「うぉらーっ! 行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇ!」
「うおお、スゲェ突進! ――って馬鹿、突っ込みすぎるな!」
「みぎゃーっ!?」
「アホすwwwペタアホすwwwwww」
「誰かあのアホ引きずり戻せ! 弓兵、援護だ!」
「よし、ここは俺が」
「待て、ここは俺が」
「いやいや、ここは俺こそが」
「「どうぞどうぞ」」
「上島!?」
「ダwwwチョwwwwwwウwwwww」
「古典はいいから、誰か早く援護してあげて!」
「はいはい、分かってますよ! んーじゃ、おまいら! 流れ矢には気をつけろよ!?」
「流れ矢って、おいおいおい!?」
「ちょ、まさかっ!?」
「行くぜ爆撃! アイゼニアは、赤く燃えているぅぅぅぅ! 必殺、【轟爆雷矢流星群】!」
「上級――」
「――範囲攻撃ぃぃぃ!?」
「やば、みんな退が――――」
「「「どわぁーーーーーーーーーっ!!?」」」
――【エレメンタルコック トムたん☆】の撃破数が300を越えました!
「お!? よっしキタコレ! みんな、俺の名乗りを聞けぇ!
――『【エレメンタルコック トムたん☆】、敵勢300匹、討ち取ったりぃ!』」
――【エレメンタルコック トムたん☆】の勇壮な【名乗り上げ】により味方の士気が上昇します。
――士気上昇効果により【エレメンタルコック トムたん☆】の周囲のプレイヤーのHP、SP、MPが20回復しました。
「うはwwwナイス名乗りwwwwwwこれでwww勝つwwるwwwww――とでも言うと思ったかボケェェェ!!」
「つーかコックぅぅぅ! 味方巻き込みすぎぃぃぃ!」
「爆撃厨乙、そして死ね」
「ってかさっき孤立してたヤツ、生きてる?」
「むしろ俺が死ぬわ!」
「半死半生のワータイガーが降ってきたんですけどぉぉぉ!!」
「文句はいいから前衛突っ込め! 巻き込みはともかく今がチャンスだぞ!? ここで巻き返すんだ!」
「はいはい、正論乙」
「正論乙」
「誤爆擁護乙www」
「正論乙wwwwwwだが確かにチャンスはチャンスだ! 行くぞ、俺に続けぇ!」
「正論乙」
「誤爆厨乙」
「正論乙」
「って誰もついてきてねぇぇぇぇぇ!?」
「突撃厨乙」
「よし任せろ、ここは一つ俺が自慢の【轟爆雷矢流星群】で援護を――」
「やめろ」
「糞コックww自重wwwww」
「やめてあげて! 彼の残機はもうゼロよ!」
「無茶しやがって……」
/
なんというカオス。
いや、カオスというかアレだな。
戦闘自体は相変わらず修羅場っているのだが、その戦闘をしているプレイヤーたちがあまりの劣勢におかしなテンションになっていて、そのせいで場の雰囲気が混沌としているといった感じか。
戦況そのものについては――あくまでこの聖堂前に限って言えば、少し前に比べると好転しているように見える。
魔剣屋とやらが陥落したせいで、そこの防衛に当たっていた戦力が聖堂前の防衛に就いたことの影響もあるだろうが、何より大きいのはジャイアントオーガとかいう大物がどこか他所に移動してしまったことだろう。
二つくらい向こうの通りを移動しているようで、建物の屋根越しに頭が見えている。
「あっちは領主館っすね。領主館には防衛用の大砲やら櫓やらがあるんで、もしかしたら誰かが釣って引っ張っていってるのかもしんないっすね」
ヘザーはそんなことを言いつつスキルを準備している。
アリ野郎ことアリオンの言い草に安く乗せられた俺が防衛戦に参加する旨を告げたところ、ヘザーはため息混じりに「仕方ないっすね。じゃ、あたしが魔法かけて上げるっすから、そうそう簡単には死なないように頑張るっすよ」なんて言ってくれたのだ。
「というわけで、ますはこれっす――【ハードプロテクション】!」
