彼女は走っていた、まるで心臓が喉から飛び出そうなほど激しく高鳴っているのは、彼女の体に蓄積した疲労だけが原因ではない。恐怖と混乱と激しい怒りが彼女を急き立ていた。
非常電源に切り替わった薄暗い通路中に「危険、即時退避」を意味する黄色の警告灯が回転しながら点滅していた。先程まで全職員の即時退避を狂ったように勧告していたスピーカーは、保安室が致命的な打撃を受けたのかそれとも何処かで断線でもしてしまったのか、不気味な沈黙をただ彼女に投げかけていた。
「はっ……はっ……くっ……」
渇いた喉が少しでも水分を欲しがり唾を飲み込もうと動いたが、すでに口の中はこれ以上ない程からからに乾いており、飲み込むための唾は一滴も残っていない。
彼女は90度に折れ曲がった角に差し掛かると、その壁際に背中を押し当ててそっと通路の向こうを覗き込んだ。
本職から見れば「バカっ不用意に顔をさらすな」と叱咤を受けたであろうが、彼女にとってはフィクションから得た特殊部隊の動きを何とか思い出しながらの苦肉の策である。
そうして曲がり角の向こうに何もいないことを確認してから、彼女は安堵とも嘆きともつかない息を吐いた。そうしてその視線は両手でしっかりと握られた黒い凶器に否応なしに注がれる。ここに初めてやってきた時に護身用として渡されたそのちっぽけな凶器は、当たり所さえ悪ければ人間を死に至らしめることなど造作も無い。
しかし、現在のところ彼女が陥っている混乱にあってはむしろ頼りなさしか感じなかった。
そうは言っても彼女が持っている武器はこれしかない、途中で何度か酷い状態で死んでいる保安員を見たが、彼らの持っている武器はすべて安全の為に遺伝子錠が掛かっているために本人以外は使えない。
しかしそれ以前に死体漁りをするような度胸は彼女にはなかった。もとは顔見知りの死体である、そんな所から平然と物資を漁れるほど彼女は幸か不幸か壊れていなかった。
「はぁ……はっ……」
何度か大きく息をついて、上がりきった呼吸を整えると彼女はそのまま通路から躍り出て先を進んだ。
長い直線、悪い場所だ。前から来ても後ろから来ても敵に丸見え。
そんな悪い考えを振り払うように先を急ぐ彼女の頭上から「ガコン」と不吉な音がする。
どう考えてもそれは通気ダクトの金網が外れた音にしか聞こえなかった。
「くっ!」
上など見ない、そのまま全速力で先を急ぐ彼女のすぐ後ろに頭上の排気ダクトから這い出してきた何かが着地する。
聞きようによっては何処かの言語に聞こえないでもない唸り声を上げながら、背後の何かは彼女を追いかけてくる。
彼女の頭の中はもはや恐怖以外の感情が占める割合はなかった。
これまで生きてきた中で最高の速度を出せたと自負出来るような走りも、しかしながら人外の怪生を相手取っては、その生涯最高の俊足すらほんの少し捕まえるのが遅くなっただけに過ぎない。
「あぅっ!」
右足の太ももを襲った鋭い痛みに、彼女は埃っぽい研究所の廊下に投げ出された。よほどの速度が出ていたのか、それとも突然の事で反応出来なかったのか、彼女は両手で床を押さえるような簡単な受身も取れずに倒れ込んだ。
廊下に這いつくばった彼女の視線に映ったのは、拳よりも一回り小さいほどの大きさをした何の変哲もない石の礫だった。
彼女が握っている武器に比べれば余りにも原始的、余りにも簡素で粗雑な武器であったが、人ひとりを行動不能にするには十分すぎる代物である。
激痛を訴える右足を引きずりながら何とか立ち上がろうとした瞬間、荒々しい動作で仰向けに転がされた。
覆いかぶさる襲撃者の姿を満た瞬間、彼女は咄嗟に右手に握った拳銃の引き金を引いた。
撃鉄が落ち、乾いた破裂音と共に鉛玉が銃口から飛び出るが、それは敵に当たらず虚しく天井に火花を散らした。彼女が銃を向けると同時に敵がその右手で彼女の手を打ち払っていたからだ。
