■ ――5th Day ……結局、今日はヴィスト軍は現われなかった。 アルバーエル将軍と一致した予想では、今朝にもヴィスト軍はこの村まで進軍してくるのではないかという予想だったんだが、思っているよりは俺にもツキが残っているらしい。 まぁ、そのツキも新たに抱え込む予定の避難民の事を考えるとマイナスだが。 ツイているかもしれないが、どちらかと言えば悪運の部類に入るな、こりゃ。差し引きマイナス2日がマイナス1日になったっていうのは、素直には喜べんなぁ……。 とりあえず、今日一杯の時間を使って状況はある程度好転した、とは思いたい。 村の住民の避難は終わったし、カーロンも無事合流できた。騎兵が400も抜けたのは激痛もいいところだが、獣人族の有志が民兵を組織してカーロンに付いて来た事で数だけは補えた、としておく。 まぁ、実際には錬度も装備もバラバラな上に十分に組織化されてない烏合の衆なんぞ同数の騎兵の代わりになるはずも無いんだが。 つーか、下手したら戦力的にはマイナスかもしれん。組織戦において邪魔な味方ほど恐ろしい敵もいないしな。 唯一手放しに喜べるのは、半分ほどが弓が扱える連中だという事くらいか……。 それはそれで今度は矢弾が足りんという話になりそうだが、瞬間的な制圧火力がほぼ2倍になるだけでも十分お釣りが返って来る。 どうせ、ウチの弓兵小隊が矢を打ち尽くすまで戦うなんて展開になっていたら全滅必至だったからな。それなら短い間でも有効な弾幕を張れる方がマシだ。それで敵の攻勢意欲を消失させられれば勝ち同然――なんだが、まぁ、そこまで甘くは無いだろうな……。 残りの歩兵扱いの民兵は食玩のスナックチョコみたいなモンだ。 まぁ、ついこの間俺に突っかかってきた兄ちゃんが音頭を取って集めたらしいという事を聞いた時は、世の中何が縁になるか分からんもんだなぁと感心したりしたが。 その後、「勘違いするなよ、俺は借りを作るのが嫌いなだけだからな」なんてリアルに言われて( ゜Д゜)な顔になったがな! ……何というツンデレ。しかし暑苦しい兄ちゃんにやられても全く萌えない件。 つーかダメだよ。ヌルいファンタジーエロゲーの世界に来たはずなのに全く萌え要素とか無いよ。 ムストは売約済みだし、奈宮の姫さんは政治的地雷だし、他のメンバーに至っては会う機会すら無い。 ……現実はいつだって厳しい。むしろ相変わらず現実クソゲー過ぎる。 たまには厨二的な俺TUEEEEEEEE! とかナデポとかニコポとかやってみてーよ。 いや、実際やれても困るけどさ。「それにしても、ヴィスト軍が姿を現していないというのは逆に不気味だな……」「案外、カーディル王が本当に倒れたのかもしれませんぞ」「もし本当にそうだったらどんなにか楽な事か。……いや、むしろそれがきっかけになって乱世に突入するかもしれんがな」「この場は乗りきれても、という事になりますかなぁ……」「ま、そうなった時はそうなった時だ。むしろ、退路を断たれている可能性が気になって気になって仕方が無いんだが」 一応、後方で接敵した場合は狼煙を上げるように厳命してあるから、大丈夫だとは思うんだが……。 戦場に絶対は無い、と言うからな。「そうなっていた場合は、このヴィンセント=カーロンが一命に代えましても退路を切り開きます。心配なされる事はありません」「馬鹿言うな。この程度でお前に死んでもらっちゃ、俺もお前もこれから先命がいくつあっても足りないぞ。 この程度の事はピンチのうちにも入らん。鼻で笑って乗りきるぞ」「……大きくなられましたな、セージ様。このヴィンセント=カーロン、もはやセージ様にお教えする事は何も御座いません」「まさか。 俺が不安そうな顔をしていたら士気に関わるのを見越して言わせたのはお前だろうに。 それに、事実上の初陣だぞ、俺は。