かつての技術により『製造』された、バイオニックポチと呼ばれる犬型生体兵器達。
彼らは見た目こそ普通の犬と大差ない生物であるが、その中身は犬よりも遥かに身体能力が高い存在であり。
その知能も非常に高く、専用に誂えられた兵器や道具すらも使いこなし。彼ら独自の本能に基づいた戦術思考すらも可能としている。
そんな彼らが今、この荒れ果てた世界で闘う理由として最も多いモノ。ソレは…。
主の為に、命を賭して闘う事である。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 13話
『救援なんだよね』
男は、とても不機嫌であった。
ソレもやむを得ない話であろう、自らの首に賞金がかかり『仕事』がし辛くなった慣れた土地を離れ。
腰を落ち着けてようやく獲物を狩り、奪ったばかりの上物の酒でほろ酔いであったところに…
奴隷として叩き売る予定だったトレーダーらが反乱を起こしたのだから。
「お、親分! ハンターの生き残りが武器庫を襲撃してき…ぎゃっ!」
「るせぇ、騒ぐ暇あったらとっととブチ殺してこいやクソが」
息を切らせて部屋に飛び込んできた下っ端を殴って黙らせ、愛用のクルマを動かすべく…。
忌々しげに歯軋りし、怒りのあまり目を血走らせながら格納庫へごろつき達の親分が走り出したその時。
「アァオオォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」
親分の耳に、部下が撃ち殺したはずの忌々しい犬の咆哮が聞こえた。
『敵』の陣容をほぼ一望できる崖の上。
『彼』は今、そこに陣取り。月明かりで十分な視界を確保する瞳で、銃声が響き騒がしくなったそこを見下ろしていた。
はやる気持ちを押さえ、伏せた姿勢で大きな耳をまるでレーダーサイトのように動かして…騒音の中の主の声を探して。
大好きな主人の声を見つけ、そこに視線を向けた瞬間。横合いからの銃撃で吹き飛ばされる主人を見つけた。
その瞬間、『彼』は立ち上がり。まだ動いているが男に押さえつけられ危機に瀕している主人への注意をこちらへひきつける為に。
そして、胸に宿り荒れ狂う怒気の赴くままに咆哮を上げる。
「アァオオォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」
明確な敵意が篭った、雄々しいソレは夜空に響き渡り。
屋外にいたごろつき達は銃を手に、咆哮の主を首を動かして探し始め…。
その次の瞬間には、『彼』…ハスキーが発射したロケット弾により3~4人まとめて吹き飛ばされ。
そうなってようやくごろつき達は理解する。自分達が内側からのみではなく、外からも襲撃を受けているという事実を。
「あ、あそこだ! あそこに武装した犬コロがいやが…ぎゃぁ!」
ロケット弾の爆発から幸運にも逃れた男が、屈んだ姿勢から崖から転げ落ちているのかと見間違う勢いで駆け下りてきているハスキーを見つけるも…。
その声を大きな耳で拾ったハスキーに、背に搭載されたバルカン砲で蜂の巣にされて絶命する。
「く、クソ! 来るな、来る…あぎゃぁ!?」
「そこどけ、グレネードで……ロケット弾だ、伏せ──っ!」
「ぎゃっ!? 俺は味方だ、撃つ……ぐぁぁ!」
混乱に襲われながらも銃や鈍器、手榴弾を手に持ち。急襲を仕掛けてきたハスキーを討ち取ろうとするごろつき達。
…しかし、縦横無尽に駆け回り。建物やドラム缶、そして人間すらも遮蔽物として利用するハスキーにその攻撃が掠る事すらなく。
バルカン砲で、ロケット弾で、牙で。そして敵の流れ弾で片っ端から邪魔なごろつき達を…主人救出に燃える大型犬は殲滅してゆく。
その騒ぎは、アルトと。少女を取り押さえている男にも聞こえて。
脇腹の痛みと取り押さえられた状況…そして辱めを加えられようとしていた状況に心が折れかけていた少女の目に力が灯り。
