■ 学園的日常? 朝の学園前広場。 常ならば学生教師その他諸々の老若男女が行き交う空間は、未だ眠りから覚めていない。 1個大隊1000名が整列してもまだ猶予を残すその場所に集まったのは、僅か1個小隊50名ほどの男達だ。 皆、若い。 一様に黒地に金縁の制服――そう、学園の制服だ――に身を包んでいる事から、学園に通う生徒である事が知れる。 背格好も容姿も様々である彼らに共通する点は3つ。 1つ。右腕に「風紀委員」と白抜きで書かれた緑の腕章をしている事。 風紀委員とはその名の通り学園内の風紀を守る事を目的とする集団であり、親と逸れた迷子からどこぞのアホが召喚ミスった魔物まで、様々なモノを相手にする事を日常とする者達だ。 その際の手際の良さは警察隊のそれを彷彿とさせるほどで――つまりは、手段を問わず容赦もしない。 乱闘騒ぎのど真ん中に問答無用で攻撃魔法をぶっ放す程度なら通常業務である。 そんな風紀委員の中でも、特に精鋭と恐れられているのが緑の腕章を班章としている彼ら巡邏R班である。 1つ。風紀委員であるのならば携えているはずの武具を何ひとつ携行していない事。 彼らは全員が己の肉体のみを頼りとする格闘系前衛であった。その腕前は高く、ある状況下においては魔界の軍勢すら退け得るとすら噂される程だ。 噂の裏付けとして、警察隊との親善試合で互角の勝負を繰り広げたという事実すらある。 警察隊の実働部隊1個小隊と言えばちょっとした盗賊団を根こそぎ捕縛してお釣りが来る事を考えれば、それと互する彼らの実力も推して知るべきだろう。 1つ。 ……彼らは、ある意味勇者であった。「いいかお前らぁ。今日も我々はぁ、元気に張り切って通常業務に邁進する訳だがぁ。そこのお前ぇ、我々の成すべき事は何だぁ?」「幼女の輝く笑顔を守り! 幼女の健やかな日常を見守り! 幼女に仇成す者を滅ぼし尽くすっ!」「よぉし。だがしかし、我々はあくまで見守るだけだ。例え我ら巡邏R班、みなが変態であろうとも。 いや、否! 我らは変態という名の紳士であるっ! 貴様ら、紳士とは何だっ?!」『イエス、ロリータ! ノー、タッチ! 個人の趣向は数あれど、リアルはマジでやめておけ!』「紳士とは何をする者だ?!」『幼女を護る為ならば! あらゆる敵をぉ、粉砕! 粉砕! 粉砕!』「巡邏に懸ける意気込みは?!」『幼女に迫る危険の芽を、種すら残さず狩り尽くす!』「ならばよし! 各自業務を遂行しつつ、幼女を見守るべし! これにて散会!」 風紀委員巡邏R班――通称、幼女を見守り隊。 こんなのでも学園最強の治安維持部隊である。「あんなのに勝てないあたしらの立場って……」「言わないで。ちょっと泣けてきそうだから」■ 日常会話? その3「隊長隊長隊長っ!」「なに?」「隊長って実は結婚してるって噂、本当なんですか?」「……なによ、結婚してちゃダメなの?」「うわぁ、本当だったんだ……」「だから言ったでしょ、この間街で見たのは隊長だって」「とても失礼な反応をしてくれたあんたには後でたっぷり仕事を回してあげるとして……」「うげ、勘弁して下さいよ~」「この間街で見たって、本当?」「ええ、息子さんと楽しそうに歩いてたじゃないですか」「……? 私、子供なんて産んでないんだけど」「あれ、そうなんですか?」「ほらー、だから言ったじゃない。隊長のスタイルじゃ子供なんて産んでないって直ぐ分かるって」「誰が寸胴で貧相な色気のない身体をしてるって?」「ちょ、誰もそこまで言ってないじゃないですかぁ! いへ、いへへへへ! ほっへたふねるのはやめへくらさい~!」「んー……。ひったくり犯を見事なショートアッパー一発で打ち上げてたから絶対隊長だと思ったんだけどなぁ」「……あ、それ私だわ」「え、だってその人息子さんと一緒だった――」「あれ、夫よ。ああ見えてもれっきとした成人男性。私より年上なのよ」「うえぇぇぇぇぇええええ!?」「うっそ! だって、明らかに身長とか顔とか肌艶とか……」「まぁ、あんた達の言わんとする事は分かるけどね」「ま、まさか隊長がショタコン趣味だったなんて……」「人聞きの悪い事言わないでよ。私のはただチョット人よりストライクゾーンが低めで半ズボンが似合うような男性が好みなだけじゃない」「だけ、って。