大破壊を経てなお生き残った施設跡や廃墟ビル。
それらは、この世界において宝の山と同義である。
では、宝が掘り尽くされたそれらはどうなるのか。
場所や周囲の出現モンスターにも左右されるが、拠点として人が寄り集まるごく稀なケースを除き。
掘り尽くされた施設跡や廃墟は、そのまま打ち捨てられる。
そして、脛に傷を持つ輩や…モンスターが巣食う危険地域となるのである。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 12話
『脱出なんだよね』
アルト達が襲撃を受けた地点から、南西へ数十kmの。切り立った崖に囲まれた廃墟。
そこが、襲撃者達のアジトであった。
強奪されたトラックや荷物はガレージに格納され…。
拉致されたハンターやトレーダー達も、武装解除され。男女それぞれ別の部屋に押し込められた。
「ぅ……」
他の、トレーダーの女性や子供と一緒の部屋に気絶したまま放り込まれたアルトが薄らと瞳を開け。
今も全身を苛む痛みに、顔をしかめながら…手を床についてその身を起こす。
「大丈夫かい? ずっと気絶してたんだよアンタ」
「…あ…はい」
襲撃が起こる直前まで雑談をしていた、恰幅の良いトレーダーの女性が心配そうな声をかけてくる。
その声に頷き、周囲を見回すアルト。
コンクリートの壁に包まれ、夜の帳に包まれているのか暗い部屋の中は天井から吊るされた電球による灯りのみで照らされており。
その中で見える、鉄格子がはめられた窓は天井近くに一つのみで…。
部屋の中の隅の方には、トレーダーの子供や若い女性らが集まり不安そうにしていた。
そこまでを見て、アルトはようやく自分がチンピラ達に拉致された事を理解し。
朦朧とした意識の中で、目の前で自分を助けようとしたハスキーが銃弾に倒れた光景を思い出し。
座り込んだ姿勢のまま少女は崩れ落ちそうになり…恰幅の良い女性トレーダーが少女の体を抱き締める。
「大丈夫、大丈夫だよ。必ず助けがくるからね」
慈しむように撫でながら、ならず者に捕えられた事を不安に感じてるように見える少女に言い聞かせる。
少女が今最もショックを受けている事とソレは少しズレてはいるが、しかしその優しい手と温もりは確かに少女の心を落ち着かせ…。
その落ち着きが、少女の心に現状を打破する為の思考力を与え。ハスキーを奪った襲撃者達への怒りを灯らせる。
「…ありがとうございます。もう大丈夫です…すいません、護衛の仕事も失敗したのに」
「小さい子がそんな事気にするんじゃないさね」
囚われた状況でありながらも、朗らかに笑いアルトの頭を撫でる女性。
同様に囚われた周囲の女性トレーダー達の暖かい視線に、少女はどこか居心地の悪さを感じつつ…。
相手が女子供ばかりだからと舐めているのか、拘束すらされていない。という現状にようやく気付いて。
『脱出』、そして『反撃』を行う上での懸念事項が既に一つクリアされている事に行き着く。
女子供ばかりだから、と舐められていると言う事にも気付いたが。ソレは今はプラスになる為少女は横に置いた。
そして。
「…すいません。あいつらがボク達をこの部屋に放り込んだ時、扉は押して開けてましたか?」
「? 言われてみると……どっちだったっけ?」
「押して開けてたはずよ」
反撃に移る為の、次のステップを開始する。
男達は、とてもご機嫌であった。
方々の町の警戒が高まり、腕の立つハンターに追い掛け回されたことで。
やむなく『仕事』をし慣れた地域を離れ、新しい拠点を見つけてすぐに獲物の狩りに成功したのだから。
「しっかしよぉ、あのゴツイクルマも大した事なかったよなぁ?」
