目が覚めてからどれぐらいたっただろうか。
時計もない部屋で混乱しきりだったので経過時間がわからない。
…延々と錯乱していてもしかたない。
まず現状を正しく認識しなくては…。
とりあえずどうしてこうなったか、から考えるか。
Q.自分は昨晩寝る前に何をしていた?
A.いつも通り仕事が終わって、布団で寝た。
Q.何でこんなところに居る?
A.わからない。よくよく見直してみても見覚えがない。
Q.こんなことになった心当たりは?
A.自分の体が替わるなんて常識的にはありえない、よってこんなことできる心当たりもない。
そうだ、体!
起きてしまった変化の中で一番大きいことだ。
コレも確認しないと…。
これはいつもの俺の体じゃあない。
男であること、少々筋肉質であること、元の自分より背が高いことぐらいしかわからない。
体の動き自体に違和感は無いんだが。
鏡もないから顔も確認できん。
勿論水もないから水鏡で見るという方法も使えない。
今はこれ以上の分析は不可能。
「わかったのは、結局分析してもほとんどわからないってことだけか…」
諦めの声と共にため息をつく。
と、ここで一つ気が付いた。
今まで結構な時間悩んでいたし、最初に混乱していた時間もかなりのものだ。
にも拘らず、全く腹が減らないし、喉も渇いてこない。
トイレに行きたいとすら思わない。
一体どうなっちまったんだ?
コレも体が替わったせいなのか?
便利さよりも不気味さのほうが際立つ。
本当に一体なにが起こったんだ?
あとは…そうだ、外を確認してなかった!
別に監禁されてるって訳じゃないんだから、当然扉もある。
ここから見る限りじゃ、鍵は無いみたいだ。
ここには窓がないので、外の様子を見るには扉から確認するしかない。
とりあえず様子だけ見てみよう。
薄暗い視界の中、見渡す限りの木、木、木。
今出てきた小屋以外は植物しか見えない。
…森の中だな。しかも夜だ。全然先が見えない。
………あきらめて朝を待とう。
さて、夜が明けるまでに、外に出る準備をしようか。
待っていても何が変わるわけでもない。
遅かれ早かれ外に出て、誰か探さなくてはならない。
…『誰か』がいればな?
といっても目に付くのはランタンとナイフくらい。
獣や毒虫、蛇などもいるかもしれない森に入るのには準備不足もいいとこだ。
ま、無いよりはましかな…。
とりあえずナイフを手に取…
[ダガーを取得しました]
「うお?!」
…ナイフが消えた。
触った瞬間消えてしまった…。
そして謎の声。
…声?!
「誰かいるのか?!」
慌てて声の元を探しまわる。
…誰もいない。当然の話だ。
部屋の中はさっき十分に調べた。
誰もいなかったからこそ、こんなに困惑しているのだ。
わかっていたことを再認識し、先ほどの声を疑問に持ちながら、ナイフのことを考える。
声から考えるとダガーだったらしいが。
今はどこを探してもダガーは無い。
手品のように一瞬で消えてしまった。
手品と違うところは、俺は決して眼を離していないということだけ…。
俺が触れたことが原因なのは確かだが、なぜ消えたかがわからない。
さっきまで俺は自分が寝てた寝台や枕、毛布に触れていたはずだ。
なのに消えたのはダガーだけ。
毛布や枕は確かに存在している…。
もう一度毛布や枕に触れても何の変化もない。
ん~、もしかして…。
モノは試しと、思い付きを実行しながらもう一度枕に触れる。
[枕を取得しました]
………今度は消えた。
そしてまた声。
よくよく聞いてみると声には抑揚が無い。
まるで機械音声だ。そして声は俺自身から聞こえているらしい。
念のため服を隅々まで調べる。
…何も無い。
どこかにスピーカーを身につけているわけでもないみたいだ。
とりあえず道具が消える条件はわかった。
持ち歩こうと思いながら触れると消えてしまう。
声によると取得はしているらしい。
取得ということは、手に入れているということだ。
しかし…
「取り出し方がわからん」
…
……
「あ~、もう!どうしろってんだよ…」
あれからいろいろな方法で試行錯誤したが、結果は出なかった。
取り出し方を見つけるために念じてみたり、
手から吸ったから手から出るだろうと手を振りまくってみたり、
「ダガー出て来い」と口に出してみたり…。
一向に出てくる気配は無い。
「クソッ」
苛立ち紛れに椅子をけりつける。
…ここでまた違和感が。
足に衝撃が来ない。全然痛くないのだ。
一応靴は履いているようだが、全く痛くないというのはありえない。
しかもこの靴、運動靴とか普通の革靴とかじゃない。
いや革靴ではあるのだが、あんなに硬くてしっかりしていない。
もっと柔らかい、布か何かでできているような…。
…話が逸れた。
ともかく、こんなもので蹴ったら痛くないはずが無い。
…物は試し、逆に椅子の方で足を踏んでみる。
てい。
…痛い。
普通に痛い。
…気を取り直して今度は手で机を強めに殴る。
痛くない。
あ~、なるほど。
つまり、こちらから叩くと反動がこない、ということだろうか。
異常な法則だ。
物理学者が泣くぞ。
さっきの機械音っぽい声といい。
まるで、ゲームだ。
ん?
『ゲーム』?
まさか、ゲームなのか?
何かを取ったときのシステム音。攻撃時に自分にはダメージが来ない。腹が減らない。トイレもいらない。
確かに大部分のゲームにあてはまるが…。
いや、ここまで非常識なのだ。いまさら否定しても仕方ない。
これは『ゲーム』だと思っておこう。
だからといって油断する気は欠片も無い。
先ほど椅子で実験したように攻撃されれば普通に痛いし、死ぬこともあるだろう。
そのときゲームと同じく、セーブポイントで生き返れるかなんて試したくも無いことだ。
さて、これがゲームだとすると…。
「ヘルプ、ヘルプコマンド」
ちっ。だめか。
説明書のようなものが出てくるのを期待したのだが、全く反応が無い。
とりあえずありったけ試してやる!