「長原 真治様ですね?」
「ん?」
面倒くさい授業も終わり、後は掃除して帰るだけ、と適当に箒を動かしていた真治に、クラスメートである絡繰 茶々丸が話しかけてきた。
「マスター、いえ、エヴェンジェリン様がお呼びです。至急お連れせよ、とのことです」
「いや、お連れせよって言われてもな……」
木乃香は刹那を連れて図書館探検部とやらを見学に行ってしまったし、真名は長瀬 楓と意気投合したのか餡蜜を食べに行ってしまった。確かに付き合いのある人物は皆用事があるようで、特に用事もないので構わないのだが……
「何のようだ?」
「火急の用だそうで、私はお聞きしておりません」
「……そうか、まぁ行ってもいいけど」
「では」
「箒片付けてからな」
先導する茶々丸にしばらくついて歩くと、学園の郊外に出た。
静かに流れる小川のほとりを歩き、林を分け入った向こうに、少し開けた広場があった。そこに鎮座するのはアンティークな感じのログハウス。
「へぇ……良い趣味してる」
良い感じの家に真治が見惚れていると、ドアの前に立つ人物が声を上げた。
「はっはっはっは、良く来た長原 真治。『悪の魔法使い』の棲家にようこそ。歓迎するぞ」
「ああ、マクダウェルか。何変な格好してるんだ?」
「ぐっ、変な格好とは言ってくれるな。しかし、一目で私の擬態を見破るとは。やるな」
ニヤリ、と笑ったエヴァンジェリンは、一つ指を鳴らして見覚えのある小さな姿に戻った。
「お招きに預かり光悦至極。で、何のようだ?」
「ふん、まぁそう慌てるな。ただ少しお前の血をもらいたいだけだ」
エヴァンジェリンは素っ気無く言ったつもりなのだろうが、手や頭がうずうずと動いている。
「血、ねぇ。確かに見鬼の才を持つ者の血は人ならざる者にとっては極上だからな」
「……見鬼の才とやらは知らんが、お前の血が極上であるのは確かであろう。今、ここにいるだけでその芳しい香りが漂って来るようだ」
エヴァンジェリンは、真治を熱いまなざしで見つめると、ほぅ、と極上の美酒で酔ったかのように陶然とした溜め息を漏らした。
「まぁ、血をやるのはやぶさかではない。が……」
「が?」
「見返りはなんだ?」
「見返り、か。……ふふふ、この『闇の福音』に正面から見返りを要求するとは、なかなか肝の据わった男だ。よかろう、考えてやろう。貴様の血にはそれだけの価値がある」
エヴェンジェリンの態度は、どこまでも尊大だが、あまり気にならない。その身にまとう風格というもののせいか。
「……礼を言う。俺としてはマクダウェルと友誼を結べれば言うことはない。これでどうだ?」
「友誼……? ほぉ、この私と情を交わしたいというのかこの600万ドルの賞金首『闇の福音』と!!」
「ああ。……俺には力が足りない。権力という意味でも、純粋な力という意味でも」
「ふむ。茶々丸に調べさせたところ、お前はその年でタカミチに次ぐ実力者というではないか。それではだめなのか?」
「井の中の蛙になるつもりはない。あいつらを、守りたい奴らを守るには、どうしようもなく力が足りない」
ぎりっ、と握りこんだ拳が音を立てる。真治は祖父の話を聞いて知っている。本当の強者の実力というものを。また、それほどの者が行方不明になっているということを。
前世の自分を見て、また、片手間の修行でそれに達するほどの才能を持って、真治は浮かれていたのだろう。正に井の中の蛙だった。
どうしようにもない現実に打ちのめされた真治。
そんなときだった。祖父によって『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、自らのクラスメートの事を聞いたのは。今回の呼び出しはちょうど良かった。
強くなりたかった。圧倒的な暴力に屈する事のない力が。正義とか、世の中のためとか、そんなのは関係ない。ただこの手に、この目に収まるだけでいい。それを守るためならなんだってやる。
エヴァンジェリンは、唯ひたすらにまっすぐ見つめてくる真治のその瞳の中に炎を見た。それはエヴァンジェリンをも飲み込みかねない、煉獄の業火に勝るとも劣らない勢いだった。
「……く、くくく、は~っはっはっは。面白い、面白いぞ小僧、いや真治。よかろう、貴様の友になってやろう。ふん、いいだろう。いいともさ。そこまで言うのなら私がお前をその高みまで連れて行ってやる。私の事はエヴァと呼べ。貴様にはそれを許す」