「ヒャヒャヒャ! 真横からキャタピラにミサイルぶちこんだ後はやりたい放題だったもんなぁ!」
「ミサイルぶちこみに行った新入りも死んでくれて、分け前もたっぷりだし最高だぜ!」
狩りの内容で、下品な笑い声をあげながら戦利品の酒を呷り食糧を食い漁るごろつき達。
彼らにとって仲間の死は悼むべき事ではなく、分け前が減らずにすんで喜ぶべき事なのである。
「そういえば今回、結構オンナも捕れたよな。どうするよ?」
「オイオイ…親分にお伺い立てずにオンナに手ぇ出したら殺されっぞ?」
「へへへ、なーに。わかりゃしねぇって」
「しょうがねぇなぁ、とっとと済ませてこいよ」
女と見れば見境ない同僚の小男の様子に、面倒くさそうに手でさっさと行って来いとジェスチャーする。顔に傷を持つ大柄な男。
小男は、そんな同僚の声を背に受けながら…今からどう嬲ってやろうか、と楽しみな目をつけていた女の事を脳裏に描く。
頭にバンダナを巻いた、小さく起伏の乏しい割に美味そうな尻と太股を持った黒髪の少女の姿を。
そして、適当な理由をつけてチョロまかした鍵束を指で回しながら。
男は。目当ての女がいる部屋の前で足を止め。
右手に拳銃を持ちながら、左手で鍵を開け。そのまま軽く足で押し開ける。
「オラァ、撃ち殺されたくなかったら動くんじゃねぇぞぉ!」
部屋の奥に固まり、敵意と怯えを含んだ視線を向けてくる女子供達に銃を向けながら…小男は目当ての少女の姿を探す。
しかし、トレーダーの衣装を着た者達しか見つからず。
「てめぇら、あのメスガキどこに隠しやがったぁ!?」
目を血走らせ、銃口を部屋の奥のトレーダー達に向けながら喚く小男。
その瞬間、誰も居ないはずの『背後』から。ジャリ、と小さく音がして。
「あ?………みっつぎゃぁ!」
首だけを後ろに動かした瞬間、目当ての少女。扉の影に隠れていた…大きく足を後ろに振りかぶったアルトを見つけて。
次の瞬間、振りかぶられた少女の足が。男の背後から両足の中心に勢い良く叩き込まれる。
足に伝わる何かを潰したような感触と、前世で男だったからこそ解る何かを思い切り蹴ったと言う事実に。アルト自身も微かにダメージを受けながら…。
右手に持っていた銃を取り落とし、股間を押さえて前屈みとなる男の後ろ膝に続けざまに蹴りを打ち。
為すがままに膝をつく形となって…手頃な高さに来た小男のその頭を。
少女は、胸に灯る怒りの赴くままに。容赦なく蹴り飛ばした。
白目を向きながら、股間を押さえたままの格好で横倒しに倒れる小男。
部屋の奥から一部始終を眺める形となったトレーダーの女性達は…。
肩で息をする少女と目が合うと、無言で親指を立てて。その活躍を賞賛した。
「……第二ステップ、完了。っと…」
開いたままの扉から鍵束を外し、そっと扉を閉め。
床に倒れ悶絶する小男から、何か使えそうな装備がないか。と期待を込めて少女は漁り…。
手入れがされてなさそうなナイフと、今先ほど男が取り落としたガタガタな拳銃のみ。という現実に溜息を吐く。
「…アンタ、これからどうするつもりだい?」
奪ったばかりのナイフを用い、悶絶する男の服を裂いて作った紐で。ともに小男を縛りながら恰幅の良い女性トレーダーが少女へ問いかける。
「そうですね……まず、男の人達が捕まっている部屋を探して開けようと思います」
騒がれると面倒な為、小男に猿轡をかませながら少女は答える。
本当は、武器庫や男が囚われている部屋の場所を聞き出そうと画策していたのだが…怒りに任せて全力で蹴りを叩きこんだせいで。
小男が意識を取り戻すのは随分と先になりそうになってしまったからである。
