めてです。ただ、これだけは確信を持って言えます。あの子は……薫ちゃんは紛れもない天才です」

 そんなバカな、と父親は最初否定した。
 だがしかし、単なるお絵かきだと思っていたそれが複雑な回路図だったと知った時、とうとう父も己の愛娘がとんでもない天才であると認めざるを得なかった。
 天才という生き物にとって日本という国は必ずしも住みやすい場所ではない。飛び級制度はないし、そもそもが最小限のコストで平均化された教育を目指している国である。
 一部の突出した天才を上手く導くという発想は、ついぞこの国には根付かなかったといえるのだ。それが悪いことだとは言えない、諸外国に比べて教育にかける支出の低さとその費用効果は眼を見張るのだから。
 ともあれ、母親は自分の娘が天才だと知っても「すごいねー」とニコニコと笑っているだけであったが、父親の方はそんな呑気に構えていられなかった。
 父はこれまでの日本の歴史から見ても、そして世間の風潮から見ても、どんぐりの背比べを軽々と無視して飛び出る存在は、いずれ有形無形の排斥を受けると確信していた。
 そこで漸く、父は母方の実家に挨拶に行こうと決心する。
 薫と母は無邪気に喜んだが、父は神経性の胃痛に悩まされていた。
 ほとんど駆け落ち同然の結婚だったのだ、下手をすると殺される……。
 その懸念はある意味当たっていた。三人が母方の実家に到着するやいなや、日本刀を振りかざして父は追い回され、最終的には可愛い孫娘にデレデレになって事無きを得た。九死に一生である。

「お義父さん」
「テメェにお義父さんと呼ばれる筋合いはねぇ」
「……ご相談したいことがあるのです」
「しらねーよ。俺は早く初孫と触れ合いてぇんだ、あっちいけよ」
「その、薫のことでお話があるのです」
「早く言え」

 変わり身の速さに、「ああ、この人もこういう一面があったのか」と内心思いながら、父は義父に幼稚園であった一件と、これから起こりうるであろう事を相談した。
 義父はじっと真剣な顔で全てを聞いたあと、唯一言「分かった」とつぶやいて深く深く頷いた。

「神童も二十を過ぎたらただの人なんざ言うがな、ありゃ周りが勝手に型に押し込めちまうからだぜ。安心しな、あの子は天才のまま成人できるようにしてやるよ」
「……有難う、御座います」
「そんかわり、これから毎日うちに連れてこいよ」

 父は苦笑いを浮かべながらも、孫が庭で遊びまわる姿に顔を綻ばせる義父に深々と頭をさげるのであった。

 さて、そんな事があって数年後、両親と両祖父母の愛情を目一杯に浴びてすくすくと育った橘薫という少女は、周りからはとんでもなく頭がいいが変人だという評価を貰いながらも順調に小学校の階段を登っていった。
 そして、彼女にとって運命の日
 図書館で勉強をしていた彼女に、その怪しい風体の男は一冊のハードカバーを差し出してこう言ったのだ。

「これ、おもろいで」

 その本の中には今まで彼女が夢想だにしなかった世界が広がっていた。
 地球に似ていて、全く異なる異郷の物語。
 世界を滅ぼす魔力の指輪と、それを破壊する使命を帯びた旅の仲間たち。
 幾多の困難を乗り越え、魔王の軍勢と戦う人間たちの国々。
 それらすべてが、彼女の魂を激しく揺さぶった。
 そして彼女は確信した、これぞ、私が出会うべくして出会った物語なのだと。
 やがて、幼き天才は一つの志を胸に、成長する。


