この世界では、人が乗り込み操作する車輌…時には車輌に見えない乗り物すらも含め『クルマ』と呼ぶ傾向が強い。
駆逐戦車、装甲車、救急車、飛べなくなった飛行機。
一部厳密に言えばクルマと呼称するには疑問が浮かぶモノもあれど、全てに共通して求められる事が往々にして二つ存在する。
強い武装を搭載できる事と、一枚でも多く装甲タイルを貼り付けられる事である。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 18話
『憧れのマイカーなんだよね』
ナキスナの町の港湾施設近くにある、機械音の絶えない修理工場やパーツ屋の大きな建物が立ち並ぶ一角。
その中の幾つかある修理工場で、バズの愛車であるエイブラムスと鹵獲したクルマ達の修理が行われていた。
「うぃーっす、調子はどうだい?」
「ああ、エイブラムス達の事か? 来てくれ、ピッカピカに仕上げあるぜ」
もはや馴染みとなった修理工場に足を踏み入れ、近くにいたメカニックにクルマ達の様子を問い。
問いを向けられたメカニックは作業の手を止め…新入りに簡単な指示を出してバズを案内し始める。
「しかし、お前さんのエイブラムスも酷かったが…他のクルマも大概だったぞ?」
「そう言うなって、その分しっかりと支払いしたんだし。俺の金じゃねぇけど」
「まぁな…ってそいつぁ初耳なんだが、雇い主から出たのか?」
「あー…大体そんな感じだ」
持ち込まれた時の惨状を思い出しながら口にするメカニックに、バズは苦笑いしながら答え。
その内容の一部に驚きを見せたメカニックに対してお茶を濁すバズ。
ハンター達にとって重要な仕事道具であり、同時に維持費や修理費やらで金食い虫でもあるクルマ。
そんなクルマの燃料費、弾薬費くらいは支給する雇用主はまだ居れど。
大破したクルマの修理費まで支給する雇用主など、居るかも知れないが誰も見た事がないレベルだからである。
そして、今回のバズ達の雇い主であるキャラバンは燃料費や弾薬費は支給しても大破したクルマの修理費までは関与しない契約を行っていた。
バズは金を出していないし、雇用主も出していない。
ならば金の出所はどこか、という話だが…答えは簡単である。
結果的に返り討ちする形となった、ごろつき達の装備や蓄えをかっぱいで大破寸前のエイブラムスと鹵獲したクルマの修理費に充てたのである。
いまいちおおっぴらに話す事が憚れる内容の為、バズが口篭るのもやむなしと言える。
「ふーん、そうかい」
はぐらかすバズの態度に深い追求を止め。
話しこんでいる内に、男2人は目的のクルマ達の前に到着する。
「軽車両がこんなにも並ぶと、俺のエイブラムスがなお際立つな」
「まず言う事がソレかよ」
腕を組み誇らしげに言い放った中年ハンターの言葉を、言葉の鉈で叩ききるメカニック。
「冗談だっての、バギーに装甲車に……あんなクルマあったか?」
「ああ、持ち込まれたチャーフィーの成れの果てだ。修復不可能だったもんで借金の型に取り上げたスチュアートとニコイチした」
容赦のないツッコミを肩を竦めつつ並んだクルマをチェックし、その内持ち込んだ覚えのない型のクルマを見つけてバズは首を傾げ。
バズの疑問に、簡潔にそうなった経緯をメカニックは告げる。
「修復不可能ってお前、一発砲撃ぶち込んだだけじゃねぇか」
「普通の砲弾ならな」
「……………」
「大穴が開くならまだしも、あちこち派手に融解してフレームもひしゃげてたわけだが……何ぶちこんだ?」
「……虎の子のホローチャージを、真横から少々」
「軽戦車に何ぶち込んでやがる」
さすがにバズの自業自得であった。
しかし、ひたすら袋叩きにされた挙句に大破寸前まで追い込まれた恨みをこめた一撃でもあった為。
バズばかりを責めるのも酷とも言える、彼にメカニックを責める権利がないのもまた事実であるが。
「ま、そんなわけで。エイブラムスと合わせて合計4台きっちりと仕上げさせてもらったぜ」
「あ、ああ、すまん。助かった」
お前さんくらい他の連中も金払いがしっかりしてると助かるんだがな、とぼやきつつメカニックは報告書を留めたクリップボードを手渡し。
ジャンケンの末にチャーフィーを手に入れるはずだったハンターに内心で侘びを入れつつ、バズはソレを受け取る。
なお、蛇足ではあるが。
チャーフィーは約18tであるのに対し、スチュアートは約13tで全体的なサイズも一回り小さかったりする。
「ま、ともあれあまり派手に壊すなよ。俺達にとっては手塩にかけた子供みたいなものだしな」
「エイブラムスに関しては努力するさ、それ以外は…使うヤツ次第かね」
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ナキスナからアサノ=ガワへ向けて出発する日の前日の朝。
先の戦いから生き残ったハンター2名と一緒にバズに修理工場へ案内されたアルト
「と、言うわけで。アルトの嬢ちゃんにこのバギーをやる」
「何が『と、言うわけ』なのかもう一度説明して下さい」
背後で「俺のチャーフィーが、なんかちっさくなってるっす…」とごろつきへの反撃の際に同行したハンターがしょんぼりする声を聞きながら。
アルトは頭にはてなを浮かべてバズへ問う。
「ああ、前の襲撃の際アルトの嬢ちゃんのおかげで皆助かったしな。ちょうどクルマも手に入ったし報酬上乗せすればいいんじゃね?と」
「あ、ああなるほど……でも、こんな簡単にクルマもらってもいいんですか? 花占いしたりとかしなくて」
気が動転しているせいか思わず変な事を口走るアルト。
少女にとってクルマとは、手に入れるのにひたすら難儀するモノという印象が前世の記憶から刷り込まれており。
こんなタナボタとも青天の霹靂とも言える状態で手に入れてしまっていいのか、と混乱していた。
「もらっとけもらっとけ、こいつは操作も楽だし燃費もいいからな。台所事情にもやさしいぞ」
そんな少女の様子に豪快に笑いながら背を叩き、バズは少女をバギーに向かって押し出す。
押し出され、少女は無言でクルマを見詰める。
オリーブグリーンに塗装し直されたソレは、かつての戦いで負った傷や汚れは全て拭い去られており。
新品のような印象を少女に与えて。
そっと、ボンネットに手を置きそこにあることを確かめるように手を滑らせ。
にへ、と少女は笑みを浮かべた。
(続く)
【あとがき】
オマケ『そのころのハスキー君』
「なんだか、ご主人の寵愛奪うライバルが出てきた気がするんだワン」
「…何やってんですかディックさん」
「いや、修理工場に事情説明ないまま行ったアルトの嬢ちゃんを心配するワン公のアテレコを」
台無しにしつつ18話終了、アルト念願のクルマを入手の巻。
恐らく今までの話の中で最もバズさんが会話し活躍した回。
アルトが手に入れたのはM151…マット、もしくはケネディジープの愛称で呼ばれる4輪駆動車です。
また、先の襲撃から生き残ったうちのハンター2名(襲撃時最後までディックと共に抵抗し脱出作戦時にもアルトに同行してたハンター含む)もクルマを入手な話でした。
下っ端口調ハンターさんも、チラホラ話に出てきます。しかし多分しばらく名前が出る事はない、不憫な。
次回はアサノ=ガワに帰還した後のお話になります。