文明が崩壊し、人々の心が荒む世界。
そんな世界でも…いや。
そんな世界だからこそ、不用意に敵を作る行動は危機を呼び込む要因になり易い。
強者にとっては襲い来る敵すらも自らの糧となりうるが。
弱者、に分類される者には。ソレが時に命を失う事に繋がる事もある。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 07話
『日常なんだよね』
日差しが窓から差し込み、日光がバラック小屋の室内に満ちてゆく。
ソレは家の主であるアルトも例外ではなく、朝日がもたらす眩しさと僅かな熱に。少女の思考は徐々に覚醒へと向かい。
寝ぼけ眼のまま上半身を起こし、ゆっくりと大きく伸びをして大きく欠伸。眦に涙を残しつつベッドから下り。
「わぉん!」
「おはよう、ハスキー」
家の床に伏せて眠りについていたハスキーも、少女の起床に合わせて起き上がり。挨拶の一声を上げ。
アルトもそんな愛犬に挨拶をしつつ、軽く頭を撫でてから。チェストの上に置いてる歯磨きセットを手に持ち。
起き抜けのタンクトップとパンツと言うラフな格好のまま風呂場兼洗面所である裏口へ向かう。
扉を開けると、そこは快晴の青空が広がっており。トタンの板で周囲を壁のように覆った、中央にドラム缶の置かれた空間に出る。
「ん、んー……良い天気、だ」
もう一度太陽の光を浴びて大きく伸び、小柄な体躯からスラリと伸びた健康的な色の両手両足でも朝の日差しを堪能してから。
長い間愛用しているドラム缶風呂の蓋を開け、中にバケツを入れて水をくみ上げて排水スペースまで移動。バケツの水を使って洗面と歯磨き開始。
「……もちっと、ちゃんとした洗面所とかある家に引っ越したいなぁ…」
発電機や電化製品が稼働を開始した事で、次の目標。と言う名の欲望ができたのかもごもごと口にするアルト。
しかし、ソレに達するまでに必要な金額を思ったのか眉毛をヘの字にして口の中をゆすぎ。再度顔を洗って思考を切り替え。
昨晩の内に干しておいたタオルで顔を拭き、バケツの中の水を流し歯磨きセットを手に室内へ戻る。
その後は、タンクトップを脱いで小柄な体相応な胸にサラシを巻き。動き易さを重視した服装に着替えて上に愛用の皮ツナギを羽織り。
長い黒髪を、切ろうかどうか迷いながらブラシを入れて先の方で縛り。頭にハチマキ状にバンダナを巻いて着替え完了。
そして、今か今か。とせっつくようにツナギの裾を噛んで引っ張るハスキーの頭を苦笑を浮かべつつ撫で。
朝日が差し込むアサノ=ガワの町を共に走って散歩し…。
その後肩で息をしつつ帰宅、その後朝食を用意しハスキーと共に食べ。洗濯物を取り込んでから装備を整えて狩りに出発。
コレが、ここ最近のアルトの一日の始まりである。
ハスキーを伴い、守衛に一声挨拶してからアサノ=ガワの町を出たアルトは…。
まず、町から南西に進んだ地点にある森を目指す。狙うは焼き鳥の材料である鉄砲鳥だ。
アメーバやイモバルカンから取れるぬめぬめ&いもいも細胞の調達は、既にマスターを通して別のハンターに委任済み。
その時、驚愕の騾馬亭マスターと交わした会話は以下の通りである。
「マスター、ボク明日からぬめぬめといもいもの納入やめるねー」
「……冗談はその色気のない胸だけにしておけ」
「大事な事すっ飛ばしたボクも悪いけどいきなり酷い事言われた!?」
「…で、理由を聞こうか」
「しかも流された! …えっとね、最近ぬめぬめといもいもの需要増えて。ボクと同じように売り込もうとするハンター増えたよね」
「…ああ」
「でもマスター律儀に最初の約束通りボクから買い取ってくれてるよね、金額も値切ったりせず」
「…ああ、代わりに他のヤツからは買い叩いているがな」
「そう言う事だよ」
「……そうか」
後ろ盾が無い小娘ハンターであるアルトにとって、同業者からの不興はとても恐ろしいのである。
今のところその手の嫌味も行動も受けていないが、リスクは最大限に抑える為にアルトは決断し。ぬめぬめといもいもの収入を切り捨てたのだ。
「ま、それに仮に妬み嫉みないとしても。儲けのノウハウ嗅ぎ回られたら困るしねー」
「わふ?」
今までの主だった収入源を切り捨てた時の事を思い出し、つい独り言を呟くアルト。
不思議そうに見上げるハスキーを笑みを浮かべながら撫で、つい独り言が多くなったなぁ。などとどうでもいい事を考えて。