そうして二発目の引き金を引き絞る前に、化物は彼女の右手から拳銃をもぎ取って通路の彼方に投げ捨てる。金属同士がぶつかり合う異甲高い音と共に、彼女の反撃手段は永遠に奪われた。
ぼんやりと薄暗い非常電源の明かりと、通路に等間隔に飛び出た黄色の回転灯の明かりに照らされて、今や彼女の命をその手に握っている襲撃者の姿があらわとなった。
フィクションの中でしか見たことのない、薄汚れた革鎧にボロボロのマント。腰や首には革製のベルトに金属の留め金で短剣や小物入れ、そして何らかの儀式的意味があるのだろうアクセサリーがジャラジャラとぶら下がっていた。
彼女の両腕を肘の所で抑えつける両腕や顔面には一切の体毛がなく、その代わりに全身を覆うのはきめ細かい鱗の肌であった。その両目は黄色い回転灯の光を反射して、まるで水に濡れた黒真珠のように光っている。彼女の両腕を肘のところで押さえつけている両手には指が四本しかなく、人間の柔な肌など簡単に引き裂けるような鋭く尖った爪が伸びていた。
爬虫類の頭部に人間の体をした怪人。
リザードマンとも呼ばれるその異形は、御伽話かフィクション作品の中だけに息づいている筈の化け物だ。
いや、だった。そのはずだったのだ。しかし空想が現実を侵食した瞬間、虚構は実態として血肉を持った。
「シュッ――」
「ひ……」
悠長に悲鳴を上げる暇すらなかった。
異形は彼女の襟元に両手をかけると、臍の辺りまで一気に服を引き裂いた。飾り気の無い白のワイシャツと下に着ていたTシャツがただの襤褸布と化すと、その下にはまたしても飾り気の無い無地のブラジャーが現れた。
そのあまりに突然行われた蛮行に彼女が呆けていると、蜥蜴人はまるで初めて見るかのようにブラジャーを引っ張ったりつまんだりしながら首を傾げたが、外し方が分からなかったのかそれをつけたまま彼女のやや控えめの胸を鷲掴みにした。
爪の食い込んだ痛みに思わず悲鳴を上げると、怪人はシュルシュルとガラガラヘビの警戒音のような音を立てながら、その二股に別れた舌をチロリと彼女の顔に走らせた。そして同時に余った片手が彼女のスカートを下ろそうとするに至り、とうとう混乱した彼女の頭は相手の目的を察した。
犯される。
「いやぁッ!!」
瞬間的に爆発した嫌悪感に、彼女は自分でも何を言っているのか分からない叫び声を上げながら必死に抵抗した。
五ヶ国語を駆使して世界各国の罵詈雑言を浴びせながら、その折れそうなほどか細い両腕でふんばり、なんとか自分の顔に舌を這わせる相手の顔を押しのけようとするも、そんな彼女の抵抗はかえって相手の嗜虐心に火を付けただけに終わった。
蜥蜴人は生臭い息を彼女に吹きかけながら首に、頬に、胸元に舌を這わせる。
殴っても彼女の非力な拳では碌な抵抗にはならず、引っ掻いた所でその硬い鱗のせいで自分の爪が傷つくだけに終わった。
ならばと目や股間といった急所を狙おうとしても、相手は手馴れた様子でそういったなけなしの抵抗を防いでみせた。
「ケッ…………」
「ッ……?」
ハッとした顔で手を止めると、覆い被さる影が背中を小刻みに震わせながら息を吐いている。もしや発作か何かと考えた彼女の目の前で、それの吐く息は明らかに一定の音律をまとい始めた。け、けっけ、けっけけけ、けけっけけ……。瞬時に彼女は悟った、それは笑っているのだ、嘲笑っているのだ、無力な彼女を、ひ弱な人間を、無意味な抵抗を、何もかもを嘲笑している。
「畜生が!! くそ! くそ!」
「ケケケケケ、ケケケケ」
「こんな所で、こんな所で!」
「ケケ、ケケケケ!!」
涙を流しながら滅茶苦茶に暴れる彼女を見下しながら、異形は哂った。
彼女の頭は怒りで真っ赤になる。こんな所で終わるのか、何一つ満足に出来ぬまま、くそったれな蜥蜴人間に犯され殺されるのが私の運命だというのだろうか? それが結末? 避けえぬ終わり?
