美味しい食事は場を円満にし、人間へ大きな活力を与える。
娯楽が乏しい環境となればその影響は計り知れず、かつての世界のとある国の軍隊においても食事による士気高揚は大きな効果を持っていた。
しかし、同時にソレは。
美味い食事という基準を与える事でもあり…。
食に満足できない状況が続いた際、士気を下げる要因になる事もある為。
その事による士気低下を防ぐ為、とある大国はわざと不味い軍用レーションを恒常的に支給していたとも言われている。
『大破壊』前の世界ですらそうであり…。
かつての世界に比べ娯楽が極端に乏しいこの世界において、食は重要な娯楽であった。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 3話
『我々はホカホカの美味いご飯を要求する』
一時期は更に忙しくなったものの、従業員が育てばそれだけ忙しさは低減され。
楽とは言えないが倒れるほど忙しくも無くなり、一息つけるようになった頃。
「遠征部隊の炊き出し、ですか?」
「はい、お願いできないかな…と」
夜に向けての仕込み時間、小柄なアルトと女性にしては大柄なカレンの2人が準備をしているその時間に。
最近サンタ・ポコの顔役が板についてきたカールが来訪、大事な話があるということでアルトへ話を持ちかけていた。
「お店があるからお断りしたいんですけど…カールさんがその話を態々持ってきたと言う事は、かなり大事なんですね?」
顎に指をやり首を傾けて考える少女。
前置きで心情を告げつつも、短期間の自らの不在を補う為のプランを考え始める。
「察してもらえて幸いです、唐突ですが…付近のモンスターがどこからやって来ているのか、考えた事はありますか?」
気が付けば長い付き合いとなった少女の言葉に頷きながら答え。
一度言葉を切り、少女へと問いかける。
「…そういえば考えた事無かったですね」
発生地がつかめれば食材調達もやり易くなるよね、と少し逸れた事を思いつつ素直に答える少女。
少女の目の前に座る青年はそんな内心に気付く事無く言葉を続ける。
「まぁ大半は山岳部やオアシスで発生し、ソレがこの付近にまで足を伸ばしてきているのです…が」
「…が?」
「…マシーン型、暴走兵器と呼ばれる類のはどうも違うのですよ」
言葉と共に付近の地図を取り出しテーブルの上に広げるカール。
首をかしげつつも地図を広げやすいようにコップをどけるアルト。
「またかなり精巧な地図を…」
「情報は商売や街の発展に欠かせませんから、偵察部隊のBSコントローラの情報を元に作りました。ともあれ」
恐らく誰かに自慢したかったのであろう、少女の言葉に誇らしげに青年は答え。
軽く咳払いをし本題へ移る。
「サンタ・ポコはこの位置で、現在遠征部隊は北西のここのオアシスを拠点に周囲の探索を行っているのですが…」
指先でそれぞれを示し、言葉を続ける。
「どうも、北からマシーン型のモンスターが南下してきているようなんです」
青年の指先はオアシスから北、地図に記されていない地点を指差す。
「……大事なのは解りましたが、それってボクが参加する必要なくありませんか?」
町の防衛、そして今後の指針にも関わる情報に理解を示しつつも。
何故態々自分にその話を青年が持ってきたのか読めず、少女は頭にハテナを浮かべる。
「…遠征部隊の主力を担えるほどの実力を持っている人物って、中々いないんですよね」
「ふむふむ」
「…その結果、その人達が出っ放しになってしまい。報酬は貯まれども中々町へ戻れないていう有様なんです」
「ふんふんそれでそれで」
「………いい加減出来立ての美味いメシ食わせろと、現場からの矢の催促が」
気まずそうに目を逸らす、町の顔役でもある青年。
そんな青年の様子に思わず溜息を吐く少女。
「…もっと早く言ってくれれば、いくらでも炊き出し要員用の日持ちのするモノとか考案したのに」
「有難いお話ですが、要求は出来たてでして…」
「ソレも結局は不満の暴発じゃないですか、普段からそこそこ美味しいの与えておけば少しは不満も収まったと思うんですよね」
少女の言葉に苦笑を浮かべつつ抗論するも、続けて出てきた言葉に確かにと気まずそうに呻く青年。
しかし少女の言葉もまた結果論であり、その事は口にした少女自身も理解していた為。
「まぁ今こんな事言ってもしょうがないですし…期間はどのくらい見ておけば良いですか?」
「…明日から2週間、いえ…1週間で」
