「そこの新参っ、戦に出んなら道を開けろ!」
聖堂の外で繰り広げられる戦闘風景に思わず呆然としていた俺にそんな声が掛けられる。
振り向く間もなく後ろから伸ばされた手が乱暴に俺の肩を掴み、力ずくで俺は押しのけられた。
尻餅をついてしまった俺が見たのは、押しのけられた俺を一顧だにせず外の戦場へと飛び出していく四人の戦士たち。
弓装備の軽戦士が三人に、両手剣を手にした修道士姿の男だ。
聖堂前の混戦……攻め寄せているのは灰色一色のマネキンのような雑な造詣をしたモンスター【レギオン】だ。
公式サイトにも載っていた、確か魔王軍の尖兵としては最弱クラスながら、ひたすら物量で押し潰してくるというタイプの敵だったはずだ。
彼らは聖堂を飛び出すとすぐさま正面、聖堂を背負って決死の防衛戦を展開する一団に踊り込んでいく。
「おっと、援軍ktkr?」
「いやすまん、死に戻り組だ」
「櫓で圧死しますた」
「士気落とした戦犯じゃねーか! 後がねぇーんだ、ここで挽回しろよ!?」
「無論だ、そう何度も目の前で拠点を落とされて堪るものか!」
弓装備の軽戦士たちが四方八方に矢鱈めったら矢を飛ばし、空いた隙間に修道士が切り込んで敵陣の傷口を広げていく。
敵モンスター【レギオン】の防御力が低いのか、弓の一撃にまとめて数体貫かれて消滅し、或いは修道士が両手剣を振るうたびに数体まとめて斬り飛ばされる。
まるで荒れ狂う暴風、なんという無双ゲー。
あっという間に数十体を排除した戦士たちだが、それでもなお敵の数が多い。
はっきり言えば数十体程度の敵を倒したところで、全く敵が減った気がしないのだ。
弓攻撃の援護を受けながら包囲されないよう、孤立しないよう巧く立ち回っている修道士だが、囲まれてしまうのも時間の問題のように思える。
物量差が、戦力差が違いすぎる。
「よく分からんが、大丈夫なのかコレ……」
「まあ率直に言って、かなり不味い状況っすねー」
意図せず漏れた独り言に返事が返ってきて、俺は思わずびくっとしてしまう。
気がつけば尻餅ついて座り込む俺の横に、全身を覆うプレートメイルを着込んだ少女騎士が立っていた。
目が合うと彼女はにっこり笑ってこちらに手を差し伸べてくる。
「立てるっすか? 入り口近くは人の出入りが激しいんで、そこに座り込んでても邪魔になるっすよ」
「あ、ありがとう」
「いやいや、気にしない気にしない。外の戦況が見たいんならこっちがお勧めっすね」
そう言って俺の手を引いて立たせると、入り口から離れて窓辺に向かう。
ぬぅ、繋がれたの手の柔らかさと暖かさが凄い。
しっとりとした若い女の子の肌の感触の再現度がすげぇ。
この触感系の再現エンジンのレベルの高さは半端ないな。
――なんてことを考えつつ内心ウマウマしていると、少女は屈託の無い笑みをこちらに向けてくる。
「あたしはヘザー。ドミビア派修道騎士会所属の後衛職っす。お宅は新人さんっすよね? 防衛戦見るのは初めてで?」
なんちゃら派騎士会って、確かこのゲームの流派の一つだったか?
