『その地域』は、付近を狩場としているハンターやソルジャーでも滅多に近付かないエリアだった。
地の果てまで広がる、脆弱な人類を拒絶するかのような過酷な砂の大地。
遮るものなく天上から襲いくる強烈な日の光。
付近のモンスターなぞ比べ物にならないくらいに、凶暴かつ強力なバイオニックに暴走マシーン。
命知らずなハンターですら恐れ。
一握りの凄腕、と称されるハンターですら生還できる見込みが薄い地獄。
しかし、同時にそれを差し引いてでも…。
その地域でしか遭遇できないマシーンの残骸、そして砂漠に眠るかつての軍事基地や兵器。
それらが齎す富の誘惑は大きかった。
ある時、1人のハンターが提案した。
「トレーダーのように大人数でチームを組み、現地で拠点を作って狩をしよう」 と。
その発言を聞いた者達は提案を一笑に付し、バカバカしいと鼻で笑った。
その時偶然居合わせた、数人のトレーダーを除いて。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 1話
『ながされた結果がこれだよ!』
「わー、どこまでも続く砂に強すぎる日差し。清々しいほどに砂漠だー♪」
「更に貴重な水源を狙うバイオニックもわんさかいますよ」
「…絶望した! 過酷すぎる環境に絶望したー!」
暑そうにへばる大型犬を従えた、長い黒髪の少女がヤケクソ気味にくるくる回り。
少女の言葉に合いの手を入れたトレーダーの言葉に頭を抱えて叫ぶ。
「アンタ達、遊んでないで設営手伝いな!」
「「はーい」」
そんな2人の背後から恰幅の良い中年女性トレーダーが怒鳴り。
青年は肩を竦め、少女は肩を落として返事をし設営へと取り掛かる。
何故、お世辞にも屈強と言えないハンターの少女が他の百戦錬磨のハンターやソルジャーに混ざってこんな所にいるのか。
話は一ヶ月ほど前にまで遡る。
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「新しい町を作るぅ?」
「はい」
夜の野営中のトレーダーキャンプ、手馴れた様子で大きな寸胴鍋をお玉でかき回していた少女がすっとんきょうな声をあげる。
何を言ってるんだこの人、と物語っている視線を受けながら涼しい顔の青年トレーダーは言葉を続ける。
「地割れが広がっている地域から先へ進むと、強力な化け物が出るという話は知ってますよね?」
「うん」
「そこでは化け物の残骸は勿論、その地域に埋蔵されてる物品もかなり良いお金になるのですよ」
「なるほど」
「だから、ハンター達の拠点として町をつくろうかな。って」
「なにをいっているのかよくわかりません」
にこやかにとんでもない事を言い放つトレーダー、カールの言葉に目が点になる少女ことアルト。
そんな状態でもお鍋をかき回す手は止めず、時折調味料を適切に追加している。
「そんなに拒絶反応示さなくてもいいじゃないですか」
「だって、重戦車だけで編成されたハンターのチームが壊滅したって話が事欠かない場所じゃないかー!」
肩を竦める青年の様子に、うがーと叫びかねない勢いで突っ込みをいれる少女。
脇に伏せてた大型犬は主人の叫び声に耳をピン、と立てて周囲を見回す。
しかしそんな少女の剣幕に青年は慌てる素振りも見せず。
「アルトさん、彼らは何故壊滅したと思いますか?」
謎掛け気味に少女へと問いかける。
予期せぬカールの言葉に、ほへ? と間の抜けた声を漏らしつつ少女は首を傾げ。
「モンスター達が強くて、しかも数が多いから。じゃないのですか?」
「半分正解です。強くてしかも数が多いから、弾も装甲タイルも尽きて壊滅したのです」
「? どこが違うのですか?」
自信なさげに口にした言葉を頷いて肯定しながらも半分正解、と評する青年の意図が読めずに反対側に首を傾げるアルト。
料理以外に関して、というよりも自分の興味がない事に関しては回転が鈍る目の前の少女に対して苦笑を浮かべ。
カールは答えを告げる。
「弾と装甲タイルが尽きるまでは壊滅していないのですよ、コレは生還したハンター達の情報からの推測ですけどね」
ですが、複数同種の話を確認したので信憑性は高いと思います。と続けるカールの言葉にようやくアルトも合点がいく。
