甘味、またの名をスイーツ。
ソレは、一部例外を除き大多数の人物が好む味覚の一つである。
それ故に『大破壊』前の世界ではさまざまな種類の甘味菓子が作られ、更に日々新製品や新作菓子料理が作り出されていた。
…が、今現在においては手の込んだ甘味という存在は皆無であった。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 19話
『甘味を所望するんだよね』
アサノ=ガワ郊外に広がる荒野。
その中に無数に存在する小高い丘の一つに、バギー…マットは停まっていた。
少女は真剣な表情で、ボルトアクションライフルの照準を。
ターゲットである空を待っている鉄砲鳥達へ向け、発砲。
一拍遅れて銃弾が撃ち込まれた鉄砲鳥が地面へ落下を始める。
襲撃を受けている事に気付いた鉄砲鳥達は騒然とし、散り散りに飛び去ろうとするも。
いつものように、排莢、再装填を速やかに終えて少女が二発目を発砲。
しかし、二射目はターゲットに当たる事なくその身を空の彼方へ消え。
『集中』を乱した要因を忌々しく思いながら排莢、再装填するも。
目標達は既に飛び去った後で。
「……しくじったなぁ」
ライフルのサイトから目を離し、溜息と共にライフルを助手席へ立てかける。
そんな少女を、狙撃の間周囲警戒に徹していた愛犬のハスキーが心配そうに見上げる。
その体には幾つもの銃弾の跡がついたボディアーマーを身に纏っており、背には多銃身のバルカン砲を搭載しているが…。
主人を気遣うように鼻でキュゥン、と鳴くその姿はどこにでも居る犬のような錯覚を与える。
「あ、ごめんね。 確保お願い」
愛犬の視線と声に気付き、慌てて撃ち落した鉄砲鳥の確保をハスキーへ頼み。
少女は自らのお腹、お臍の下辺りに手を当てて溜息を吐く。
「…この、微妙に集中できない痛みはなんとかならないのかなぁ」
女の子の日が到来し、アサノ=ガワへ戻ってから早三ヶ月。
数えて4回目の憂鬱な期間をアルトは迎えていた。
幸いにしてベッドから起き上がるのも辛い、というほどではないにしろ。
日常生活や仕事の邪魔をする程度には、その症状に少女は悩まされていた。
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「……ご苦労さん。しかし…大丈夫か?」
「…なんとか」
いつもの時間よりも若干遅かったものの、予定分の納入を騾馬亭のマスターは確認し。
眉毛をハの字にした小柄な少女を珍しく気遣うような口調を見せる。
しかしコレには裏があり。
「…本当に大丈夫だろうな? 前みたいに『ムシャクシャしてやった、今は反省している』はナシだぞ」
「……う」
何の事はない、憂鬱になっている期間のアルトに行き過ぎたちょっかいをかけた酔っ払いが。
表情を消したアルトに泣くまでお盆で殴られる事件が発生したのである。
その時はその場に居た客の大半が、アレはしょうがない。と理解を示したとは言え。
今後も理解を得られる保証などゼロに等しく、マスターとしては避けたい事態であった。
しょんぼり、と俯く少女。主を気遣うように少女の頬を舐め物騒な視線をマスターへ向ける大型犬。
「……まぁ、お前さんには色々世話になってるから多少の揉め事は構わんのだがな」
そんな1人と1匹の姿に溜息を吐いて。
「…とりあえず、今日は臨時のウェイトレス雇うからゆっくり休んでおけ」
本日の仕入れ品の代金とウェイトレス代の入った袋を少女へ渡す。
マスターの意図が読めず、両手に代金の入った袋を入ったまま見上げて首を傾げるアルト。
「…有給休暇というヤツだ」
ハンターオフィスの真似事だがな、と言い残し踵を返して店に戻るマスター。
30を過ぎた渋い男が見せたその姿に。
「……つんでれ?」
「ワッフ」
思わず愛犬に顔を向けてそんな事を口にし。
知らない、とばかりにハスキーは一声鳴いた。
ともあれ、休日になったからにはこの場に留まり続ける理由もなく。
少女は自宅へ戻り…。
「ほら、ハスキーくん暴れちゃダメだよー」
「わっふん!」
昨晩の残り湯を使い愛犬の丸洗いを少女は開始。
全身をまさぐられ洗われる気持ちよさと、頭から水をかけられる不快感とでイヤイヤと頭を振るも。
そんな事関係ないとばかりに、頭から背中にのど元。お腹に前足後ろ足の裏側とワシャワシャと洗っていく。
アルト自身、口元にニマニマと笑みを浮かべて楽しんでやっているのは内緒である。
そしてハスキーの抵抗が弱まり、全身が程よく洗い終わったところで水をかけて泡と浮いた汚れを洗い流す。
