大破壊を経て、自然も人心も荒れ果てた世界。そこでは、かつてあった司法機関は形骸と化し。
その代替えとして悪党を賞金首に指定し、ハンターへ報酬を出すハンターオフィスがその役目を担っていた。
彼らは、悪党やモンスターが積み重ねた悪行や脅威の大きさに応じて賞金額を設定しているのだが。
その中でも、賞金額を設定する上で重要視している行動の一つがある。ソレは…。
通商や物流を担う、トレーダーへ危害を加えたか否か。である。
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 10話
『襲撃なんだよね』
トレーダーのキャラバンと、護衛のハンター達がアサノ=ガワの町を出発して三日目。
護衛に参加した当初は侮られていたアルトであったが、野営のたびに振舞われるその料理により。
披露されていない戦闘の腕はどうであれ、料理人として今やキャラバンに欠かせない人物となっていた。
そんな少女は、今…。
「へぇ…10歳の頃からハンターやってたの、ソレは大変だったんだねぇ」
キャラバン最後尾のトラックにて、恰幅の良い女性トレーダーを言葉を交わしていた。
ハスキーは、意外に広いスペースのせいで。トレーダーの小さい子供に撫で回されている。
「そうですねー、騾馬亭のマスターや闘い方教えてくれたハンターさん達がいなかったら野垂れ死んでいたかもしれません」
朗らかに物騒な事を口にしながら談笑を続ける少女と女性。
女性のハンターやソルジャーと言えば、大体が負けん気が強く素直でない。というのが通例であるが。
張り詰めたような空気もなく、呑気で素直と評するのが適切といえるアルトの性格は旅を続けるトレーダーにとってある意味新鮮で。
そして、ソレはトレーダーだけではなく…。
「…あの娘、良く良く考えたらかなりの優良物件じゃね?」
「何今更気付いてんだよ、タコ」
アルトと女性が朗らかに談笑する様子を眺めながら、小声でやり取りする荷台で待機していたハンター達。
美味い手料理に、料理を褒められた時の笑顔。そして手入れがされているのかきめ細かな肌と長く流れるような黒髪。
驚愕の騾馬亭に出入りしていなかったハンターらにとって、初めて見た…それだけ揃っていて更に性格が素直で呑気という少女は。
彼らにとっても新鮮な存在であると言えた。ある意味で珍獣とも言える。
「しかし、綺麗な髪してるよねぇ。肌も綺麗だし、男が放っておかないんじゃない?」
「いやー、そんな事ないですよー。騾馬亭でお仕事してる時に酔っ払いにからかわれるくらいですし」
人を食ったような笑みを浮かべ、悪戯っぽい目付きでアルトに問いかける女性トレーダー。
その言葉に対し、ウェイトレスの仕事の際に受けたセクハラを思い出して苦笑を浮かべて応える。
「と言う事は、良い人いないの?」
好奇心の赴くままに少女へ尋ねる女性トレーダー。
あわよくば、と思っている。荷台に同乗しているハンター達と、独身のトレーダー達が聞き耳を立てる。
「いませんねー」
アハハ、と困ったように笑いながら応える少女。内心でガッツポーズをする男達。
しかし次の言葉に彼らは打ちひしがれる。
「それに、ボクはそう言うのに興味もないですし」
「あらそう」
肩をすくめ、近くまで転がってきたハスキーを…さっきからハスキーをモフっていた子供トレーダーと一緒に撫で回す。
その返答に残念そうにする女性トレーダー、聞き耳を立てていた男達は心に鉄鋼弾を撃ち込まれたようなダメージを受けていた。
約14年間女をやってきて、覗かれたりしたら思わずキャーと叫んだりもしてしまうが。それでも転生元である男の思考と記憶も残っているのである。
そういう意味においては、アルトの返答は当然ともいえたかもしれない。
アルト本人にしてみたら、料理が得意になったのは美味しいモノが食べたいからであるし。褒められて嬉しいのは当たり前で。
この世界に女性として生を受ける前も風呂好きであった延長で、そのあたりをしっかり洗っているだけで…。
どこか緊張感が無い性格も、約14年間の生活で上書きこそされているものの。平和ボケ民族の思考がどこかで残っているからなのだから。
「でもね、やっぱりそういう人は居た方がいいわよ。なんならうちの若い連中紹介してあげるからさ!」
「あ、あはは…お気持ちだけ受け取っておきます」
仕事一筋の少女をどうにかしてあげなきゃ、と言う情熱を目に宿し熱くアルトへ語る女性。