たかが十年ちょっとしか生きていない餓鬼に呑まれかけた。それはエヴァンジェリンに興味を抱かせるのには十分だった。その目が、その意思が、その体から立ち上らせている覇気が、すべてが気に入った。
「守りたいあいつらと言ったな。女か。それも複数。まぁ、英雄色を好むというしな。それぐらいの気概は見せてもらわねば」
くっくっく、と笑うエヴァンジェリンは今、この上なくご機嫌だった。
奴は死んだ。死んでしまった。そして今は、極東の地に閉じ込められ、会う者全ては腑抜けた餓鬼ども。そんな退屈の境地ともいえる環境は、エヴァンジェリンにとっては煉獄のようだった。
しかし、それも今日で終わりだ。真治がどれほどの力量かは分からないが、そんなものは関係ない。このエヴァンジェリンが鍛えるのだ。生半可な実力では済ます気はない。たとえ凡人であろうとも、天才を凌駕する努力をさせればいいだけの話だ。
エヴァンジェリンは馬鹿は嫌いだが、大馬鹿は嫌いではない。そして真治は大馬鹿者の部類に入る。なにせ『悪の魔法使い』と友誼を結ぼうなどと考えるほどだ。
「血については、まぁ貧血にならない程度ならば問題はない。週に一度ほど来ればいいか?」
「何を府抜けた事を言っている? 週五だ。そんな柔な修行で力が付くとでも思っているのか」
「え?」
「ん? 何を間抜けな顔をしているんだ? 言っただろう、『高みに連れて行ってやる』と。言ったからには最初から最後まで面倒を見るさ」
ぽかん、とした表情を見せる真治に何を言っているんだこいつ? とばかりに言い付けるエヴァンジェリン。
正直、片手間に見てもらえれば御の字と思っていた真治にとっては寝耳に水だった。何せ相手は魔法世界で見ても五本、いや三本の指に入る魔法使いだ。まさかそこまでしてもらえるとは思っていなかった。
「ふふん、ありがたく思えよ。このエヴァンジェリンの教えを受けれるような幸運な奴は片手の指に満たん」
「……ああ、それはありがたいことこの上ない。恩に着る」
深々と頭を下げる真治にエヴァンジェリンはふん、と鼻を鳴らすとそっぽを向いた。その頬は少し赤くなっている。
「さっそく見てやる。付いて来たということはどうせ暇なのだろう? 付いて来い」
きぃ、と音を立ててエヴァンジェリンがドアを開けて真治を招きいれた。
「ふっ、ははははは。どうした、その程度かぁ、真治ぃ!!!」
「くぅ……オンバザラダドバン」
剣印を組み、真言を唱える。すると、真治の体を光が包み込んだ。『戦いの歌』の真言版だ。
今、真治はエヴァの言う別荘に来ていた。ここならばエヴァは封印の影響を受けないらしく、本来の力を取り戻すらしい。
「オンクロダノウ、ウンジャック―――ソロソロソワカ!!!」
「甘い! 氷盾!」
真治の真空刃を纏った突風とエヴァの氷の盾が激突する。拮抗したかに見えたが、その一瞬後に真治の術が打ち負け、霧散する。
「くっ、玉帝有勅、霊宝符命、斬妖―――っ!!!」
「遅い!! 来れ氷精 大気に満ちよ白夜の国の凍土と氷河を こおる大地」
先に始めたのにも拘らず、真治の詠唱よりもエヴァの詠唱のほうが早く終わった。
ぱきぱきと音を立てて真治の足元が凍っていく。
「くっ、―――大地よ、母なる大地よ、我に付き纏いし氷の縛めを解け! 急々如律令!!!」
足元からせり上がって来る氷に慌てることなく、目を閉じて印を組み、呪を唱える。すると、真治の腰あたりまで来ていた氷がみるみる大地に吸い込まれるようにして消えていった。
「ははっ、やるな。―――だが、戦いの途中に目を閉じるのは愚か者のすることだぞ」
「っ!!!」
ほっ、と息をつく間も無く、背後から聞こえてきた声に、慌てて横に転がる。
「魔法の射手!! <氷の17矢rt>セリエス・グラキアリース!! 」
ひゅひゅんっ、と音を立てて氷の弾丸が真治の耳元を通り過ぎていく。
背中に冷たい者が走るのを感じながら、真治は札を取り出した。
「 謹請し奉る、降臨諸神諸真人、縛鬼伏邪、百鬼消除―――急々如律令!!!」
「ふむ、来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆!! 」
真治の右腕から群れを成して飛び出した光弾は、エヴァの放った爆発にほとんどが掻き消された。
だが、迂回させていたいくつかの光弾が背後三方向から襲い掛かった。
