『クルマ』に乗らず、生身でソレを打ち倒す。
言葉にするのは容易であるが、実行に移す事はまた別である。
砲弾に代表される大火力、そしてモンスターの攻撃を受け止める装甲に、人間など容易く巻き込み踏み砕く車輪や履帯。
勝機が無いわけではない。しかし、これらの要素全てを乗り越えるには経験、技術、装備、そして度胸の全てが必要であり。
そして、それら全てを持ち合わせている人間は決して多くはないのが現実であった。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 11話
『強敵なんだよね』
チンピラ達による一斉射撃から、ハスキーによってアルトが救い出されていた頃。
分断され、装甲車やその取り巻きと交戦していたディック達の方でも。転機が訪れていた。
『クソッタレ! カメラ壊しやがったな!』
ある一点。Cユニットの画面に車体外部の状況を映し出す為のカメラへの一点集中射撃がようやく効を奏し。
カメラの破壊によって外部モニタ機能が使い物にならなくなったことに、苛立ち叫ぶダミ声が響く。
フロント部を装甲板で埋めている装甲車は、コレで単独では脅威ではなくなったと言える。しかし。
防衛側の被害も少なくは無かった。
「回復ドリンクだ、今の内に……お、おい、目ぇ開けろよ!?」
「無駄だ、そいつはもう死んでる。置いてけ!」
遮蔽物から遮蔽物への移動を繰り返しながらの、装甲車と取り巻きへの射撃。
ベテランソルジャーであるディックの指示で行われたその戦闘行動は、現在の状況では数少ない正解の一つで。
しかし、取り巻きや装甲車から放たれる銃弾は。確実に防衛側の数を減らしてゆく。
『クソ! おい、誰かこっちきて観測しろ!』
視界を潰された状態である装甲車からのダミ声が、銃撃音の絶えない戦場に響き。
数を2人にまで減らした取り巻きの内、1人がディック達の方向にサブマシンガンで弾幕を張りながら装甲車によじ登り。
開かれた上部ハッチに飛び込み、上半身を晒した状態で装甲車が射撃を行う為の目となる。
「ディックさん!」
「ああ、チャンスだ。が…伏せろ!」
その様子を見た生き残りのハンターがディックに声をかけ、頷いた次の瞬間。
こちらの方向に装甲車の機銃の銃身が向いた事に気付き、手榴弾を取り出したばかりの気付いてない様子のハンターの襟首を掴み、共に遮蔽物に身を隠す。
「あ、ありがとうございます!
「気にすんな、さて……どうしたものか」
間一髪のところで命を救われる形となったハンターが伏せたまま口にする感謝の言葉に、手に持った銃のリロードを行いながら適当に返す。
ハッチに陣取ったチンピラを攻撃する為に、機銃の雨が止んだ所で顔を出すも。
装甲車の傍に1人残って陣取っている取り巻きからの射撃ですぐに身を隠さざるを得ず…。
防衛側の戦力も、もはやディックと経験が浅めの若いハンターを残し他は全滅。残った取り巻きが近付いてくればまだ勝機は見えるが…。
「さすがに、近付いて来やしねぇか」
「…バズさんの援護は期待できないでしょうか?」
「…無理だな、来れるならとっくにあの亀野郎に砲弾ブチ込んでるはずだ」
援護は見込めない状況、戦闘開始時にアルトのハスキーが負傷者を1人後送したことが頭を過ぎるも…。
この局面でも復帰してこないと言う事はあまり芳しいとは言えず。
「…このまんまここに篭っててもジリ貧だ、俺が囮になる。その間に手榴弾をやつらにプレゼントしてやれ」
「何言ってるんすか! そんなの死にに行くようなもんっすよ!?」
「じゃぁ他に代案はあんのか? それに、アルトの嬢ちゃんの方向かったヤツらがこっち来ないとも限らん」
「………了解っす」
コレ以上の膠着状態が続いた場合の危険性に、若いハンターも思考が行き着き。ディックの提案に頷く。
分断された初期の頃は援護も考えてはいたものの、ソレが許されない状況のまま時間が過ぎた今。
口に出さずにはいたが、既にアルトの事は死んだも同然だと考えていた。
だからこそ、次の瞬間に起こった事は。
襲撃者にとっても、ディック達にとっても想定の範囲外であった。