――【正位修道騎士 ヘザー】が【ハードプロテクション-Lv5】を使用しました。
――魔法効果によって【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】の物理防御ステータスが50%上昇します。
――ハードプロテクションの魔法効果は10分間持続します。
そして脳裏に流れる神の声。
補助魔法【ハードプロテクション】は、ドミビア派修道騎士会で教えてもらえる魔法スキルなのだそうだ。
使用対象の物理防御力をパーセンテージで強化するため、対象の物理防御力が高ければ高いほど効果が得られる仕様であるらしい。
その仕様のため、闘技場でのPvPではバランスブレイカーと化しつつあるのだとか。
ちなみにこのハードプロテクションを使用するに当たって、最初に司祭のディーネからもらったサクト神の祝福――10ポイントのステータス上昇値を割り振ることになった。
物理防御力は基礎ステータスの体力の値に影響を受けるため、予め数値を振って物理防御力を向上させておけば、ハードプロテクションによって得られる恩恵も向上するというわけである。
割り振りは筋力に5ポイント、残る5ポイントを体力に、といった按配なのだがどう見ても脳筋極振りです。
本当にありがとうございました。
「続いて行くっす、【ヘビーリフレクション】!」
――【正位修道騎士 ヘザー】が【ヘビーリフレクション-Lv8】を使用しました。
――魔法効果によって【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】の衝撃慣性が緩和されます。
――仰け反り攻撃、吹き飛ばし攻撃を受けても姿勢が崩れにくくなりました。
――ヘビーリフレクションの魔法効果は13分間持続します。
続けて掛けられたのは同じく補助魔法の【ヘビーリフレクション】。
こちらは神の声の解説通り、被ダメージ時のノックバックなど、被弾モーションが軽減されるという魔法だ。
ダメージ自体は軽減されないようだが、立ち回りが重要なこのゲームではかなり重宝される魔法であるらしい。
集団に囲まれてタコ殴りにされている状況でも、高レベルのヘビーリフレクションを受けていれば被弾モーションによる強制ハメ状態に陥らなくて済むためなのだとか。
もちろん高レベルモンスターによる攻撃だとヘビーリフレクションが突き破られて吹っ飛ばされるなんてこともあるようだが、そこはまあ、巧く立ち回れということなのだろう。
話を聞く限り、雑魚相手の対集団戦で威力を発揮するスキルであるように思われる。
「トドメにこれっす――【ライフリザベーション】!」
――【正位修道騎士 ヘザー】が【ライフリザベーション-Lv4】を使用しました。
――魔法効果によって【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】は生命力が強化されます。
――最大HPの70%以上の大ダメージを受けてHPがゼロになった際、一度だけHP1の状態で踏み止まります。
最後に掛けられたライフリザベーションは高ダメージ攻撃被弾時に備えてのセーフガードである。
限り少ないLPを温存できる、使い方次第では有用な魔法スキルなのだそうだ。
とはいえ、踏み止まっても肝心のHPが1では、乱戦中のような状況下では踏み止まったと思った瞬間後ろから雑魚に殴られて結局死亡、なんてこともザラだそうで、殆ど気休めに近いのだとか。
スキルレベルが上昇すると踏み止まった時のHPも増加していくのだが、運用の都合上スキルレベルを上げにくいそうで、そこまで鍛えているプレイヤーは極少数しかいないらしい。
俺に三種類の補助魔法を掛け終わったヘザーは、一仕事終えたかのような仕草でフー、と息をつく。
そして「これで随分死ににくくなったはずっすよ!」と笑顔を向けてきた。