ジョブの代わりに流派を選ぶシステムだったような……まぁどうでもいいか。
「俺はカドヤだ、よろしく。ええっと、防衛戦は初めて、っていうか今日初めてこのゲームにログインしたんだけど」
「うえ、まじっすか!? そりゃまた、すげー凶運っすねぇ」
「強運?」
「いや、大凶の方の凶っす。ついてないっすねってことで」
マジか。
つーかそもそも、防衛戦ってなんだよ。
いや、なんとなく聖堂前の有様を見れば分かるけどさ。
「……ぬぅ。防衛戦って、そんなに珍しいイベントなのか?」
「珍しいってほどでもないっすかね。大体月一、多いときで月二回起きるか起きないかってくらいかな。ああ、ちなみにモンスターによる街襲撃って、別にイベントでもなんでもなく、モンスターどもに設定された標準の行動様式なんであしからず」
「……そうなの?」
「そうっす。ってかキミ、その辺のことまったく調べずにこのゲーム始めたんすか?」
ヘザーと名乗った少女騎士が呆れたような視線を向けてくる。
言い返すことが一言もないので「いや、まぁ……」と言葉を濁さざるを得ない。
だって仕方ないだろ、「事前情報とか前知識とかは少ない方がエンターテイメント性の高いプレイ日記をつけられると思いますよ」って邑上店長が言うんだし。
確かに前情報がなかったせいで、この防衛戦の有様はかなりショッキングではあったけど。
ちなみに俺がこの【カドヤ】というキャラクター、女型のアバターを使っているのも邑上店長のお達しだ。
エクスタをやっているプレイヤーっていうのは、男性の方が比率が高いらしい。
ゲームという玩具に男女の垣根が無くなって久しいが、それでもこうした玩具、引いては趣味というものに高額な金銭を投じられるのは、やっぱり男性の方が多いのだそうだ。
で、そんなエクスタプレイヤーの多数派である男性にアピールを掛けるなら、女型のアバターの方が魅力があるに違いない、と邑上店長はそんなことを言うのである。
私費を投じてセクシャルフラグを解放したのは俺の独断だが、俺に対してもそれくらいのアピールがあってくれないと、こちとらモチベーションが上がらない。
おっぱい、最高です。
さておき――。
俺が事前にゲーム情報を殆ど調べないで始めてしまった事情を説明すると、ヘザーは呆れたような視線を向けてきた。
「はぁ~、なかなか無謀なことをするもんっすね。や、前知識が無い方が云々って理屈は分かるっすけど」
「そう言ってもらえると助かる」
「でも、このゲーム【サクト レコンキスタオンライン】に関しては、そりゃあ失敗だったかもっすねぇ」
「痛感させられてるところだよ。で、ものは相談なんだけど、よければ今がどういう状況なのか教えて――ていうか、解説してもらえないかな」
「ええ? どういう状況って、見たまんまっすけど?」
「いや、防衛戦がなんなのかとか、基本的なことからして分かってなくて」
「んー……、そういうのはチュートリアルのNPCに言え、って言いたいところっすけど、まあそういう状況でもねーですかね? あたしも残機ゼロで暇してるっすから、まあいいっしょ。このゲーム、新人さんには優しくしないと、すぐにプレイヤーがいなくなるっすからね」
新人さんは貴重っす、なんて言って偉そうに腕を組むヘザー。
「残機ゼロって?」
「ん? ああ、LPのことっすよ。そっちの方が分かり易いってんで、プレイヤーの間ではLPのこと残機って呼んでるっす」
「LPって……確かあれか、LPゼロになるまではデスペナなしっていう」
「そそ。このゲーム簡単に死ねるからデスペナ怖くて。だから今安地に引篭もり中っす」
『つってもここ(聖堂)もいつまで保つか不明っすけどねー』、なんて怖いことを笑顔で言って下さる。
にしてもLPか、確かそれは公式サイトで見た覚えがあるな。
LPというのはこのゲームにおけるある意味の救済措置で、LPが0になるまではデスペナ無しで蘇生できるとか、そんな感じだったはずだ。
毎晩24時にLPは最大値まで自動で回復されるが、それ以外では課金アイテムを使う以外LPを回復する方法はないらしい。
目の前の少女……ヘザーのLPが既にゼロということは、次に死んだらデスペナが発生してしまうということだ。
このゲームのデスペナってどんなだったかな?
経験値ペナルティだったのは確かだと思うんだけど……まあいいか、その辺は後で公式サイトでも見れば分かるだろう。
それよりも今はこの状況、都市防衛戦というものについて教えてもらいたい。
「んでさ、なんか外すげーことになってるんだけど、アレ、大丈夫なの?」
「外の戦況のことっすか?」
「うん」
「んー、どうっすかねぇ。かなり厳しいことは間違いないっすけど。ほら、これ」
おお、なんじゃこりゃ?
少女が示したのはステータス画面だった。
ただしキャラクターのステータス画面ではない。
言うなれば、この都市【鉄の城塞都市 アイゼニア】のステータス画面だった。
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【アイゼニア】
称号:鉄の城塞都市
防御度:25 文化値:18 経済規模:15 治安:0/100--防衛戦展開中!