■■■


 橘薫は真実天才であった。
 天才も成長すればただの人、とはよく言うが、彼女の場合は全く当てはまらないどころか成長するごとにその貪欲な知識欲と自由な発想は留まるところがなかった。
 科学界のダ・ヴィンチとまで呼ばれたその才能は、それまでの数十年のあいだ人類が足踏みを続けてきたあらゆる分野でブレイクスルーを巻き起こした。
 だが、だがしかし。
 彼女は世紀の大天才の輝かしい異名の影で、史上最も多くの人間から怨嗟を浴びせられた科学者としての功罪を併せ持っていた。
 例えば、高出力マイクロウェーブを使った無線送電装置と高効率太陽電池は、衛星軌道上から敵を焼き殺す悪魔の兵器に。
 例えば、超小型化に成功した量子コンピュータと災害派遣用ロボットは、魂のない無人兵器の群れで戦場を溢れさせた。
 例えば、障害者用の機械義肢と機械式補助器具は、鋼鉄の装甲と人間のパワーを軽々と凌駕する機動装甲服を。
 例えば、人間の遺伝子疾患を治療するナノマシンは、特定の遺伝子を持つ相手だけを殺す殺人ウィルスに。
 例えば、世界中のエネルギー問題を一挙に解決した熱核プラズマリアクターは、原油価格の暴落と産油国の政情不安定を誘発し、最終的には産油国一帯が泥沼の紛争地帯と化した。
 例えば、例えば、例えば…………。
 史上かつて、科学技術の発展による光と闇をこれほどまでにまざまざと見せつけられた科学者がいただろうか?
 世界中からの賞賛の声と、同じくらいの憎悪の叫びを全身に浴びながら、それでも橘薫という天才科学者はいっそ異常なまでにストイックに、ただただ己の目指す最終目標のために邁進した。
 彼女にとって、世界を一変させた世紀の大発明の数々は、単に目指す目標の過程で生じた副産物に過ぎなかった。
 それはつまり、偉大な先人リサ・ランドール博士が実証した高次元世界の実証と、そして幼少の彼女が図書館で出会った一冊の分厚い小説。
 名も知らぬ怪しい男から薦められたその小説は、既に出版されて一世紀以上たっているにも関わらず不朽の名作との評価を揺るがせない一冊。世界で最も有名なファンタジー小説だった。
 其れまで彼女は小説など全くと言っていいほど読んだことがなかった。
 そんな彼女にとって、人間の想像力が生み出す無限の可能性を彼女とは全く正反対の方向に進化させたその物語は、カルチャーショックという言葉すら生ぬるい衝撃を彼女に与えた。
 そして、少女は確信する。
 無限に存在する次元世界の中には、きっとこんな世界が存在する。
 ここ以外の宇宙が次元の壁を超えた向こう側に存在する……そこまでは、偉大な先人が証明してみせた。
 だから、そこが一体どんなところで、どんな世界が広がっているのか、それを見てみたい。
 その幼い頃の情熱は彼女の心を満たし、それ以外の何物も入り込めないほどに膨張した。
 やがて彼女は日本の最高学府で歴史上最年少の女性教授として就任した。
 最年少、そして女性という二つのハンディを物ともしないほど、彼女はその時すでに多数の功績を挙げていたのだ。
 だがしかし、数百年前から続く旧態依然とした大学内の派閥は彼女に対して冷淡で、その風当たりは強かった。
 学生や経済界からの圧倒的支持も、彼らにとっては面白くない。
 有形無形の妨害や嫌がらせに、彼女の精神は疲弊していった。元々あまり打たれ強い性格ではない。
 日に日にやつれていく彼女に、研究室随一の俊英である斉藤凛二はアメリカへの渡航を薦め、その時になったら自分も着いて行くから安心しろと胸を叩いた。
 正直、故国を離れるという選択肢に彼女は尻込みしていたが、いつの間にか全部のお膳立てをした斎藤が「さあ、準備をして下さい! 渡米しますよ」と急き立て、いつの間にか彼女は関係者筋から「亡命された」と嘆かれるほどの電撃的な移籍を行なっていた。
 みすみす超優秀な科学者兼発明家をアメリカに取られてしまった形の大学は面子が丸つぶれ、国と企業から「どういうことだ」「何も聞いていない」「腹切れ」と罵声を浴びせられ、責任の擦り付け合いに汲々としていたが、そんな事はどこ吹く風と、今度はアメリカの理系最高学府で嬉々として教鞭を振るう彼女の姿があった。
 プロフェッサー・タチバナの誕生である。
 彼女にとって、両親のいる故国を離れるのは心苦しかったが、今までと違って伸び伸びと研究開発が出来るこの環境は素晴らしい物があった。それに、渡米してから話した両親と祖父母は彼女の選択に全面的に賛成してくれた。
 そして渡米してから数年後、彼女は助手の斎藤と共にアメリカが主導する国家的大プロジェクトの参加を要請される。
 実際は、彼女と斎藤が根回しをして「要請されるようにした」プロジェクトだったが、細かいことはいい。
 とにかく此れで彼女はかねてからの悲願を達成するためにアラスカの秘密研究所に向かったのだった。
 プロジェクトチームにはアメリカ全土と世界各国から掻き集められた最高の頭脳がひしめき合っていた。
 これだけの顔触れが揃って成功しないようでは、これから何百年経っても成功しないだろう。そう言われるほどの、そうそうたる面子である。
 そして、プロジェクトはアラスカの片隅で世間的にはひっそりと、その中では盛大にスタートした。