ありがたい話だ。
ステータス画面を確認すると表示が以下のように変動している。
---------------
【カドヤ】
Lv:1 LP:3
称号:初級ネットカフェプレイヤー
拠点:鉄の城塞都市アイゼニア 市民レベル:Lv.1
ギルド:無所属 流派:我流戦闘術 位:我流6級
所持金:500G
【補正効果】
称号【初級ネットカフェプレイヤー】:全基礎ステータス+1
魔法【ハードプロテクション-Lv5】:物理防御+50%(+85) 残り時間9分16秒
魔法【ヘビーリフレクション-Lv8】:仰け反り、吹き飛ばし耐性付加 残り時間9分42秒
魔法【ライフリザベーション-Lv4】:MaxHPの70%(95)以上のダメージを受けて死亡した際、一度だけHP1の状態で持ち堪える。
【基礎ステータス】
HP:135 SP:95 MP:15 残りステータス上昇値:0
EXP:00 NextLvUp:300
筋力:13(12+1)
体力:14(13+1)
敏捷:4(3+1)
器用:6(5+1)
魔力:3(2+1)
幸運:6(5+1)
【総合ステータス】
近接攻撃:170
間接攻撃:--
魔法攻撃:--
物理防御:255(+85)
魔法防御:30
クリティカル発生率:5%
--------------
補正効果の欄にヘザーに掛けてもらった三つの魔法の効果が付け足されている。
しかし物理防御、85ポイントも上昇ってすげーな。
変化したステータスの中身を覗き込んで、ヘザーも神妙そうに頷く。
「それじゃあ時間もないから簡単に説明するっすよ。防衛戦に限った話じゃないっすけど、このゲームで重要なのは何よりも立ち回りっす。敵の数が多くて、ちょっとミスるとすぐに周囲を囲まれてフルボッコされるからっすね」
それは俺も見ていて気づいたことの一つだ。
事実、つい先ほどもどこかの誰かが敵の集団に無謀な突撃をかけて包囲殲滅されかかっていた。
最終的に弓兵の範囲攻撃に巻き込まれていたようだったが、果たして彼は無事だったのだろうか。
「今のカドヤさんの防御力なら、敵の主力雑魚【レギオン】の攻撃くらいなら殆どダメージは喰らわないと思うっす。ただ、レギオンの持ってる数少ないスキル、【連鎖自爆】にだけは要注意っすね」
「自爆とはまた剣呑な。どうやって防いだらいいんだ?」
「レギオンの行動パターンは単純っす。殴ってくるか、組み付いてくるか。連鎖自爆は五匹以上のレギオンに組み付かれると発動するっす。組み付いてきたレギオンが白く発光し始めたらスキル準備状態。だから組み付いてきたらすぐに引き剥がす、コレに限るっすね」
「五匹以上ね……じゃあ周囲に五匹もレギオンがいない状況だとどうなる?」
「組み付いて動きを封じてタコ殴りにしてくるっす。これがレギオンだけなら痛くないんすけど、防衛戦だと他にも色々モンスターがいるっすから」
確かにレギオンに組み付かれて身動き取れなくなっているところに、あのジャイアントオーガとかが来たら即死できるな。
組み付かれたら引き剥がす、よし、覚えたぞ。
「あとは、レギオンの中に紛れてる他のモンスター……ゴブリンやコボルトの攻撃だと、今のカドヤさんじゃあまともに連中の攻撃喰らえば、四分の一くらいHP持ってかれる可能性があるんで、連中を見かけたら一旦距離を取って仕切りなおすことをお勧めするっす」
「ゴブリンとコボルトね。見た目的にはどんな連中?」
「ゴブリンが背が低くて全体的に茶色っぽい不細工、コボルドはやっぱり背が低いんすけど、小人の上に犬の頭をのっけたって感じのモンスターっすね。どっちも人型なんである意味組し易いと思うっすよ」
「不細工と犬人間か。よし、覚えとく。他には気をつけた方がいいやつっている?」
「レギオンとゴブリンとコボルト以外は全部気をつけるっす」
「……は?」
なんですと?