一発の、乾いた銃撃音が響き。装甲車のハッチの上に陣取っていた、チンピラが頭から血を噴出しぐにゃりと倒れ。
装甲車の傍に陣取っていたチンピラが、どこからの射撃だと周囲を見回す。そして次の瞬間。
ディック達が隠れていた方向とは、全く違う方向から凄まじい勢いで接近し。飛び掛ってきた大型犬に喉笛を噛み潰される。
「…手榴弾、ありったけだ!」
「…はい!」
その光景を目にしたディックと、若いハンターは。思った以上に逞しかった少女と飼い犬の活躍を賞賛するような獰猛な笑みを浮かべ。
残り全ての手榴弾のピンを抜き。ソレを、異常に気付き全速で後退しようとする装甲車めがけて放り投げる。
そして、殆どが装甲車の装甲部分にあたり。爆発するも装甲を凹ませるのみとなる中。
一つの手榴弾が、開いたままの上部ハッチの中に飛び込み…逃げ場のない装甲車の中で、ソレが爆発。
くぐもった爆発音とダミ声の断末魔が辺りに響き…。
制御を失った装甲車は蛇行を繰り返し、林に突っ込み樹に正面から衝突してようやく動きを止めた。
「………ふぅ、やれやれ。どうやらなんとかなったみたいだな」
動きを止めた装甲車に銃口を向けること数十秒、中から出てくる様子もないことに安堵し。銃を下ろすディックと若いハンター。
そして、こちらに近寄ってきた殊勲者である大型犬のハスキーと合流し。一番の殊勲者で、肩にライフルを担ぎ呑気に手を振る少女に声をかけようとして。
少女の後方、キャラバンの前列があった方から煙を噴出しながら走ってくる。1台のクルマと武装した集団に気付く。
「嬢ちゃん、走れぇ!」
ディックの叫び声に手を振る手を止めて後ろを見、瞬間弾かれたように全速力で走り出すアルト。
しかし、既に後方から迫っていたクルマ。軽戦車の砲口は少女を捉えていて…容赦なく砲弾が撃ち出される。
「きゃぁっ!?」
幸いにして直撃も至近距離への着弾も免れたアルト、しかし…。
着弾による爆風に、少女の小柄な体は石片に打ち据えられながら吹き飛ばされ地面に転がされる。
「嬢ちゃん!」
「アルトちゃん!?」
「アォォン!」
その光景をまじまじと見せ付けられる形となった2人と1匹は、ピクリとも動かず立ち上がろうとしない少女に駆け寄ろうとするも。
ディックとハンターは軽戦車からの機銃掃射に足を止めるしかなく。
それでも足を止めなかったハスキーが、数発の銃弾をその毛皮に撃ち込まれ。血を流しながら倒れそうになるが…それでも倒れる事なく踏み止まる。
しかし…。
「おっとそこまでだワン公、動くんじゃねぇぞ」
倒れるアルトを、顔に傷を持つ大柄なごろつきが片手で引き起こし。
僅かに呼吸をしている少女の頭に、大型拳銃を突きつける。
そして。
「てめぇらもだ! 撃っても構わねぇがそん時はこのガキの脳髄ぶちまけっぞ!」
男に銃を向けるディックとハンターに、一際強くアルトのこめかみに銃口を押し付けながら男が叫び。
主人に向けられる銃口に、飛びかかる直前の。身を低くした姿勢で全身から血を流しながら男を睨むハスキー。
「死にたくなけりゃ、武器捨てて投降しろや。死にたいバカなら砲弾でバラバラにしてやっけどよぉ?」
「ぁ、ぅ……」
ゲラゲラと醜悪に笑いながら、男は銃で意識を朦朧とさせているアルトの顎を持ち上げ。
下卑た笑みを浮かべたまま、引き起こした手を入れ替えて少女の起伏の乏しい体に手を這わせる。
「んだよ、シケた体してやがんな。こいつ」
「ぅ、ぁ……ゃ…」
自らの体への刺激と、耳朶を打つ男の声に焦点の合わない瞳を開き。
身じろぎして、逃れようとするも。小柄な少女の、ソレも力の入らない現状では大柄な男からは逃れる事ができず。
「暴れんじゃねぇ!」
「っぁぁ!」
その動きが癪に障ったのか、男は怒鳴り声を上げ。右手に握った銃のグリップで少女の顔を殴打し…。
今この瞬間まで、はち切れそうになりながらも。主人の命を守る為にギリギリで踏み止まっていたハスキーの理性は。
その暴行を目の当たりにした瞬間、怒りによって弾け飛んだ。
「グァルルル!!」
主人を押さえ、不埒な真似をし。そして今暴力を振るった男を仕留めるべく。
