真夜中、緑茶を飲みすぎたせいか、トイレに行きたくなって起きた。
用を足して部屋に戻ると、サイトが泊まっている部屋から明かりが漏れていた。
そっと覗いてみると、テーブルでカリカリと音を立てながら、一心不乱に何かを書いているであろうサイトの後ろ姿が見えた。
「ねえ、サイト」
「なんだ?」
ひどくぶっきらぼうな返事が帰ってくる。だけど、無いよりはいい。
「まだ起きてたの?」
「ああ」
「何してるの?」
「今日思いついたことを書いてる」
「寝ないの?」
「寝たら忘れる」
召喚された日も、こんなことを言って一晩中何かを書き続けていたことを思い出す。あの時も、こんなに寂しくひたすら何かを書き続けていたのだろうか。
「大丈夫?」
「死にはしないさ。いつものことだし」
「そう……ほどほどにしなさいよ?」
「ああ」
いつものこと。こんな生活がいつものことだったのだろうか。
漠然とした不安を抱えたまま、私は姉さまと自分の部屋に戻った。
次の日も、サイトは朝日がやっと顔を出すくらいの早朝から全力で街を回っていた。ずっと部屋で何かを書いていたのに、しかしサイトの眼は紅くないし、隈も薄くなっている。ちゃんとあの後寝たんだろう。
「本屋に行くぞ」
そこに何の目的があるのか、私達は知らされていない。だけど、それはこれからの為に必要なことだと判っていた。
「全部手書きか。しかしまあ、同じ本でも全然筆跡が変わらないな」
「それはそうよ。魔法で自動筆記させてんだから」
「自動筆記? どんなんなんだ?」
サイトは自動筆記魔法に興味を持ったようだ。
「ペンを魔法で動かして、書いてあるものを写す魔法よ。自動筆記用のマジックアイテムもあるけど」
「それだと、一冊写すのにかなりの時間がかかるな。一文字一文字手で書くのと変わらんじゃねぇか」
サイトは「なんという時間と労力の無駄」と呟くと、メモ帳に何かを書き足す。
「紙質もそこまでよくないな。羊皮紙ばっか。なあ、普通の本屋にある種類の本は、大体ここにあるか?」
「そうね……物語とか、ちょっとした知識とか、そういったものしかないけど」
「魔法書とかは専門の本屋にあるわ」
「ふむ……本と魔法書がまったく別物扱いか。この世界らしいな」
話している間もペンは止まらない。メモ帳を覗いてみたら、(言語的に)読めないけどそれなりに綺麗な字がびっしり並んでいた。まったく手元を見ていないというのに。
「すごい……」
「さてと。面白そうな本は――――」
ものすごい速度で本の背拍子を指が滑る。ぺちちちちちち、と、なかなかかわいい音を立てて、やがてぴたりと指が止まる。
「…………」
「どうしたの?」
サイトは止まったまま、まったく動かない。いや、眼がめまぐるしく動いていた。
「なるほど。もしかしたら、召喚だけじゃなくて、別の方法があるかもしれねぇ」
「へ?」
サイトの指先から左にずっと、見覚えがあったりなかったりする文字の本が並んでいた。
『資本論』『沈黙の○隊38』『電気基礎(上)』『川の流れは』『六法全書』『ジョ○ョの奇妙な冒険27』『急降下爆撃』『栄養学概論』……
他にも、日本語じゃない本もある。
「なあエリー、ここの本、高いか?」
「かなり高いわ」
棚の値札を見て、俺はタメイキをつく。数値は判るが、まだ相場が判らない。
「ねえ、その本、どれくらいの価値があるの?」
「これに書いてあることを実現しただけで、五代先まで遊んで暮らせるかもしれない。新体制の超大国を建国できたりするかも。国家間の争いの方法として戦争が放棄されたり」
「はぁ!?」
エリーが信じられないといった表情を浮かべる。
「ま、要るのはこれくらいか」
『電気基礎(上)』『急降下爆撃』『栄養学概論』『熱力学』『健康運動学』の五冊を本棚から抜き、手の上に重ねる。
「これ全部?」
「価値としてはどれくらいだ?」
「城が買えるわ」
なるほど。読めない言語で書かれている上、世界に無い装丁の古い本だからか。貴重な古文書かなんかと勘違いしているのではないか?