「今のカドヤさんの攻撃力だと、その三種類以外にはまともにダメージが通らないっす。全く通らないわけじゃないっすけど、倒すためには最低十発以上当てる必要があるっすね、間違いなく。敵の少ない【緑狩場】とかならそれでもいいっすけど、防衛戦の最中にンなことしてたら囲まれて死ぬっす」
「……その三種以外のやつに出くわしたらどうすんの?」
「逃げるっす」
「逃げられなかったら?」
「そりゃもちろん、諦めて死んでくださいっす!」
ちろりと聖堂の外の様子に目を向ける。
聖堂前の広場を死守せんと防衛線を張るプレイヤーたち。
そんな彼らの防衛線を脅かさんと押し寄せるモンスター。
なるほど、確かに主力雑魚というだけあってその殆どは全身灰色のマネキンっぽいモンスター【レギオン】だ。
そのレギオンに紛れて件の【ゴブリン】やら【コボルト】やらの姿も見える。
しかし、そのゴブコボコンビと同じくらいの比率で、多種多様なモンスターの姿も混じっているのだ。
えーと、つまりどういうことだ。
レギオンを倒しつつ、ゴブリンとコボルトに出くわしたら距離を取って仕切りなおし、そんでもってレギオンを倒して、ゴブコボ以外に出くわしたら一目散に逃げて、そしてレギオンを倒し……?
ぱっと見た感じ、大よそレギオン10匹につき他の種類のモンスターが1匹混じっているくらいの比率だろうか。
そんな連中を相手にしながら囲まれないように気をつけてレギオンだけを選んで相手しろと……?
「……無理じゃね?」
「だから言ったじゃないっすか……Lv.1で、この世界のイロハも知らないカドヤさんじゃ、出て行っても死ぬだけっすよって」
ヘザーが呆れたような目で俺を見る。
悔しいが、反論できない。
反論できないが、かといってここで反論していても仕方がないのである。
ヘザーが貴重なMPを消費して俺に補助魔法を掛けてくれたのだ。
魔法のタイムリミットもあるのだし、ここでヘザーの言い分に反論して無駄に時間を食っている猶予はない。
このゲーム、この防衛戦――参戦する以上は死なずにやり過ごすのは無理だ。
参戦すると決めた以上は覚悟を決めるしかない。
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶというが、この際俺は飛びっきりの愚者で行こう。
死んで死んで、戦って死にながら戦い方を覚えるしかない。
この防衛戦が終わるまでに何度死ぬことになるのか分からないが、その死亡回数だってきっと無駄にはならないだろう。
具体的には――プレイ日記のネタになる。
「…………ぃよしっ!」
パンと両手で頬を叩く。
ありがちな気合の入れ方だ。
「こうなりゃもう行くしかない! ええっと……≪武装、解放≫!」
ボイスコマンドに応えて両手に光が集まってくる。
そしてその光の粒子が一定の形を成したとき、それは一度大きく輝いて、武器の形を取った。
ワンハンドアックスにライトバックラー。
俺が選択した初期装備だ。
所詮ゲーム、振り回しやすいよう重量値が随分低く設定されているらしく、手にしたそれらはとても頼りない感触しか返してこない。
だが今の俺には武器防具はこれしかないのだ。
この頼りない装備に命を預ける。
そして死ぬ。
……いや、出来るだけ死なないようには頑張るつもりだけど。
「行くっすか?」
呆れた視線は相変わらず、もはや処置なし、とでもいった風情でヘザーが声を掛けてくる。
「うむ、覚悟完了済みだ。女は度胸、死んでくる!」
「ネカマさんが何を仰るやら……しかしまあ、行くと決めたんならこれだけは言わせて欲しいっす」
ヘザーの視線の色が変わる。
呆れを含んだそれがどこまでも澄んだ透明なものへと変わった。
視線のような微細な感情表現さえ可能とするエクスターミナルのエモーションエンジンには、正直呆れる。
ヘザーはそんな俺の様子に構うことなく、すっと指先を伸ばして右手を額に当てて最敬礼、そして――
「無茶しやがって……」
「……」
まだ死んじゃいねぇよ……!