否! 断じて! 死ねない、こんな所で死ぬわけには行かない!
嘲笑れながら再度四肢を組み伏せられた瞬間、彼女の脳内で最期まで掛かっていた安全装置が外れた。
自分で自分の体を壊しかねない筋肉の全力稼働を、彼女の本能は今こそ使うべきと判断して鍵を外す。
「ウワァァァァ!!」
「!」
容易く組み伏せたはずの相手がまさかその拘束を無理やり振り解くなど考えもしなかった敵は、突然の事に驚いて彼女の両腕を自由にしてしまう。そうして自由になった腕で、彼女は眼前にあった敵の右目に思い切り親指を突き刺した。生き物の目を指で突き刺すという行動に何の躊躇いもない、正確無比な一撃は角膜と水晶体を容易く貫いて眼球を破壊した。
「ギィエエエェェェェエ!!」
おぞましい絶叫を上げながら異形が身を仰け反らす。
その瞬間に逃げ出そうとした彼女だったが、這い出して起き上がろうとした瞬間に強烈な一撃を背中に受けて床に再度投げ出された。背骨が折れるかと思うような激しい痛みに呻きながらも、なんとか這って進む彼女の脇腹を容赦のない蹴打が襲う。
蹴り飛ばされて廊下の壁に打ちつけられた彼女が見たのは、逆上しながら喚き声を上げてナイフを引き抜く蜥蜴人の姿だった。
おそらく彼らの言語なのだろう、空気の抜けるような発音で何かを叫び、それはギラリと光る凶器を振りかぶった。
「くそったれ」
末期の言葉にしては華がない。
そんな事をぼんやり考えながら死の瞬間を待つ彼女の目の前を、目にも留まらぬ速さで鈍色の装甲服がかっとんでいった。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「え?」
思考が追いつかない。
呆然としたまま視線を巡らす。
彼女がさっきまで向かっていた方向からやってきたそれは、今しも彼女を殺そうとしていた怪人を蹴り飛ばし、その勢いのまま強烈なタックルを食らわせていた。
驚愕と怒りの声をあげる獲物を再度前蹴りで蹴飛ばしてから、装甲服で全身を覆ったビア樽のような後ろ姿は背中に担いでいた軍用パルスライフルを瞬時に構えて引き金を引いた。
きぃぃんという独特の甲高いチャージ音と共に毎分一万発の速度で射出されたプラズマ弾が、瞬きする間にリザードマンを細切れの挽肉に変えていく。もともと凶悪な威力を持っていたそれは、研究員たちの悪ふざけの改造で桁外れに高火力へアップグレードされていたため、敵はおろか背後の床や壁までボロボロの穴だらけにしてしまうほどだった。
そうしてポカンと呆けた彼女が見守る前で、彼は素早くライフル後部からエネルギーマガジンを引きぬいて再装填しながら上下左右に視線を巡らせ、新たな敵がいないか確認してから彼女の側まで駆け寄ってくる。
「き、きき、教授! ぶ、ぶぶ無事か!!」
「……あんまり」
「け、けけ、怪我か!? どこだ!?」
プシュっと気密が開放される音を立ててヘルメットのバイザーを跳ね上げたその下には、心配そうにオロオロするカミンスキーの顔があった。
そうして彼はそこでようやく彼女の酷い格好に気がつくと、羞恥と怒りに顔を真っ赤にしてから立ち上がり、すでに挽肉になった敵をさらに蹴飛ばして原型も留めない状態に変えた。
「こ、ここ、このクソ蜥蜴野郎が!! よ、よりにもよって、こ、この!」
「……カミンスキー」
「ここ、この、ふ、フザケやがって、クソックソッ! 畜生が! に、人間様を、ななななめるんじゃねぇ!」
「カミンスキー!」
「は?」
まるで産まれたての子馬のようにプルプルと足を震わせながら、廊下の壁に手をついて立ち上がる。
