げ、もう朝か。
鞄洗いに時間をかけすぎて、あんまり寝れてない。
それだけの時間をかけても、未だに鞄にはしつこく獣臭さと血の匂いが微かにこびり付いている。
洗剤があれば取れたんだろうが、こんな時代でそれを期待するのは酷だろう。
短時間の睡眠でもステータスは回復するってのが分かったのがせめてもの救いか。
……もう絶対匂いのキツイ物入れない。
それはそうと、そろそろギルドに行こうか。
ボルドーさんの説得の成果を知りたい。
グレイが反省してくれていると嬉しいんだが。
…
……
「あー、すまん。まだ説得できてねえ。
昨日、仕事帰りにヤツと話をしてみたんだが、
あの野郎、弟子ができてはしゃぎすぎてらあ。
ろくにこっちの話を聞いてやしねえ」
結果は芳しくないか。
さて、どうしよう。
できるだけ禍根を残したくないんだけど。
「ありゃすぐには、無理かもしれんな。
暫らくグレンと会わないほうが良いぜ?
あいつも何日か間を空けりゃ、頭も冷えんだろ」
冷却期間を置く、か。
先送りにするのは不安だが、現状良い手が浮かばない。
それしかないか。
「いえ、そういうことなら仕方ないですね。
3~4日は訓練所に立ち寄らないようにします」
「ああ、それがいいだろうな」
まぁ、説得できなければそれでも良い。
必要最低限の実戦に必要なスキルは覚えたしな。
といってもまだ結論を出すには早い。
まずはアドバイスどおり間を空けよう。
これから数日間はクエストしながらレベルと技能を上げることに専念するか。
「それじゃ、俺は仕事に戻るぜ。
何かあったら連絡する」
「手間を取らせてすいません、今度酒でも奢りますよ」
「なあに、いいってことよ。
ギルドとしても、お前さんに潰れられたら損失でけえしな。
ま、奢ってくれるってんなら遠慮はしねえ、うまい酒を頼むぜ?」
「はい、任せてください」
ボルドーさんと別れて、依頼受付に戻ってきた。
それじゃ、クエスト一覧を拝見して、と。
あれ? 牙ウサギ討伐が残ってるぞ?
「あの~、牙ウサギの肉の依頼がまだあるようなんですが、
昨日俺がこの場所でかなり獲ったのに、同じ場所でまた狩ってもいいんですか?」
「ああ、牙ウサギは一般動物の変異種だから大丈夫です。
幾ら倒しても他のウサギから変異して、また生まれてくるんです。
逆に放って置くと、さらに上位のランクに変異してしまうので逆に危険なんです。
むしろ定期的に全滅させたほうがいいくらいです」
あ~、そういうもんなのか。
「個人的には、お肉が美味しいので消えないで欲いんですけどね?
こういう常時依頼でギルドに納められた物は、
商店に卸された後に余った分を職員は安く買えるのでお得なんですよ」
彼女は、昨日のお肉はあなたでしたか、ありがとうございますと付け加えた。
……窓口の人の意見は置いといて。
昨日の今日で、すぐにウサギを狩る気はない。
ん~、少し遠出をしてみるか。
今回は時間を空ける必要あるし。
勿論安全な範囲で、という条件は必須だけど。
というわけでこれなんてどうだろうか。
…
……
………
街から歩いて2日ほどの距離にある川辺に到着した。
今回も移動は走りだから、実質は一日ちょいってところだけど。
今回の依頼は魚釣り。
内容は簡単、説明するまでもないがこの川にすむ魚を釣ってくること。
勿論依頼が出ている以上、ただの魚じゃない。
立派に魔物に分類されていて、Eランクがついている。
このティラキアという魚、ネーミングが似ていることから想像がつくかもしれないが、
コイツは地球で言うピラニアだ。
地球とこの世界は、どこかで繋がっているのかこういうネーミングの類似点はたまに見つかる。
だからこそ帰る希望も見出せるってもんだがね。
このティラキア、凶暴な肉食魚で生息地域に入った生き物を食い散らかし、あっという間に骨にしてしまう獰猛な魚だ。
ここまではほとんどピラニアと同じ。
コイツの不思議なところは水生動物を食べないこと。
まぁ、そうじゃなければ近隣の魚類は全滅してしまう。
強さ的にはFランク並の雑魚なんだが、万が一にも水中に入ってしまうと、一斉に仲間が集まってきて喰らい付く。
絶対に水の中に入らないこと。
もし入ってしまったら、噛み付かれながら無理してでも陸に上がること。
と、ここまでが依頼時に受けた説明。
今回はこの魚を10匹釣る。
別に生きている必要はなく、食用でもないらしい。
今回は専用に魚籠を用意した。
生臭い鞄など願い下げだ。
ところでこのティラキア、釣るのメチャ楽だ。
さっき1匹釣ったんだが、虫やミミズを付けて川に落とすと10秒前後で喰らいつく。
後はそれを引き上げれば完了。
あっという間に終わる?
いやいや、そんな簡単なら依頼にはならない。
そこからが本番だ。
明らかに慣性を無視した動きで宙を跳ねると、そのまま噛み付いた。
なんと、空中を泳いだのだ。
吊り上げた後戦う必要があるようなのだ。
まあ、はっきり言ってすごく弱いし、一匹ずつ戦えるから本番って言うほどのこともないんだけど。
真っ直ぐ向かってくるから叩き落とせば終わるし。
途中で一回足を滑らせて川に落ち、歯形だらけになるアクシデントもあったが、
無事に十匹集まった。
集まったが、まだ続ける。
一匹ずつしか出ない弱いティラキアはレベル上げに最適だ。
これで帰るのはもったいない。
ウサギと違って、こんな凶悪な魚乱獲してもちっとも良心痛まないし。
おし、レベル上がった。
これで今日2回目だ。
釣った数は50前後といったところだ。
ん、あれは……?
上流で何か白いものが暴れながら流れてきている。
大量のティラキアが集って、喰い付いてる。
集られてんのは、ありゃ犬か。
ご愁傷様、これも自然の摂理だと諦めて……?
「たす……ゴバ、ガハッ…て……」
って、あいつ喋ってるよ!
……もしかして獣人とかそういう種類の『人』なのか?!
やば、助けなきゃ。