人口:4350 所属プレイヤー:1827 総人口6177
ログインプレイヤー:382
【施設】
防衛拠点
城壁:Lv6 城門:Lv8 櫓:Lv4 兵舎:Lv3 武器庫:Lv4
蘇生拠点
領主館:Lv5 聖堂:Lv3 礼拝堂:Lv1
ギルド拠点
冒険者ギルド:Lv2 商業ギルド:Lv2 建築ギルド:Lv4 魔術師ギルド:Lv1
道場拠点
"アブリル流兵科戦闘術"訓練所:Lv2
"キングストン剣刃会"道場:Lv5
"護身セルティス流"道場:Lv7
"ドミビア派修道騎士会"修練施設:Lv3
"冒険者ギルド・ノーズテルム支部"武芸訓練所:Lv2
"流派鋼星"道場:Lv1
"メルヴィル流魔闘術"地下施設:Lv2
"上派ユルグ流聖法槍術"道場:Lv4
"下派ロクサーヌ流魔剣術"道場:Lv5
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「おお、なんじゃこりゃ」
「都市ステータスっすよ。メニュー画面のライブラリから選択可能」
「こんな画面があったのか……なんか結構細かく決まってるんだな。つーか防御度は何となく分かるけど、文化値とか経済規模ってなによ」
「文化値はサブクエスト系のNPCイベントの発生率とクエストの内容、店売り商品の品質に影響が出るっすね。経済規模は読んでその通りっす。店売り商品の品揃えと価格、商業ギルド系イベントの発生に影響って感じっすか。クエストの報酬金額も経済規模次第で結構上下するっすね」
「細けぇ……最近のVRゲームってみんなこうなの?」
「いやいや、SACT――戦略アクションは伊達じゃねぇってことっすよ。まあ詳しくはマニュアルやらガイドwiki参照ってことで。んで、都市ステータスからタブで【戦況】を選択すると……」
---------------
【アイゼニア】
都市防衛戦展開中!(20XX/6/12-17:22開戦 73分経過)
戦況:劣勢 士気:38/100
参戦プレイヤー数:293 侵攻モンスター数:22284
総撃破数:9472
被撃破数:385 戦死数:47
【施設被害状況】
防衛拠点
城壁:耐久度15% 城門:破壊 櫓:破壊 兵舎:耐久度40% 武器庫:耐久度30%
蘇生拠点
領主館:耐久度45% 聖堂:耐久度100% 礼拝堂:破壊
ギルド拠点
冒険者ギルド:破壊 商業ギルド:耐久度5% 建築ギルド:耐久度25% 魔術師ギルド:破壊
道場拠点
"アブリル流兵科戦闘術"訓練所:破壊
"キングストン剣刃会"道場:耐久度60%
"護身セルティス流"道場:耐久度55%
"ドミビア派修道騎士会"修練施設:耐久度20%
"冒険者ギルド・ノーズテルム支部"武芸訓練所:破壊
"流派鋼星"道場:耐久度55%
"メルヴィル流魔闘術"地下施設:破壊
"上派ユルグ流聖法槍術"道場:破壊
"下派ロクサーヌ流魔剣術"道場:耐久度10%
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これは酷い。
思わず笑ってしまいそうだ。
というか笑うしかないほどに酷い戦況である。
耐久度100%を守っているのがこの聖堂しかない。
戦況画面に列挙された施設の破壊状況が都市ステータスに対して具体的にどういう影響を与えるのか、詳しいことは知らないが、知ったら間違いなく後悔するレベルの惨状であることに疑いはない。
「あちゃー、分かっちゃいたけどこりゃ酷いっすね」
実際ヘザーも苦笑している。
苦笑してはいるが、その表情に焦りとかそういった様子は見て取れない。
なんと言うのが一番しっくり来るのか分からないが、言うなればこう、"馴れた感"が見て取れる。
「……なあ、何かやけに落ち着いてるけど、ひょっとしてコレくらいの劣勢って珍しくなかったりする?」
「んなわけないっすよ……いやまあ、このゲームがリリースされた当初は日常茶飯事だったっすけど」
