「リク・ラク ラ・ラック ライラック
氷の精霊17頭
集い来りて 敵を切り裂け
魔法の射手 連弾・氷の17矢!! 」
「大地よ、我に迫りし凍てつく氷の息吹を、御身を持ちて打ち破らん、急急如律令!!!」
エヴァの放つ追尾型の魔法の射手を、真治は土で出来た壁を出すことで防ごうとする。
「甘いっ!!」
しかし、エヴァは土壁に当たる寸前で軌道を捻じ曲げ、迂回させるようにしてその向こうの真治を狙った。
が、真治に当たった手ごたえは無かった。それに真治の様子は土の壁に阻まれてよく見えない。確認しようとエヴァが地を蹴ったその瞬間、後方から真治の詠唱が聞こえてきた。
「――――――幾千幾万の数多に存在する精霊よ、我に仇なすものを打ち破らん、急急如律令!」
エヴァが慌てて振り返ると、目に飛び込んできたのは視界すべてを光で埋めるほどの光弾。その数、ざっと五百。
「行け!」
「な、めるなぁ! リク・ラク ラ・ラック ライラック
闇の精霊399柱!!
魔法の射手!! 連弾・
闇の399矢!! 」
エヴァは振り返り様詠唱を完成させ、真治の作り出した光弾を迎撃する。その詠唱時間、わずか0.5秒。
両者の放つ圧倒的な質量が、壁のようになってぶつかり合う。小さな爆音が重なり合い、その振動が大きく鼓膜を揺らす。
「くぅっ……」
「ふ、ふはははは。やるな、真治。わずか数ヶ月でここまでの成長。驚嘆に値する」
三半規管を激しく揺さぶられ、光弾を制御するので精一杯の真治に対し、エヴァはまだまだ余裕があった。数では勝っているものの、魔法の射手一発一発に込められた膨大な魔力に押され気味だった。
ぐっ、と奥歯をかみ締める。自分の中の霊力がごっそりともっていかれるが、まだだ。まだ自分の霊力には先がある事を真治は知っている。
「は、あぁぁああああああ!!! 喝!!!」
真治の中に眠るまだ覚醒していない霊力。その一端が引き出されて、強烈なブーストがかかる。
「む?」
優勢だった自分の放つ弾幕が、一気に押し返されるのを見て、エヴァが眉を寄せた。
「ふん、ようやく少しは使えるようになったか。だが、まだまだだな」
自分に向かってじりじりと勢いを盛り返してくる壁を見ても、エヴァの余裕はまったく代わりは無い。
―――氷神の戦鎚―――
弾幕に翳している右手とは逆の、左手に無詠唱で巨大な氷塊を出現させる。
「それっ!」
ズガン、と重い衝撃音を立てて氷塊が弾幕にぶつかる。かなりの質量を持つ氷塊は、その容量を急激に減らしつつも、あっという間に前線を盛り返す。
「くっ!? ……我が身は我にあらじ、神の御盾を翳すものなり!!」
咄嗟に唱えた神呪によって発生した不可視の壁が氷塊と衝突した。
しかし、氷塊によって減らされた真治の弾幕はエヴァの弾幕を押しとどめる事は出来なかった。前線は崩壊し、魔法の射手が真治に殺到する。
瞬動を連続しながら距離を取り、真治は量産された札を出すと、刀印で五芒星を描いた
「信在りて此処に神在り―――即ち、神のおわす此処は神の御城なり」
ぽう、と床に真治の霊力で光り輝く五芒星が描かれる。
全方向から雪崩のごとく襲い掛かった魔法の射手は、真治の描いた五芒星よりも内に入る事は叶わなかった。
全ての魔法の射手を防ぎきると同時に、五芒星はかき消えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「気を抜くな、まだ終わっていないぞ」
横からエヴァの声が聞こえたかと思うと、視界がぐるん、と回った。
咄嗟に受身を取り、転がるようにして距離をとっていく。そこに追い討ちをかける様に無詠唱の魔法の射手が次々に刺さっていく。
