F.A.1640/01/01
この研究日誌もついに1000冊目になってしまった。
正直言って1000冊の内意味のあることが描いてあるのはその半分以下にも満たない。
今後は研究に何かしら進展のあった時だけ日誌を書く事にしよう。
*以下、数十頁にわたり実験を行ったこととその失敗の原因について、難解な専門用語と複雑な数式、そして見たこともない記号がびっしりと記述されている*
F.A.1640/06/10
今回も失敗した。何が原因なのか、この私の天才的頭脳を以てしてもあと一歩のところで足踏している。
まあいい。実験の失敗は横において、明日はガラコの村に買出しに行かねばならない。
憂鬱だ、配下のクリーチャーに行かせるという前回の案はわれながら名案だと思ったのだが、何故か銀貨を全部銅貨に両替えして帰ってきたり、一つだけ欲しかった材料を山ほど買い込んできたり、酷い時は年端もいかない少女を何故か担いで帰ってきたりと散々だった。
硬貨を握らせて買い物メモを持たせるだけの行為でどうしてこれだけイレギュラーがでるのか、腹立たしい。
仕方が無いので明日は自分で行こう。
F.A.1640/06/11
凡夫共が! 魔導の探究の何たるかも知らぬ無知蒙昧の輩が!
泥と垢にまみれて地を耕すしか能のない下民共が、いつかこの私をコケにしたことを後悔させてやる! ■■■の■■■■■で■■■■た■■■を■■■■■■の中に叩き込んで、黒い炎と地獄の蛆■で全身の■■を■■■てやる! 今に見ていろ、愚民共。
怒りでどうにかなりそうだったので、井戸にたった一滴垂らすだけで成人男性を百万人は殺せる猛毒をついカッとなって調合してやった。いつかあの湿気たチンケな村の井戸に投げ込んで皆殺しにしてやる。
天才を愚弄した賎民共はすべからく死ぬべきだ。
実験は後日に回す。
F.A.1640/06/18
やはり私は天才だ!
どうして今まで気がつかなかったのだろう、この新しい方陣を用いれば今までボトルネックだった80もの行程を全部パスできる。
私はいかなる神も信仰していないが、自らでは何の力もない凡人共が単なる偶然を「天啓」だと騒ぐ意味が少しわかった。
突然頭の中に閃いたこのインスピレーションの煌き!
これこそまさに天啓だ!
次の実験は今までにないほどの資材と時間を費やして行う必要がある。
これだけの実験を行えばたとえ失敗したとしても値千金の情報が得られるはずだ。
すぐに準備に取り掛かろう。
明日から忙しくなる。
F.A.1640/07/30
実験は成功した。
と、言って良いのかどうか分からない。
私は次元境界線を踏み越えた先から一欠片の鉱物か、或いは無害な小動物でも召喚できれば御の字だと思っていたのだが……。
召喚されたのは私の地下研究所と融合する形で「転移」してきた異界の施設と、100ばかしの見慣れた或いは見慣れないクリーチャーの数々だった。
召喚した時の衝撃で不覚ながら私は暫く気を失っていたのだが、痛む頭をさすりながら眼を覚ました私は清潔なシーツで整えられたベッドの上で、その傍らには見慣れない形のマジックトーチを持ったハーフエルフの小娘が椅子に座っていた。
混乱する様子の私に、リンジーと名乗るハーフエルフは彼女たちの事情を説明した。
俄には信じがたい話であった。
しかし、彼女たちが持っている数々の道具と、そして見当もつかない材質の建造物。それらを目の当たりにした私は興奮と感動に打ち震えていた。
やったのだ! ついに私はやってのけた! 数十年にも及ぶ私の研究がついに実を結んだ瞬間だった。『異界経典』に示された秘められし魔法陣と、長年にわたって集めたアストラルクリスタルが次元断層を擬似的に発生させ、■■■■■が■■■た■■■■の秘術をついに実現させたのだ! この成功が召喚魔法と多次元観測、そして世界中の秘術使いにどれだけ大きな変革をもたらすか、想像もつかない規模だ、間違いない!