「発売当初は日常茶飯事だったのか……」
「最初はみんなゲームシステムには不慣れだわキャラも装備も脆弱だわで酷かったっすからねぇ。初期都市の三つ全部落とされてゲームオーバーとか、普通にしてたっすから」
「MMOでゲームオーバーって……」
なんだそりゃと言わざるを得ない。
「笑えたっすよ? 城塞都市も聖都もとっくに陥落してて王都が最後の砦っつー状況だったんすけど、その王都も魔王軍に攻め込まれちゃって。プレイヤー総出で決死の防衛戦の最中に、王城とか聖堂とかの蘇生拠点が全部潰されて士気もゼロ、するとあの無機質なアナウンスが流れるわけっすよ。『矢は尽き、剣は折れ……人類の決死の戦いも空しく、王都ベイゼルは陥落した。ノーステルム王国はここに滅亡し、コンクレティア大陸は魔王軍の手中に落ちたのである……』ってね。そこで視界が徐々にブラックアウトして、目の前に特大フォントで『GAMEOVER』八文字っすよ。あれは正直呆気に取られたっすね、ガチで笑うしかねぇって感じっす。ちなみにゲームオーバーってことでデスペナとは別に全所持品ロスト、倉庫に預けてた品まで容赦なしのスーパーペナルティが炸裂。これで初期のプレイヤーの三分の一がこのゲームを去ったと言われてるっす」
「それは酷い」
「ちなみに一回だけじゃないっすよ? 既にこのゲーム、三回ゲームオーバーしてるっす」
「言葉もないな……」
『ゲームバランス(笑)』の評価に偽りなしと言えよう。
しかし運営サイドもよくそれでゲームバランスの調整をしようと思わなかったものだ。
「まあ流石に三回もゲームオーバーしてればプレイヤーもいい加減慣れてくるし、最近は落ち着いてきてたんすけどねぇ……まあ今回は、防衛戦に参加してる人数も少ないっすから」
ほらここ、とヘザーは都市ステータスの都市所属プレイヤー数と、戦況画面での参戦プレイヤー数を示して見せる。
「ええっと……? 都市所属のプレイヤー数が1800超で、今参戦してるのが300切ってるのか。全体の六分の一しか参戦してないんだな」
「いつもだったら1800のフル参戦……とまでは行かなくても、1000人くらいは出るんすけどね」
「何で今回は少ないんだ?」
「防衛戦の時期ってある程度は予測できるんすよ。その予測じゃあ次の防衛戦は明後日、早くても明日ってことだったはずなんすけど、どうも予測が外れたみたいで……」
「予想外に早く攻め込まれたせいで人が足りてないってことか」
「そういうことっす。だいたい都市近隣エリアのモンスター総数が都市総人口の五倍になったら攻め込んでくるってルーチンで、しかもモンスターの増加傾向ってある程度一定のペースがあったっすから侵攻時期の予測も立てられたんすけどねぇ」
それが見事に外されちゃって、と困った顔をするヘザー。
なるほどねぇ、と頷いたところで、ヘザーの眉間に更に皺が寄る。
こういう表情の造詣もリアルだ。
「あちゃー、そろそろ"魔剣屋"が落ちるっすよ」
「魔剣屋?」
首を傾げると、正にタイミングよくアナウンスが流れる。
――下派ロクサーヌ流魔剣術道場が陥落しました。
――道場拠点陥落ペナルティが発生します。
――道場拠点陥落ペナルティにより、下派ロクサーヌ流魔剣術を流派とするプレイヤーの全ステータスが10%低下します。
「魔剣屋ってのは今アナウンスがあった【下派ロクサーヌ流魔剣術】の道場のことっす。ロクサーヌ流の連中には悪いっすけど、これで多少は持ち直すかもしれないっすね」
「何でだ? 拠点が陥落したんだろ?」
「だからっすよ。その拠点を守ってたプレイヤーが別の拠点の防衛に回れるようになるっす。ステ低下のペナルティは痛いっすけど、蘇生拠点さえ守りきれれば防衛戦に負けはないっすから」
「そういや勝敗条件聞いてなかったな」
「ああ、簡単な話っすよ。勝敗条件はこうなってるっす」
――防衛戦勝利条件
以下の条件の何れかを達成せよ!
