ナキスナ桟橋跡。
現在のナキスナの街を支える市場の外れに、ソレは存在する。
今は見るべくも無いほどに寂れ、桟橋の所々の板が腐り落ちたその場所は。
かつては大破壊前に現在も使用されている港湾施設が建造される前は人々の生活の要であった。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 15話
『悩ましいんだよね』
老朽化し所々朽ちた桟橋。
既に役目を終え、手入れする人間もいないその場所に。
少女…アルトは隣に愛犬を座らせ、桟橋に腰掛けて海を眺めていた。
「…………」
「………わふっ」
少し独特な匂いの混じった潮風が吹き抜け、少女の長い黒髪をたなびかせ。
目の前にかかった髪を、気だるそうに片手で梳いて後ろへ流す。
「……こんなんじゃ、ダメだよね」
「…きゅぅん」
アルトが人を殺したという事実を実感したのは、ナキスナに到着し治療を受けてからであった。
遅れて自覚したその実感は、少女の心を押しつぶすほどに重いモノではなかったが…。
どこかで考える事を後回しにしていた、現在と過去における死生観と倫理観のズレ。
その事に加え、先の騒動において自分自身が女である事を半強制的に自覚させられた事もあり。
考えないようにしていた事、折り合いをつけたはずの事、一つ一つの問題も決して軽くはなく。
内容からして誰かへ相談する事も憚れ……。
気が付けば、桟橋のいつもの場所に座り…日が落ちるまで愛犬と共に海を眺める日々を送っていた。
「……はぁ」
「こんな辺鄙な所で辛気臭いため息吐いて、どうしたのです?
何度目か数えるのもバカバカしい、思考の堂々巡りに陥りそうになった少女の背後から。
いつの間に近づいて来ていたのか青年、カールの声がかかる。
アルトの隣に座るハスキーの耳が時折動いていた事から、アルトだけが気付いてなかっただけのようでもあるが。
「いや、うん。大した事じゃないんですよ」
「大した事ないのに、毎日人の居ない所で時間を潰す理由があるのなら是非教えてもらいたいのですが」
一瞬逡巡し、曖昧な笑みを浮かべながら振り向き口にした少女の言葉を青年は一刀両断。
うっ、と言葉に詰まり所在なさそげに視線をさ迷わせるアルト。
そんな少女の様子にカールは苦笑を浮かべ。
「隣、失礼しますよ」
どっこいせ、と年格好に似合わない中年くさい声と共にアルトの隣に腰掛け。
老朽化した桟橋が僅かに音を立てる。
二人の間を海からの生温い潮風が通り抜け髪を揺らす。
一拍の沈黙の後、カールは口を開く。
「前の仕事でごろつきを撃ち殺した事を、気にしているのですね?」
カールの取った選択肢、それは。
荒療治ではあるにしても少女の悩みを取り去る事であった。
単純に女子供を宥める話術が得意でないというだけかもしれないが。
「…っ……はい、ソレもあります」
ビク、と殺したという単語に反応し…肯定の言葉と共に頷くアルト。
その後続いた少女の言葉に、カールは違和感を感じ。
「ソレ『も』、ですか?」
状況の突破になりえる予感を感じ、無神経だと思いつつアルトへ問いかける。
カールの問いかけに自らが失言した事に気付き、少女は思案する。
前世の記憶の倫理観と前と今の性の違いを実感して悩んでる。
こんな事言えるワケがなく。
「……前の騒動で襲われそうになって、ボクは女だって事を思い知らされちゃって…」
言葉を選び、時折詰まらせながら少女は答える。
真実は言っていないが嘘も吐いていない。
「そう、ですか…」
少女の返答に、しまったと思いながら後ろ頭を掻くカール。
この時青年は少女が性的な事案で心的外傷を負ったのだと勘違いし…
その事によって、誤魔化せた事に安堵した表情を見せた少女の違和感に気付かなかったのもやむを得ない事かもしれない。
思案し、言葉を選ぶカール。