「戦車の武装と装甲は十分その地域のモンスターに対抗できている、という事ですか?」
「そういう事です」
にこり、と笑みを浮かべる青年トレーダー。
しかし、確かに一つ心配の種は減ったがそれでも尽きる事はない少女は続けて問いかける。
「でも何もないところから砲弾やタイルは出てこないですし、拠点の防衛はどうするのですか?」
「その辺りの補給品はうちのトラックや、知り合いのトレーダーかまして運搬しますし。防衛戦力はうちの自費でハンター雇います」
「……物凄い赤字になりません?」
今まで同行してきた旅で、堅実かつ確実に利益を上げてきた青年と思えない発言に驚く少女。
「まぁしばらくは赤字でしょうね、でもまぁトレーダーの皆の許可は下りましたし」
「下りたんだ…」
いつも仏頂面でカールをしばしば怒鳴りつけている中年男性と、面倒見と恰幅の良い女性トレーダー。
このトレーダーの中心的人物である2人も許可を出した事に更に驚きを見せる少女。
「元々あの辺りで狩を行いたいというハンターやソルジャーは多かったんですよ、ただ環境が許さないだけで」
「…その要望を満たしつつ、補給と物流をがっつり掴む?」
「その通りです」
にんまり、とほくそ笑むという表現がぴったりの笑みを浮かべるカール。
口には出してないが、更に色々とプランを考えているであろう目の前の腹が黒い青年トレーダーに溜息を吐く少女。
この時までは少女はけして乗り気ではなかった。
心から信頼できるトレーダーである彼らにひっついて旅をする以外選択肢がない以上、別れるという手段もまた存在していなかったが。
「アルトさんにも美味しい話はありますよ、言葉通りに」
「へ?」
「まぁ、コレを見て下さい」
鍋を、よっこいしょ。と即席の竈から下ろして次の料理の工程に入ろうとした少女の手が止まり。
カールから手渡された袋を、がさがさと開け……その目を見開く。
「か、か、カールさん……これはいったい?」
「その地域にあった『大破壊』前の施設から発見されたモノらしいです」
青年の言葉を聞きながら震える手で、少女は袋の中身を取り出す。
それは薄い透明のビニルに包まれた…上部が膨らんだ円柱状の柔らかい発泡スチロール容器。
上蓋にはこうプリントされていた。
『カップめん』と。
「その地域でしか入手できない食材もあるでしょうし、他の食材については提携したトレーダーに運搬させます」
「是非おともさせてください!」
その瞬間の少女の即決ぶりを、後に青年はこう語る。
いやー、まさかあそこまで食いついてくれるとは思いませんでした。と。
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「よぅトレーダーの旦那、周囲の策敵と掃討は完了したぜ!」
「ああ、どうもありがとうございます。食事の用意が出来ているので交代して下さい」
「あいよ、しかし噂の嬢ちゃんのメシってのが楽しみだぜ!」
ガハハハ、と豪快に笑いながらテンガロンハットを被り。ギターを背に担いだがっしりした男が即席の食堂へと入っていき。
陣頭指揮を続ける青年の横を、今度は長身かつ筋骨隆々のさまざまな武装を担いだ男が通り過ぎようとして。
「ああバルデスさん、ロドリゲスさんにあまり無駄撃ちしないよう伝えて下さい」
「…了解した」
私が言っても右から左ですから、と苦笑いする青年の言葉に。仏頂面の男が頷いて答える。
そして、ふと何かを思い出したのか足を止め。
「…そういえば、この町の名前は決めてあるのか?」
「ええ、暫定ではありますけどね」
テツノアナとか、ヘルゲートとか色々案は出ましたけどね。と呟き。
「サンタ・ポコ、と名づけようと思います」
にこやかに、青年トレーダーは答えた。
(続く)
【あとがき】
というわけで、微妙に題名を略しつつ第二部開始です。
本作のバルデスとロドリゲスは悪事を働く前の綺麗な状態です、今後どうなるかはさておき。
荒れ果てた大地の象徴、砂漠。そして闊歩する極悪モンスター。
カップめんと食材に釣られてホイホイついてきたアルトの明日は何色だろう。
多分虹色。