彼女なしのトレーダー連中はもっと言ってくれと内心で喝采を送り、ハンター連中は余計な事言うな! と内心で女性に苦情を送って。
渦中の少女、アルトは。引き攣った笑みを浮かべて遠回しに辞意を伝える。
ちなみに、ハスキーはその間も延々とモフられており。おなかを見せてだらしなく荷台に転がっていた。
襲撃といえる襲撃もなく、このまま順調に目的地につくんじゃないか。そういう空気が広がる中。
ソレは、起きた。
「最前列が襲撃を受けた! バズ達が抑えてる間に林の中に逃げ込む!」
通信機で、先頭を走っていたエイブラムスから通信を受けたトラックの運転手が。そう怒鳴ると同時にハンドルを切り。
前を走っていたトラックらと一緒に、脇の林の中へ進路を切る。
「っ! クソッタレ、後ろからもきやがったぞ!」
一番後ろに座っていたスキンヘッドのソルジャーが双眼鏡で背後からの襲撃者を告げ。
荷台の中に緊張が走る。
「トラックが林に入り次第出るぞ! 武器のチェック忘れんなよ!」
「了解っす、ディックさん!」
先ほどまで、年若いハンターをからかっていたソルジャーが怒鳴り。アサルトライフルを引っつかんで荷台から飛び降り。
彼に続く形で、次々とハンターやソルジャー達が荷台から降りてゆく。
「ボク達もいくよ、ハスキーくん!」
「わぉん!」
愛用のボルトアクションライフルを携えて相棒であるハスキーに声をかける少女。
「無理するんじゃないよ!」
「はい!」
先ほどまで談笑していた女性に激励され、不安そうな顔で今にも泣き出しそうな子供トレーダーの頭をそっと撫でて。
ハスキーと共に荷台から飛び降り、即座に身を低くして先に降りたハンター達と合流。
「おう来たか嬢ちゃん、状況は最悪だ。主力の戦車は最前列で足止めくらってる状態だって言うのに敵に装甲車がいやがる」
「……バズさんはこれそうに無い?」
「無理っぽいぜ、あっちにも戦車が襲い掛かってるみてぇだしな」
「なんだそれ! 俺らだけでクルマなんて相手にできっかよ!?」
戦闘の気配に唸り声を上げるハスキーを宥めつつ、ディックと呼ばれたスキンヘッドのベテランソルジャーに状況を尋ねるアルト。
しかし、状況は芳しくないようで。戦車相手という事実に一部のハンターは既に戦意を失いかけている。
「落ち着けてめぇら! しかし、どうしたもんか…」
浮き足立つハンターを一喝するも、敵装甲車らが迫る中で悠長に考えている余裕もなく。焦りを滲ませるディック。
その間に、アルトは双眼鏡を借りて敵の様子を身を潜めつつ確認。
敵は、見る範囲では機関銃一門を装備した装甲車と。10人ほどの粗野なアーマーに身を包んだ歩兵、装備もマチマチである。
「……人間? トレーダーを襲うと、賞金額ハネ上がるのに…」
「クルマ数台抱えてるようだからな、よっぽど自信があるんだろうな…頭の弱い悪党ほどタチの悪いのはいねぇ」
思わず呟くアルトに、嘆息しながら応えるディック。
そして、互いの銃器が届くほどの距離に装甲車が近付き。外部スピーカーがあるのかダミ声が装甲車から響く。
『てめぇら! 抵抗しなかったら命だけは助けてやるぜぇ? 但し男は奴隷にすっし女は好き放題玩具にさせてもらうけどなぁ!』
「……訂正だ、頭の弱いクソにも劣る屑共だ。 てめぇら、ぶちのめして突破するぞ!」
「おう!」
装甲車から響く言葉に、スキンヘッドに血管を浮かべ。ハンターらへ激を飛ばすディックの言葉に、力強く応えるハンター達。
彼が3個ほどまとめて放り投げた発煙手榴弾の煙が敵の装甲車を包んだのを引き金に。
闘いは始まった。
『っちぃ!? 命が惜しくねぇみてぇだな! ブッ殺してやるぜぇ!』
ダミ声が響き、スモークに包まれた装甲車からロクに照準を定めずに放たれた機関銃の一斉射撃が撃ち込まれ…。
カバーが甘かった、運の悪いハンターが流れ弾で肩を撃ち抜かれて地面を転がる。
「い、いてぇ…いてぇ!?」
「ハスキーくん、その人を後ろに引き摺っていって!」
「わぉん!」
愛犬のハスキーに指示を出して負傷したハンターを後方に引き摺ってもらい。
そこを狙い撃とうとしたチンピラに銃口を向け、人を撃つ事に対する嫌悪感を感じながら。サブマシンガンの片手撃ちし。
空いた左手で手榴弾を取り出して口でピンを抜き、今も煙幕に包まれながら無差別射撃を繰り返す装甲車めがけてソレを放り投げる。