■■■



「あ、くそ、まただよ!」

 斎藤が舌打ちと共にボールペンを投げ出した。
 彼の目の前には巨大なスクリーンと三次元的に描かれた何らかの建造物が、黒い背景に緑のワイヤーフレームで表示されている。
 薫はその隣に腰掛けると、皿に乗ったサンドイッチを差し出しながら声をかけた。

「また?」
「ああ、こりゃダメだよ薫さん。まずはバグ取りしないとどうにもなんねぇ。それか、あそこだけ空白で先に進むか」
「バグをそのままで次にっていうのは気に入らないわね。それに、本当にバグかどうかなんて分からないわよ」
「じゃあ何だって?」

 そう言って彼は手元のキーボードを操作して画面上で白く点滅するグリッドを移動させると、建造物の中で中心地にある空白に移動させる。
 今にもグリッドがその中心地に入ろうかという瞬間に、一瞬だけ画面がブレるとグリッドは画面を大きく移動して何やら天上の高い部屋の中心に移動している。

「ほら! ここに侵入しようとしたら絶対にこの訳の分からない所まで飛ばされる」
「……リッチェンスにもう一度話してみて、斎藤くんはもう休みなさい。あとは私が引き継ぐわ」
「あー、了解」

 彼女が持って来たサンドイッチを貪りながら、斎藤は頭をガリガリと掻きながらメインチェンバーの電算室を出ていった。
 一人残された薫はさっきまで彼がやっていたように腰掛けると、キーボードを素早く叩いた。
 ……彼女たちが何をやっているのかというと、それはこのメインチェンバーに備え付けてある熱核プラズマリアクター15基を使って生み出される常識外れのエネルギーで次元の壁に極小の穴を開け、そこから向こう側を曲がりなりにも「観察」しているのだった。
 そうして開いた極小の穴から向こう側の分子原子・イオン・素粒子などを解析し、そこにあるものが「此方で言う何か」という事を擬似的に判断、マッピングするという作業である。
 ちなみに機械によって殆どの工程は自動化されているため、コンソールに座ってする作業の殆どは機械に向かって「ココからこの辺までを調べて、表示しろ」と命令し、その結果があやふやならもう一度操作し、結果を纏めるくらいだ。
 この研究所にあって最も重要だがぶっちぎりに不人気な作業である。
 今までの研究結果から、向こうの世界はどうやら中世から近世くらいの文化レベルで、建造物のほとんどが木製か石造、或いはレンガ製。人々は第一次産業と第二次産業を活発に行い、第三次産業は黎明期か或いは発展期にある様子。そして、未知の元素や未発見の分子が幾つも発見されており、場所によっては此方の物理法則では理解出来ない現象も観測している。
 まさに、科学者にとって金鉱のようなものだが、それを見つけるまでの作業が恐ろしく退屈で冗長なものである。そういった実験に慣れきっている化学側の研究員ですら忌避するレベルであった。
 これを未だに自発的に行なっているのは薫を含めて極少数である。
 リッチェンスが作った自動化プログラムが本格的に動けば、この作業すら要らなくなるだろう。
 薫は個人的にこの「自分の手で異世界に触れている」という感触が大好きだったが、作業の効率化を主張されては折れないわけには行かなかった。

「……もう一度トライしてみましょうか」

 グリッドを再度動かして画面中心に動かす。
 するとまたしてもそれはさっきと同じ所に動かされた。

「待って、「動かされた」? 何故私はそう考えたの?」

 じっと彼女は画面を見つめる。
 そして今度はグリッドを如何にも中央には興味がないように周辺を探らせ、凄まじい勢いで中心に向けて走らせた。
 今度も、グリッドは移動した。

「HAL、今のデータと今までのデータを比較して、グリッド点が移動するまでのタイムラグを数値に出して」

 瞬時に管理AIがデータを右側のディスプレイに表示する。
 すると、明らかに今までも小数点第三位以下での細かい誤差があった、だが、先程は小数点第一位での誤差があった。
 これは一体何を示しているのか?