全身の筋肉を駆使して、跳ね上がるように飛び起きた真治はすぐさまエヴァの姿を探す。
きょろきょろする真治の後ろで蝙蝠が集まり、エヴァが姿を現した。
「戦場において、敵から目を離すな。見えない状況だとしても何処に居るかは正確に把握しておけ」
その声の意味を理解するよりも速く、エヴァの膝が真治の背中に突き刺さった。
「ぐっ……」
みしみしと音を立てる背骨を心配しながらも、真治は振り返って素早く体勢を立て直す。
瞬動を使って懐に現れたエヴァの抜き手を左手をころの様に回すことで弾き、半歩踏み出すと親指を上に立てた縦拳を突き出した。
真治の会心の一撃は、エヴァの柔らかい腹に深くめり込んだ。
近接戦闘で初めて入った有効打は、エヴァの体を軽々と吹き飛ばすと、5,6メートルは転がした。
倒れて動かないエヴァに、今だ、と追撃を加えようとした真治は、ゆらりと立ち上がったエヴァの目が黒く染まっているのに気がついて、たらり、とこめかみに汗を一筋流した。
今の季節は秋。今に冬に差しかかろうとしている今の季節は少し肌寒かった。
そんな中、麻帆良学園の敷地内を歩く三人の男女が居た。
だるそうにしている少年を、両側の二人が支えながら歩いていた。
「どうしたん? 真治今日はえらい疲れているようやけど」
「いや……」
「もしや、私達の知らないうちに侵入者が……?」
すぐにそういう可能性に思い至る刹那は護衛としては優秀だった。が、本当の理由がエヴァにぼこぼこにされた、というのはあれなので言わないでおくことに。
心配そうに見つめる二人に笑いかけると、ぐっ、と足に力をいれて何とか立ち上がった。今日の授業は全て寝て過ごしたのでなんとか歩けるぐらいにはなっていた。
肩を貸してくれた二人に礼を言うと、自らの脚で歩き出した。
「大丈夫ならいいんですけど……」
「ああ、心配かけて悪かったな」
正直、魔法の射手899矢はやり過ぎだと思う。それをぼこぼこに食らった後も鉄扇で体中を殴られたし。
なんとなく、ちょっと誰かに甘えたかったのかもしれない。
今、目下の所の悩みは、その誰かが複数なところだ。しかも相手は何も言わずに受け止めてくれるのでついつい甘えてしまう。
最近、こういうことが多くなってきている様な気がするので、自分に気合を入れた。
ふと、両隣に居る二人が少し不満そうな顔をしているのに気づいた。
「……いや、ありがとう、だな。この場合」
少し考えた後、言い換えると二人して花咲くような満面の笑みを見せてくれた。
いつかはこの自分の気持ちに決着をつけなくてはいけないのかもしれない。だけど、決着をつけてしまうと、何かが壊れるような気がして、怖かった。
だけど、自分のこの気持ちは、少なくとも嘘じゃない、と、そう言い切れる。だからといって許されるわけではないのだが。
そもそも二人の内どちらかに決めたとしても自分が選ばれるとは限らない。いけない、少し、自惚れていた。
二人は少なからず好意を持ってくれていると思う……多分。言い切れないのはそれが家族愛なのか、友人としてなのか、それとも異性に対してなのか。恋愛経験が豊富と言える前世での記憶を持っている真治だったが、それは見分けが付かなかった。
「ほら、早く帰りましょう。学園長も首を長くして待っているでしょう。今日は真名も呼んであります」
何かに悩んでいる真治の気配を敏感に察したのか、刹那が手を取ってにこっ、と微笑んだ。
その少し冷えた手の柔らかさと、慈愛に満ちた微笑にあてられ、真治の鼓動が一段階速くなった。
「あっ、ずるいせっちゃん。うちも真治と手ぇ繋ぐー」
二人が手を繋いでいる事に不平を申した木乃香が、手を繋ぐ、と言っているにも拘らず腕に抱きついてきた。それに合わせるかのように刹那もきゅっ、と腕を取って身体を密着させてくる。