「店主。店主はいるか?」
「お呼びですか?」
「面白い儲け話がある」
サイトが店主と別室にこもって数時間。扉が開けば、何故か眼が紅くなり涙の跡の見える店主が出てきて、全ての異界の書を譲ると言ってくれた。
「なにがあったの?」
「これさ」
その手にある、小さな本。それが何だというのか?
「これの内容を読み聞かせてやったんだ。臨場感たっぷりに」
「何なのそれ?」
「楽しい楽しい物語。翻訳して出版することを条件に貰ったんだ」
読み聞かせるだけで型物そうな店主を泣かせる本。内容が気になった。
「そんなことで、これを含め、次からこの店に流れてきた読めない本は、ヴァリエール家に送られることになりました。つことで、製紙技術と印刷技術も確立しねぇといけなくなちまった」
ははははは、と愉快そうにサイトは笑う。
本屋で何も買わず、露店や雑貨屋を巡る。サイトは眼をキラッキラさせてガラクタを二束三文で買っていく。巨大な鞄がどんどん膨らんでいく。運べないくらい重いものや大きなもの、そして鞄が満杯になった後は、後で輸送してもらうことにして、どんどん進んでいく。一体どんな物かは私には判らないが、どれも練金じゃ再現できないほどの代物だった。私がどんなに気合を入れたとしても。
ルイズは物珍しそうに店を見て回っている。こんな店に来るのは、確か初めてだったはず。
「うお、デグチャロヴァ・シュパーギナ・クルピノカラヴェルニじゃねーか! こっちはダイアモンドかcBNか判らんがホイール! 買ったッ! なあおやじさん、あんたいい眼をしてるぜ!」
「ははは、ガラクタ集めしかできんしがないおやじだが、そう褒めてくれると嬉しいもんだな。そら、これも持ってけ」
「コルトのリボルビングライフル!? こっちはわが祖国が誇る偉大な技術の粋『日本刀』!? おやじさん、これだけは受け取れねえや。家宝にしてくれ。これは国が買える名剣だ!」
「ほう。なおさらこんな店に置いておくわけにはいかんな。価値の判る者の手にあるべきだ」
「おやじさん……ありがとう。大事にするよ」
なんてこともあり、サイトは黒い鞘に入れられた剣を抱くように持っている。
「そんなに凄いものなの?」
「世界最高の切れ味と強度を誇り、かつ無骨でありながら繊細で美しい。見よ!」
しゃらん、と、静かな音を立てて細い刀身が露わになる。その動作が美しくて、一瞬見とれてしまった。
「な、なんだこれ?」
そんな間抜けな声が、見とれていた時間を一瞬で終わらせていた。
「何があったの? 偽物だった?」
「いや……この焔薙からなんか情報が流れてきて……ついでにいうと躯がすげぇ軽い」
ひゅん、ちん、と一瞬でニホントウは鞘に収められた。
「危ねー。これ、妖刀じゃないけど怖え。邪神の首を落として異界の住人殺しまくってる。値段なんてつけられねぇ」
「はぁ」
「……もしかして」
何かを思いついたらしい。
「武器屋に行くぞ」
治安が悪そうな、大通りから一歩ずれた道。そこをうろうろしていると、武器屋の看板が眼に入った。
入ってみると、不愛想な店主がこちらを睨んでいる。
「店主、少し武器見せてもらうぜ」
一応断りをいれて、店の武器を物色する。
「なあ坊主。その抱えてんのは飾りか?」
俺の抱えている焔薙が、さぞかし立派に見えるらしい。
「予備でも買おうかと思ってな」
会話もそこそこに、壁に飾ってある剣を手にとる。やはりそうか。
「どうしたのよサイト? 剣が欲しいの?」
「ニホントウをもらったのに、欲張りな奴ね」
エリーとルイズが入ってきて、店主の態度が一変したが、知ったこっちゃない。無視して剣を握ったり戻したりを繰り返す。
「……全体的にダメだな。打ち直した方がいい。そもそも炭素量が足りないしバラバラ、焼き入れもしてない……日本刀と製法とか用途が違うにしても、これはひどい」
情報がにゅるにゅる流れ込んでくる。使い方も何となく判る。というか、今なら凄いことができそうな気がしてならない。旋盤加工とかフライス加工とかがこの剣一本で。あくまで、『気がする』ってレベルの話だが。
