……どれくらい経っただろうか。
延々と鉄の巨体が生み出す破壊の嵐を逃れ続けている。
回収が終われば、何でも良いから魔法をこっちに飛ばして合図をし、
すぐにでも逃げる手はずになっているのに。
合図はまだか?
幾らなんでも遅すぎはしないか?
もういっそ待たずに逃げてしまうか?
節約して、あまり使わないようにしていたが、
それでもいい加減MPもなくなりかけだ。
いや、俺はまだいい。
緊張で精神的にはかなり来ているが、肉体的な疲労はない。
だが、普通の人はそうはいかない。
特にラエルは、一度あの攻撃をその身に受けている。
まさに身をもって威力を知っている一撃を避け続けるのは、
精神的にも肉体的にも俺以上の負担がかかっているはずだ。
その動きは既に精彩を欠いている。
特に何をやっても効果が見えない、と言うのも精神的に来る物がある。
このままでは何時緊張の糸が切れるか分かったものではない。
前戦ったときも同じようにスタミナ切れだったのではないか?
このままではジリ貧だ。
……仕方ないか。
まずは。
「ラエル、一旦退いてくれ!」
その声が耳に入った途端に攪乱を中断、こちらの方向に跳ぶラエル。
この咄嗟の判断力と反射行動はにわか冒険者である俺には真似できないだろうな。
そんなことを思い浮かべながら入れ替わるように前に出る。
そして『ウインド』で足止めする。
強烈な向かい風を受けたゴーレムは尚もこちらに進んでくるが、その動きは相応に鈍っている。
更に駄目押しでもう一発重ねがけ。
巨体だからなのか、コイツには『ウインド』がかなり有効だった。
時間稼ぎにはもってこい。
とは言っても、何度も使ってはMPが持たないので今までは使い控えていたのだが。
『ウインド』が重ねがけができると分かったのはけっこうな収穫だった。
『ウインド』は一定時間の経過や、距離を開けたり体の向きを変えたりすると解けてしまうので、
コレだけで時間稼ぎすることは無理だけど。
「ラエル、僕がアイツを引き付ける。
だから、暫らく隠れて休んでいてくれ」
ラエル無しで切り抜ける手は思いついている。
ただ、できれば使いたくはなかったのだ。
だが、すぐに他の手段が思いつかない以上、やるしかない。
ラエルを見殺しにするよりはよほどましだ。
出会って少ししか経っていないが彼の人柄は結構気に入ってる。
死んで欲しくはない。
「……そういうわけにもいかねぇス。
コレは元々オイラの依頼。
そんな無責任な真似、クー・シー族の誇りにかけてとてもできないッスよ」
しかし、人の良いラエルが素直に従うはずもない。
舌を出して、必死に息を整えながもその眼に諦めの色はない。
「そうは言っても、もう限界だろう?
そもそも、君とあいつの相性が悪すぎるんだ。
大丈夫、これでもスタミナは馬鹿みたいに多いんだ。
倒す手段はないけど、何とか撒いて見せるさ」
僕は疲れているように見えないだろう、と言って笑いかける。
「で、でも……」
「いいから任せておけって。
それに、何時までも話してる時間はない。
そんなに気が咎めるなら貸しにしておくから、これからおいおい返してくれればいいさ」
「う……。
……わかったッス。
確かに、これ以上は逆に迷惑になりそうッスね……。
そのかわり、帰ったら絶対に恩返しをするっスよ!」
「大げさだな。
まあいいさ、それなりに期待しておくよ。
それじゃ、早く行ってくれ」
躊躇いの気配を感じながらも、
ラエルの足音がだんだん遠ざかり、けはいが消えた。
さて、と。
『ウインド』が切れるまでいま少しの時間がある。
今の内に準備をしておくか。
ステータスを頭に浮かべ、ポイントを割り振って行く。
魚釣りのクエストついでにレベル上げしておいてよかった
落ち着いたときによく考えてあげようとしていたので、手付かずだったのだ。
世の中何が幸いするか分からないな。
ただ、コレをすると短期的にはステータスに偏りが出てしまう。
今後のステ振りで調整可能ではあるのだけど、あまりやりたくなかったのが正直なところだ。
そして最優先目標を自分にするためにもう一度『パワーショット』を放つ。
MPが惜しいが、これ以外に直接的なダメージを与えられる手段がない。
一時間は攻撃し続けていただろうに、最初の方の矢の一撃以外は目立った傷が見受けられないのだから、
全く、憎たらしいほどの頑丈さだ。
数秒前と比べると、格段に速くなった逃げ足で引き離し過ぎないように距離を保ちながら逃げ出した。
…
……
そろそろ振り切ったか?
隠れている部屋から顔を出して様子を伺う。
まだかすかに振動と破壊音は聞こえているが、壁を挟んでいるのかひどく遠い感じがする。
……大丈夫そうだな。
十数分ほど引き付けながらあの場所から移動し、今出せる全速力で引き離した。
その後、念のためそのまましばらくこの部屋で息を殺していたのだ。
安堵の息をつきながら部屋を見渡す。
ここはさっき来たな。
紙媒体の研究資料を取ってきたところだ。
おそらく書斎として使っていたのだろう。
本と、よく分からない数式が書き込まれた紙が山積みにされている。
資料も暗号化されているのか、文字すら読めない。
……本、ね。
にやりと頬を緩めて研究資料が抜き取られて穴あきの書棚を見る。
うろつくゴーレムが最奥にもどって待機するまで、暫らくかかりそうだ。
スキルがどうかなんてどうせわからない。
残されている資料に興味はないが、技能習得に使えそうな本を見繕ってみよう。
念のため研究資料には触らないようにしておかなきゃな。
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あとがき
う~ん、次で終わりそうにありません。
久しぶりに投稿するに当たり今までの文を読み返したら、拙さに身悶えしました。