しかし感動は長く続かなかった。どうやらやってきた異界の来訪者たちの半数近くが発狂してしまっているらしいということに私たちは気がついたからだ。
彼らが言うには向こうでは全員がヒューマンだったというのだから、エルフやドワーフになってしまった連中はまだしもヴァーミンロードやアーケインウーズ、或いはレイジウォーカーなどになってしまった人間が正気を保っていられるはずもない。
ヴァーミンロード……人から直立歩行する巨大昆虫になるなどおぞましくて吐き気がする。
アーケインウーズ……そもそもこいつらに人間らしい情動などあるはずもない。というか、こいつらは私の天敵だ、後でそっと始末しておこう。
レイジウォーカーなど、戦場に出現する憤怒と狂気と戦乱を象徴するフェイではないか。狂わぬほうがどうかしている。
しかし、少々おかしな事に、高い知能を持つ人型生命体になってしまっているものよりも、間抜けで脳足りんだと相場が決まっている鬼や巨人といった連中や、人造クリーチャーやエーテル構成体といったそもそも自我があるのかどうか怪しいクリーチャーに「変性(以後、この現象をこう呼ぶ)」してしまった者たちの方が自我の確立がしっかりしているように見受けられる。リンジーのようなのは少数だ。まあ、自我がはっきりしていても、目が覚めて自分が異形の者になっている状況で正気を保てるか否か、それは別の問題だ。
もしや、魂が二つ……? いや、憶測で物を言うのはよそう、詳細で客観的な実験結果がない状態での安易な推測はそれは科学的思考ではない。
近いうちに降霊術師か、霊媒師か、あるいは魂の観測の得意なメイジをつれてくるしかない。
今日は濃密な一日になった。
F.A.1640/08/01
今のところ、私と彼らの間にはある種の取引が探られている。
即ち、私が彼らにこの世界の情報を教え、その代わりに彼らのうちで正気を保っている科学者――つまり錬金術師と数法学者を足して2で割ったような連中の知識を私が得る。
ギブアンドテイク。なんて素晴らしい響きだ。
取り敢えず、突然増えた食い扶持を何とかするために明日はガラコに買出しに行かねば。
ひどく憂鬱な気分になってきた……。
F.A.1640/08/02
とてもいい気分だ。
というのも、ガラコの買出しに異邦人のうちでも比較的素早く自我を取り戻した何人かが手伝いを申し出たからだ。恐らく、外の世界を見たいという下心があるのだろうと思ったが、特に断る理由もないので許可した。
しかし、これが大きな効果をもたらした。種族が全くバラバラの、しかも如何にも恐ろしげなクリーチャーが揃った異様な集団は、ガラコに住まわる雑草共の恐怖心を大いに煽ったようだ。
いつも以上に素直な態度で応じる愚民共を前に、私は大いに自信を取り戻した。
これはいい、今度からは買出しは全部彼らに任せよう。井戸に毒を放り込むのは延期だ。
今日はリンジーと人工知能の可能性と限界について議論を交わした。非常に有意義な一日だ。
明日は彼女と多次元上位世界における情報フレアが各下層世界に及ぼす影響について話す予定だ。
F.A.1640/08/13
リンジーは男だったらしい
F.A.1640/08/14
……私としたことが、なんという無様な文章だろうか。
たとえ一目で心奪われた儚げな美貌のハーフエルフの少女が実は魂♂であったことに茫然自失として一日を無駄に過ごすとは醜態にもほどがある。腹立たしい、何よりもまずそんな些細な事に脳のリソースを割いてしまったことが腹立たしい。
それに、そもそも私自身が性別など超越した存在になっているのだ、何を思い悩む必要がある?
天才も間違いを犯すことはある。その自戒の意味を込めて昨日の日誌はそのままにしておこう。
決して修正液が切れていたわけではない。
彼らのリーダー格たちが私に話があるらしい、明日も非常に興味深い一日になりそうだ。
F.A.1640/08/15
不愉快だ!!
奴らめ、あろうことかこの私を汚らわしいアストラルデモンか卑しく支配欲に取り憑かれたフォールンプレーンズウォーカーと同列に見なしよった!! 許せん! 我が偉大なる二つ名と魔道氏族の誇りにかけてにかけて! 信じられん侮辱だ!
奴らの研究所にクリーチャーの軍勢を送り込んだのがこの私だとッ! 無礼者が!
そのような無粋な物質的欲求のために、この私がこの崇高な研究に命を賭けていたと、奴らはそう言いやがったのだ! 腹立たしい! 反吐が出よる!