頼りにしているんだからな」「では、老骨に鞭打ってご期待に応えねばなりませぬなぁ」 ……さて、この程度と言ってはみたものの、だ。 陣の正面を見やると、村の各戸から外して持ってきた戸板を柵のようにまばらに立てているのが見える。 左翼と右翼では、堀ほど深くはないが無視できるレベルでもない程度の落とし穴――というより穴ぼこを掘っている真っ最中だ。最終的には穴を隠して落とし穴にする予定だが、まだそこまでは至っていない。 蓋の材料? 家屋を解体すりゃ板でも萱でもなんぼでも手に入るがな。 もちろんこんなので敵を阻止できるなんてカケラも思ってないが、突撃速度が少しでも鈍ってくれたらソレで十分。 直接叩きあうのは分が悪いなら、少しでも投射戦力で数を減らさないといけないからな。弾幕にさらされる時間が増えれば、それだけ被害も増すだろう。 それ以上に、これで敵が攻めかかるのを躊躇してくれたら大当りだからな。 賭けのチップがウチの連中の体力だというのは少し気に掛かるが、とりあえず今日中の襲撃が無いのであれば今晩いっぱいと明日の朝までくらいは休ませられるだろう。 そう考えれば悪くは無い。あとは、築いた陣地に固執しすぎて後退するタイミングを逸する事にだけ気を付けておくか。■ セージが麾下の高速部隊を率いて獣人族の集落に到達したその頃、旧ヘルミナ王城内では蜂の巣をつついたような騒ぎが起こっていた。 軍装を身にまとった男女が慌ただしく廊下を行き来し、落城以来多少なりとも穏やかに流れていた空気は一変して戦場の香りを漂わせ始めていた。 そんな中、主のいない王の間に集まっているのはヴィスト三名将と名高い三人の男女であった。 鉄の無表情でたたずむ初老の男が、筆頭と目されるヘクトール=アライゼル征将軍。 顔に深く刻まれた皺は歴戦を潜り抜けてきた年月を威圧として昇華し、未だ衰えない大きな胸板と2メートル近い身長と併せて老将軍というよりは覇王の貫禄を漂わせている。 未だ青年の面影を残す彼らの主よりも王らしいとさえ言われる男だが、カーディルが幼年の頃より仕え続けてきた忠誠は篤い。 カーディルが全権を預ける事すらあり、この老将が右腕として誰よりも重用されているのは周知の事実である。 その老将の前で片膝をつき、頭を垂れているのが左将軍ジャン=スーシェと右将軍ミリア=ダヴー。俗に盾のジャンと槍のミリアと呼ばれるふたりだ。 それぞれ異名の通りに守勢と攻勢に優れた将軍であり、互いの呼吸を知り尽くした戦場での連携は、ふたりがかりであればカーディルを倒せるのでは、とさえ言われる戦上手である。 スーシェは見た目こそ冴えないパン屋の主人といった風貌だが、ヴィスト軍の主要幹部の中ではヘクトールに次ぐ軍歴を誇る。温厚篤実な人柄は武断派の多いヴィスト軍内では貴重であり、また、豊富な経験を活かした兵力運用は特に敵の攻勢を受け止める際にその真価を発揮する。 ミリアはスーシェとは対照的にヴィスト軍での軍歴は短く、元々はカーディルが雇った傭兵隊の副隊長であったという出自を持つ。鋭利な美貌の持ち主で、カーディル王にその美貌を用いて取り入ったのではないかと陰口を叩かれた事もあるのだが、陰口を叩いた者を物理的に黙らせた事もある程の気性の荒い面がある。 神速の用兵と豪快な槍捌きをもって名を知られているが、部下を大事にする将としての評価も高い。 3名とも今のヴィスト軍を支える重要な人物であり、そのような人物がただならぬ様子で一堂に会するというのは、滅多な事ではない。 彼らが集まったのは、セージ達も認識していた通りのウルガー族による行軍中のヴィスト軍への襲撃があったからである。 だがしかし、襲撃されたのはヴィスト王カーディルその人ではなく――「アライゼル将軍、申し訳ございません……」「この度の失態、全て我らの油断と未熟さ故の事にございます。ですから、生き残った兵達にはどうか寛大なご処分を……」「両名とも顔を上げよ。