いつもこういう感じだから見分けがつかないんだ、と悩む真治は、二人の頬が薄く染まっている事に気づいていなかった。
刹那、木乃香に真名を加えた女性陣の手料理を堪能し、いつものように寛いでいると、皿洗いを買って出た真名が手を拭きながら近寄ってきた。
「ちょっといいかい?」
「ん、真名か。何だ?」
「そうだな……ここじゃあれだから真治の部屋に行っていいかい?」
「ん……まぁいいけど」
じー、とこちらを見つめてくる二対の視線に笑いかけると、立ち上がった。
ここに居るのは全員魔法を知っているから裏関係じゃないだろうし、本当に個人に対する話なのだろう。
二階の奥、天窓の付いた部屋に真名を招待すると、ベットに腰を下ろした。
「さて、話というのは他でもない、刹那の事だ」
「刹那の……?」
「ああ、最近毎日のように相談を持ちかけられていてね。そろそろ解決しておいてほしいと思ったんだ」
それは、やはり自分に関係する事なのだろう。気持ち姿勢を正すと先を促した。
「実は、刹那にどうやったら殿方に好いてもらえるだろうか……と、要に恋愛相談を受けているんだ」
「へ、ぇ……」
相手を知りたい気持ちと、もし自分じゃなかったらという恐怖。それでいてまだ木乃香のことが頭をよぎる自分に対しての嘲笑。全てが入り混じった顔を見せた真治に、真名は続きを口にした。
「ずいぶんと熱心なようだ。学校指定のジャージや動きやすい服しか持っていなかった刹那が洒落た服を持つようになった数ヶ月前くらい前からだな」
「……そうなのか」
いい兆候だと思う。いい兆候だとは思うが、その私服を自分は見た事が無い。どす黒い感情が生まれるのを自覚しながら、それをどうにかする方法を真治は知らなかった。
そんな真治を見て、真名はふふっと微笑んだ。彼女が見せる珍しい表情に、意図は分からなくとも、思わず真治は見惚れた。そろそろ数ヶ月の付き合いだ。最近はこういう表情をよく見せてくれるような気がする。
急に、自分の部屋に真名が居る事を自覚する。真名のような美少女が居る事でどこか落ち着かなくなる自分を諫めた。
「で、俺にどうしろと?」
「そうだな、有体に言えばさっさとくっ付け二人とも」
「……は?」
真治は思わず口をあけて固まった。
いつもクールな真治の珍しい表情を見て、ニヤリ、と真名は会心の笑みを見せた。それはいっそ憎たらしいほどに綺麗だった。
「真治がどう思っているのかは知らなかったからこういった方法をとらせて貰ったよ」
その真名の言葉に真治ははっ、とした。今まで真名の手のひらの上で踊っていた事を自覚して思わず顔を苦くさせた。
「まぁ、真治が少なからず刹那に好意を抱いていると判断したから話したわけだが、どうだい? 今なら成功率は百パーセントだ」
「…………そう、だな。でも、まだだめだ」
「それは、木乃香のことかい?」
「……知っていたのか」
「いや? でも、普段の真治を見ていると、二人をとても大切に思っているのは伝わってくるからね」
「…………」
「で? どうするつもりなんだ?」
「刹那と木乃香、どちらも同じように大切……いや、好きなんだ。どちらかを選ぶ事は、難しい」
なんてベタな回答だ、と思わず真治は顔を覆いたくなった。まるでコメディで二人のヒロインに告白されて答えを出せないヘタレみたいじゃないか。
「なぜだい? 木乃香の気持ちを確信しているわけじゃあないんだろう? どちらも同じくらいなら確実に成功する刹那の方に告白したらどうだい?」
「それでも、だ」
「刹那に告白されたらどうするつもりだ?」
「……正直な気持ちを話すさ」