騒ぎがするほうに顔を向けていた男の顔は、死んでいなかった犬の行動に忌々しげに顔をしかめて騒動が聞こえる方へ視線を向ける。
その僅かな一瞬、少女の体に力が戻り。男が注意を逸らした一瞬に。
アルトは痛みに耐え、力を振り絞り…ナイフを通されたサラシを切り裂かれ僅かなふくらみを見せる内側を晒す形になりながら。
それでも、なんとか男を払いのける。
「クソが! 逃げんじゃねぇ!」
よろめきながら、ハスキーが暴れまわっている方向に逃げようとする少女に。
苛立ちがピークに達した男は、腰から大型拳銃を引き抜いて引き金を引こうとして…。
「やらせないっす!……おぉぅわぁ!?」
「がっ! …クソッタレがぁ!」
屋内の銃撃を切り抜けてきたハンターが、拳銃で男の背めがけて銃撃。
しかし致命傷に及ばず、振り向いた男に壁をも抉る大型拳銃の弾を連続で撃ちこまれ大慌てで建物の中に引っ込み。
マガジンを入れ替えながら、男が逃げた少女の方へ向き直ろうとした瞬間。
多銃身の回転音と、銃撃音が聞こえたのを最期に…男の意識は永遠に途切れた。
「ハスキーくん!」
「わふっ!」
2階建ての建物の屋根の上から男めがけて銃弾を叩き込んだ、死んだと思っていた愛犬の無事な姿に歓喜の声を上げる少女。
主人の声に、いつもの気の抜ける鳴き声を返し。屋根から飛び降りアルトへ駆け寄る。
その姿に、そして危うい所を助けてくれた愛犬に感極まった少女はハスキーに抱きつき…。
ホっとした瞬間、痛みを増幅させてきた折れた肋骨の痛みに言葉を失う。
「きゅーん……っ」
「だ、大丈夫。ホっとしたら痛みが……いたたたた……」
主人の姿に、鼻を鳴らし心配そうに顔を舐めるハスキー。
そんな愛しい忠犬の仕草に、心配をかけさせまいと。痛みに頬を引き攣らせながらも笑みを浮かべ、武器庫で確保した回復カプセルを飲み下す少女。
愛犬に頬を舐められ慰められる事数秒、ようやく回復カプセルに微量に含まれるオイホロトキシンによって肋骨の痛みが和らぎ。
「ハスキーくん。 中でまだ闘ってる人達がいるから援護にっ!?」
中でまだごろつき達と戦闘を繰り広げているであろうディック達の援護に、ハスキーと共に向かおうと声をかけた瞬間。
少女は、愛犬に袖を思い切り引っ張られ…建物の影に勢いよく引きずり込まれる。
「いっつっ!? ハスキーくん、何を…ひゃぁ!?」
痛みが和らいだとはいえ、ロクに受身がとれない状態で物陰に引っ張り込まれ脇腹の痛みに悶絶するアルト。
引っ張られた事で、既に他界済みの先ほどのごろつきによって役目を果たさなくなったシャツの隙間から発育が芳しくない胸を晒す形になってしまったが…。
引き続いて訪れた爆音に驚き、それどころではない事にようやく気付き。音がした方を物陰からそっと覗き込む。
そこには、砲塔と車体を持ち。装甲に身を固めたクルマ…戦車が大砲の先から白い煙を吐き出していた。
「……さっきはごめん、ありがとねハスキーくん………そして、どうしようか」
「わふっ」
物陰に引っ込んだまま、隣でお座りをしている愛犬を撫でながらお礼を述べ少女は思考する。
ちょうど建物の間のくぼんだような位置の為、現在位置から戦車の視界に入らずに撤退は困難。
ついでに言えば戦車がいる反対側は、今先ほどの砲撃によって崩れ道が塞がれている。
「……手元にグレネードもなし、かぁ……」
「…わふ」
少女がハスキーが装備している重火器に視線を向けるも…ハスキーも先ほどの大暴れで使い切ったのか、
バルカン砲の残弾も芳しくなくロケット弾は既に弾切れで。
覗き見た限りでは機銃を搭載していない事がせめてもの救いといえるが、戦車を突破できる装備でもなく。
『隠れずに出てきやがれ! でねぇとまとめて吹き飛ばすぞ!』
そして、苛立ちにまみれた粗野な男の怒鳴り声が戦車から外部スピーカーを通して少女たちに叩きつけられる。
今にも飛び出しそうな愛犬を撫でて宥め、少女は思案する。
