ふられたと やけ酒飲んで 不貞寝して 翌日起きたら 何故か貴族に 中の人などいない!! 始まります。■ あ、ありのまま俺の身に起こった事を話すぜ。 2年ほど付きあった彼女と分かれてなんだかんだで精神的に参って1升瓶を空けてぶっ倒れて、気が付いたら子供にクラスチェンジしていた。 な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起こったのか分からなかった。 頭がどうにかなりそうだった……。 超妄想だとか催眠術だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わっているぜ……。■ とにかく混乱と混乱と混乱しかなかった時期を超え、意識を“取り戻してから”2週間程経ったのが今現在の状況。 とりあえず整理しておくと、本来の・・・俺の身分は地方大学の文系学生。ごくフツーの家庭に産まれた雑食オタクで、大学近くの下宿で一人暮らし中だった・・・。 現在は、リトリー公爵セージ公。あれだ、見た目は某“炎の紋章”の神器持ちソシアルナイトによく似たガキで、御歳10歳らしい。海外からの船での帰途の途中で船が難破したとかで両親が死んで家督を自動相続したとかしないとか。 つーか、意識を取り戻すまで普通に死にかけてたらしい。兄弟姉妹は無し。 よくもまぁ財産狙いの親戚にうっかり暗殺されたりしなかったもんだなと思ったんだが、国内有数の貴族だとかいう理由があるらしく、王家の後見があるおかげでこういう時にありがちなお家騒動とは無縁だったらしい。 何はともあれ素敵なセレブライフキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!ってことでいいんでしょーか? しかしですよ、世の中ウマい話には裏があると申しまして。ええ。ちょっと――いやかなり文明レベルがダウンしてる(具体的にはネットが無い環境。ピンポイントで激痛)とか、王家の後見があるせいで投げ出し厳禁(嫌になっても、あなたとは違うんです(キリッとかできないのな)とか、まぁ色々あるんですが……。 俺の領地があるのが“エルト王国”北部国境地域で、北にあるのがビルド王国、東には奈宮皇国。いかんせん聞き覚えがある名前過ぎてがっくりきた。 王賊の世界ですかそうですかどう見ても憑依トリップ物です本当に(ry ちなみに、ゲームではラスボスのヴィスト王カーディルはバッチリ即位されております。既に事実上ウィルマー王国が併合されちゃっててただ今大絶賛軍拡行動の真っ最中だとか。おかげでヘルミナ王国がテンパってるらしい。親で1000点割ってるのに立直かけられちゃったよ的な。 ヘルミナ乙。 ……あれ? そういえば確かゲーム開始時の時点ではエルト王国も北半分を占領されてて滅亡寸前ちっくな感じだったよね? つまり、このまま放っておけば今から何年後かは知らんがウチの領地はヴィスト軍に制圧されてしまうと。 ……あるぇー? これって死亡フラグだよねー? 要するに、ヴィスト軍にとっ捕まって磔とかギロチンとか食らいたくなければリアル国家経営シュミレーションで高得点を叩き出せと。 あまつさえ新宮党壊滅後くらいの状態の尼子家で元就率いる毛利家をブチのめせと。もしくは謙信の南下と部下の低忠誠度に怯え続ける畠山家で生き残れとか。 どっちにしても高難易度ゲーじゃねーか。ゲームでやるだけならもっとシビアな状況でも何とか運次第でクリアできるかもとかあるけど、リアルで体験するのはマジで勘弁。 いっその事ヴィスト王国に投降するのは……、どこぞのMSと同じ名前の主人公がエルトに来た瞬間さらに強烈な死亡フラグが立つんですね、わかります。そもそも、投降した敵貴族とか占領地経営で邪魔過ぎて暗殺フラグ立つ図しか見えねーしorz ……やるしかないんだろうなぁ。何で俺がこんな所にとか、そーいう事も思わんでも無いけど、人生こんなもんだと諦める事には慣れてたりするし。 まー、とりあえずは目の前の死亡フラグを全力で回避しなけりゃならん。そのためには富国強兵やってヴィストの侵攻に耐えられるだけの防備体制を整えないとまずい訳で。 つーか、この状況下で僅か10歳の少年が北部地域の実権握ってるとか……。そりゃアルバーエル将軍居なくなったとたんに北部蹂躙される訳だよな。 今のところ頼りに出来るのはアルバーエル将軍の個人的武勇とちっこい内務大臣殿+ロイア伯爵親子だけか。あと、何年後だかに王家に婿養子に入ってくるラルフウッド王。しかも、そのどれもが完全に寄りかかって頼りには出来ないというこの状況。 