/
聖堂前はちょっとした広場になっている。
広場といっても本当にちょっとした程度のもので、30m四方くらいのものだ。
広場には西、北西、南西から三本の道が繋がっており、プレイヤーたちはそこに簡易なバリケードを築いて防衛戦を展開している。
三つあるバリケードは既に南西側のものが破られかけており、広場の中にも少なくない数のモンスターが侵入してしまっていた。
南西側を守るプレイヤーたちはバリケードを補修しつつこれ以上敵を通さないよう奮戦中、おかげで広場の中のモンスターには手が出せていない。
状況的に一番厳しいのがこの南西側で、ヘザーもここの連中に補助魔法を掛けようと、サポートに向かっていった。
よく見ればアリ野郎ことアリオンもそこにいる……豪快な槍捌きだな、ちょっとかっこええ。
広場内に侵入してきたモンスターには、手隙の者がちょこちょこ対応してはいるらしい。
ところがモンスターどもは広場に繋がる道からだけでなく、広場を囲う民家の屋根伝いにも侵入してきているようで、手の空いている人間がバリケード防衛の片手間に相手をするだけではとてもではないが殲滅というわけにはいかないようだ。
幸い広場の内側にまで入ってしまっているモンスターはレギオンばかり。
ゴブリンもコボルトも、それ以外のモンスターも見当たらない。
雑魚中の雑魚であり数だけしか取り得のないレギオン……だからこそ他のプレイヤーたちもバリケード防衛を優先しているのだろう。
その証拠に、ちょうど今民家の屋根から飛び降りてきた豹っぽいモンスター、そいつが広場へ侵入するのを確認するなり、軽装の戦士が手槍を投げて討ち取っていた。
ていうか、槍って投げることも出来るんだな。
さておき、この状況なら俺も安心して戦いに参加できそうだ。
手強い系のモンスターが広場内に侵入したら他のプレイヤーが倒してくれるようだし、であれば俺はレギオンの動きにだけ注意して立ち回ればいい。
俺は早速、獲物を構えて手近なレギオンに斬りかかろうと――む?
「あいたっ!? って、クソ! レギオンかよ!?」
悲鳴が上がったのは北西側のバリケードだ。
バリケード防衛の後衛に当たっていた弓使いの背後にレギオンが5匹、いや6匹群がっている。
「うっざ……! 間合いが近すぎて弓が使えん! 誰か、援護!」
「アホ抜かせ! レギオン数匹くらい自分で裁けよ!」
「前衛は回せない! 弓メインって言っても何かしら近接武器は持ってるだろ!? 頑張れ!」
「マジかよ畜生! ――≪武装解放、四番≫!」
おお、弓から槍に武器を持ち替えた。
これなら大丈夫か……って、あんまり大丈夫じゃなさそうだな。
近接の間合いに入られちゃってるから、小回りの利かない長柄物じゃ対応し切れていない。
あっという間に組み付かれてボコスカ殴られている。
ダメージ自体は殆ど通ってなさそうだが、後方支援の弓使いが雑魚に拘束されちゃあ、バリケード防衛の前衛が不憫だ。
となれば――よし。
俺の初陣、連中に決めた!
弓使いに群がるレギオンの数は【連鎖自爆】の発動条件を満たしている。
まだスキル準備の状態になっているヤツはいないが、条件を満たしている以上いつ自爆するかなんて分からない。
助けられる内に、助ける!
「ハァァァァ!」
地面を蹴り、一気に駆ける。
狙いは弓使いの右腕に組み付いているレギオン。
他のモンスターの一切を無視して突進し、その背中に向けてハンドアックスを振り下ろす!
――クリーンヒット!
ドボ――という鈍い手応えと共に、視界の端っこにシステムメッセージが踊る。
俺が攻撃したレギオンの頭上に浮かぶライフゲージが一気に空になり、レギオンは砂が崩れるように真っ黒な塵に還った。
それがこのゲーム【サクト レコンキスタオンライン】における撃破エフェクトなのだろう。
撃破エフェクトが出た、ということは……。
倒した――んだよな?