だけ、って……」「……ちなみに、セージ様は?」「一番好きなコースからボール半分ズレてるわね。危うく打ち取られるところだったわ。夫がいなければ危なかった……」「やっぱショタコンじゃないですか」「うっさいわね。悔しかったらあんた達も自分の趣味に合う旦那さっさと見つけてみなさいな」「あたしは隊長と違って理想は高く掲げてるんですよーだ」「……あー、ごめん。私、現実主義者だからあんたにはついていけないわ」「何よー。戦う前から諦めてちゃダメだってばっちゃも言ってたんだよ?」「ふーん。それで、あんたの理想の男って?」「白馬に乗った王子様♪ ――ただし美形に限る」「…………」「…………」「…………」「……さて、残りの仕事を片付けて帰ろうかしら」「そーですね。ええ、そうしましょう」「そ、その反応は無いんじゃないかなぁっ」■ ケーニスさんに部下が出来たようです 警察予備隊第2101猟兵小隊。それがケーニスが初めて持った部隊の正式名称だった。 小隊定員の50名には少し足りないが、5つある各班の内4つの人数は10名の定数を確保している。足りないのはケーニスが直率する班だけで、この班だけはケーニスを含めても5人しかいない。 と言うよりも、頭痛が痛いと言いたくなるようなメンバーを目の届くところに置いておく、というのが主眼なのでこれ以上増えるようだとケーニスが涙目になりかねない。 今でも十分に涙目になりそうではあったが。「それにしても、よくもまぁこれだけ問題児を集めたものよね」「ご、ごめんなさい。さっちゃんも悪気がある訳じゃないんですけど……」「あー、別にいいのよ。なぎーが気にする事なんてないんだから。まぁ、わん子もこうして見ている分には可愛いと言えなくもないし」「モグモグハフハフッ……! …………? ボクの事がどうかしたのか?」「よく食べるわね、って事を喋ってたのよ」「だってキチンと食べないと力が出ないのだ。ボクとしては3食昼寝付きの昼寝の部分が付いてないのだけは不満だけど、その分お腹いっぱい食べられるからそれで惣菜って事で納得してるのだ」「さっちゃん、それ、惣菜じゃなくて相殺だと思うよ」「ん? まぁ細かい事はいいのだ」 その小さな身体のどこに入るのかというほど大量の食事を美味しそうに食べる少女の名は、サチという。 パタパタと揺れる尻尾と猫耳からすぐに分かるように、獣人族の少女だ。 問題児というより基本アホの子よね、とはケーニスの評価であるが、自分の身長を遥かに超えるハンマーを軽々とブン回す戦闘力は獣人族という事を差し引いても末恐ろしいものがある。 ただし、燃費は悪い。 美少女と言うに相応しい容姿はしているが、綺麗だとか可愛らしいという印象を覚えるより先にある種少年のような印象を持つ方が先にくるであろう。 そのサチの隣で申し訳なさそうにしているのは、鬼人族の渚だ。こちらも、額から突き出た1本の角でその素性がすぐに分かる。 性格の方は至って温厚で、やや気弱なところがある。軍人らしさとはかけ離れた――というより暴力というものとは無縁そうな少女である。 驚くほどの美少女という訳ではないが、容姿は十分に平均を超えている。サチと同じく身長も身体の起伏もそう大きくは無いので子供扱いされる事も多いが、ほんわかした本人の雰囲気と相まって親しみやすい美人と言えた。 ただし、やや垂れ気味な目が据わった時は非常に危険である。普段温厚な人ほど、キレたら怖いのだ。「そんな事より、なぎーはもう食べないのか? キチンと食べないと大きくなれないのだ」「うんうん、サチ殿の言う通りでござる。別にあんなに食べろとは言わぬでござるが、渚殿も隊長も少し食が細くはないでござるか? ……まぁ、拙者的には今の体型がベストだと思うでござ――っ?! ぬ、抜き打ちは厳しいでござるよっ!」「うるさい。あんまり変な事口走ると首と胴体が生き別れになるわよ」「ちょっとしたおちゃめに対してこの仕打ち。横暴でござるよ……」「あんたは放っておくと手が出そうだからきちんと釘をさしておかないとね。出来れば物理的に」「流石の拙者も物理的に釘を刺されるのは勘弁でござるなぁ」 3人の横で眦を緩めていた男の一部不穏当な発言に、ケーニスの電光石火の短剣の抜き打ちが襲いかかる。 