「HAL、ハッキングは?」
《確認されず》
「外からではなく、研究所内からの接続も?」
《ありません》
「……」

 彼女は右手を顎に添えて考える。
 じっと画面上で相変わらず点滅するグリッド。
 やがて彼女はポケットから栄養ドリンクを取り出すと、中身を飲み込んでから自分の頬をパシパシと叩いた。

「……試してみるとしましょうか」

 それから彼女はグリッドを今までになく激しく動かした。
 今までは研究が目的だったのだから、その動きは緩慢で慎重で、一歩一歩その場にある物質を注意深く調査しながらの牛歩の如き動きだったのが、まるで狭い瓶の中を羽虫が飛び回るかのような不規則かつ高速で動いたのだ。
 そして、「相手」が予想もしえないような角度から中心に突っ込むと、今度もまたグリッドは移動した。

「やるわね」

 彼女は知らず唇を舐めて笑った。
 更に動きは加速する。
 それからの彼女は半ば確信を持った「対戦相手」を出し抜こうとあらゆる手管を用いて中心地にグリッドを飛ばそうと躍起になった。
 グリッドを直接中心に飛ばそうと座標指定を行い、地面に潜って突き上げ、あるいは高度一万フィートから急降下したりと、とにかく最後の方にはある種の思考ゲームをしている気分になりながら彼女はグリッドを動かした。

「あ、もうこんな時間?」

 ふと視線を画面右上のデジタル時計に向けると、すでに日を跨いで数時間が経過していた。
 薫は、今度は移動する生命体にぴったりと張り付いて中心まで向かう「コバンザメ走法」を試している途中であったが、どうやらこの建物の中にいる生命体は中心近くは禁足地にでもなっているらしく全然近づかないのでこの作戦は失敗だと悟ったばかりである。
 彼女は溜息をつくと、グリッドをショットカットキーで「振り出しの書斎」に自分で戻した。
 何度も何度もそこを経由したせいでコンピュータが蓄積した情報はいつも移動させられるその部屋が「紙媒体を束ねたハードコピーが天井近くまである大型の木型に詰められたものが壁の両側を占有する部屋」であると説明していた。
 ぶっちゃけ書斎のことで、この回りくどい分析結果は機械特有のものだ。
 その中心で点滅するグリッドをしばらく眺めたあと、グイッと伸びをして椅子を倒すと、AIに光をすべて消すように命令してから彼女は仮眠を取った。


■■■


「お見事」
「え?」

 いつの間にか、彼女は重厚な歴史を感じられる書斎のど真ん中に立っていた。
 飴色の使い込まれた本棚の中にはギッシリとハードカバーが詰まっており、まさに彼女がイメージする書斎そのものといった風情である。
 それはいい、彼女の想像の範囲である。
 だが、目の前で此方を見つめる宇宙人のような異形は一体何だ。

「……この間、斎藤くんと一緒に『マーズ・アタック!』なんて見たのが悪かったのかしら。私にはこんなクリーチャーは想像できないし」
「然り。我らマインドフレイヤは遥か昔に人にではなく神々によって創造された。たとえその結果が彼らにとって失敗であったとしても、失敗を失敗として受け止め、あるがままにせよと仰せられた我らが混沌神に栄光あれ。永遠の都クシュ=レルグよ偉大なれ」
「は、はぁ……」
「……ふむ。反応が薄い。お主は帝国の心術魔導師ではないのか? もしや、フーロン皇国の道術師(タオ・メイジ)かな?」
「は、いや、私は日本人の科学者です」
「ほう、聞いたことのない国だ」
「極東の小さな島国です」
「東か! そうかそうか、いわゆるひとつの未開の地というわけだ」
「あなたにとって未開でも、私にとってはそうではありませんよ」
「然り。非礼を詫びよう。遠き異国の魔導師――いや、科学者よ」
「謝罪を受けます」

 応えながら、なんてけったいな夢を自分は見ているんだと内心苦笑する。
 まあ、所詮夢だと思いながら、彼女はこの夢を楽しむことにした。

「ここは何処でしょうか? 私は研究室の椅子で仮眠をとっていたのですが」
「ここなるは混沌渦巻くクシュ=レルグ、混沌の王国首都である、そしてこの部屋は王都中心に座しまする宮殿にある我が書斎である。そなたには我が秘術を用いてエーテル体にてここまでご足労願った。ご理解いただけたかな?」
「ある程度は」
「重畳。ではいくつか質問しても良いかな」
「はい」
「わしはクトゥーチクと呼ばれている。そなたの名は?」
「橘薫。タチバナがファミリーネームです」
「では、タチバナ。なぜこの混沌の宮殿に使い魔を放ってスパイ活動を行った?」
「はい?」
「惚けても無駄だぞ、お主は数週間前から恐ろしく発見の難しい極小の使い魔を使ってこの宮殿の間取りを隅から隅まで精査しておっただろう。このわしですら気がつくのに時間がかかった。あと一歩対応が遅れていれば、宝珠の安置された禁裏まで到達されるところであったわ」
「……」