あまりの呆気なさに、呆然としてしまいそうになる。
しかし俺にそんな呆然としていられる余裕など、あるはずもない。
視界の端、左手側に別のレギオン、駆け込んできた俺の存在に気づいたようで、ゆっくりとこちらに首を向ける。
その顔面に盾、ライトバックラーを叩き込んで怯ませると、俺はそのまま一歩下がった。
下がった一歩を蹴りつけて勢いを付けると、怯んだレギオンにハンドアックスを叩き込む。
狙いなどつけてはいない、勢い任せに振り下ろしただけだ。
この一撃は敵の肩に食い込み、そのまま敵の腕を斬り落とすが、それだけでは致命傷に至らないようで敵は塵には還らない。
斧を手元に引き戻し、更にもう一撃を加えようとして、その刹那、標的の頭が横合いから伸びた槍に貫かれた。
そしてレギオンは塵に還る。
「後ろだ後ろっ、しゃがめ!」
それは弓使いの戦士の声だ。
慌ててしゃがみ込むと、背中に何かが当たる。
そして頭上を何かが通過する感覚。
見上げればレギオン。
背後から忍び寄って、俺を羽交い絞めにしようとしたらしい。
うおお、危ないところだった。
そしてそのレギオンの胸板を、またしても槍が貫く。
この槍、さっきのもあの弓使いのだよな?
俺が組み付いていたレギオンをやったおかげで自由に動けるようになったらしい。
助けにきたつもりが助けられるとは……まあレベル1の素人だし、仕方ないよな?
――って、このレギオン、塵に還らない。
つまり、まだ生きている?
その足元でしゃがみこんでいる俺……ということは、なんだ、この体勢は不味いよな!?
「おわわわわ――ぅおりゃっ!」
立ち上がりの動作に合わせて、ハンドアックスを斬り上げる。
斧の刃先はレギオンの股関節を引っ掛け、右足を太ももから豪快に切断した。
よし、この手ごたえは逝っただろう!
「すまん、助かった――って初期装備っ!? お前新参か!?」
「あ、ああ。今日始めたばっかりだ」
弓使いの上げる驚きの声に答えつつ、敵から距離を取って彼の方に身を寄せる。
目の前のレギオン、残るは三匹。
「今日始めた!? 今日初ログインってことか!?」
……そこまで驚くことなくね?
別に新参だっていいじゃん。
「まあそうだけど……何か問題でも?」
「いや、そりゃ色々あるだろうよ、新参に助けられた俺の体面とか……でもまあ、そんなこと言ってられる状況でもねーわな……」
「そういうこと。とりあえずこの三匹は俺がやってみる。あんたはバリケードの防衛に戻んなよ」
「やれるのか?」
「とりあえず防御系の補助魔法を三つほど掛けてもらってあるから。無傷とはいかないだろうけど、レギオンって一番の雑魚なんだろ? 頑張ってみる」
「三種類とはまた豪華だな。でもそれなら……よし、んじゃあここはお前に任せるぜ!」
「おうっ!」
弓使いの声を合図に地を蹴る。
三匹のレギオンは横並び並んでいるから、狙うのは左の端側のやつだ。
踏み込みの勢いを抜かないまま、駆け抜けるようにドテッパラに横薙ぎの一撃を叩き込む。
その一撃はレギオンのわき腹を深く抉ったが、致命傷には至らないようで敵はまだ塵に還らない。
それでも敵の姿勢を崩すには十分で、バランスを崩した敵の肩口めがけて更に一撃!
――って、まだ死なない!?
なんだよ、最初のヤツは一撃で倒せたのに!
「カドヤさーん、人型モンスターの弱点は、頭か背中っすよー!」
遠くからヘザーの声が聞こえてきた。
そうか、頭か背中か!
そういえば最初のヤツを倒したときは、敵の背後から思いっきり喰らわしてやったもんな。
「そういう、ことなら――っ!」
敵の肩口に食い込んだ斧を引き抜いて、改めて頭に向けて振り下ろす。
ゴス、という鈍い手応えと共に、
――クリーンヒット!
視界の端に浮かぶシステムメッセージと共に塵へと還るレギオン。
よし、やった!