このままここに隠れていても砲撃の爆風で命を落とす可能性が高く、仮にソレを凌げたとしても崩れた建物の瓦礫に押し潰される未来しか見えず。
僅かでも生き残る為に、少女は…。
愛犬を伴い、覚悟を決めて物陰からゆっくりと歩み出る。
『出てきやがったな。 喜べ、てめぇらは売り飛ばすなんて事せずにここで木っ端微塵にしてやんよ!』
下品で耳障りな哄笑をあげながら、男は外部スピーカーでがなりたて…。
砲口を少女と、傍らに佇む大型犬へ向ける。
少女が選んだ策と言えない策、ソレは。
あたらない事を祈りながら、左右へ飛びのいて全速力で戦車の脇を駆け抜けると言うものだった。
…そして、少女がロクに信じた事も祈った事もない神に愛犬と自分の命を祈りながら駆け出そうとした時。
大砲から砲弾を撃ち出そうとしていた戦車が、轟音と共に打ち出された砲弾に横から打ち抜かれて爆散した。
思わず、片足を踏み出した姿勢で。ポカンと目の前の光景を見詰める一人と一匹。
そんな少女と大型犬の前に、ボロボロになってはいるが。見慣れた重戦車が…砲弾が飛来してきた横の道から顔を見せ。
砲塔の上には、これまた見慣れたトレーダー衣装の青年が座っていた。
度重なっていた命や色んなものの危機、そして今先ほど迎えていた少女の人生最大の危機。
それらが齎していた極大の緊張感から……見慣れた重戦車と人物を見て解放された少女は、
今現在も危険な状態であると理解していながらもペタンと地面に座り込んで。
砲塔に座っていたトレーダーの青年、カールは何やら下の操縦者に指示を出していたが。アルトとハスキーに気付いて。
へたり込んだ少女を怪訝に思ったのか砲塔から飛び降りて少女たちに駆け寄ってくる。
「とりあえず命は無事みたいですね、大丈夫で……すか?」
へたり込んだアルトに手を差し伸べ、ふと視線を下へ向けて慌てて視線を逸らしながら話しかける青年トレーダーカール。
今、アルトの格好は前を開いたジャケットに防弾チョッキ、そして…前側を大きく引き裂かれたシャツ。
そして、今先ほどまでの慌しい状況により着衣は乱れ……。
少女の形の良い臍は勿論。膨らみかけの胸の際どいところまで見えてしまっている状態であった。
「…? あ、はい…………っ!」
カールの様子に首をかしげながら、腰が抜けて立てないのか差し伸べられた手を掴もうとして。
ようやく自らの格好と相手の仕草の意図に気付いたアルト、慌ててもう片方の手で無意識のうちに露になっていた胸を隠す。
誤解を招かない為に、カールの名誉の為に記するとすれば。彼は女性の胸はでかい方が好ましいと考える健全な青年トレーダーである。
しかし、乱暴に引き裂かれたシャツから覗く少女の肌と胸。そしてホっとしたのか目尻に涙が若干見える少女の上目遣い。
これらの合わせ技が、青年の心を大きく揺さぶったのである。
なんとも言えない微妙で弛緩した空気が場に流れ。
ふと、耳を澄ましてみれば…先ほどまで建物の中から聞こえてきた銃声も止み。
自由を勝ち取ったハンターとトレーダー達の鬨の声が響いていた。
(続く)
【あとがき】
わんこ無双、そしてヒロインのピンチにやってくる戦車と言うヒーロー。
ごろつき達の命はとても儚いものでした、もちっと掘り下げるべきだったかなと少し思うこともあります。
そして…大変お待たせして申し訳ありませんでした、結局小ネタこねてたらソレで一本書いたほうが良いネタになるという笑えないオチになり。
気が付けば本編の方を仕上げていました、次回はもう少し早く投稿できると思います。
次回は事後処理とかでまったりになります、きっと。
なお、カールはおっぱい星人なのでアルトの胸には興味がありません。しかし見えてしまった胸に吸い寄せられてしまうのがおっぱい星人クオリティ。
今回地味に一番可哀想なのは、大活躍なのに台詞が一つも無いバズさんです。
2010/06/06 誤字修正