破った扉を跨ぎ、部屋の中に踏み込む。
ここは、実験室だろうか。
試験管やビーカー、釜などが有り、草を煮詰めたような独特の匂いがした。
なんだか、理科の実験室を思い出す。
それよりはずっと小さい部屋だが。
ただ、実験具の形はどこか歪んでいるというか、
元居た自分の世界に比べると若干異なる造形をしている。
部屋を見渡していると、灰色のローブを着たひょろ長い若い男が部屋の隅で震えていた。
こいつが一緒に来た魔法使いかな?
「さて、ラエル。
これからどうする?
とりあえず最低限の同行人の救出は果たしたから、
クエスト失敗を承知で帰るっていうのも一つの手だけど……」
「装備の回収も出来たことだし、折角だからクエストもこなしちまおうと思うんスが……。
シオンさんは、止めた方がいいと思うッスか?」
「……いや、付き合うよ」
俺も、これで終了してしまうのもどうかと思っていた。
まだラエルの実力もはっきり見れていないことだし。
頑なに動こうとしない魔法使いの、ローブの首元を引っ掴み引き摺りながら部屋を出る。
「はな、離せぇ!
俺はここに残る、残るんだぁ!」
あー、もう。
煩い奴だな。
ゴーレムが寄ってきたらどうする?
相手の服で首を絞めながら引っ張り上げる。
「少し静かにしてくれないか?
音を立てると危険なんだ。
本音を言えば、僕だって置いていきたいけどね。
あんたがいないとどれが研究成果なのか僕らにはサッパリわからないんだ。
悪いけど、無理矢理にでも付き合ってもらうよ」
それだけ言って、手を離す。
何故だ、何で俺がこんな目に……
何でだ、何で……
怨嗟の声を呟く彼を尻目に、地下を進む。
…
……
「そろそろ地上が恋しいな」
「もう少しの辛抱ッスよ」
そう、もう少しだ。
研究所のほぼ全てを回り、
ほとんどの目標を回収することが出来た。
回収自体に語ることは余りない。
さほど難しいことではなかったからだ。
あらかじめラエルがほとんどの仕掛けを解いて回っていただけに、
順番に部屋を巡るだけで済んだ。
まだ残っている仕掛けがあったので、常に3人一緒に行動する必要はあったが、
危険もさほどではない。
研究の成果は、単純な紙媒体のものから、ケースの中に入った謎の液体であったり、
よく分からない文字の刻まれた石の欠片であったりした。
俺とラエルには全く理解できないものだ。
二人だけで来ていたら、紙の報告書しか分からなかったに違いない。
やたら煩かったが、
結果的には連れて来ておいて正解だったかな。
残る回収目標は一つ。
魔法使い曰く、一番危険なブツらしい。
問題は、それが確実にゴーレムにぶつかるルートを通らなければ取りにいけないということなのだ。
だから必然的にコレが一番最後になった。
今はゴーレムの索敵範囲ギリギリのところまで近づいて、
作戦会議というわけだ。
「一番厄介なトコが残っちまったわけッスが……」
「命令を解除して、攻撃中止させることは出来ないかな?
もしくは動力だけ壊して動けなくさせるとか」
ファンタジーでは定番手段だけど。
「それができたら、あんなところに隠れてない……。
命令解除には命令した者が直接命じるか、『造命術』の高等術である命令解除の呪文を、
命令者以上の魔力で唱える事が必要なんだよ……。
僕は『造命術』の中級までしか使えない……」
「ところが、動力だけ壊すってのも無理そうなんすよね……。
通常、ゴーレムの動力は高純度の魔石で、最も硬い体の中心に収まってるッス。
前に戦ったときは、メチャメチャ硬くて外装にすら傷一つ付かなかったッスから。
アイアンゴーレムを貫けるような手段、持ってるッスか?」
「……無いね」
矢や拳、初級の呪文でどうにかなるとは思えない。
たとえスキルを使ってもだ。
ダメか。
「しょうがないッスねえ……。
結構リスク高いッスけど、こういうのはどうッスか?」
ふむふむ。
なるほど。
二手に分かれて片方が引き付けている内に、
片方が横を抜けて回収。
回収が完了したら回収班はすぐさま出口まで撤退。
足止め班は更に時間を稼ぎ、十分な時間をとったと確認したら、
ラエルが流れてきた排水用の下水に飛び込み逃げる、と。
回収物を確認できるのは魔法使いの彼だけだから、彼は回収班で決定だな。
「発案者ッスから、当然オイラは残るッス。
シオンさんはどうするッスか?」
「僕も残るさ。
回収するのに人数が居てもしょうがないからね」
それにそうしないとラエルの戦いぶりがみられない。
問題はコイツがそれで納得するかなんだが……。
「回収は君一人で行う事になるけど大丈夫?」
「……ああ」
……やけに素直だな?