割と本気で放たれた一閃は、男が銜えた楊枝の半ばから先を断ち切るに留まった。のけぞるように躱した姿勢のまま、口調とは裏腹に全く動じた様子の無いこの男は角勇五郎と名乗っている。 本人は気軽に勇五郎兄さんとでも呼んでくれでござるなどと言っているが、その微笑みが胡散臭いとは隊員一同(サチと渚を除く)の感想が一致する。 一見どこにでもいるような細目の優男なのだが、無駄なく鍛え上げられた肉体と何事にも動じない態度がただの優男では無い事を如実に物語っている。 普段からやや不真面目な言動を繰り返し、自分はロリコンという名の紳士でござるなどと意味不明な事を供述しているため、その腕前に反比例するかのように扱いが割と酷い人でもある。 ただ、その剣の技の冴えだけは本物である、とも部隊員一同の認識は一致しているのだが。「あんたを見てるといつ何時ただのロリコンから性犯罪者に進化するかどうか分かんないように思えてくるからね……」「拙者、腐ってもそこらのロリコンとは格が違うでござる。少女を愛でたいと思うこの気持と下劣な情欲とを一緒くたにされるなど、隊長と言えども怒るでござるよ」「ああ言ってるけど、男なんてさかりのついた犬みたいなもんなんだから気を付けときなさいよ。もし襲われたら遠慮なく魔法ぶっ放していいから」「はぁ……」「うぅ……、少しは拙者を信じて欲しいでござる」「あんたの普段の言動のどこに信じられる要素があるっていうのよ」「まぁまぁ、勇五郎さんはそんな人じゃないですよ、きっと」「…………」 地味にナチュラルなトドメであった。「まぁ、実際問題あんたよりもっと問題な奴もいるんだけどね……」 そう言ってケーニスが視線を向けた先には、ひとり黙々と本を読む男の姿があった。 トフリク=キラザ。職業、魔法使い。「まさか素性が全部偽造されてる奴が部下になるなんて思わなかったわよ……」「あからさまに偽名くさい名前で気付かない隊長が悪い。おかしいと思わなかったのか? 珍名珍姓が並んでいて偽名である事を隠しすらしてなかったんだが」「まさか領主自らノリノリで素性を隠してるなんて思わないでしょうが、普通」「認識が甘い。つまりはそれだけ俺の素性が明らかになると拙いという事だろう。まぁ、俺のような男を堂々と囲い込むあの坊主のクソ度胸だけは認めるが」 低く喉を震わせるようにして笑う男の本当の素性は、領内でも数人しか知らない。 とは言え、セージが5秒で決めたやる気のない偽名から割と謎の人物として知られていたりもするのだが。 あまりにも特徴的な小隊メンバーの中では常識人的な視点も多いのだが、やや目つきが悪いのと不穏当な発言が多い事から危険人物扱いされる事が多い。 ……もっとも、紛れもなく危険人物なのでそれもあながち間違いではない。「まぁ、訓練校を卒業した事で今の素性も満更嘘ばかりという訳じゃあなくなったからな。クックック、しかもきな臭い臭いがプンプンしやがる。俺好みの展開になりそうだぜ……」「一応聞いておくけど、快楽殺人者って訳じゃないわよね」「俺を見くびるなよ。弱い奴になんぞ全く興味は無い。俺が本気を出すのは、本当に強い奴相手の時だけだ。まぁ、雑魚と言えども俺に向かってくるようなら容赦はしないが」「あっ、そう」「それにしても、俺のこの偽名。なにやら悪意を感じるんだが……」「気にし過ぎじゃないですか? セージ様の事はあまりよく知りませんけど、特に意味がある名前って訳でもなさそうですし」「そうそう、『神官』の兄ちゃんの考え過ぎなのだ」 年少二人組にそう言われ、トフリクは顎に手を当て吐息にも似た音を吐きだす。「俺の考え過ぎか。……しかし、わん子。その『神官』ってのは何だ?」「んー、セージ様的には兄ちゃんを呼ぶ時はそう呼べって。『ある意味あいつにぴったりの二つ名(笑)だから』って言ってたけど」「……やはり納得がいかん」「あんたの気にし過ぎよ、『神官』」「そうそう、気にしても仕方がないでござろう『神官』殿」「隊長はともかく、お前に満面の笑みでそんな事をほざかれるのは納得がいきかねるぞ。このロリコンが」「ふっ、ロリコンは褒め言葉でござるっっ!」「……何となく、色々と間違ってる気がするんですけど」「なぎー、多分言うだけ無駄なのだ」 ――とまぁ、問題児集団だが仲は悪くないようであった。