「……損な性格だね、本当に。で、そこで聞いているお二人さん、愛しの君の考えを聞いて、どう思う?」
ちら、と真名がドアの方を見て言った。
「なっ………!?」
「……すみません、真治さん」
「ごめんなー。せっちゃんがどうしても気になるって」
「ええっ!? このちゃんが見に行こうっていうから……」
木乃香がナチュラルに刹那をおちょくる場面は、普通なら和んだかもしれないが、この場では少々無理があった。
二人は呆けたままの真治に向き直ると、頭を下げた。
「ほんと、ごめんな。盗み聞きしんと、何しとるか見て戻るつもりやったんやけど」
「その、真治さんのお話が、気になって」
見れば、二人の顔は真っ赤だった。それに、どこか興奮しているようだった。
「さて、邪魔者はそろそろ消えようか。―――後は頑張れ」
真名は最後に何か二人に言うと、部屋を出て行った。
それをなんとなく目で追った真治は、気まずそうな顔でぽりぽりと頬をかいて、口を開いた。
「……ごめん、刹那。こういう訳だから、答えられない。木乃香も、時間はかかると思うし、迷うと思うけど、答えは出そうと思うから……「待った、それ以上は言わないほうが良い」」
見れば、二人はまるで捨てられそうな子犬のような目で真治を見ていた。
「……決めんでええんよ」
「は?」
「どちらかを選ぶ必要はありません。私達はその、二人でも、いえ、二人が良いんです」
涙に濡れ、必死な表情で訴えかけて来る刹那。思わず木乃香を見れば、うん、と頷いた。
「別にどっちかが選ばれるのが嫌やからとちゃうんよ? うちは、せっちゃんも、真治も、同じくらい好きなんや」
「これは、二人で何度も話し合って決めたことです。私も、このちゃんも三人が一緒が良いと願っています」
真治の目が揺れる。
二人は勢い良く真治に詰め寄ると、その心情を吐露した。
「うちは、真治が好きや。いつもうちを見守ってくれているんは知ってる。そのために最近何かしてることも。でも、そんなんうちは嫌や。守られるだけやない。守りたいんや」
「私は、このちゃんの気持ちを知ると、最初身を引こうと思っていました。でも、出来ませんでした。どうしても諦められなかったんです。あなたが笑いかけてくれると、胸が一杯になって、何も考えられなくなるんです。それが無くなるのは怖かった。気が付くといつもいつもあなたの事を目で追ってるんです。私も、守りたい。あなたの身を、強いようで実は繊細な心も」
真治は二人の告白を聞いて、カッ、と頭が真っ白になった。嬉しさと戸惑いが入り混じり、考えが纏まらない。
とにかく、この気持ちを何か言葉にしようとして口を開くが、何も出てこない。
「俺は……」
「いきなりこんなこと言われて戸惑うんもわかる。やから、今晩じっくりと考えて……きゃあ!」
少し寂しそうに笑った木乃香と刹那が、少し距離を置こうとしたとたん、真治の身体はすでに動いていた。
ぎゅっ、と思い切り二人を抱きしめる。
「俺は……自分で思っていたよりも、欲張りみたいだな」
「……じゃあ!」
「二人が好きだ。この気持ちに嘘はない。だから、俺の側にいてくれるか? 二人とも」
「ええ」
「もちろん」
真治は、抱きしめ返してくれる二人に、ありがとう、と声に出さずに呟いた。
真治と、刹那と、木乃香と、私が頑張った回でした。
中学一年生で付き合うのってそこまでおかしいことじゃありませんよね? 小学生でも付き合うご時世ですから。
あと、少し皆様に聞きたいのですが、私の戦闘の描写はどうでしょう? 以前、投稿図書で読んだ小説の吸血鬼編の戦闘が、あまりにも淡々としていて味気が無かったものなので、色眼鏡がかからない読者の皆様のご意見が聞きたいです。