かつて戦争の行方をも左右したと言われる『情報』
黄金よりも貴重とされたソレは、大破壊を経た世界でもなお人々が生き残る為に必須なものであった。
食糧や武器が入手できる場所、安く品物が購入できる店、大破壊を逃れた軍事施設の場所。
そして、悪意を持つ襲撃者の行動履歴…などである。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 08話
『噂話なんだよね』
夜、驚愕の騾馬亭の混雑はピークへと達する。
日の出ている内に働きに出ていたハンターやトレーダーが押し寄せる、勿論ソレもあるがもう一つ理由がある。
「ヤキトリ5本とバックドロップ!」
「アルトちゃん、こっちはハンバーグ2つとぶっとびハイ2つよろしくー」
「は、はーい!」
店内のあちこちからの注文に返事をしつつ、慌しくメモを取り動き回る少女こと。アルト。
けして悪くない、むしろ可愛らしい方の上位に入れる外見の…普段は色気も可愛げもない格好をしている少女が、外見相応の格好で給仕をしている。
そのギャップが常連を他店に流す事なく、はやっている店と言う事で更に客が増え。美味い食事に舌鼓を打って常連となる。
平たく言えば、アルトの功績であった。給仕、料理双方の意味で。
「ヤキトリ5本、バックドロップお待たせしましたー!」
「おう、ありがとさん…へへ。胸は薄いけど良い尻とふとも……もべぇ!?」
注文の品を届けたアルト、そんな少女のスカートをめくり。その中身を目で堪能する酔いの回ったハンター。
しかし次の瞬間、座った姿勢の男の眉間に腰の捻りを加えた強力な裏拳が炸裂、ハンターはそのままの姿勢で後ろへ倒れ気絶。
「…今の、見えたか?」
「…見えなんだ」
「………ま、まぁ今のはアイツが悪いわな」
「………ん、んだな。胸とセクハラのダブルだ、どちらか片方ならまだ意識が残ったであろうに」
その瞬間を目撃した、近くの席の常連ハンターとソルジャーが小声で言葉を交わす。
本来であればウェイトレスが客への物理的制裁を加えるなど、何かしら苦情が出て然りであるが…。
殴打音に反応して視線を向けた客が何事も無かったかのように談笑に戻る様子が、その光景が日常に限りなく近い事を示す。
「北の倉庫跡地で、状態の良い鉄くずが結構…」
「別の地域でハバ聞かせてた悪党共が、最近このあたりを…」
「西の基地跡地で戦車がわんさか眠ってるらしい…」
酒と美味い食事、そして先ほどのハプニングを話題の潤滑油にしつつ。ハンター達の間で情報が時折飛び交う。
ソレはちょっとした儲け話や、安全を確保する為のニュース、そして嘘か本当かも怪しい噂話。
それらを耳に入れ、時折厨房に戻った際にメモにまとめつつ。アルトは酒場内をウェイトレスとしてせわしなく動き回る。
「ハンバーグとぶっとびハイ2つずつ、お待たせしましたー」
「おーぅ、ありがとさん。 ほれ、コレがこの店の名物だ」
驚愕の騾馬亭の常連であるベテランハンターがアルトからハンバーグの皿を受け取り、対面に座る年若いトレーダーの衣装を着た青年に寄越す。
青年は、目の前に寄越された香ばしい匂いを放つソレを初めて見たのかフォークでおっかなびっくり突っついている。
「ビビんなくても大丈夫だっての、こうやってこう食えばいいんだからよ」
そんな青年の様子に苦笑しつつ、中年にさしかかりかけたベテランハンターがフォークでハンバーグを切り。そのままソレを口に放り込んで咀嚼。
噛み締めるごとに口の中に染み入る肉汁に舌鼓を打ち、飲み込んだ直後の口に。高い度数を誇る安酒ぶっとびハイを流し込む。
「…っぷはぁ! コレよコレ!」
タァン、と勢い良くグラスをテーブルに打ち付け。わざとらしく見せ付けるその仕草に、青年も諦めたのかハンバーグをフォークで小さく切り。
ソレを恐る恐る口に運び咀嚼、次の瞬間には驚きに目を僅かに見開きガツガツと勢い良くソレを味わい始める。
「…美味しいですね、バズさんのオススメだからロクでもないものだと思ってたのですけど」
「そうだろうそうだろう…ってオイ」
「冗談ですよ」
トレーダーの青年の感想に得意げに頷き…続いての言葉に半眼で対面の青年を睨む、バズと呼ばれたハンター。
その反応に、満足げな悪戯っぽい笑みを浮かべながら。青年はぶっとびハイを喉に流し込む。
「しかし、この辺りでこんな美味しい食事にありつけるとは思わなかったですね」
豚やニワトリの飼育を行っている町や、大破壊前から生き残っている農業施設が近くにある町では美味いメシにありつく事は十分に可能である。
しかし、それらを擁している町など極僅かであり。アサノ=ガワの町もその極僅かに含まれない大多数側に位置する町である。
ソレを知るからこそ、トレーダーの青年には今口にしている初めて口にしたハンバーグは新鮮かつ衝撃的であった。
若きトレーダーは思考する、コレを作り出した人物への興味と。新たな儲け話になりはしないかと。
だが、とりあえず彼が選択した行動は…。
「すいません、パンもお願いします」
期せずして出会った美味い食事を味わう事であった。
そして、夜も更け深夜に差し掛かる頃。
アルトのウェイトレスタイムも終了となる。
「お疲れ様ですー」
「……ご苦労さん」
エプロンを脱ぎ、マスターへ挨拶をし本日の給料を貰ってアルトは帰途へつく。
疲労困憊であるが少女の表情は明るかった、ソレもそのはず。
本日も、色々な意味で疲れた代わりに有意義な噂話を入手する事が出来たのだから。例えば…。
「香辛料や醤油取り扱ってるトレーダーが護衛探してるってのは、掘り出し物だったかなー」
メモにもしっかり記した情報を思い、さらに頬が緩むアルト。
それらが手に入ればさらに美味しい食事を作る事が出来るのだから。
一つだけ、問題があるとすれば…。
「……ま、ハスキーくんと一緒に安い給料で雇ってもらえばいいか」
外見と性別で募集から弾かれる事も考慮に入れ、向こうの提示金額よりも安い金額で雇われる事も視野に入れるのであった。
既にマスターにも、もしかすると暫く空ける形になるかもしれない。という事を伝えてある為行動は翌朝から開始となる。
余談であるが、マスターには渋られたものの…新たなメニューを作れるかもしれない、と伝えた所二つ返事でOKが出た模様。
(続く)
【あとがき】
酒場の噂話を収集して取捨選択するちっぱいウェイトレス参上、そんな8話でした。時間軸的には7話のすぐ後にあたります。
そして、今回ちょろっと出たベテランハンターさんと青年トレーダーさんは次回も出ます。
次回は、トレーダーさんにくっついて少し遠出するお話になります。
わんこふるもっふはその時までお預けです。