慌ててカミンスキーが支えるも、その際に触れた背中に激痛が走った。彼女は歯を食いしばって悲鳴を飲み込むと、憤怒と使命感に燃えた眼を前方へ――今さっきカミンスキーがやってきた廊下の向こうに投げやった。
「行くわよ」
「い、行くって、ど、何処へ」
「メインチェンバーへ……くっ」
「プロフェッサー!」
思わず漏れた悲鳴を無理やり飲み込んで、彼女は薄暗い廊下の向こうを睨みつける。
「メインリアクターを止めるわ。さもないと地獄の釜が開けっ放しになる」
「お、おい! いいい、い今さっきそこから逃げてきたんだぞぉ!?」
「あら……そうなの? じゃ、あ、案内頼むわね」
「な、なななな、なに、なにを言って」
「く、くくく……それにしても、滑稽だと、思わないかしら? はは、あははははは」
「――――」
彼女は笑った。まるで狂人のように。
彼は硬直した。まるで新兵のように。
「こっちからあっちに行くのにあんなに沢山ハードルがあるのに、あっちからこっちに来るにはまるで素通りだもの。……ふふ、あははは、まったく……馬鹿にしてる、馬鹿にしてるわ……」
「ぷ……プロフェッサー……」
「なに?」
「か、帰ってい、いいか?」
「何処へ?」
「……」
「さあ、行きましょうか」
「畜生め!!」
カミンスキーは一頻り罵詈雑言を故国の言葉で吐き散らしたあと、ブツクサと文句を言いながら彼女に肩を貸して歩き始めた。
「さあ、退職前の最後の大仕事よ。せいぜい派手に終わらせましょう」
「かか、か神様……こここ、ここ以外なら、どど何処でもいいですかかから、アアアアルドボーンのゲロクセぇ安酒場でも、あああのクソったれロシアでもこここのさいかかかまわねぇ、どど、どうか、ゆ、夢だと言ってくれよ!」
しかしその世界に、神はいなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「おい、いい加減起きろ」
「――――」
ひゅうと息を飲みながら、彼女の意識は覚醒した。
現実の光景と夢の中の光景が脳内でごちゃ混ぜになり、早く浅い呼吸がそれに拍車をかけた。
心臓はまるで鼠か何かのような異常な速度で鼓動を繰り返し、背中と胸元を冷たい嫌な汗が流れ落ちて行く。
「……おい、大丈夫か? 立てるよな?」
「……うん、行ける。だいじょうぶ、私はだいじょうぶ」
「そ、そうか」
ちらりと心配そうな視線を向けるマーチに、彼女は今まで一番能天気に見えるような笑顔を向けてそう言い放った。カタカタと震える両手を必死に毛布の下で隠しながら……。
マーチはやれやれといったように肩を竦めながら馬車から降りた。既に彼女以外の面々は馬車から降りて準備万端となっているようである。セレナの顔色は少々青白いが、手当をした頃と比べれば雲泥の差となっている。その隣でナイフを磨くカッサシオンは、まさに闇の世界での稼ぎを生業とする者特有のキナ臭さと不気味さを思わせる、例の暗緑色ローブを見に纏った姿となっていた。
気取らない自然な動きでその列に加わるマーチを追って彼女がゆっくり馬車から降りると、いつの間にか目的地についていたのだろう、目の前にはカラマツの生い茂る林とその中に忽然と現れた扉がある。
扉は随分と長い間手入れ一つされていないのだろう、腐りかけてボロボロになったそれには彼女の理解出来ない言語で何かが殴り書きされていた。更に扉の周囲には焚き火の跡や何かの骨が散らばり、そして何よりも彼女の目を引いたのは鋭い木製の槍に貫かれて地面に突き立てられた頭蓋骨であった。
