「ぐっ……うぅ。ぁぁぁぁぁ」
酷い頭痛で目が覚めた。体の中を何かが駆け巡っている。体は鉛のように重く、指一本動かせない。しかし、この痛みと、両手を包む暖かな温もりが生を実感させてくれる。
手を握ってくれているだろう二人を見たかったが、それも叶わず、真治の意識は再び闇に落ちた。
次に意識が覚醒したのは自分の部屋だった。いや、昨晩は目を開けることすらままならなかったので居場所は分からないが。
未だずきずきと痛む頭を、まるで自分の物じゃないような感覚の手で押さえる。
痛む頭で自分の身に何が起こったのかが整理しきれない。
「……起きたか」
ふとかけられた声に振り向くと、そこにはいつも通りのエヴァの姿が。
少し心配そうに見つめるエヴァの目を見返して、真治は昨夜の記憶を思い出した。
「負けた、のか? いや、ならなんで俺は……」
「いや、実際負けたのは私だ。だが、そんなことはどうでもいい……」
エヴァはつかつかと真治に歩み寄ると、胸倉を掴んだ。
重い体では碌な抵抗もできない真治が、床に引き摺り下ろされる。ふと自分の右手を見ると、綺麗に元通りな自分の右手が。
そのことを聞く前に、エヴァに怒鳴られた。
「あれは何だ! あれは人間の出来る動きの限界を、軽くみっつよっつは超えていた!」
ものすごい迫力で怒鳴るエヴァに圧倒され、真治は思わず閉口した。
あの術は真治も知っているだけで実際どうなるかは知らなかったし、禁忌中の禁忌だった。自らの体を媒介に神を降ろす『神威』。使用する者の命はまず無いとされ、生前の自分も一生涯使わなかった術だ。
あれを使おうと決心したのはエヴァのため。今までのような利害関係で付き合うような仲ではなく、ちゃんとした友達を作って欲しかったから。
上手く纏まらない頭を何とか駆使し、昨日の思いと、その思いを伝える。
「友だと? 友ならば貴様が居るではないか!」
「こんな、利害関係じゃない。友達のために一生懸命になって、一緒に馬鹿やったりする、暖かいやつだ」
「嘘をつけ! ならば貴様は何だ!? 私のために馬鹿みたいに一生懸命になって、命さえ懸ける。そんな大馬鹿者はほかに探しても見つからん!!!」
はっ、と真治は頭を上げた。エヴァの身を案じ、エヴァのために一生懸命になる。確かに、自分が言った理想的な友達像の一つである。
真治は一瞬目を閉じ、開けるとぎしぎしと軋む腕を伸ばした。
「なら、俺たちは友達なんだろう。これからもよろしく、エヴァ」
「……ふん。真治が望むならなってやろう。真治のような大馬鹿者は他には居ないだろうからな」
エヴァは照れくさそうに頬を掻くと、しっかりと真治の手を握ってくれた。
と、そこで下から複数の足音が近づいてくる。
こんこん、とノックの音が響いた後、ドアを開けて見慣れた二人が入ってきた。
二人は部屋の中に居るエヴァを険悪な表情で睨んだかと思うと、体を起こしている真治を見て目を丸くした。
「や、二人とも。元気そうで何より」
なるべく湿っぽくならないよう、明るく言ったつもりだったのだが、効果は無かったようだ。二人はぶわっ、と涙を溢れさせると真治に向かって駆け出した。
一時間後、泣き疲れて眠る二人の頭を撫でていると、いつの間にかエヴァが近右衛門を連れて入ってきた。
エヴァに今回の死闘は近衛門の暗躍によるものだと聞いているが、それについては何も思わない。力を願ったのは自分。非常になりきってまで自分の成長を願ってくれるこの祖父を恨む気持ちは微塵もなかった。
はぁ、と溜息を付いた真治は自分の膝の上で不満そうに顔をしかめる二人の頬を撫でる。眠りながらも、そっ、と手を添えて顔を綻ばせる二人に真治は胸が満たされた。
エヴァは真治に撫でられる二人を見て羨望を覚えた。別に真治の手が羨ましいわけではない。愛するものに愛してもらえるということに羨望を覚えていた。
「……そういえば、この手はエヴァが?」
「ん、ああ。昔手に入れたエリクサーもどきでな」