しかし、それは舌打ち一つして、無詠唱で作り出された断罪の剣で一気に両断される。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「ふむ、ここまで」
エヴァは、一つうなずくと、荒い息をつきながらも、札を構えてエヴァを見据える真治に手を振って休ませた。
途端にへたり込む真治に、エヴァはニヤリと笑って見せると、評価を口にした。
「ふむ、詠唱速度が少し遅いのが気になるが、戦闘のセンスはまずまず。術式の構成は前世のお前や稀代の陰陽師の安倍清明が組んだものだから問題はないし、気―――お前で言うところの霊力か。量もあるし、その制御に関しては飛びぬけているな。しかし、出力がまったく足りていない。それさえ何とかなれば化けるか。……ま、こんなところか」
「……なるほど」
とりあえず自分の課題は詠唱速度と出力が足りていないことの二つ。これは自分も薄々感じていたことだった。
「それと、今日はそこまで積極的に攻撃してないからな。この調子では次からは地獄を見ると思え」
「ああ、分かってる」
驚かせようと悪い笑みを見せたエヴァだったが、相手との力量が、考えるのも馬鹿らしいくらいに離れているのを感じた真治は神妙に頷いた。
つまらん、と鼻を鳴らすエヴァに、真治は問いかけた。
「なぁ、俺って実際どのくらいの強さなんだ?」
「……ふむ、そうだな。偉大な魔法使いクラスには適わんだろうが、この学園の魔法生徒や魔法先生なら、ふむ、負けはせんだろう。タカミチは別だろうがな」
それを聞いて、真治は頷く。大体自分の見立てに合っていた。
「まぁ、魔法世界でいう本国の魔法騎士団団員の中では、中の上といったところか」
「……そうか」
「まぁ、そう気落ちするな。私の見立てでは後二年も修行を積めば、かなりの位階にまで上がることができるだろう」
自信を持って言い切るエヴァに少し励まされ、真治は頷いた。
「それにしても、失われた秘術、か。私が日本に訪れたときにはすでに廃れていたから、新鮮だな」
600年の時を生きるエヴァにとって、新しいものというのは非常に珍しい。
しかし、真治の術はどれもが新鮮で、飽きが来ない。
「しかし、今の呪術師は鬼を呼んで自分は傍観するだけなのに、自ら動き回るとは、斬新だな」
「鬼? いや、あれはそんなものじゃないだろう」
真治は幾度も防衛に駆り出されているおかげで、何度かこの時代の陰陽師―――呪術師と対峙する機会があった。そして、彼らの操っているものの大半は、雑鬼達が人の怨念で妖魔に成り代わったものだと見ていた。
「ふむ、そうなのか。ふふふ、以前のお前が生きた時というのも興味があるな」
「ん?そのくらいならいくらでも見せてやるが?」
実際隠すほどのものではない。魔法にはそういうものがある事を真治は知っていたので申し出たが、エヴァはいや、と首を振った。
「興味はあるが、あまり過去を詮索するのは好かんのでな。実物で我慢するさ」
「そうか」
「さて、休憩は十分だろう。一つ講義をしてやろう。ついて来い」
「至れり尽くせり、だな。頼むよ」
戦闘シーン多めの三話でした。
本当の強者、これはもちろんナギたちの事です。これを聞いた主人公が覚悟を決める、というものを書きたかったんですが、上手く出来ているでしょうか?
今現在、真治の力量をラカン表でいうと、300ちょっとです。魔法世界に行くころのネギ君が500あるとのことですが、八巻などの修行終えての数字なので、まぁ初期値としては妥当なところかと。主人公は、基本能力をAAA-(1000)ほどにして、ネギ君のようにブーストさせるものを持たせようと思っています。(これくらいにはしないとどうしても出力負けすると思うので)
もちろん、序盤は何らかのハンデを負わせようと思います。
後、感想にあった鬼神に傷を与えられる程度では最強になるのではないか、とのことですが、私は鬼神とは大戦に出てきた鬼神兵よりも少し下程度に考えております。(具体的に言えば2500弱ほど)
ネギ君が苦戦したリョウメンスクナは伝説になるほどの大鬼神とよばれるほどの存在なので別物です(数字で表すと8000だそうです)。
結局、何が言いたかったかというと、全体像を見た上での主人公の最終的な強さです。一応、プロットとして流れは組んでありますので、いきなり最強化したりする事は無いと思います。後、ネギ君の強さは原作と変わりありません。
感想、ご指摘、批判。どれをも糧に出来るよう、がんばります。