「そうかい…こいつがマシンガンでも持ってたら、アタシも手助けできるんだけどねぇ…」
忌々しそうに、痙攣しながら床に転がっている小男を横目で睨む女性トレーダー。
その様子に嬉しさを感じながら…。
「それじゃあ…行ってきます」
「気をつけてね、死ぬんじゃないよ」
ハスキーを奪われた怒りと喪失感を胸に秘め、女性トレーダーの気遣う言葉を背に受けて悪あがきを開始する。
身を低くしながら、足音を立てないよう爪先立ちで建物の中を進むアルト。
時折ごろつき達と鉢合わせしそうになるも、空き部屋に身を潜めてやり過ごし。
武器庫らしき場所を見つけるも、見張りが2人立っているせいで一旦諦めたりをして…。
ようやく、男達が囚われている部屋を発見した。
「……驚いた、まさか嬢ちゃんに二度も助けられるなんてな」
両手両足を縛られ、リンチを受けたのか顔を腫れ上がらせたスキンヘッドのソルジャー。ディックが部屋に入ってきた少女に驚きの声を上げる。
他の生き残りのハンターや、囚われていた男性トレーダー達も声こそ出しはしなかったが。表情は同様の感想を浮かべていて。
「そんな事より…大丈夫なんですか?」
「撫でられた程度だ、大した怪我じゃねぇ」
思った以上に酷い扱いに心配そうな表情を浮かべながら、先ほど小男から奪ったナイフで手足を拘束している紐を切る少女。
そんな声に、やせ我慢か心配かけまいとしてか。大したことはないとディックは返し。
程なくして、スキンヘッドの巨漢を拘束していた紐が切り離され。男は自由を取り戻す。
「ま、ともあれ助かった。こっからどうする?」
「…実は、武器庫は既に見つかっているんです。ただ…」
「…ただ?」
「銃で武装した見張りが、2人立っていて」
「そうか…銃はあるか?」
「はい」
アルトの言葉に考え込みつつ、銃を受け取り状態をチェックするディック。
そして、武器庫周囲の状況や構造を確認し…。
「よし、それなら一瞬でケリをつけられるぞ」
「一か八か、ですけど……でも今の時点でもう既に危ない橋渡ってますもんね」
「そう言う事だ、悪いが他の連中の拘束も解いてやってくれ」
「わかりました」
ディックの言葉に頷き、速やかに他のハンターやトレーダー達の紐を切り離し拘束を解いてゆくアルト。
そんな少女の姿に、ディックは自分達が降伏した時の…ハスキーが撃たれた事を思い出し問いかけようとして思い止まる。
吹っ切れている、いないにしろ。今は気丈に振舞っている少女の心に陰を落とす必要はない、と判断し…。
男達の拘束が全て解かれ、本格的な反撃が始まる。
拳銃を受け取ったディックは、角に身を隠した状態での精密射撃で見張り二人を瞬く間に鎮圧。
銃声に建物の中が慌しくなる中、男達は武器庫の中の銃で手際よく武装し…。
武装したトレーダー達は女性トレーダー達の救援に向かい、ハンターとソルジャーは建物の構造を利用して襲いくるごろつき達の各個撃破。
そして、同様に…サブマシンガンだけが見つからずにはいたが、それでも武装を整えたアルトは。
コレも着ておけと押し付けられた防弾チョッキを羽織り。護衛に1人の…襲撃時に銃撃を受け後送されたハンターを護衛につけられ。
手薄になっているであろう、ガレージの確保へと向かう事となった。
「アルトさん、無理そうだったらすぐにディックさんのとこに戻るっすよ」
「…大丈夫、わかってる」
ハンドガン、ベレッタを手に構え。護衛についたハンターから注意を受けつつ建物を進み。
時折遭遇するごろつきを、ハンターと共に撃ち倒しながら。時折息があるごろつきから場所を聞き出してガレージを目指す。