傷を負いながらも、弓のごとく引絞っていた体のバネを解き放ち。
主人を助けるべく、全細胞を用いて男を屠ろうと動くハスキー。しかし。
「はんっ、バレバレなんだよ!」
「ギャィン!?」
好き放題振る舞いながらも、最も近い位置にいた大型犬に注意を払っていた男は。
飛び掛ろうとするハスキーめがけて、数回大型拳銃の引き金を引き…。
真正面から数発を受け…内1発はハスキーの頭部に命中し。地面に転がされて…動かなくなる。
そして、その瞬間。
防衛側の敗北は、決定した。
ディックとハンターは武装解除され…。
僅かに生き残った護衛と、トレーダーの積荷も車両も、人員すらも。
襲撃者達の戦利品として…彼らのアジトへと連行されてしまった。
最前列に位置し、襲撃者の砲弾が炸裂し自走不可能となったトレーダーの雑貨品を載せたトラックを除いて。
そして、襲撃者らが立ち去って。暫くした頃。
地面を、その大きな体から流れる血で塗らしていた。ハスキーの体が僅かに動き。
大きく咳き込んで、その口から血の塊を吐き出してフラつきながらも4本の足で立ち上がる。
男から受けた銃弾、ソレはハスキーの体に幾つもの風穴を開け。更に一発は頭部にすら命中したが…。
心臓に風穴が空く事はなく、頭部に命中した弾丸も角度と生体改造を受けて強度を増した彼の骨格により。幸いにも頭部を滑り傷をつけるのみであった。
「ガ、フ…」
口の端から血を流しながら、鼻を鳴らし。戦死したソルジャーの荷物を漁るハスキー。
やがて、ソルジャーが使い損ねたであろう回復ドリンクを見つけ。口先で器用に蓋を開けると、その中身を飲み干す。
そのような事を、死体を漁り数回繰り返し…。ようやく、ハスキーの体から流れる血が止まり。
四肢に力を込め主人であるアルトの匂いを頼りに、走り出す。
青年トレーダー、カールが生き残り。尚且つ襲撃者の目から逃れられたのはある意味で幸運の賜物だった。
最前列を走るエイブラムスのすぐ後ろを走っていた、カールが運転するトラックに襲撃者からの砲撃が撃ち込まれて横転。
その後、2台のクルマ。軽戦車とバギーを相手にエイブラムスとその上に乗るソルジャー達との戦いに巻き込まれずに済み。
気付かれない内に横転した運転席から脱出、物陰に潜んでいたおかげでトラックの中身を漁るごろつき達に見つからずに済んだのだから。
「…さて、どうしたもんですかねぇ」
砲身こそ無事なものの、あちこちに穴が開き。自走不可能な状態であると一目でわかるエイブラムスを身ながら呟くカール。
家族であり同僚でもあるトレーダーの仲間を一刻も早く助けたい所であるが、自分1人でやれる事などたかが知れている事を重々承知していて。
「アサノ=ガワの町のハンターオフィスに駆け込むとしますか…」
重戦車を先頭にしていたとはいえ、それでも車で三日かけて走ってきた道のりを思い溜息を吐きながら。
徒歩で向かう為に、横転したトラックに残されていた食糧や水を掻き集め始める。
「あまり手が付けられてませんね…まぁ、ヤツらのクルマも結構ダメージ受けてたようですし。そっちを優先したのでしょうけど」
自分達のトラックが、自走不可能となったごろつき達のクルマを牽引させられていた光景を思い出し1人呟き。
目的の品を探す事数分、思わぬ『装備』をカールは見つける。
「…なんでしょう、コレ?」
ベルトのようなバンドに、引き金のないバルカン砲や4連装のロケット砲が2つ左右に取り付けられた何かを見つける。
「……ああ、そういえば…」
香辛料と引き換えに車両の整備パーツを譲ってもらった際、オマケで受け取ったものの使い道に困って雑貨行きになった経緯を思い出す。
生体強化された犬用の武器なんて、そうそう使い道などないのだから。
「………ん?」
生体強化された、犬。
その事を思い返して、ごろつき達に連れていかれた呑気で素直な少女から聞いた言葉を思い出す。
研究所で、あの大きな犬。ハスキーと出会ったと。
そこまで行き当たった時。
彼は、本日幾度目かもわからない幸運と出会う。
「…おや…?」