あれはもう既に儂の娘ではなく、陛下の側室になった女だ。謝罪するとすれば王にせよ。 それに、姫様は無事であったのだから、彼らは責務を十分に果たしたと言えよう。姫様や、及ばなかったとはいえ王妃様の身代わりとなって散っていった彼らにも何の罪も無い。 ……ここまでが、上手く行きすぎであったのだろう。儂も、油断しておった……」 そう言ってため息を付く、その瞬間だけは王国中に名を馳せる宿将も人の親であった。 が、軍の重鎮としての責務がその顔を続ける事を許さない。 内心の全てを押し殺し、老将は眦を引き締めた。スーシェとミリアに立ちあがるよう促し、良く通るバリトンの声を響かせる。「それで、王はいかがなされた?」「はっ。伝令による一報を受け取った後、近衛を率いて即座に出撃されました。 私達は留守居を命じられましたが、万が一の事を考えてスーシェ将軍の軍からロンゼンを随行させております」「ロンゼンか……。まだ若いが視野の広い、有望な青年だったな。彼なら激昂した王を良く補佐するだろう」 自らの孫ほどの年齢の若武者の姿を思い浮かべ、アライゼルは後背に関する憂慮を全て思考から取り去った。 兵站線を狙われると厄介であるのは彼も承知していたが、知謀をもってしてスーシェの副将格まであっという間に昇ってきたロンゼンがカーディルの補佐についているのであれば心配する必要は無い。「しかし、こうなってみると儂が前線から抜けたのはいささか心配のしすぎであったか……」「いえ、状況が状況だけにアライゼル将軍がここに腰を据えておられるのはありがたいです。正直に申しまして、兵達の浮き足立った状態はかなり深刻でしたからな。 我らの力不足を恥じるばかりです」「それに、南方方面のビルド王国の動きは鈍いですわ。アライゼル将軍が戻られるまでの間くらいは、何とかなるのではないでしょうか」「儂もそう思いたいのだがな……。どうも、嫌な予感が拭いきれんのだよ」「ビルド軍の招集は鈍く、すぐに動かせる兵力は近衛くらいのものです。それに、ただでさえ機動力の低さが目立つのに、エルト王国からの援軍と合流して国境へ展開するという情報もありますわ。 現地の獣人族の戦力は、どう見積もっても1000程度が限界でしょう。その程度であれば、何もアライゼル将軍が直接赴かずとも良いかと」「……今軍を率いているのは誰になるのですか?」「セルバイアンという、今年19になったばかりの若者だ。名門の出であるし、良い経験になるかと思って連れて行ったのだが……」 アライゼルの副将格の将は二人いたのだが、一人は先の戦いで負傷して病床の上にあり、もう一人は軍の再編成に忙殺されている状態であった。 セルバイアンには1000を超える兵を指揮した経験は未だ無く、本来ならまだ側において学ばせる必要があるとアライゼルは考えていた。だからこそアライゼル自身が現場へ赴き、セルバイアンに場数を踏ませるつもりであったのだ。 無論、このような状況の急変が読めていればまた違った考えを持ったであろうが。 ともかく、セルバイアンに才能がある事自体は疑っていなかったが、経験が足りていないのは自明であった。 それでも想定される兵力差であれば何とかなるであろうと考え、兵を託して護衛の500程と共に帰還したのだが、アライゼルはその判断が正しかったという確信が持てずにいた。 ヴィスト王国が急拡大しつつある中で、中堅どころの有力武将が少ないという問題が改めて浮彫りになっている事に、スーシェとミリアも苦い顔をする。 カーディル王自身は別としても、ヴィスト三名将と呼ばれるうちのアライゼルとスーシェはもう老将と言わざるをえない年齢である。ミリアは中堅どころの年齢ではあるが、経歴の関係上、どちらかと言えば非主流派である。 そして、彼らに次ぐと思われている有力な将も壮年の年頃の者が殆どで、ロンゼンなどはむしろ少数派であった。 