動物用シャンプー、なんていう洒落たモノがなく少女が普段から使っている石鹸で念入りに洗われた為。
普段は凛々しい姿も見せる少女の愛犬は、どこかぐったりとしている。
「まったく…暴れるからボクもびしょ濡れじゃんか」
ブツブツ言いながら、シャツ一枚のみだった上を脱ぐ少女。
この時彼…ハスキーが人語を話せるならばこう抗議したであろう。
『だったら、もう少し優しく洗って下さい』 と。
しかし、彼は人語を話す事はない…何故ならば生体改造を施されたとは言え犬だから。
それが、ちょっとした悲劇と喜劇を生んだ。
「ぅぅ…なんだか少し胸も張ってきたような……」
下着までハスキー洗いでびしょぬれになったのか、パンツと…その内側につけていた清潔だった布を分け。
それぞれ洗濯物入れと汚物入れへ入れながら、かつて真っ平らであったが今はほんの僅かであるが膨らみを見せる胸に手を当てため息を吐く少女。
憂鬱な期間の重なりと、変わっていく自分の体への戸惑い。
ソレに没頭していた少女は、ゆらりと立ち上がり不穏な気配を見せる目の前の愛犬に気付いてなかった。
結果。
「わきゃぁ?!」
全長だけで言えば主人である少女よりも大きいハスキー。
そんな大型犬に為す術もなく押し倒され。
「わ、ちょ、ちょっと…あ、あははははははは!?」
かつて主人に親愛の情を示すべく行い、やりすぎだと怒られた舐め回しを実行。
お互い不幸だったのは、その行動を怒った事でハスキーが少女に対してコレが有効だと学習してしまった事であった。
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日が傾き、夕日がアサノ=ガワを照らす。
働きに出ていた人達はおのおの帰宅、ないし酒場へ繰り出し。
今からが本番の人達は気合を入れる、そんな時間。
「わぅー」
「わぅーー」
「きゅぅん…」
申し訳なさそうに鳴くハスキー、それを無視する洗濯済みの服に着替えた少女。
良くみればハスキーの頭にはたんこぶがいくつかあり。
ハスキーに背中を向けそっぽを向いてる少女も、あんな所まで舐めるだなんて。とブツクサと小声で呟いている。
そんななんとも言えない空気に満ちた中。
ソレを破る人物が現れる。
「アルトちゃん、いるかいー?」
ノックと共に返事を聞く間もなく家の扉を開けたのは…。
かつてキャラバン護衛の際にさまざまな意味で世話になった恰幅の良い女性トレーダー、ターニャであった。
「ぇ、あ…いらっしゃいです」
突然の来客に、ぼーっとしていた状態から思考を切り替える少女。
「急にやってきてごめんねー、入るよ」
室内の微妙な空気に気付かず、気付いていたとしてもそんなそぶりを一切見せず。
小包を小脇に抱えた中年の女性が室内へ入り、適当な椅子に腰掛ける。
「え、えーと…どうしたんです、急に」
まだ状況に思考が追いついていない少女は、目の前の女性に問いかける。
そんな少女に女性は小包を差し出し。
「アルトちゃんが、今『あの日』で苦しんでるって聞いてね。特効薬を持ってきたのさ」
カラカラと笑いながら、開けてみなと少女に促すターニャ。
少女は頭にハテナを浮かべながらゆっくりと包装を解き…。
「コレは…?」
「一つ騙されたと思って口に入れてみなさいな」
包装を解いて出てきたのは、淡い琥珀色をした長方形に固められた何か。
アルトは、他ならぬターニャの言葉にハテナを浮かべつつ。運搬途中で削れたと思われる欠片を手に取り、口に放り込む。
そして、もごもごと口の中で転がし…目を見開く。
「…あみゃい」
「でしょ?」
頬に手を当て、飴を転がすようにころころと舌の上で幸せそうに転がす少女を微笑ましそうに女性は見詰め。
「こっちだとあまり見ないかもだけど、違う地域から仕入れたアリのみつを固めたヤツさ」
甘さにバラつきがあるから値段が安定しないのが難点さね、とターニャは肩をすくめ。
アルトは事情に構う事なく、若干の酸っぱさの混じった甘味を幸せそうに味わっていた。
アルトが幸せから帰ってきたのは、もう3個くらい欠片を口に放り込んでからであった。
(続く)
【あとがき】
アルト、荒れ果てた世界で甘味に出会う。な話でした。
マットくんはまだ微妙に影が薄いです、なんせ運搬戦闘要員だからしょうがないかもですけど。
実は地味に、『あの日』のそのものズバリの呼称を避けてます。描写してたら同じやんけってツッコまれそうですけど。
ちなみにハスキーの逆襲に関しては、かなりボカしましたので良い子も安心です。
次回は、お土産な甘味を元にアルトの食いしん坊頭脳が活発化します。多分。