かつては生きて何かを見ていたであろうそれは、今や虚ろな眼窩を眼下の冒険者達に投げかけているに過ぎない。
まるで何かを訴えかけてくるようなその薄ら寒い光景を見ていると、彼女の視線に気がついたマーチがひょいと肩を竦めて見せる。
「ゴブリン共の警告だ「ここは俺たちの住処だ、入ってくるな。もし入ったらこうだぞ」ってな」
「御丁寧に扉にまで書いてありますよ、クックック……骸になるのは自分たちの方だと教えて差し上げないといけませんね」
さも可笑しげに笑って、カッサシオンは意外に細く優雅な指先をゆらゆらと動かしながら扉の前に跪いた。
「少し厄介な鍵と罠がかかっていますね。お茶でも飲んで少々お待ちを」
「しくじるなよ」
「まさか」
そう言って肩を竦めて、それきりカッサシオンはこちらの事など一瞥すらせずに手元の作業に集中した。
そんな背中にマーチは鼻で息を抜いてこちらも肩を竦め、足元に置いてあった巨大なバックパックを示してみせた。
「これがお前の荷物だ」
「で、でか!」
「それと、これと、これと、これ」
彼女の背丈の半分はあるような巨大な背負い袋に呆然とするまもなく、彼女の両手にはマーチから渡されたアイテムが積み重なっていく。
所々が空白になった書き込みだらけの未完成の地図。
まっさらな方眼紙と鉛筆、方位磁石。
腰に吊るすタイプのカンテラと重クロスボウ、予備のクロスボウボルト、油瓶、火口箱、12フィート棒。
「……これ、どうすれば」
「お前の仕事は歩いた道をその紙に書き起こすことだ。方眼紙の1目盛りをだいたい5フィートと考えろ、カンテラはずっと点けとけ、俺たちが消せっていうまでな。油瓶はカンテラの油だ、火口箱はカンテラが消えた時のため、12フィート棒は……まあ、みたまんまだ。で、クロスボウは使えるときだけ使え、基本的に戦わなくてもいい、いるだけで大丈夫だ」
「はぁ……」
どうやら彼女は荷物持ち兼援護係となったようだ。
最前線で切った張ったなど彼女には無理な相談だとマーチは悟ったらしいが、彼女にとっても非常に有り難い申し出である。一つ問題があるとすれば彼女自身の矜持であった。
年下相手に守ってもらうというのはとうに成人して自活していた社会人にとって忸怩たる物がある、しかしかと言って「別に敵がバケモンなんだから殺すのに罪悪感も忌避感もないぜ! ヒャッハー!」などといったぶっ飛んだ思考と行動は彼女には出来なかった。
頭の中から狂気と混乱が駆逐されつつある彼女にとって、相手の命を奪うという行為は非常に覚悟のいる行為である。もしも彼女がマーチ達と出会った時のように何処か遠い所で思考をさ迷わせていれば、或いは何の抵抗も無く敵をくびり殺せたかもしれなかったが、幸か不幸か彼女は正気と常識を取り戻しつつあった。
「……よし、開きましたよ皆さん」
そう言ってカッサシオンが立ち上がり、彼らの方に向き直ると完璧な作法を匂わせる仰々しさと滑稽な道化芝居を思わせる軽妙さを含みながら一礼してみせた。
「それではワタクシ、ローグにしてバトルトリックスターたるカッサシオンが一同の旅先案内人を勤めさせて頂きます」
そう言って面を上げ、彼はにやりと笑う。
「どうぞ、ごゆるりとお楽しみください」
――――――――――――――――
PCは戻ってきたが色々なくなった。
まさかのために作っておいたバックアップDVDディスクが役に立つ日がくるとは……
でも助かったのは必要最低限だった。ま、たかがデータだ、こまけぇこたぁいいんだよ!