① 指揮官である中核モンスターの撃破する
② 侵攻軍モンスターの七割を撃破する
③ 蘇生拠点を一つでも確保したまま、戦闘開始から三時間経過する
――敗北条件
① 防衛戦参戦プレイヤーの全滅
② 蘇生拠点が全て陥落する
「――とまあ、こんな感じで。とりあえず蘇生拠点を守って三時間耐え抜けばこっちの勝ちっすから、魔剣屋を守ってた戦力が蘇生拠点の守りに就けばそれだけ勝率は上がるってことっす」
「……簡単な話っていうけど、それ、実際はなかなか面倒なんじゃないか?」
「お、わかるっすか?」
恐らくだが、ただ防衛戦に勝つだけなら、聖堂なり領主館なり蘇生拠点に戦力を集めて、モグラ叩きの如くただひたすに向かって来る敵を叩いていればいいのだと思う。
他の拠点がどれだけやられても、蘇生拠点の防衛さえ出来ていれば、三時間耐え抜けば勝ちなのだから。
しかし先ほどのアナウンスを聞いてみればそんな甘い考えが通じるものじゃあないということにも気づく。
道場拠点が落とされれば、その道場に所属しているプレイヤーのステータスにペナルティが掛かるのだ。
ステータスに対してペナルティが掛かるって、はっきり言ってそれは経験値にダメージを食らうデスペナよりも遥かに厳しい。
だとすればプレイヤーたちは各々の所属する道場を守りたいのが本音だろうし、かといってそっちに傾注すれば蘇生拠点が陥落して防衛戦に負けてしまう。
それに、どのように戦力を分配すれば効率よく町を守れるのかというのも重要だが、その戦力の分配をいったい誰が、どのような立場でどのような権限の元に行うのか、というのも厄介な問題だろうと思う。
プレイヤー同士は原則的に平等なはずだ。
指揮を執るプレイヤーが出るとして、それをどうやって決めるのか、決まったとしてその人選に誰もが従うのか、という問題は非常にデリケートだと感じる。
そうしたことを言ってみると、ヘザーはあっはっはと笑った。
なにゆえ。
「いやいや、道場拠点陥落のステペナ(ステータスペナルティ)は永続的なもんじゃないっすから」
「あ、そうなの?」
「そりゃそうっすよ。確かに色々厳しいゲームっすけど、そこまでマゾくないっす。まあ、だからって自分が所属してる道場拠点を落とされるのがいい気分なわけないっすからね。拠点を破壊されると施設レベルが半分まで落ちるっすから、これがまた結構な痛手で。壊された施設を復興させるのも大変っす」
「復興?」
「資材を使って施設のレベルを上げることっす。その辺はまあ、防衛戦が終わったら分かるっすよ。防衛戦が終わって、この街が陥落してなかったらの話っすけど」
そういえば都市ステータスの拠点欄に「建築ギルド」なんてのがあったけど、それが関係してるのか?
まあ防衛戦が終わったら分かるって言うなら、今無理して聞く必要も無いか。
そう考えて次の質問をしようとしたとき、俺たちの背後から新たな声が掛かった。
「ヘザー、ちょっといいか?」
男、というよりはまだ若い少年っぽい声。
振り返ってみると、案の定そこには17、8くらいの年に見える槍を手にした少年が立っていた。
短く刈り込んだ金髪に、神経質そうな性質を感じさせる鋭い目元。
フレームレスの眼鏡を掛けてはいるが、その眼鏡が神経質そうに見える彼の印象を助長しているように感じられる。
「お、アリオン君じゃないっすか。死に戻りっすか?」
「言ってくれるな。街道警邏クエで王都ベイゼルまで行って、戻ってきたらこの騒ぎだ。ヨウメイと一緒に野良PTだったんだが、組んでた連中がロクサーヌ流でな。話の流れから断りきれなくて道場前でバリケードを組んでいた。たった今、目の前で魔剣屋が陥落するのを見てきたところだよ」
「そりゃまたご愁傷様かつタイムリーなことで……ああカドヤさん、紹介するっす。こちらアリオン君、あたしと同じドミビア派修道騎士会に入ってる槍使いの子っすよ」
ヘザーの紹介にアリオンと呼ばれた少年はちらりとこちらに視線を向けてくる。
「アリオンだ」
「ああ、俺はカドヤ。よろしく」
「……その装備、新参か?」
「まあ、そうなる」
「本日初ログインらしいっすよ。ろくすっぽ下調べもせずにログインしたもんだから、いきなりこの惨状で度肝抜かれてたみたいっす」
「それでお前が教育係か、ヘザー? この状況でそんなヤツのお相手とは、暢気なものだな」
そんなヤツて。