そうしている内に目的地である森に、モンスターに遭遇する事なく到着。
「ハスキー君、前と同じように。頼んだよ」
ライフルを右手に持ち、左手でハスキーの首を軽くもふりながら叩いて合図を送り。
既に何回か経験を積んだ野鳥…鉄砲鳥狩りを始める。
狩りの内容はそれほど特筆に価する事はない。
ハスキーが獲物を見つけ、獲物の位置に応じた茂みに身を隠したアルトが狙撃。
落ちた状態で獲物に息があったらハスキーがとどめを刺してソレを回収。
たまに発砲音に気付いたモンスターと遭遇する事もあったが…。
ハスキーが前衛で足止めしている所に、サブマシンガンで3点バーストを数回撃ち込み解決していた。
日が傾き始めた辺りで、狩りの時間は終了となる。
本日の成果は4羽、上々の結果に口元を綻ばせてアルトとハスキーは帰途につき。
アサノ=ガワの町に入る前に…町沿いにある川の下流に位置する人目につきにくい川べりで獲物の解体を始める。
「ハスキー君、今日もお疲れ様ー。後で胸肉焼いたのあげるから今はコレで我慢してねー」
切り分けたレバーをハスキーに向かって軽く放り投げ、伏せて待機していたハスキーは。
勢い良く起きて飛び上がり、見事な空中キャッチを披露。その姿に獲物の血の痕が残る手で拍手をアルトは送り…。
手際よく腑分けした肉を個別にまとめて袋に詰めてから手を川で洗い、レバーを飲み込んだハスキーを伴って町へと向かう。
「ほいマスター、焼き鳥の材料だよー」
「……確かに、受け取った。今日の代金だ」
町につき、驚愕の騾馬亭の…裏口から入り。マスターに腑分けした獲物の肉を順繰りに並べて引き渡し。
数と種類を確認し、アルトへ報酬の入った袋を手渡すマスター。
その後自宅へ帰ったアルトはハスキーへ焼き上げた胸肉をご飯としてあげ…。
「…洗濯機も、ほしいなぁ」
しみじみと呟きつつ、盥に風呂釜として愛用しているドラム缶から水をバケツで移し。
狩りで汚れた衣服の洗濯を始める。早い内に洗っておかないとタイヘンな事になるからだ。
成分不明な洗剤で洗い終え、一度水を流してから再度水洗いをして手で絞り。洗濯紐に洗い終えた服をかけ。
下着を脱ぎ一糸纏わぬ姿となり、脱いだそれらを盥に入れ。ドラム缶から掬った水で汗や土埃、そして血糊で汚れた髪と体を水で洗い流す。
「…ふぅ」
ひんやりとした水で何回か洗い、ようやくスッキリしたのか。
あらかじめ用意しておいた松のタオルで体と髪を丁寧に拭き、先ほど下着を入れた盥にそのタオルを入れ。
別の新しい下着に足を通し、サラシを胸に巻くと…。
本来は腕を通さない、ヒラヒラとしたブラウスやスカートに身を包み始める。溜息を吐きながら。
そして、着替えを終えると。
「じゃあ、ちょっと騾馬亭で仕事してくるから留守番お願いー」
「わぉん!」
ハスキーに声をかけ、自宅を出て驚愕の騾馬亭へと向かうのである。
あれほどやりたがらなかったウェイトレスをする為に。
コレには幾つか理由がある、例えば結構なお金になる。例えばハンター達の噂話が耳に入る。例えば自分自身の料理の腕向上に繋がる。等々。
しかし、一番の理由は…。
自分がレシピを持ち込んだ結果、10過ぎの駆け出しの頃からお世話になったマスター1人で回せないほど盛況になった。という事実である。
レシピを採用したマスター自身の自業自得ともいえるが。
「お待たせしましたー」
「……来たか、頼んだぞ」
空が薄暗くなり、夕陽がその身の半分以上を地平線に沈めた頃。
既に驚愕の騾馬亭の席の半分が埋まっていた。
アルトの一日で、最も忙しいかもしれない時間の始まりである。
(続く)
【あとがき】
長らくお待たせしました、漸く7話の投稿です。
今回は急遽日常編となりました、そしてオール3人称への挑戦を試みてみたり。読みにくい場合は前の形式に戻します。
そして…。
>次回、戦車がアルトの手に入る…かもしれません。
すまない、嘘を吐いた。
こう、当初の構想ではモヒカンからわんこ無双の挙句にバギーを巻き上げる事を考えていたのですが…。
「ポチがいるとはいえ。戦車を擁するほどのモヒカンに、元営業の少女が勝つのはちょっと難しくないか?」
という友人からの指摘でハタと気付きました。結果色々と書き直して時間がかかってしまいました…。
と言うわけで戦車はお預けです、お預けってナイチチにぴったりの言葉だよね!
とバトー博士のごとき状況になってしまいました、ごめんなさい。