やはり物質文明に毒された卑しい凡人共にはこの私の崇高な探究心と偉大な使命など理解できよう筈もなかったか。異界にも私のような天才と叡智を分かち合える崇高な者たちがいると、たまさかにも考えたのが間違いだった。
明日にでも奴らにはここを出ていってもらおう。
彼らの知識は確かに魅力だが、あのような侮辱を受けてまで得たいと思うようなものではない。やろうと思えばまた別のものを召喚すればそれですむはなしだ。
F.A.1640/08/16
少し大人気なかったな。今回だけは大目に見てやるか。
F.A.1640/08/17
……私としたことが、なんという無様な文章だろうか。
たとえこの私が一目で心奪われた儚げな美貌のハーフエルフの少女が実は魂♂であったがその外見は十分美しいものだということを再確認したからと言って、少々短絡的に過ぎる。
だが、怒りに任せて致命的なことをしてしまう前に彼女――彼か、いや、あえて彼女と呼ぼう、彼女が止めてくれたのは今にして思えば良いことだった。
うむ、十分時間はある。考えて見れば次の召喚も今回のような大きな成功を見込めるわけでない。
せっかく手の中に転がり込んできた宝石をわざわざ捨ててしまうなど馬鹿者のすることだ。
うむ、私は馬鹿ではない、天才だ!
(汚い走り書き)何かデジャビュを感じる
*数十頁にわたり、筆者が異界の来訪者から得た様々な知識が記されている。B5サイズの紙面にはほとんど隙間もないくらい書き込みがなされ、筆者の興奮と情熱が文字を通して伝わってくるかのようだ*
F.A.1640/11/03
最近、正気と記憶を取り戻した異邦人の数が徐々に増えつつある。
また、こちらの情勢を村に行くたびにどこからか仕入れているらしい、私の遠視の魔法には気づいていない様だが、どうやらこそこそとなにやら企んでいる。
リンジーを私の見張りに置いているつもりだろうが、その程度で大魔導師で尚且つ天才でもあるこの私を欺けると考えるとは、随分とかわいい話だ。
私の食事に毒を盛って研究成果を奪う算段でもしているのかと、ファーサイトの魔法で覗いてみたが、どうやら彼らはこちらに来ている「はず」の仲間たちの消息を探しているらしかった。
彼らが私に隠れてぼそぼそと語るところによると、「あの時」に研究所にいて、なおかつ「あの場所」で生きてこの災禍に巻き込まれた中で、十数人ほど姿の見えないものがいるらしい。
痛恨の面持ちで彼らが語る名前の中で、繰り返し登場した人名をここに上げておく。
*彼らが「チーフ」或いは「プロフェッサー」と呼ばわる人物。カオル・タチバナ
どうやら彼らの中でも一番高い地位にいたらしく、また彼らがこちらに来る羽目になった「災禍」の中でも大きな役割を果たしたらしい。捜索リストの最上位の様子。詳しいことは分からない。「天才」らしい。
*マルティン・ロペス
上記のカオル・タチバナを語るときに一緒に語られることがよくある。どうやら彼女の側近? 或いは腰巾着か太鼓持ちのような何かのようで、セットで語られることが多い。よく分からない人物だ。ほとんど謎。ただ「彼は一体どんな生き物にアンカーを打ち込んだんだろう。そもそもこちらにこれたのか」「さあ? 何にせよ、それが人並みに知恵を持つ生き物でないことを祈るよ。もしそうなら、哀れすぎる」と言う会話からして、余り頭のいい人物ではない様子。
*カミンスキ・アダムスキ
これも、ふたり一緒に語られることが多い。どうやら兵士のようだ。
災禍の最中に八面六臂の活躍をした模様、かなりの数がこの二人に助けられたようだ。
半数近くは生存を絶望視している様子。どうやらかなり手酷い傷を負っていたと推測される。
しかし、研究員の中には彼らよりも酷い傷を負っておきながら、こちらへやってきた時に傷一つない体になったものもいて、その点から鑑みて二人の生存を信じているものもいる様子。
要は、こちらに来る前にくたばっていたかいないのか。
*Dr.ゴードン・フリーマン
どうやら災禍の数ヶ月前にどこか別の場所に「引きぬかれた」らしいが、複数の異邦人が「ごちゃごちゃした転移時の記憶の中で、彼を見たような気がする」と証言している模様。詳細不明。話の端々を集めてみるに、かなり優秀でタフな物理学者だという話だ。学者がタフとは、何かの隠喩か? 引きぬかれていった組織の名前は「ブラックメサ」というらしい。
彼らの研究は、もっと上位の政治家の判断で「見込みなし」と判断されていたようだ。
最高時には今の数倍の人員がいたというのだから、残念な話だ、もしその頃に私の研究が実っていれば、下にも置かない対応をしてやったというのに。
F.A.1642/06/15
この日誌を開くのも随分久しぶりになる。
何時からだったろうか、日誌に向かってぶつぶつと独り言を呟きながら筆を動かす事を止めたのは?