なんかこいつ、感じ悪いな。
端々からこっちを見下してる感が漂ってくる――というか、実際俺、見下されてるよなコイツに。
「はっはっは、まあまあそう言わず。あたしもう残機ゼロでやることなくて、だからちょうど良かったんすよ。それよりどうしたんすか?」
「ああ。実は後方支援の手が足りなくてな。回復と補助の魔法を使える人間が必要だ」
「うへぇ、出陣要請っすか。あたし次死んだらデスペナ確定なんすけど……」
「関係ないな。ヨウメイは死ぬまで戦ったぞ? 今も戦っている」
「んげ、デスペナ喰らって即復活っすか? ヨウメイ君、男の子っすねぇ」
「こんな状況だ、仕方ないだろう。リアルの時間はまだ19時にもなっていない。社会人連中がログインしてくるのはもう少し先になる。連中が参戦すれば勝ちの目も見えてくるだろうが、そこまで戦線を維持できなければ何の意味もないということだ。デスペナが怖かろうがやってもらうぞ」
「はぁ……まあそういう状況じゃあしょうがないっすかねぇ。死にたかないしデスペナも怖いっすけど、あたしもこの街が落ちるのはごめんっすから。――――武装解放」
ヘザーが諦観めいた口振りで呟くと、彼女の右手に戦槌、左手には凧盾が現れる。
ボイスコマンドってやつか。
ヘザーがやったような装備の交換だとか、所持している特定アイテムを使用だとか、本来ならメニュー画面を通して行う操作を、音声操作で行うというシステムだ。
他にもアクティブスキルの起動なんかもボイスコマンドで行えるらしい。
シンクトリガー、思考操作なんてのもあるそうだが、どうやってやるかまでは俺は知らない。
やっぱりマニュアルくらいちゃんと読んでから始めるべきだったか。
「つーわけでカドヤさん。話の途中で申し訳ないっすけど、ちょっと行ってくるっすね」
「え、ああ、色々教えてもらってありがとう。こっちも助かったよ」
「あは、気にしない気にしない。助け合いが何より大事なゲームっすからね」
「なんだヘザー、そっちの新参は連れて行かないのか?」
折角教育したんだろうに、とアリオンが口を挟む。
この野郎、今絶対『教育(笑)』のニュアンスで言いやがったぞ。
「なーに馬鹿なこと言ってるんすかアリオン君。今日始めたばっかの子を連れてってもしょうがないっしょ」
「そっちこそ何を甘ったれたことを言ってる。防衛戦をやるのなんて結局は早いか遅いかの差でしかないだろ。このゲームをやってるんならいつかは巻き込まれることだ。だったらそれが今日の今でも別に問題はないと思うが?」
「だからってこんな、この世界のイロハも分かってない子を戦場に出しても、延々と死に戻りを繰り返すだけに決まってるじゃないっすか」
「だからこそ出すんだろう。レベル10になるまではどれだけ死んでもデスペナは無いんだ、恐れることは何も無い。"世界のイロハ"なんて、死にながら覚えればいいんだ。俺もお前も、このゲームをサービス開始の頃からやってる連中は、そうして覚えてきたんだからな」
「んな乱暴な……それで酷い目見たからたくさんの人が辞めてって、人が減って戦況が厳しくなったからwikiだのなんだの情報共有して頑張って、人がこれ以上減らないようにしてきたんじゃないっすか!?」
「で、そうした出来た『努力の結晶(笑)』とやらにろくろく目も通さず体一貫で飛び込んできた馬鹿がそこのソレなんだろう? そういう馬鹿は身体で覚えたほうが手っ取り早い。それでビビって逃げ出すんならそれはそれだ。そんな根性なし、遅かれ早かれこのゲームを辞めるよ」
「なんつー言い草っすか!? ――って、ちょっとアリオン君!?」
「俺はもう出る。いつまでもそんなのの相手してないで、お前もさっさとしろよ、ヘザー」
言い残してこちらに背を向けるアリオン。
その去り際、ちらりと俺に一瞥だけくれて、
「そっちの新参ネカマ君もな?」
まあ、いきなりの状況で戦場に飛び出す根性があればの話だけどな、なんて言い残して去っていくアリオ――アリ野郎。
あん畜生め、俺だって好きで女型のアバターにしてるわけじゃないってのに――にゃろう、鼻で笑いやがった。
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遅筆ですいません。
感想も読ませてもらってます、ありがとうございます。
レスとか出来ないですけど、どうぞご容赦を。