さらっ、と口にするエヴァに真治は固まった。エリクサーとは、如何なる病も治すことができる。や永遠の命を得ることができる。さらには死者を呼び戻すと言われている秘薬。体の一部分の欠損を完全に治すほどの出来のものならば、時価数兆円は下らないだろう。
しかし、それを使って尚倦怠感が体を包む。霊力を使いすぎたせいか一時的に枯渇して満足に練る事すらもできない。
「なに、自分でやったことだ。気にするな。それより、その場に居たこの二人を説得するほうが骨だったぞ」
エヴァはなんでもない、というように軽く手を振ると、げっそりとした顔を見せた。
何でも聞くと、『神威』を発動した真治は素手でエヴァをぼこぼこにしたらしい。しかし、止めを差す前に真治の体に限界が来て倒れた。そこまでは良かったのだが、そこでやってきた二人が、真治の血で真っ赤のエヴァと手首より先が無い真治を見た。
その先は予想できるだろう。半狂乱になって暴れる二人を押さえつけると真治ごと影の転移魔法《ゲート》でエヴァの家に行き、エヴァの飲ませようとする薬を疑う二人を宥めすかしながら何とか真治に飲ませることが出来たらしい。
二人が正気を失ったと聞いて、先を心配する気持ちと嬉しい気持ちが湧き上がる。そして、死にたくない、という気持ちが今更ながら沸いてきた。
そんな真治を見るとエヴァは頷いた。
「そうだ。その気持ちを忘れるな。経験上、生への執着が強いやつ程手強かった。その気持ちさえあればあんな馬鹿な真似はせんだろう。まぁ、何事も経験だ。青二才」
昨夜の決闘でも同じように聞いた言葉だったが、今回のものには暖かいものがあった。真の意味でエヴァと友になれたことを実感し、笑みが零れた。
「何を笑っている? ……それとな、お前は一日しか経っていないと思っているようだが、あれから二週間は経っているぞ?」
「……なんだって?」
「貴様の容態が安定するまではとりあえず別荘に置いておいたがな、昨夜少し目を覚ました様子だったからここにつれてきたのだ」
ぽかん、と間抜けな顔を見せる真治にエヴァは気づいてなかったのか、と言い返した。
「そこの二人は片時も離れず看病していたぞ? 見ているこちらが呆れるほどにな」
エヴァにそうか、と嬉しそうに一言返した真治は、上手く眠れないのか、下でごそごそと動く二人の頭を撫でた。
「あー、見ていられん。じゃあ、昨日ほど容態は悪くないようだから、とっとと寝ろ」
エヴァは最後にひらひらと手を振ると部屋を出て行った。
真治はそれを見送ると、軋む体を駆使して二人をベットに引っ張りあげると、そのまま意識を手放した。
二人は真治が眠ると、むくっと身を起こした。
「せっちゃん」
「うん、このちゃん」
「強くならなあかんな。うちらも」
「うん。真治に甘えてばかりじゃいけない」
「……明日、エヴァちゃんに言ってみよ」
「……そうですね」
実は、二人とも途中から起きていた。最初は、真治をずたぼろにしたエヴァを快く思っていなかったが、真治が気にしていないのと、親しげな雰囲気に考えを改めた。
二人はお互いに頷き合うと、真治の体を中央にずらすと、その腕を枕にして目を閉じた。
「「おやすみ、真治」」
二人は、一時は失うかと思ったその温もりに頬を緩めると、意識を手放した。
序章、本編前が終わりました。
初めは、ES細胞やiPS細胞で復活させようと思ったんですが、そういえばこの時代って普及してたっけ? と思いエヴァの倉庫をひっくり返しました。持っていても使いそうにありませんし、彼女。
とりあえず本編前の物語は終わらせて、次は一年ほど飛んで本編に突入します。
奥の手を使えばエヴァさえも倒せる主人公。しかし、その身には秘密がいっぱいなので、極力、力は使わないようにしたいです。
PS
とんでもない時間放って置いて申し訳ありません。恥知らずにも帰ってまいりました。
12/8少し改正いたしました。