まだモンスターかと思うくらい老獪で辣腕な海千山千の商人を相手にする方が気が楽だ、などと考える程に思案し。
「…無責任な言い方になってしまいますが、アルトさんは荒事に関わらないようにした方が利口かもしれません」
少女にハンターとしての活動を控えるような言葉を送る。
「でも、狩りをしないと生活が…」
カールの言葉に面食らい、言葉を返すアルト。
普段モンスターを狩り食材として加工し卸売りする事を一番の収入源としている少女にとって。
その選択肢が一番楽でありつつも選ぶ事は躊躇われた。
「モンスター以外の輩。もっと言えば人間に襲われたらどうするのですか?」
「それは…」
声を荒げる事も無く静かに言う事もなく、淡々と問うカールの言葉に返事を濁らせる少女。
前回の騒動では命の危機と憤りが感情の先に立った事で戦えたが。
今後もそんな事ができるとアルト自身断言する事ができなかった。
「それにアルトさんには大きな商売道具があるからソレをメインに置けば良いじゃないですか」
「商売道具?」
「わふぃ?」
続けられたカールの言葉に首を傾げ、アルトを挟んでカールの反対側に座っているハスキーを見る。
いつの間にか桟橋に寝転がっていたハスキーは不思議そうに首を傾げる。
「そっちじゃありません……アナタの作る料理ですよ」
自覚の薄い少女の様子に苦笑いを浮かべながら告げる青年。
良い素材を使って美味な料理を作る事ができる人間は数あれど、言ってみればその辺のモンスターと調味料を使って
美味な料理を作れる人間というのは青年にとって少女が初めてであった。
その時思ったのである、『この娘は金になる』と。
カールからの言葉に目が点になったアルト。
少女自身は前世から引き継いだ記憶を利用して、あまり上等と言えないご飯事情を改善しようとしていただけであり。
その現状を打破するために四苦八苦試行錯誤していただけ、くらいの認識なのである。
「それに、そっちに暫く専念すれば悩みを先延ばしにできると思いますしね」
時間が解決する事もありますしね、と続け。
気がつけば日が傾き始めていた事に気付いて立ち上がるカール。
「私はそろそろ宿に戻りますけど、アルトさんはどうしますか?」
「…先に戻っていてもらっていいです? ボクもすぐ戻りますから」
話をもちかけた時に比べ幾分か軽くなった少女の声音に満足そうに青年は笑みを浮かべ。
暗くなる前に戻ってくるのですよ、と保護者のような事を口にしつつ桟橋から姿をけして。
再び一人と一匹だけになった夕焼けが差し込む桟橋。
少しの間少女は海を眺め…両手で自らの頬を叩いて気合を入れる。
「…うん、考えても結論出ないなら無理に出さなくてもいいか」
完全に吹っ切れてはいないが、それでも幾分か前向きな心境で呟き。
愛犬を伴い、今までよりも軽い足取りで宿へと戻っていった。
(続く)
【あとがき】
気がつけば3ヶ月以上の投稿遅れ。
本当に申し訳ありませんでした…!
悩み思考がぐるぐるになりつつ、ひとまず悩みを一段落させ後回しにした15話です。
書いては消し書いては消し、太閤立志伝やりつつ書いては消し書いては消し…。
結果このような結論になりました、別名問題の先送り。
今回の話を組み立てた結果少しプロットが変化したのでその辺りの修正をしたりもしてました。
方向修正も落ち着いたので、今後1週間1話ペースくらいで投稿できると思います。多分。
次回からスーパー料理人タイム、始まります。
わんこは暫く戦闘要員だった事も忘れ去られるくらい自堕落になります。
そして色々とご指摘受けている、TSの必要性についても少し。
…うん、すまない。 必要性があるかと問われると回答は『ある』のですが、絶対必要でもないかもしれません。
メタルマックスの過酷な世界で奮闘する元男なまないた少女、というのが最初に浮かんだコンセプトでした。
もうだめかもわからんね。