世間的に見ればほんの些細な事が、当人にしてみれば大事件で。
当人にしてみれば些細な事が、世間的には大事件で。
今回は、そんな日常の一幕である。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です EX02話
『短編集なんだよね つー』
【ナキスナとアサノ=ガワの位置関係とBSコントローラの重要性】
「…むぅ」
とある日の、カール達とレーダーキャラバンとその護衛が逗留している宿屋のロビーにて。
頭にバンダナを巻いたまないた少女、アルトがテーブルに広げた落書きが書かれた紙を前に腕組みし首を捻っていた。
時折、こーしてあーしてと呟きながらペンを紙上に走らせブツブツと計算するも。
やはりしっくり来る計算が出ず、今まで書いてた図や式に斜線を引く。
アルトが何をしているかというと…。
「どうやっても、一週間…トラブルあっても十日間より早く着くはずなんだけどなぁ…」
前世の記憶を元に、地名から推測した地図を作成しているのである。
と言っても何に使うというものでもなく、ふと浮かんだ疑問を自己解決する為の暇つぶしのようなものなのだが。
ちなみに、ハスキーは長時間構ってもらえてないせいか傍らの床に寝そべり不貞寝を実行している。
「アサノ=ガワ、て言うくらいだし。少し行った所に工場跡地が多いっていうからあそこは元金沢だと思うんだけど」
腕を組みなおし、少女の体格には聊か大きい椅子の背もたれにもたれかかり。
足をブラブラさせながら考え込む。
そんな時であった。
「何か、料理の案でも煮詰まってるんですか?」
アルトの背後から少女のソプラノボイスがかかり。
ひょこ、と顔を出したアルトよりも2歳ほど年上の宿屋の看板娘が覗き込んでくる。
「ん? ああいや、そういうわけじゃないんだけど…」
くりくりとした、好奇心旺盛な光を目に宿した瞳で見詰めながら問いかけてくる看板娘に。
まさか前世からの記憶を元に地理関係を整理している、などと言うわけにもいかないアルトは言葉を濁す。
そうしている内に、止める間もなく亜麻色の長い三つ編みが印象的な看板娘は机上の紙を覗き込んで。
「あ、これアサノ=ガワの位置間違ってますよー」
「…へ?」
あっさりと言い放たれたその言葉に、アルトの目は点となる。
そもそもの前提が崩されて呆然し。
「え、ちょっとまって。 アサノ=ガワって金沢じゃなかったの!?」
大慌てで、アルトは看板娘へ問いかける。
自分自身が口にしている、不自然な事まで気にする余裕は今の少女にはなかった。
「なんでも、そのカナザワって所は大破壊で人が住めなくなっちゃったから…」
「そこから移り住んだのがアサノ=ガワらしいですよ」
えーと、と呟き思い出しながら答える看板娘。
細かい事を気にしない性格のおかげか、今先ほどアルトが口にした不自然な事には気付いてないようで。
「この地図だと、ここがナキスナでアサノ=ガワはこの辺りですね」
「なるほどー…」
看板娘が記したのはアサノ=ガワの位置と仮定していた場所から北東へ行った地点で。
ナキスナは大体あっていた。
「でも、なんでこんな事してるんです? BSコントローラの地図機能で一発じゃないですか」
「……あ」
今更、BSコントローラの重要性を理解したまないた少女であった。
【頑張ればペダルに足は届きます】
コレは、アルトがクルマを手に入れた直後の話である。
「乗ってみても…いいです?」
「おう、乗ってみろ乗ってみろ」
自分だけのクルマを手に入れた喜びを隠し切れず、満面の笑みを浮かべて少女はバズへ問いかけ。
バズもそんな少女を微笑ましそうに見ながら試乗を勧める。
その言葉を受け、気のせいか修理工場のメカニックからも暖かい視線を受けながらいそいそと運転席に少女は乗り込む。
そして。
「………」
「どうしたー?」
「……前が見えません」
めいっぱい調整し、シートに半座りの状態になる事でなんとかかんとかペダルとハンドルに手が届く状態で。
しかし、背伸びしないと前が見えない。そんな状態のちんちくりんがそこに居た。
その瞬間、気まずい沈黙が場に満ちて。
「……あー、サービスで調整しようか?」
「…頼む、やったってくれ」
見るに見かねたメカニックがバズに提案し、沈痛な表情でその言葉に頷く。
結局、アルトがマットを乗り回す事が出来たのは翌日の…。
アサノ=ガワへ向けて出発する日からであった。
【お赤飯な日】
唐突であるが、アルトは未だ『女の子の日』を迎えていない。
そして、この栄養事情が芳しくない世界においてアルトぐらいの年齢でソレを迎えていないのは珍しくはなかった。
しかし、一度も迎える事のない女性もまた稀であり…。
「……なんか、おなかいたい」
ナキスナからアサノ=ガワへキャラバンを護衛しながら戻る途中の、野営の朝。
女性用テントの中にて目を覚まし、むくりと起きたアルトがぽつりと呟いて。
何か昨晩変なもの食べただろうか、いやしかしちゃんと前処理して料理したから問題ないはず。
などと取り留めのない事をねぼけた頭で考えて。
股間辺りに感じる水っぽい感覚に、急速に頭が覚醒し大慌てで毛布を捲り。
硬直と絶句、そして。
「ほ……ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
テントどころか、野営所中に少女の悲鳴が響いた。
・
・
・
「ほら、コレをこうしておけば大丈夫だからね。 後しっかり綺麗にするんだよ」
「うぅ…はい」
その後どうなった何が起こったと大騒ぎになり。
ターニャの喝で静まった後、アルトはターニャの手でしっかりと処置を施されて。
「まったく…初めてで取り乱すにしても、アンタみたいな取り乱し方するのは初めて見たよ」
「うぅ…」
呆れる恰幅の良い女性トレーダー、ターニャの言葉に反論もせずうつむく。
自分の体から、怪我したわけでもないのに血が。それもかなりの量が出る光景を実際に体験した少女はいっぱいいっぱいであった。
「まぁ、なんであれ。しばらくは鈍痛が続くだろうから、トラックの中でゆっくりしてきな」
かなりしんどいだろうしね、とカラカラ笑い慰めるようにアルトの肩を叩くターニャに。
前世が男だった矜持が本日の出来事で勢いよく削れた少女は、力なく頷くのであった。
なお、余談であるがマットはニコイチチャーフィーを駆るハンターに牽引される事になった。
(おしまい)
【あとがき】
分類で言うと18.5話な短編集をお送りしました。
主人公アルトにようやくきた二次性徴、周囲に頼りになる女性がいる状態できたのがせめてもの救いでした。
今回微妙に影が薄いハスキー君ですが、次回はもっさり濃くなります。主に愛玩動物として。
なお、アルトの身長ですが…140cmちょっとのつるぺたすとーんです。体重も軽め。
イメージでいうと、某こなたさんくらいのちんまさ。膝の上に乗せるのにちょうどよい大きさです。
※2010/07/04 吟持を矜持に修正。