今思えば、私の心は狂気の淵に向かって歩いていたのだろう。無限に等しい寿命を持ったものによくある、時間間隔の麻痺と狂気を予防するために始めた日誌だが、皮肉にもその行為自体がじわじわと狂気を深める方法になっていたことに、私は気がついたのだ。
行方不明になっている異邦人たちの同胞は見つからない。どうも時間軸と位置座標のズレが存在するようだ。
彼らがずっと過去に飛ばされたのか、或いはずっと未来に飛ばされたか。それとも我らが探ることすら不可能な深淵の奥深くへと誘われ、混乱と悲憤のさなかで生き絶えてしまったか。それとも転移に伴う融合現象で魂と自我を摩滅させ、自らの名も思い出せぬままに野を駆ける獣に成ってしまったか。
いつしか、異邦人たちは彼らのことを英霊と呼び始めた。
奇しくも、その動向の掴めぬ者たちの殆どは彼らに畏敬の念を否応なく思い起こさせるような人物が多かった。
それ故にその動向が全く掴めぬことに彼らは落胆し、消沈している。
しかし、彼らは決意したようだ、この世界から帰還する方法が皆無に近いゆえ、この世界に骨を埋めるしかないと。
昨晩、私はリンジーから彼らの計画を打ち明けられた。
それは即ち、彼ら異邦人がこの異世界に於いて自らの証を立てる、途方も無い計画。
古代帝国が滅んで1000年以上にわたり、纏めるべき宗主国もないまま、無計画な戦争と、悲劇と、愚かしい流血の歴史が耐えた試しのない、我が故郷。大陸中部大盆地に国を建て、そして彼らこそがこの混沌の平野に未だかつて誰もなしたことのない偉業を完成させてみせると、そう彼女は断言してみせたのだ。
そして、この私も断言しよう。
今私は、後世に永々と語られる英雄伝説の生き証人となっているのだと!
1000年の流血と暴力と怨嗟の染み付いた、あの呪われしジェミナスクラウン! おお、永遠なる双子王の末裔たちよ、今お前たちが繰り返し、やがてその起源すら忘れた愚かしい永遠の戦争に、異界よりやって来た異邦人達とこの私が幕を下ろそう。
血が流れるだろう、誰かが私たちを恨むだろう、死すべきものが死に、生けるべきものも大勢死ぬだろう。
だが、これから流れる血も、怨嗟の声も、今まで流れてきたものすべてを合わせたよりも少ないだろう。
そして、我らが座して見ているうちにこれから流れ続けるであろうものよりも。
アーケミィ連邦国家(United Kingdom of ARCAMEI)、それが彼らの作る国の名前。
名前の由来を聞くと、彼女は苦笑を浮かべてこう言った。
「正直、こんな所まで来てこんな姿になってまで諦められないって言うのは少し羨ましい。アナグラムでね、私たちの中の大半はその国の出身なんだ……私は違うけれど。そこの国民は自己主張が強くて時々鬱陶しい程だけど、彼らが「祖国」というものに抱く誇りは尊敬できるよ。……それに、もしこれから先の未来に私たちの同胞がやって来たら、このアナグラムに気がついてやってきてくれるかも知れないじゃない? 最も、カオルさんは私と同郷だから、気がつかないかも知れないし、もし本当に後発の同胞に対する立て看板のつもりならアナグラムなんて回りくどい手はは使う必要がないよ。まあ、ようは彼らのわがままさ、口ではもう諦めたっていっても、そうそう感情は納得できないんだ」
そう言って、彼女は少し寂しげに笑った。
寄る辺もなく、帰るあてもなく、何もかも失って異邦へ迷い込んだ彼女たち。
そんな彼女たちがこれから誕生する新しい祖国に、アナグラムという諦念と望郷の表れを見せながら、今はもう戻れぬ祖国の名を使うことを、私は笑うことが出来なかった。
彼女は出来れば私にも付いてきて欲しいと続けた。
是非にとは言わなかった、常々私が彼らに向かって愚痴を言っているからだろう。
彼らが来てから本流の実験が疎かになって困る、騒がしいのは好きではない、ところで何時出ていくのかね?と。
私の返事は決まっていた、だが、気のない風を装って彼女たちを焦らせるのもいいだろう。
ここでこの日誌を終わることにする、思えば私がこの場所に陣取ってからどれだけの月と太陽が巡ったのだろう。