 薫は我ながらトンデモない想像力だなと呆れた。どうやら気が付かなかっただけで自分には小説家の才能もあったらしい。

「アレは使い魔ではなく次元境界線に穿った極小のワームホールです。それを介して私たちはここに何があるのか、どんな物質が存在するのか調べていましたが、ここが宮殿で、重要なものがある場所だとは知りませんでした。なにせ、得られる情報はごくごく限られていますから、私達はその限られた情報を想像で補うしか無いのです」
「ふむ、ディメンションドアの応用……か? ……続けよ」
「私たちはあらゆる分野に特化した技術者集団で、次元の壁に阻まれた「向こう側」の情報を得ることが出来るとある装置を作り出し、それを用いて我々では容易に観測不可能な「異世界」を調べていました」
「何故? 征服するためか」
「いえ、純粋に興味からです……少なくとも私は。上の人間には他の思惑もあるのでしょうし、観測から得られる技術的ブレイクスルーは多くの人間に利益をもたらしています」
「興味……か」

 そう言うと異形は口吻を撫でさすって「しゅるしゅる」と音を立てた。
 細められた両目を見て、何故か彼女は幼い頃に祖父の大事な腕時計を分解してしまった時のことを思い出した。その時、祖父は両目を細めて微笑んで、彼女の頭を撫でながら「何にでも好奇心を持って接するのはいい事だが、ちゃんとその後のことも考えろよ」と苦笑したのだ。

「然り。祖父殿の言うことは正しいだろう」
「えっ」
「気がついていたのがわしだけでよかったな、他のものであればお主を洗脳して穴を広げ、そちらの世界へと侵攻しようと画策したであろう」
「……まさか、これは、夢のはず」
「夢……か、我らは皆生まれ落ちた日から夢を見ているようなものよ。神々が微睡みの中で見る泡沫の夢。それが覚めたときは、我々は真の意味で己の足でこの大地に立つ日が来るのであろう。お主の記憶に「胡蝶の夢」という故事があるな? われらの世界が夢で、お主達の世界が現(うつつ)だとして、お主はつまり夢と現の境界線に穴を開けたのだ。それは神々だけが成し得た、世界を歪み、変革する至高の技よ。人の身でありながら神の御業に足を掛けたそなた等を、わしは手放しで賞賛したい。或いは、主ラ=ガレオもこの椿事を喜んでおられるやも知れぬ」
「……」
「ふふ……神学論は退屈かな? まあよい。例の次元の穴は直ぐに消すかこの場から大きく離したほうが良かろう。まだ、わしだけが気づいている今のうちにな。では、勇敢にして智恵溢れる異界の科学者よ、汝の行く末にマナの導きとエーテルの加護あらん事を――」



■■■



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
警告!!
脳幹ナノマシンに重篤な侵入を確認
 ファイアウォール作動
 アイスウォール作動
  アドレスを特定できません
  接続が切断されました

レポート
 脳幹ナノマシンに障害なし
 全身をスキャン
 異常なし

レポートを収納します
 システム管理者(Dr.Lutjens)に報告して下さい
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「っはぁ!」

 リクライニングシートから薫は跳ね起きると、今まで止まっていたように呼吸を激しく繰り返した。
 心臓はバクバクと激しく高鳴り、耳鳴りがする。
 呆然とした顔で網膜に表示されるOSの警告文を眺め、一拍置いた後に彼女はコンソールに齧り付いてグリッドを遥か上空にすっ飛ばした。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁっ」

 まるで喘息患者のように喘鳴を上げながら、彼女は全身に溢れる冷や汗と興奮を止めることが出来ない。

「やっ……た」

 ポツリと呟いて、彼女は両手で握りこぶしを作ってグッとためた後に飛び上がった。

「やった! やったわ! やったのよ! 成功した! 見た! 聞いた! 話した! やったやったやったやった! やったーーーーーーー!!」

 狂喜乱舞する彼女を、コンソールに備え付けられたカメラアイだけがじっと見つめていた。
















――――――――――――――――――――――――――――――――
ほぼ一年ぶりとかアホか俺は。
皆さん非常に非常におまたせしました。
転勤があって仕事量ががくっと減って時間が取れるようになりました。
次の話も早いうちに上げたいともいます。
こんなに放置したアホに「待ってます」と言ってくださった皆さん、本当にありがとう。


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