なんてガッツポーズを取る暇もなく――、
「FUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
倒したレギオンの背後にいたレギオンから、きつい一発をまともに喰らってしまう。
ガツンと殴られたのは肩口だ。
衝撃と痛みはあまりなく、軽くどつかれたくらいにしか感じない。
視界の下の方に浮かんでいる俺自身のライフゲージも殆ど減ってはいない。
痛みがあまりないのは結構なことだが、これがヘザーにかけてもらった補助魔法の効果があってのことだったら少し怖いなぁ。
補助魔法の効果が無かった場合、殴られたり斬られたりしたらもっと痛いですよ、なんてのはご免被りたい。
――などと考えつつ、体勢を立て直して殴りかかってきたヤツの頭めがけて片手斧を振り下ろす。
「そぉい!」
――クリーンヒット!
これが巧く決まってクリーンヒット。
レギオンの頭上に浮かぶライフゲージがぐーんと減って、残り四分の一くらいになる。
ちっ、クリーンヒットしても一撃で撃破というわけにはいかないのか。
でもさっきのクリーンヒットじゃない普通の攻撃では、敵のライフゲージの三分の一くらいしか減らせなかった。
通常の攻撃じゃあ3~4発当てないと倒せないレギオンが、クリーンヒットを当てれば二発で倒せる。
ならばやっぱりクリーンヒットは積極的に狙っていくべきだろう。
レギオンの頭にめり込んだ斧を引き抜き、そのまま振りかぶり直してもう一撃頭に叩き込む。
よっし、倒した!
だが、まだもう一匹レギオンは残っている。
残る一匹はのたくさとした動作で、俺に組み付こうと両手を広げて近寄ってくるところだった。
頭ががら空きだ、クリーンヒット、狙える!
「でぇいっ! ……――って、ちょ、うおおおお!?」
く、組み付かれた!?
頭に直撃した! クリーンヒットが決まった!
でもそれで倒しきれなかったせいで、その勢いのまま組み付かれてしまったんですが!?
「やばっ、引き剥がさないと――!」
やばい、身体が密着しているせいで巧く斧を使えない……。
身体を左右に揺すってみるが、結構ガッチリ組み付かれてて引き剥がせない!
しかも目の前には真っ二つに割れたレギオンのマネキンっぽい顔面! 若干気持ち悪い!
更に密着しているせいでレギオンの胸板との間で俺の豊満なおっぱいが押し潰されてぐにゅんぐにゅんと形を変えてあはん、なんてこと、服の布地が荒いせいで先っぽが擦れて痛気持ちイイ――ではなく!
ええい、こうなったら……膝蹴り! 膝蹴り!
――チクショウ駄目だ、全然効いてない、ライフゲージが減ってない!
――【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】はスキル【我流体術マスタリー】を習得しました!
――我流体術マスタリーのスキル効果によって、以後武器を用いない肉弾攻撃で敵にダメージを与えられるようになります。
「このタイミングでスキル習得!?」
何ゆえ!? ってさっきの膝蹴りか!
ならばもう一度、膝蹴り! 膝蹴りぃ!