今現在はともかく5年、10年後の事を考えると、一刻も早く後継武将を育てる必要があった。 だが、それと同時に拡大し続ける戦線の維持も考えねばならず、今のヴィスト王国の拡大は危ういバランスの上に保たれているのだ。「いつまでもアライゼル将軍やスーシェ将軍にばかり頼ってもいられませんが……、後詰めは必要でしょうね」「この場は儂とスーシェが収めよう。卿は儂の護衛で戻ってきた500ばかりを率いて行き、ビルド王国軍が進出してきた際はセルバイアンに代わって指揮を取ってくれ」「それでは彼の面目を潰しませんか?」「なに、想定通りに事が進んでおれば卿が合流する前に全て終わっている。もし卿が指揮を取らねばならぬ状況に陥っておれば、セルバイアンも納得せざるをえんだろう。 王の命令を無視する形にはなってしまうが、その点は儂から説明しておこう。卿には儂の剣を預けておく。 ……セルバイアンの事、よろしく頼んだぞ」「承知致しました」 アライゼルが鞘ごと腰から外した剣を両手で受け取り、傭兵上がりらしい崩れた敬礼をしてから早足で王の間を立ち去るミリア。 用兵と同じく果断即決な彼女の在り様は、ヘクトールにとって好感が持てると同時に不安の種でもあった。攻勢においての苛烈さに定評のあるミリアだが、守勢での粘り強さも並の将を上回る。 その彼女を評して不安だと言えるのは大陸広しと言えどもアライゼルくらいなものだろうが、やや決断が早きに過ぎると言えなくもなかった。 後背をアライゼルやスーシェが固めているうちは、それで失敗があったとしても何とでもフォローは出来る。しかし、両名が居なくなった後であればどうなるか。その時にこそ、彼女の真価が試される。 もっとも、アライゼル自身、己の不安が杞憂ではないかという思いも同じかそれ以上に強く抱いてはいたが。「しかし、王の命令を待たずして配置を変更するのは拙いと思うのですが……」「あまり良いとは言えんだろうな。だが、何もせずに大きな損害を出した方が王は怒られるだろう。 ……いずれにせよ、ヘルミナ軍を破って少しばかり油断しておった責任は、儂がとらねばなるまい。ならば、ヴィストの為に動く事に何のためらいも無い」「そんな……、アライゼル将軍には何の責任も無いではありませんか」「だが、事は起こってしまった。儂がこの地位にあって高禄を食んでいるのは、こういった時に責任を引き受ける役目もあるからだ。それが分からぬ卿でもあるまい」「ですが……」「それに、儂自身はまだまだ若い者には負けんつもりでおるが、歳を食ってきたのは厳然たる事実だ。何時までも儂に頼っておっては、いざという時に困る事になるぞ。 卿やダヴーは心配しておらんが、若い者はな……」 世代交代を促さねばならないというアライゼルの正論に、スーシェは反論する言葉を持たなかった。 今アライゼルに抜けられると困るというのも事実だったが、同様にアライゼルが何時までも軍の重鎮として健在であるという保証も無いのだ。「だが、真に考えねばならぬのは、どのような形であれ儂の影響力が減ずるという事だ。別段、権力に未練など無いが……、しかし、王が全てを一手に引き受ける事になるのは拙い」「……っ!」 聞きようによっては危険なアライゼルの発言に、思わずスーシェは周囲を見渡した。ヴィスト国内には王の外戚という立ち位置にあるアライゼルを快く思わぬ者も多く、不用意な発言は寿命を縮めかねない恐れがあった。「滅多な事を申されますな……! ラフィルト王子亡き後、アライゼル将軍の失脚を願う輩は掃いて捨てるほどいるのですぞ」「それで儂を害するようであれば、王もその程度の器だったという事だ。仮にそうなった場合、卿らは国を見限れ」「アライゼル将軍……!!」「心配せずとも、我らの王は王の中の王足る器の持ち主だ。小物の讒言程度で儂を斬るなど、万が一にもありえぬよ。 ……無論、儂が王を軽んじたとあれば相応の罰を賜る事になるだろうがな」「ですが、人の妬みや恨みは馬鹿にできませぬ。どうかご自愛されますよう……」「分かっておる」 スーシェの苦鳴に近い懇願に、アライゼルはゆっくりと肯いた。 カーディルが成人するまでのヴィストを支え、カーディルが戴冠して以降の戦果を影で支えてきた、その立場というものを十二分に理解しているが故に、肯いたまま目を閉じて黙考するアライゼル。 深く刻まれた眉間の皺が、老将の悩みの深さを物語っている。「だが、今のままでは拙いという事を理解している者が少なすぎる。 王はこと戦に関しては何事も出来るお方ではあるが、配下の将に国としての守勢を経験した者が少なくなりつつある。それが意味する事に、王を含めて殆どの者が気付いておらんのだ。 そして、王が偉大過ぎるが故に、儂以外に王をお諌め出来る者がいないという事も、また同様に拙い。 ……王とて、人の子なのだ。その当たり前を理解している者が、果たしてどれほどになる事やら……」 苦悩に満ちたため息を吐き出し、アライゼルはスーシェをまっすぐに見つめた。「今は未だ良いが、このままではいずれ立ち行かなくなる時が来るであろう。いずれ必ず、な。その時こそ卿が必要とされる。 だから、それまで必ず生き残れ。分かったな、スーシェ」「はっ……」「そんな顔をするな。何も今生の別れという訳ではないし、儂とてヴィストを支えてきた武人の端くれだ。そう易々と死にはせんし、必要とされている限り死ぬまで引退する気も無い。 儂の事を思うより、部下の面倒を見てやってくれ。次は彼らの時代がくるのだからな」「そうですな……。それでは、我々が楽隠居できるように部下達を扱いてくるとします」「うむ。頼んだぞ、スーシェ」「はい。それでは失礼致します」 一分の狂いも無いヴィスト式の敬礼を緩やかにした後、スーシェは参謀達が集まる会議室へと戻って行った。「……ラフィルト様が居ればな」 一人王の間に残ったアライゼルが、重いため息と共に数年前に廃嫡された王子の名を小さく呟いた。 彼自身が教導した事は無いが、武芸の腕は並程度ながら知略に優れているという評価は聞き及んでいた。廃嫡されていなければ今年18になる若武者になっていたかと思うと、惜しんでも惜しみきれない。 事件の渦中で将来有望な若者も多く逝ってしまった事もあり、アライゼルは未だに当時の事を後悔していた。 さらに、今現在の後継者候補の筆頭が10歳にもならない女子であるという事実がアライゼルをさらに憂鬱にさせる。 ラフィルト王子が廃嫡されて以降、未だ将来のヴィスト王の座を狙う暗闘は絶えない。しかもその中心にいるのが目に入れても痛くない孫娘とあれば、公私の別が厳しいアライゼルと言えど心痛を覚えざるを得ない。 そして何より、出来の悪い娘であったとはいえ、一人娘を失った悲しみは深かった。 娘の身ごもった子供が自らの子でないとカーディルに聞かされた時は腹を切ろうかとも思ったものだが……。まさか、自分より先に逝くとは思っていなかった。「まったく、最後まで親不孝をしおってからに……」 ――ヘルミナ王国降伏後の一連の戦闘が終結した後に、ヘクトール=アライゼルはリディア姫の傳役を拝命して前線から遠ざかる事となる。 ――これをカーディル王の軍の掌握のための行動と見る歴史家も多いが、逆にカーディル王が腹心のアライゼル将軍を慮って行った人事であるとする見方も多い。 ――しかしいずれにしてもヴィスト軍は熟練の指揮官を1人前線から失う事となり、その事が後の神楽家領国への侵攻に際してヴィスト軍に大きな犠牲をもたらす遠因となったとする意見が支配的である。 ――ヴィスト軍随一の宿将が再び戦場に舞い戻るまでの数年間は、後にコドール大陸を縦横に駆ける若年の名将達が雄飛するのに羽ばたきを覚える季節となる。