只人の一生など朝露のごとく消え去るような、長い長い月日だった。
もう、この日誌を開くことはない、そして、これからも書く事はないだろう。
古い時代を象徴する、私の財産の全てをここに捨て置くことにしよう。これからは新しい時代が始まる。
これからの私の一生は、誰も読むことのない小さな羊皮紙の日誌に綴られるのではない。
教養のあるものならば誰でも開くような、重厚な装丁の歴史書の中で。
あるいは民草の集う場末の酒場で、優雅に竪琴を奏でる吟遊詩人の歌の中で。
そして、これから私たちが治めるであろう、連邦の国民たちの生活の中で……。
人々は謳うだろう、燎原の火の如く広がる戦火の光景を。
人々は謳うだろう、怒涛のごとく攻め立てる軍勢の足音を。
嗚呼、願わくば、この書を開いたものよ。
今は十年後か? 百年後か? それとも千年? 万年?
私は生きているか、新しい祖国を作ったか?
輝かしい祖国の名は世界中に鳴り響いているか?
悲しき異邦人たちは彼らの祖国を打ち立てたか?
忌まわしい記憶の染み付いた、古の我が祖国が滅びしあの呪われし中原を平らげたか?
出来うることなら、教えてくれ、この私に。
そして、この書を開きし者よ、どうか、志半ばで倒れたであろう失われし英霊たちに祈って欲しい。
我らの行く末に幸あれかし。
汝の行く末に幸多からんことを。
明日、私は歴史を作りに脚を踏み出す。
《蠢く死蛆》ガルファス・アルハザッド
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「どうした、何か見つかったか?」
突然背後から声をかけられ、本を開いたまま呆然とその紙面に眼を落としていたカオルは驚いて肩を揺らすと、血の気の引いた青白い顔のまま背後を振り返った。
そこにはいつの間にか彼女以外の全員が集合し、椅子に座って熱心に本を読む彼女を伺っていた。どうやら、一旦集合して彼女がいないことに気が付き、全員で捜しに来たらしい。
もとより白い肌が更に青白い色合いを示していることに、マーチは眉をしかめたが、理由を説明するより前に彼女はカラカラに乾いた喉からなんとか声を絞り出した。
「ねえ、まーくん。ガルファス・アルハザッドって知ってる?」
「あ? なんか、聞いたことあるな……」
そう言って首を傾げる彼の横で、セレナが溜息を付いた。
「もう、随分前に教えたでしょう。連邦首都にある秘術探究学院の創立者にして初代学長よ。今ある魔導通信機の基礎から応用まで、ほとんど全部この偉大な魔導師が作ったんだから、それくらい覚えておきなさい」
「ちぇ……座学は苦手なんだよ」
「ダメよ、物を知らない冒険者はいつか痛い目を見るんですからね!」
「はいはい、あーもう、二人目のお袋が出来たみたいだぜ」
「なっなんですって!? まだそんな歳じゃありませんっ!」
ギャアギャアと言い争いを始めた二人の横を通りすぎて、カオルのそばの本棚にもたれ掛かりながらカッサシオンが続けた。
「《蠢く死蛆》のアルハザッドといえば、識者と魔法使いとアウトローの中では知らぬものなどいないほど有名ですよ。連邦建国の中核存在として八面六臂の活躍をし、更に画期的な魔導通信機と、限定的ではありますが二点間を結んだ魔導施設を使ってのテレポートを実現した……。これが表の世界でのこの偉人の評判ですが、裏の世界では《蠢く死蛆》はもっとおぞましく恐ろしい二つ名として囁かれていました。世界中に鳴り響くような異名は現す本当の姿……彼はラルヴァメイジだったと言われています」
「ラルヴァメイジ?」
「全身が蛆虫か芋虫で形作られた、辛うじて人型をした異形の魔導師のことですよ」
その様子を想像して、カオルは更に顔色を悪くして、吐き気をぐっと飲み込む。
そのさまを見て、カッサシオンはクスクスと笑う。