「何言ってんだ、そこの壁のはそれなりに高い代物だぞ!」
「つってもなー。この店で最高の剣は?」
「ッチ、待ってな」
カウンターの奥に消えてガサゴソしている店主を待つ間、剣以外の武器を漁る。
「うお、シャーマンフレイルのチェーン? うわ、旧日本軍の陶器地雷もある……お、モルゲンシュテルン、えげつなー」
だが、この世界製と思われるモルゲンシュテルン、というかモーニングスターは脆かった。振る気にもなれないほどに。
「ねえ、サイト? 何しに……」
「おい坊主。持ってきたぞ」
エリーが何か聞いてくるが、タイミング悪く店主が戻ってきた。聞きたいことは判らんでもないが。
「お、ありがと」
さっそく握ってみるが――――
「剣じゃねえ」
「は?」
刃を手でなぞっても、エッジが存在しない。
「金メッキ、鋼ですらない鋳鉄、本物は宝石くらいだ。なんでこんな中途半端なもんがあるんだ?」
「いい加減にしろよ坊主、これはゲルマニアのシュペー卿が練金した、魔法もかかって鉄でもまっぷたつに……」
「技術屋舐めんな。じゃあ、試しにこいつとそれ、どっちが強いか試してみるか?」
焔薙を掴んで、店主に見せつける。
「はん、そんな見たこともねえ細っせぇ剣でこの剣がどうにかなるもんか! やってみな! できたら好きな剣持ってけ!」
にやり。
「そぉい!」
「へ?」
大上段から振り下ろし、装飾剣を斬った。カウンターごと。すぱぁん、と。
「ああああああああああああああああああああああああ!! 2000エキューもしたシュペー卿の剣んんんんんんんん!!」
「断面見てみな。ただの金メッキだろ?」
「うう……ホントだ……騙された……」
店主はマジ泣きしている。中年のおっさんが泣くのは見ててつらい。
「宝石と金は本物だから、売ればそれなりになるぞ」
あまりにも哀れなので少しフォローして、さすがに剣は貰わずに、帰ろうかと思ったその時。
「ざまあねえな! 俺の言った通りだろ!」
運命を感じるとは、この事だろうか。
「うるせえデルフ! この悲しみが判るか!」
「ガハハハハ! ん? 何だ坊主」
無造作に何本も剣が突っ込まれている樽から、一本の剣を抜き出す。
「素晴らしい……お前、AIか?」
インテリジェンスソード。素材は鋼。錆びているのは偽装のようだ。砂鉄をしっかり焼き固めてあって、強度も充分。剣として申し分ないが、そんなことより。
「AI? なんだそりゃ。俺はインテリジェンスソードのデルフリンガー様だ」
「インテリジェンス……なあ店主。これ貰っていいか?」
「ああもう何でもいいから持っていけ!」
「♪~♪♪♪~♪~♪~♪~♪♪♪~♪~」
「すごいご機嫌ね……」
サイトはさっきからずっと同じ歌を唄っている。意味は判らないけど(サイトにも判らないらしい)。
すっかり赤くなった街並みを、踊りださんばかりにご機嫌に歩いている。
「AIだぞAI! 人類がずっと望んでいた夢か幻か人工の知能! それがこの手に! 魔法って最高だなおい!」
「確かに珍しいけど……」
「それに剣としても悪くないぞ! 焔薙で斬っても耐えられると思う」
「お、おい! 間違ってもそんなことするんじゃねぇぞ!」
「ははは、そんなことはしないさ。なんたって、デルフは人類の夢なんだからさ」
その、大きな剣を二本にたくさんのガラクタの入ったリュックを背負って、サイトは宿に着くまで足取りも軽く、こっちまで微笑んでしまいそうなほどにニコニコしていた。
《あとがき》
Jun.4.2010
長らくお待たせしました。
プロットが行方不明になったり卒研が始まったりとアホみたいにアクシデントが続く中、やっとこさっとこ上げることができました……
続きもまたしばらく開くことになりそうです。院試も受けないといけないし……
なのはの方はあらかた原作に沿っていますが、こっちは完璧オリジナルルートなので、しかも産業の進歩をテーマにしていますので、変なことを書いていないか調べながらなので書くだけでも長くなるのですよ。これでも私は技術屋なので……
ではまた。一ヶ月以内に会えることを期待せずに待っていてください。