狙いの甘い、しかし3点バーストを連続で撃ち込まれたチンピラは胴に数発銃弾を受けて昏倒。
ソレと同じタイミングで装甲車に手榴弾が炸裂する。
「…やるな、嬢ちゃん」
その手際のよさに、アサルトライフルでチンピラを撃ち抜きながら賞賛の声を送るディック。
しかし、とうのアルトはソレどころではない。何せ…初めての対人戦なのだから。
そして、隠れて射撃をしてくるハンター達に業を煮やしたチンピラ達はある行動に出る。
「旦那! やつら手榴弾構え始めました!」
「くそったれ! 散るぞ!」
号令に、敵の銃撃に当たらぬよう身を低くしながら散り。林の木陰に隠れるハンター達、しかし…。
「ぎゃぁぁぁ?!」
何人か、逃げ遅れたハンターやソルジャーが一斉に放り投げられたソレの爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ。動かなくなり。
その光景に生き残った、ディックを筆頭とするソルジャー達は忌々しげに舌打ちし…。
昨晩まで談笑していた同僚が動かなくなる光景に、強いショックを受けながら。それでもなんとか吐き気をこらえるアルト。
「こ、のぉ!」
狙撃屋として、あるまじき声をあげながら…1人木陰に隠れて手榴弾を投げたチンピラの頭を撃ち抜き永遠に沈黙させる。
人の頭を撃ち抜き命を奪った事に対する嫌悪感は確かに少女を苛むが、戦闘における高揚と怒りがその嫌悪感を洗い流す。
しかし、大きく身を乗り出し。更に声をあげての狙撃。
そこまで条件を重ねれば、さすがに敵も気付き…アルトめがけて一斉に銃撃を行ってくる。
「っつぅ!」
咄嗟に木陰に身を隠したものの、片腕に銃弾が掠り。少女の体に傷と痛みを刻む。
3人からの一斉射撃に慌て、残弾が少ないままにしていたMP5をリロードしようとするも…傷付き焦る手付きのせいで芳しくなく。
先の手榴弾から生き残ったディックを筆頭とする他のハンター達も、装甲車の相手で手一杯な為…孤立する形となったアルトの援護ができない状態で。
勝利を確信し口元に下卑た笑みを浮かべたチンピラが、銃を片手に木陰に隠れる少女へ迫ろうとした。その時。
「ガルルルルルッ!」
負傷したハンターを運び終えたハスキーが、弾丸のような速さで駆けつけ。
今にもアルトに銃を突きつけようとしたチンピラの喉笛に牙を突き立て。
断末魔を上げる事すらも許す事無く、その喉を噛み潰す。
「ハスキーくん!」
「わふっ」
あわや、と言うところを救ってくれた愛犬の名を思わず叫び。いつもの呑気な鳴き声で、口元を赤くしながら応えるハスキー。
そして…林の間を縫うように駆け抜けながら、次の獲物へと疾風のごとく襲い掛かる。
「く、くるなっ…ぎゃぁっ!?」
目の前で仲間を無情に噛み殺し…今も迫ってくる大型犬の姿に恐怖し。
銃を乱射するも、恐慌状態となっていたチンピラの弾丸など当たるワケがなく。
片足にその牙を食い込ませたハスキーは、軽々とチンピラの体を振り回し。
そそり立つ樹木に、振り回したチンピラの体を思い切り叩きつけ。容易くその意識を吹き飛ばす。
「こ、この化け物が…がっ!?」
叩きつけ、動きが止まったハスキーにうろたえながら生き残ったチンピラが銃口を向けるも。
愛犬が注意を引いている間にリロードを終え、回復カプセルを服用したアルトが銃撃。チンピラを昏倒させる。
「はぁ、はぁ…」
追撃してきていたチンピラ3人、全てを沈黙させ。血臭で咽返りそうになりながら、生き残れた事に安堵して大きく息を吐く。
この短時間の間に人を撃つ事に躊躇いがなくなった事を、どこか可笑しく思いながら…残弾を確認し。
命令を待つように座り待機していたハスキーを伴い、分断され装甲車と戦ってるであろうディック達の下へ向かうのであった。
(続く)
【あとがき】
スーパーわんこタイム発動、そんなお話でした。
本当は襲撃戦をこの回で決着つける予定だったのですが、思った以上に長引いた為分割する事となりました。
そして、初戦闘シーン。皆さんの反応が楽しみであり恐ろしくありドキドキです。
アルトの「撃ちたくないけど、撃たなきゃ危ないよね」的心理が描写できていたらよいのですが…。
要望があったためトレーダーさんとの会話交流シーンを追加。
名前ありのベテランハンターバズさんや、青年トレーダーカー坊は次回あたり活躍します。多分。
しかし、ほのぼの展開を買ってくれてた皆さんに怒られやしないだろうか……。