「最初に彼が表舞台に現れたのは、1300年頃の中原平野。今はもう名前も忘れられた亡国で、親友と婚約者に裏切られ、暗黒の邪法を用いて蘇った復讐に狂う異形の魔導師。その逸話は吟遊詩人の歌にもあります。そして、復讐を果たし、裏の世界に恐怖と畏怖をまき散らしながら唐突にその姿が掻き消えて300年後、突如として現れた彼は異形の軍勢と凄まじい戦略・戦術のキレを発揮して瞬く間に中原の国家群を侵略して今の連邦の基礎を作りました。その偉大な名前が表舞台に鳴り響き出す頃には、さすがの彼も外聞を気にしたのか常に仮面と手袋を身につけて、その姿を衆目になるべく晒さないようになったそうです」
「……今も、生きてるの?」
カッサシオンは楽しげに笑った。
「さあ? 噂では今も学院の地下深くに自分の研究所を持っていて、日夜研究に耽っていると言われますが……まあ、都市伝説のたぐいでしょう。公式の記録では建国してから学院を作り、数々の発明を世に発表したあとに突然行方をくらまします。戦争時の恨みを買って誰かに暗殺されたというのが一般的な見方で、吟遊詩人の歌もここで結ばれます。「かくして、復讐によってその身を満たした異形の魔導師は、復讐によってその身を滅ばしたのだった……因果は巡る、全ての意思ある存在の頭上を」ってね。で、そろそろ予想がつきましたが……その本は?」
最後のページを開いたままそれを差し出すと、カッサシオンは口笛を吹いた。
「これはこれは……想像以上の穴場でしたか。とんでもないお宝の匂いがしますよ」
「そうね、でも、この本は私が見つけたのだから、私が貰います」
そう言って、不機嫌にカッサシオンを睨みつけながらカオルは本をひったくった。
彼はその紙面に躍った情報から、金貨と宝石の臭いしか感じないらしい。それが彼女には腹立たしく、また、彼女の今の状況を解き明かす鍵があるかも知れないその本を誰にも渡したくなかった。
やや乱暴な手付きで本を奪われたカッサシオンは、彼女の気持ちを知ってか知らずか、ひょいと肩をすくめて「お好きにどうぞ」と気軽に答える。
「何か見つかったの?」セレナが問いかける。
「ええ、カオルさんが見つけてくれました。どうやらこの研究所はあの高名な連邦の大宰相にして魔導軍団長だったアルハザッドが空白期を過ごした場所である可能性が濃厚です。残された魔道具の質も上々、それにここに残された歴史的遺物とその真実は、連邦大学のお偉方をさぞかし興奮させることは請け合いでしょう」
「へえ、そりゃいい。久しぶりに大物だな」
そう言ってガヤガヤと笑いを交えて話しあう三人の傍らで、相変わらず混乱する頭の中でカオルは今しがた得た情報を何とか纏めようと躍起になっていた。
そして、混沌とした思考の中でただひとつ、カオルは呆れとも安堵ともつかない思考を漏らした。
「斉藤君……女の子になってるの……?」
斉藤凛二。
欧米読みをするならリンジ・サイトー。
「リンジー……確かに、女性の名前だわ……」
蛆虫が集まって人型をしたの魔導師に懸想される副所長を想像し、カオルは思わず小さく吹き出したのだった。
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モンスター・マニュアルの第四版を購入。ちょっと高い買い物だったが、フルカラーの挿絵と詳細な情報は素晴らしい。
モンスター・マニュアルⅢも購入しようかと思ったら、Amazonで1万超の足元価格で出品されててげんなり。
けどなぁ欲しいんだよなぁと思いながら諦めきれずに他の古本でないかとネットをうろついていると、ブックオフオンラインに原価で置いてあって吹いた。
まだ届いてないけど、いい買い物したなぁ。
セッションはしないけど、観てるだけでも面白いよね! 資料としても優秀だ。
ボーナスも少し出たし、これくらいの散財はいいや。
あと少しでカオルの冒険も一段落。
この話が終わったら、チラ裏からその他板に移動しようかと思っています。
というか、オリジナル板でもいいかと思ったが、一応D&Dの魔法とかクリーチャーとか出ているし、その点では二次創作かと思います。
それではみなさん、また次回。
いや、クリーチャーってホントいいもんですよね!