「って駄目だぁー! 殆ど効いてねぇー!」
一応ライフゲージが減るには減るが、その減少量は微々たるものだ。
この膝蹴りでライフゲージを削り切るには、あと十発以上の膝蹴りが必要になると思われる。
今のところ俺自身の周囲には他のレギオンは存在しない。
とはいえ聖堂前の広場内には、10体以上のレギオンが入り込んでいる。
いつ連中が俺の様子に気づいて寄ってくるか分からない状況で、膝蹴り十発以上とかそんな時間を掛けてる余裕は……。
「あーもー、だから立ち回りが重要って言ったじゃないっすかぁ」
突然に、目の前にあったレギオンの頭が吹っ飛ばされた。
横合いから殴りつけるような、強烈な一撃。
その一撃でレギオンは塵に還り、俺の拘束も解かれる。
そこに立っていたのは全身鎧に身を包み、戦槌を構えた少女騎士ヘザー。
南西側の援護に向かったと思っていたのだが、何時の間に。
いや、しかし、ともあれ助かった。
「へ、へ、ヘザーか。た、助かった」
「大丈夫っすか、カドヤさん? ちょっと目を離したらいきなりレギオンに熱烈抱擁かまされてて、逆に笑っちゃったっすよ」
「うぐぐ、まさか組み付いてきたレギオンを引き剥がすのがあんなに大変とは思いもよらず……」
「ああいうときはっすね、両手を塞いでる武器を外しちゃえばいいんすよ。ボイスコマンドの武装解放と同じで、武装解除っていうのがデフォルトで登録されてるっすよ? 武装解除すれば両手の装備が格納されるっすから、空いた両手で何とかすればいいっす」
「わ、分かった。覚えとく」
脳内メモに極太マジックで書きなぐっとくわ。
「あとは、短剣とか持ってればボイスコマンドで装備を変更して、そんで短剣で人型モンスターの弱点である背中を一撃、とかも有効っすね。つーかそれが一番メジャーな対処っす」
「ああ……俺、この戦いが終わったら飛びっきりの短剣、一本買っておくよ」
「死亡フラグ乙っす」
南無~、と言いつつ十字を切るサクト聖教の修道騎士。
和洋折衷というか節操ないな。
「とりあえず、あたしはこのまま北西側の援護に入るっすけど、カドヤさん、残りのアレ、やれそうっすか?」
ヘザーが指差すのは広場内をうろうろしているレギオン、数は10体以上。
連中の一部は聖堂に近づこうとする動きを見せているが、何故か聖堂の数m手前で立ち往生している。
なんか結界とかそういうのがあるのか?
低レベルモンスターを寄せ付けないとか、そんな系の。
「南西側の援護はもういいのか?」
「あっちはアリオンも入ってるっすから、多分どうにか持ち直すんじゃないかとは思うんすよね。一応回復だけはしといたっすけど。だったら前衛が足りてない北西側のがやばげっす」
「あれ、ヘザーって後衛って言ってなかったっけ」
「補助魔法で前衛を強化するんすよ。そのための後衛魔法職っす」
厳密に言えばこのゲーム、職なんてないっすけどねぇー、などと言いつつ。
さておき、俺は改めて広場内のレギオンに視線を向ける。
10体か……やれるのか?
さっきはほんの三匹を相手にして、一匹に組み付かれてあのザマだった。
その三倍以上の数を相手にするとか、普通に考えて無理だよな。
と言っても、それはあくまで俺が生き残ることが前提。
やられることを容認するわけじゃないけど、死に戻りをしつつ蘇生即特攻のゾンビアタックを掛ければ何とかやれないこともないだろう……というか、そう思わないとやってられない。
ならば、俺の行動は決まっている。
「んじゃまあ、ヘザーが北西側に行くんなら、俺も"残りのアレ"、行ってくるよ」
「お、勇者Lv.1っすねぇ」
「Lv.1言うな……まあ、ゾンビアタック覚悟で征ってきます」
とりあえず肝に銘じるのは、どんなに見事なクリーンヒットをブチ込んでも、HPがゼロになっていない限りはレギオンは動き続けるということ。
頭を潰しても腕が無事なら平気な面(?)して組み付いてくるということ。
さっきの俺の失敗は、組み付こうと向かってきたレギオンを真正面から迎え撃ったことだ。
一撃で倒せないなら、一回横にステップして組み付き攻撃の有効範囲から脱し、横合いか後背からクリーンヒットを狙うべきだったんだろう。
ヘザーは何も言わなかったが、これが立ち回りということなのだと思う。
「それじゃ勇者カドヤ、頑張るっすよ。逝ってらっしゃい!」
「うむ、逝ってきます!」
その後、レギオン10体を倒すまでの間に、まあ敵のおかわりもあったのだが、結局俺は2回死ぬことになる。
連鎖自爆、マジぱねぇ。
************
もっとスピード感のある近接格闘戦を描きたいんですが、なんだこのもっさり感。
あとこのゲームにおける補助魔法の偉大さは異常。
感想板で気づいた方もいらっしゃいましたが、このネタの発想の根元はマブラヴです。
あと無双シリーズとか、とかとか。