ディック達の方に引き付けられているのか、ほとんど遭遇しない。遭遇したとしても1人2人ですぐに撃ち倒せる。
そんな状況が続き、かつアドバイスを受けておきながらも…怒りで判断力が低下していたアルトは。
本来行うべき警戒…待ち伏せに適した、出口を通る際の警戒を怠ってしまう。
その結果。
「うぐっ!?」
「アルトさん!?」
銃撃音と共に、横腹に凄まじい衝撃を叩きつけられ。
そのまま吹き飛ばされ、地面に転がせられる。
意識が飛びそうな激痛にこらえながら、涙で滲む目で衝撃がきた方向を睨む少女。
そこには…銃口から煙が立ち上る、ショットガンを脇に抱えた大柄な男が。
月明かりに照らされた、大きな傷のついた顔の男が忌々しそうな顔でアルトを睨んでいた。
慌ててハンターが銃を構えるも、進んできた通路の反対側からの銃撃に慌てて出口脇の小部屋に逃げ込まざるを得ず…。
地面に転がっていたアルトは、為すすべもなく大股で近付いてきた男に。片腕で壁に押し付けられる。
「ぁ、ぐぅ…!」
「あん時のガキが…てめぇこんなとこで何してやがる」
壁にアルトを押し付けた姿勢のまま、ショットガンを地面に投げ捨て。肉厚のナイフを抜き、ソレの刃の平でアルトの頬をぴたぴたと叩く。
ドスの聞いた声に、凄みのある顔。そしてすぐそこにある刃物。
いつもの少女なら軽く戦意喪失をしている状況、しかし…ハスキーを奪われたと思っている少女にとって。目の前の男は不倶戴天の敵に他ならず。
「アンタ達に…意趣返ししようと、思ってね…!」
防弾チョッキを着ていたとは言え、至近距離からの散弾。
ソレにより折れた肋骨の激痛に顔をゆがめながら、しかし目の前の男を睨みつけるアルト。
「っ! このクソガキが!」
目も、意志も折れていない。不愉快な少女の返答に。
男は苛立ちを込めて、逆手に持ち替えたナイフを振り上げ。
この場で殺すよりも面白い事を思いついたのか、嗜虐的な笑みを浮かべると。
ナイフを少女の襟元に、少女の体を傷つける事無く差し込み。
手前に引っ張りながら…勢い良くナイフを振り下ろす。
「…っ! 何をするの。さ…!」
思わず悲鳴を上げそうになり、折れた肋骨による痛みでソレも構わず。痛みで喘ぎながら顔に傷を持つ男を睨みつけるアルト。
男は、下卑た笑みを浮かべながら。サラシに包まれた慎ましい少女の胸元と、スラリとした臍や腹部に目を向けて。
「なぁに、今ここで殺すより。楽しい事を思いついてな?」
心から楽しそうに喉で笑いながら、今度は下側から。アルトに見せ付けるようにサラシの内側にナイフを差し込み。
刃の冷たさと、男がこれから自らにしようとしている行動に。思わず短い悲鳴を上げる。
そして、ゆっくりと。サラシにナイフの刃が通り、切り落とされようとした。
その時。
「アァオオォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」
少女の耳に、死んだと思っていた。愛犬の逞しく、そして雄々しい雄叫びが届いた。
(続く)
【あとがき】
アルト、ハスキー君が死んだと思ってうちひしがれ。怒りと復讐をナイチチに秘めて立ち上がる。
しかし、ハスキー君は生きていた! 下手するとハスキー君がフラグ立ててる件について。
アルト今回も地味に貞操の危機でした、しかしハスキー君が間に合ったおかげでぎりぎりセーフでした。
次回、スーパーワンコ無双タイム&スーパーエイブラムスタイムです。賞金首なモヒカン親分はきっと酷い目に遭います。
書いておいて何ですがごろつきの迂闊っぷりと酷さ。もしかすると北斗なモヒカンよりも下かもしれません。
しかし、心理描写とかが難しい。精進せねば。