最初の期間を告げた際少女の片方の眉毛が一瞬動いたのを見、即座に訂正するカール。
実はカールから見えない位置で、少女の忠実な愛犬が身を軽く屈めていた。
「しかし急な話ですねー……しばらくお店は朝の営業のみにしますけど」
目を瞑り、先ほどから頭の片隅で練っていた現状可能と思われるプランを切り出す。
朝用のメニューは簡単なモノも多く、カレン自身も飲み込みが早い為アルトも安心なのだが…。
夜の主力メニューの大半はまだアルトの手が必要なモノが多い為、こうせざるを得なかった。
「本当にすいません…」
「いえ、コレばかりはしょうがないですよ」
でも今度からはもう少し早く言って下さいと続ける少女の言葉に、気まずそうに青年は頷き。
溜息を吐きつつ少女は思考を切り替え。
「すいませーん、カレンさんちょっと良いですかー?」
翌日からの一時的なシフトの変更を告げる為、従業員を呼んだ。
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翌日、眠い頭を揺らしつつも準備しておいた調理器具や調味料を最近動かしてなかった愛車へ詰め込み。
Cユニットに目的地の座標を入力、タダで護衛されているのを良い事に小柄な少女には助手席を倒し愛車を枕に二度寝を決め込んだ。
そして……。
「料理長きた!」
「流浪のまな板娘だ!」
「コレで美味いもん食える…! 適当に焼いただけの肉じゃないのが食える!」
「酒だ! 酒を用意しておけ!」
少女を乗せた愛車は、朽ち果てた補給所を元に作られた野営地にて。
歓声と共に迎え入れられた。
「……よっぽど、飢えてたんだ」
思わず、目頭に熱い物を感じる少女。
一部聞き捨てならない事を言われた気がするが、少女はとりあえず空耳だという事にした。
なお、けして遠征部隊の食事は貧相ではなく…。
オアシスに湧く比較的綺麗な水に、周辺のバイオニックから得られる可食かつそこそこ美味な肉。
痩せた土地に住まう人間に比べれば、むしろ遥かに良いモノを食しているのだが。
強力な暴走マシーンに、凶悪なバイオニック。
それらと戦い続けた彼らの精神的負担は大きく、町へ戻る事もままならない今。
食事が精神的に大事な部分を支える活力となっていた。
「ヒャッハー! 美味いメシだー!」
「……味気なくない、ちゃんとしたスープだ…!」
「てめぇ、ソレ俺の分だぞ!」
「るせぇ! 今日お前が殺されかけたのフォローしてやっただろうが!」
その日の夜、久しぶりの美味い食事に野営地は盛り上がりに盛り上がった。
その盛り上がりや…。
「…あまり、はしゃぎ過ぎるな」
この手の騒ぎには我関せずを貫くバルデスですら、喧騒の仲裁に狩り出されるほどであった。
なお弟分のロドリゲスは騒ぐ側に加わり、兄貴分に殴られていた。
「……いやー、にぎやかだねハスキー君。さすがのボクもびっくりだ」
「わふん」
自分の分を食べながら、普段の店とは比べ物にならない凄腕ハンター達のはしゃぎ振りに思わず引く少女と大型犬。
ここまで喜んでもらえると料理人冥利に尽きるともいえるが、目の前の喧騒は喜ばしいの域を超えていた。
「ふしゅるるる、まぁ…そう言わないでやってくれ」
「え? ………」
「…ぐるるるるる」
苦笑いを浮かべていた少女の横から聞こえてくる声。
誰だろう、と思いつつ視線を横に向ける少女。
そこには…。
ぱっつんぱっつんの、前をとめていないハタハタとひらめく白衣。
その下にある隠そうという意思が微塵も見えない、激しい盛り上がりを見せる胸板に六つに大きく割れた腹筋。
丸太ほどもありそうな腕と足。
そして、白衣の下に見えるは…黒い、盛り上がったビキニパンツ一枚。
言葉を失う少女、少女の前に出て身を低く屈め…歯を向き出しにし強く唸る大型犬。
パクパク、と息苦しそうな魚のように口を開き閉じる少女。
そして。
「へ……変態だーーーー!?」
喧騒が止まぬ野営地に、少女の悲鳴とも絶叫とも言える叫びが響いた。
【あとがき】
…うん、すまない、また。なんだ。
コレが噂のスランプってヤツですね、ごめんなさい。とても遅くなりました。
今後もこういうケースがたまにあるかもしれません…なるべくは、定期的更新を続けたいと思います。
少しプロット修正し、バルデスロドリゲスと謎の白衣マッチョの本格的活躍は次回以降へ持ち越しです。
アレですね、予告みたいなのは危険。作者覚えた。
追伸:冒頭の軍隊の食事に関してはあまり真面目に検証してません。