我がリトリー公爵家の状況はと言えば、自警団に毛が生えた程度の規模でしかない。歩兵が500と騎兵が80。あと、虎の子と言ってもいい魔法使いが20名ほど。正直に言うと、この兵力を持たされて万単位の軍勢の侵攻に対応しろとか言われたら間違い無く篭城を選んで援軍待ちになるな。 まぁ、それでも普通に蹂躙されるだろうけどな! チート乙な武将で守ったとしても1万対600とかどうやっても陥ちますからー。残念ー! つーかそもそも公爵家の家格と領土の広さの割に(平時の非動員状態だとしても)軍勢があまりに少な過ぎるとか思ってたら、どーやら先代――つまり親父殿がかなーり散財してくれていたらしい。贅沢するだけし尽くしてさっさと死ぬとか、マジでありえねー迷惑さ加減だなオイ。 とりあえずありえない量になりつつあった領内の関所を撤廃して、7公3民なんてレベルじゃねーぞって具合になってた税をまともなレベルの税率に下げて。 領内の疲弊具合をどうにかしつつ何か特産物を作って販路開拓して、出来た金で軍備とまともな街道の整備を……。 ていうか特産物なんてどうするよ? せめて海岸沿いなら塩の専売で……、ってこれは王国に喧嘩売るからマズイか。 領内に――っていうかお膝元だけど――エルスセーナという大都市がある事だけが救いだな。衛生概念も微妙に進んでる世界だから疫病も考えなくて良いし、治安維持とかにさえ気を付けておけば貴重な収入源になってくれるだろう。 その代わりと言っちゃ何だが、ここから東と北に広がってるウチの領内はどーしよーもないんだけどな。王都への最短ルートがある癖に関所と未整備街道のせいで西周りルートに物流全部持っていかれてるし。 金鉱でもあれば財政を楽に出来るんだけど……、まぁ好都合にそんな物があるわけも無く。あったとしてもどうせ王家直轄になってるに決まってるだろうけど。 ……無い物ねだりをしても仕方ないから、とりあえず中世ヨーロッパレベルの農業をどうにかするか。土壌は比較的豊からしいし、隣が奈宮皇国という関係上米作も行われているみたいだし、気候風土もある程度温暖だし。人糞や牛糞を肥料にしてやれば二毛作すら可能なんじゃなかろうか? 東南アジア並みの三毛作は無理としても。 で、だ。それら全部を俺がしなきゃなんないの? どっかに優秀な政務官転がってないのかね? って、そんなの転がってたらムストタンが放っておかないか。 転生だか憑依だか知らんけど、同じソフト会社の作品でもグリンスヴァールの森の中とかにしてくれよ……。 あれなら適当に学園教師ライフをまったり楽しむからさ。ニキタンと良い仲になったり……、は流石に主人公達に悪いからできないんだったっけ? ならいいや――じゃなくて、死亡フラグ満載な環境はマジ勘弁って事だな。「セージ様ーっ!」 ……いきなり俺の部屋に怒鳴り込んできたこのじーさんはウチの家老(のようなもん)のヴィンセント=カーロンだ。 見た目は品の良い老執事といった感じで、この2週間ほどは彼を質問攻めにしている毎日だった。つーか、今でも日々の政務は半分以上この人に頼ってる状態。ぶっちゃけ、この人が居ないとウチの家のスペックは最低値まで低下する。 ちなみに、巣ドラプレーヤーにはお馴染みのロベルト=カーロンとの関係は未だに聞けてない。「そう怒鳴らなくても聞こえるっての。何事だ?」「領内の村が盗賊団に襲われているとの事です!」 おk、把握した。民忠や治安まで最悪なんだな? つまり難易度はさらに上昇という事なんだな? とりあえず盗賊団はぶっ潰す。つーか地味に初陣かよ。俺、ナイフ振りまわすくらいしかできないんだけど? さらに地味に馬術部入ってた経験もあるから馬には一応乗れるけどさ。 筋は良いと褒められた事も有ります。お馬さんは好きなのさ。乗る方も賭ける方もね。 この世界に来て真っ先に良いと思った事が馬に乗り放題な事だったりするが、まぁそんな事はどうでもいい。「動かせる人数は?」「騎兵と魔法兵の全て、歩兵が200。それにこのヴィンセント=カーロ――「よし、そいつら全部連れて行くぞ。すぐに出陣する」「セージs――」「異議は認めん。すぐに準備しろ」「……せめて最後まで聞いてくださいセージ様」「知らん。ほれ、さっさと準備しないと俺一人で出るぞ」 どうせ鎧の一つも着れない身体だ。護身用のナイフ一つで馬に乗って駆け出せばいい。 本気で護衛無しで出る気は無いが、現場には騎兵だけで急行しても良いくらいの心持ちで出る。