キャラバンの最後尾が居た方から、全速力で駆けてくる。全身の各所を血に染めた大型犬。
傷こそ負ってはいるが、走れると言う事は生きていて。そして自分の手元にはその犬が装備できそうな銃火器。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
横転したトラックに目もくれず、そのまま同僚達をごろつきが連れ去った方向へ走り去ろうとするハスキーをカールは慌てて呼び止める。
声に気付いたハスキーは、カールを一瞥してそのまま走り去ろうとして…彼がその手に持つソレに気付き、足をとめてカールの方へ走り寄ってくる。
カールは、その大型犬様子と仕草に静かに戦慄をした。彼は、自分が手に持つモノの価値に気付き判断できるほどの知能を持つと気付いたのだ。
だから、確信を込めてこう問いかける。
「…使い方は、解りますか?」
…と。
その問いかけに、ハスキーは力強く一声鳴き。早く付けろと視線でカールに催促する。
「……あのチンチクリンな娘。とんでもない拾い物したのですね…って、睨まないで下さいよ」
人語を解し、武装の使い方を把握し。そして必要であればすぐにでも主人を救出したい感情すらも捻じ伏せる目の前の大型犬に。
その価値が理解できてしまった青年は溜息を吐きながら、ハスキーの体に…バルカン砲と4連装ロケット砲が2門くっついたバンドを取り付け。
思わず口に出たアルトを侮辱したとも取れる発言に、瞳に剣呑な光を宿すハスキーに慌てて侘びを入れるカール。
そして、初めて取り付ける関係で多少手間取りはしたが。武装の取り付けは無事完了し…。
「……使えそうですか?」
「わふっ」
カールの問いかけに、肯定を示す声をあげるハスキー。
そして、感謝の意か。カールの顔を血の匂いがする舌で一舐めし…。
ハスキーは、弾丸の如き速度で。匂いを辿りながらごろつき達が主人を連れ去った方向へと走り去っていった。
「……ご主人思いな良い子ですねぇ」
あっという間に見えなくなったその後姿に思わず呟いて。
掻き集めおわった食糧と水をリュックサックへ詰めて背負い…。
風穴を開けられ、動かなくなったエイブラムスへ近付く。
「…バズさんすいません。仇を取れる人を呼んでくるので、安らかに眠って下さい」
ヒヨッコの頃から、公私にわたって世話になった。今は亡きベテランハンターに侘びを入れて。
アサノ=ガワに向かって歩き出す。
「……勝手に殺すな」
大破したエイブラムスからの声を背に受けながら。
「……え?」
振り返るカール、そして無言でエイブラムスに近付いて装甲に耳を当てる。
結論から言えば、エイブラムスを駆るハンター。バズは生きていた。
…が、度重なる攻撃を受けた結果シャシーが歪み。脱出不能となっていた。
「悪運強いですね、バズさんも」
「ソレが取り得なんでな。 どうだ、直りそうか?」
「主砲は照準器弄ってやればなんとかなりそうですね、足回りも応急処置ならできそうです」
「エンジンと機銃は?」
「エンジンも応急処置ならできそうですね、ただ機銃はどうにもなりそうにありません」
「そうか……特急で頼む」
「毎度、修理キットの代金はサービスしておきます」
キャラバンの車両点検を一通り任されている経験からのエイブラムスの診断を終え。
全力、には届かないまでも闘えるよう修理を始めるカール。
来るべき、反撃の時の為に。
(続く)
【あとがき】
キャラバン防衛隊壊滅、ちょっとストレスの溜まる展開でした。
しかし、スーパー反撃タイムはいずれやってきます。ごろつきとチンピラとモヒカンの命はそれまでの陽炎のごとき儚い命です。
アルト地味に貞操の危機でした、しかしハスキー君が頑張ったおかげでその先へ進められずに済みました。
次回、アルトのスーパー蛇タイムです。きっと。
そして、今回でようやくハスキー君の装備が強化されました。
イメージ的に、胴体の左右に4連装のロケットランチャーを括り付けて。上にバルカン砲背負ってる感じです、まさに生体兵器。
実はうっかり研究所での拾い物とアルトがバラしてたおかげでした、しかしある意味紙一重なアルトの呑気っぷり。