一人でやるとなると絶対ごねると思ったんだが。
まあいい。
素直なら文句はないさ。
さて、行くか。
ラエルが投げナイフを取り出し、俺は弓に矢を番える。
「それじゃあ、ちょっと離れて欲しいッス。
巻き込まれたら作戦失敗ッスから」
彼が十数メートル離れ、隠れるのを待つ。
上で行ったのと同様、矢が開戦の合図となった。
放った矢はゴーレムに確かに当たった。
だが、刺さらずに弾かれ、地面に落ちる。
やっぱり硬い。
ラエルは短剣を使わず、投げナイフで牽制を繰り返す。
次々に矢を放つが、どれも弾かれ、一つとして傷付けることはできない。
まるで効いてないな。
だが、それでもこちらを攻撃目標にすることには成功したようだ。
ゴーレムの赤い単眼がこちらを向き、鈍く光る。
でかい図体の割には割りと早い。
なぎ払ってきた腕を躱す。
腕は壁を穿ち、石片と砂埃が舞う。
……一撃でも受けたらやばそうだ。
相当に肝を冷やしたが、モーションが大きいから避けられないほどでもない。
よし、このまま引き付けて、できればここから離さなければ。
ゆっくりと、数メートルずつ後ろに誘導していく。
俺をターゲットにしているときにラエルが素早くナイフを回収、
ラエルをターゲットにしているときは俺が矢を回収する。
じわじわと、しかし確実に部屋の前から誘導できている。
このままなら安全にいけるか。
しかし、ここで隠れていたはずのあいつが顔を出す。
そして、こちらを振り返らずに駆け出した。
馬鹿、まだ早い!
もう少し待てなかったのか!
ゴーレムは最優先の命令があるのか、
俺とラエルを無視して一気にあいつに追い縋る。
行かせるか!
『フレアランス』
炎が尾を引いて襲い掛かる。
巨体に対して、こんな火じゃほとんど影響を受けてないだろう。
しかし、狙う場所によってはダメージ以外でも効果があるかもしれない。
俺が狙ったのはゴーレムの単眼。
どういった原理で索敵しているのか分からないが、飾りではないだろう。
どういった効果か、ゴーレムは一瞬動きを止めた。
ラエルもゴーレムの進路に回り込み、短剣を使って牽制している。
このままもっとかき乱す!
炎でありなら、これはどうだ?
新たに『ライト』を唱え、ゴーレムの顔の部分の前まで飛ばす。
数秒だけ動きを止めたが、すぐにさきほどの攻勢よりもずっと激しく暴れだした。
くそ、逆効果か。
だが、その間に5秒のチャージが終わった。
食らえ、『パワーショット』!
矢は通常放ったものと同じ速度ながら、内包する力は数倍だ。
ズドン、と巨体が揺れ、矢が突き立った。
刺さった……?
ダメージが行った!
すでに、魔法使いは目的地に飛び込んだようだ。
姿は見えない。
「すごいッス!
攻撃手段、持ってるじゃないスか!
どうやれば矢で鉄を貫けるんスか?!」
「魔法の応用みたいなものさ。
それにつけた傷は、ほとんど掠り傷だ。
連射できるわけじゃないから、倒せるわけじゃないしね。
それよりも……」
ゴーレムが巨体を激しく揺らしながら迫っている。
「無事に時間を稼げるかが問題だね」
鉄の豪腕が地下を揺らした。
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あとがき
次でようやくこのクエストも終了。
ペースは落ちてますが、こちらもちゃんと書いております。