事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で(ry「す、すぐに兵を揃えます故、しばしお待ちを! ご短慮めされませぬよう――」「俺の行動が短慮になるかどうかはカーロン達の働きに掛かっているからな。兵が揃い次第ついて来い」「はっ!」■ エルスセーナの北にある現場の村には、結局騎兵80だけで急行した。相変わらず縮んでしまった身長で馬に乗るのは一苦労だが、前世(?)の経験と今まで時間を見つけては乗馬の訓練をしていた甲斐あって何とか様にはなっている。 鞍は特別製だし、馬も一番小柄なのに乗ってるんだけどな。 出る時に後ろでカーロンが何やら怒鳴っていたのも聞こえたが、こういうのはスピード命だ。後から追いついてくれればそれでいい。 ……追いつけるかどうかは微妙っぽかったけど。「……酷いものだな」「そうですな……」 騎兵80の頭目のチョビ髭ナイスミドルが俺の隣で渋い顔をして肯く。 村人の大半は逃げられたらしいが、家々は焼かれてしまっている。辺りに漂う、焦げ臭い匂いと強い鉄の匂い。逃げ遅れたのであろう老人が無惨にハラワタぶちまけて転がっているのを見ると、体の底から震えが来た。 ――これが、現実。斬られればああやって内臓をぶちまけて死ぬ。 ファンタジーだぜイヤッホォォォーッ! とか思ってた訳じゃねーが、ある程度していた覚悟なんて吹き飛ぶリアルさだわ。 正直、身体が震えるのが止められない。 ……これから、俺がああならないために必死こいて動かなきゃいけないんだな。「怖いですか?」「俺は、コレが初陣だぞ。まだ剣も振れないような歳で初陣を済ませるっていうのもどうかと思うがな」「それだけ冷静に受け答えできれば大したもんです。ウチの倅に見習わせたいくらいですよ」 そりゃどうも。 ……しかし、この肉や材木が焼ける匂いと血の匂いが入り混じった空気は耐えがたいな。しばらく肉は食えなさそうだ。 生き残った村人によると盗賊団は北の方へ逃げたらしいが、斥候が捕捉できるかどうか……。 お、言ってる側から戻ってきたな。斥候に出したのは5人だから、3人は張りつけたままか。判断は悪くない。 環境に似合わず――いや、こんな環境だったからこそ錬度は高いという事か。錬度の高さだけはマジでありがたいな。「オイゲン隊長ーっ! 見つけました! 盗賊団およそ60、略奪した物資を馬車に乗せて北へ移動中です!」「見つかってないだろうな?」「今のところは」「よし、追うぞオイゲン! あと、君は済まないがそのままカーロンの所へ走ってくれ」「はっ!」 60か……。恐らくだが、それで全部という事は無いだろう。奴らはアジトにある程度留守役を残しているはず。 この際だ、根こそぎ全部討伐してやる。覚悟を決めた現代っ子をナメるなよ。「セージ様、ここからは危険ですので我らにお任せを」「馬鹿を言うな。むしろここからが本番だろうが。 カーロンの本隊が追いついたら――いや、カーロンが来るまでもなく奴らをアジトごと根絶やしにしてやる」「見つかりますかな?」「見つかる見つからないじゃない、見つけるんだ。貴様らは何者だ? 我がリトリー公爵家の精兵ではないのか?」「はっ、我らは皆公爵家に忠誠を誓う兵です」 俺の周囲に集まってきた騎兵の数は、斥候に出たままの兵と伝令に走った兵を引いた76名。 その全員をゆっくりと見渡し、一芝居打つために息を思いっきり吸い込む。「では問おう! 我が公爵家の兵には領内を荒らされておめおめと引き下がっているような玉無ししか居ないのか?!」『……いいえ。そのような事はありません』「声が小さい! 我が公爵家の兵には糞にたかる蛆虫にも劣る盗賊団ごときに遅れをとるような無能しか居ないのか?!」『いいえ! そのような事はありません!』「まだ小さい!」『いいえ!! そのような事はありません!!』「もっとだ! もっと出せ!! 貴様らはフヌケの集まりの駄弱な騎兵隊か?!」『いいえ!!! 我らはエルト王国最強の騎兵隊であります!!!』「よぉし、良く言った! これから貴様らの言葉が嘘で無い事を証明しに行くぞ。先ほど戻ってきた者、名は何という?」「アレクです、セージ様!」「ではアレク、道案内は任せるぞ。疲れているかもしれんが、所詮10歳のガキに過ぎないこの俺に抜かれたりしたら指を差して笑ってやるからな。気を入れて走れよ!」「はっ!!」 もう一度全員を見まわす。修造乙と言わざるを得ないが、全員変なテンションでノリノリだ。軍隊としてはそれはどうなのよと思わないでもないが、今はむしろ好都合。 後ろから追いついて、一撃で勝負を決めてやる。「全軍、俺に続けえっ!!」■ 来て、見つけて、勝った。