ゲームの舞台として作られたこの世界では、各都市にも明確な方向性がある。
ゲームのスタート地点である王都アルフレニアは、簡単な初級クエストが多く、周囲に現れるmobのレベルは低く、農場や漁船等食料関係の施設が豊富で、様々な食材を特産品としている。
森に囲まれた城塞都市リンドグラムは、周囲に現れるmobは中レベル、主な特産品は、羊毛や蜘蛛から取れる絹、皮や毛皮など裁縫素材、各種材木といった木工素材であり、鉱山都市ゼルガスは、上級mobが辺りを徘徊し、様々な鉱石や宝石などが採れ、鍛冶屋や細工師のメッカとなっている。
それ以外にも、各種魔法を学べる学術都市カンタスベリーや、王国に逆らう反乱軍が集う反乱都市チルト、またエルフやノームやオーガなどそれぞれの種族の暮らす集落では、それぞれそこでしか買えない物を売っていたりと、おのおの特色を持つ。
だが現状必要なのは、多数のプレイヤーを収容できるキャパシティーと食料や資金の確保、そして交通の便なため、ほとんどの者は王都アルフレニア、城塞都市リンドグラム、鉱山都市ゼルガス、に集まっていた。
学術都市カンタスベリーや反乱都市チルトが避けられらのは、カンタスベリーは周辺にmobが居らず、またクエストなども少なめで資金や食料などの調達が困難な上、そこを根城にしている者も少なく、チルトは単純に交通の便が悪いからであリ、各種族の村等は、そもそもキャパシティーが足りない。
結果、アルフレニア、リンドグラム、ゼルガスの3都市が、プレイヤー達のとりあえずの落ち着き先となっていた。
そしてここ、王都アルフレニアの王城の大会議室では、現在各都市の代表が集まり、物資流通問題に関する話し合いが行われていた。
最も大会議室と言っても、王城の中のそれっぽい部屋を、勝手にそう呼んで使っているだけで、部屋の奥には、本来の部屋の主である倉庫枠拡張クエスト用NPCの爺さんが、所在なさげに立ちつくしている。
「それでは、食材は基本的にアルフレニアの広場で取引すると言う事で、皆さんよろしいですか?」
アルフレニアにある大手料理ギルド、裏ミシュランのギルドマスターである鰤トニーの確認に、皆が賛同の意を示す。
オーガの巨体に赤ふん一丁、アフロヘアーに丸グラサンと、外見はまるっきり変態だが、混乱したアレフレニアで、救助された人たちのケアやら炊き出しやらに尽力した人であり、今回の会合の提案者でもある。
「ええ、各自が勝手に行商したりするより、取引場所を固定した方が、混乱やら無駄やらが無くていいでしょう、同じように、木材や裁縫材料はリンドグラムで、インゴットや宝石なんかはゼルガスで取引って事でいいんじゃない?」
そう言うのは、ゼルガスで輪天堂という鍛冶ギルドをやっているGAAPだ。
こちらは、つなぎのような服を着た小柄なドワーフの女で、椅子が合わないためか、テーブルの上に首だけ突き出たユーモラスな格好になってしまっていた。
「で、その食材なのですが、各都市での調達状況はどんな感じでしょう?」
その言葉を受けて、リンドグラム代表として参加しているメイド派遣協会のギルドマスターのめどいが答える。
茶色のセミロングに眠そうな目をした人間の女性で、薄茶色のメイド服をきっちり着こなしている。
「リンドグラムでは、街中での釣りにより、鮎や鯉は簡単に入手でき、十分な量が確保出来ると思います。ですが、湖などでの釣りは、水棲mobを釣った場合の対処などの問題があり、鱒や鰻等はあまり期待できません。 また、肉類に関してですが、バッファロー狩りは、移動や戦闘の手間を考えますと、やはり高価なものにならざるを得ず、安価に量が欲しいという事でしたら、鹿を中心に狩るのが良いかと、それと、現状狩りに参加する者が少ないという問題もあります」
「ゼルガスも似たようなものだ、猪はともかくとして、マンモスやグリフォン、ドラゴンなんて物は狩りに行く奴すら居ない、最も、下手にそんな物狩りに行かれて死なれでもしたら事だから、その方が良いけどね、ブドウや茶葉は山ほど取れてるから、ワインやジュースや茶を作るのには問題ないよ」
GAAPが手をひらひらさせながら言う。
「了解です、アルフレニアでは海岸での釣りは多いですが、漁船に乗り込む者は少なく、マグロや秋刀魚や鮟鱇などは希少とならざるを得ません。 また、肉類は山ほど取れますが、食用に回るのは兎くらいで、それ以外の肉、蛇やら鼠やら犬やらはNPC売りされています。 そして農場は、多少混乱がありましたが今は収縮し、主に米や小麦などの穀類と、野菜の生産が主軸となっています。 また、種まきから収穫までには1週間ほどかかる事を確認しました」
と、鰤トニー、格好は変態だが行動と言動は常識人、そうでなければ人望が集まるわけも無い。
もっとも、こんな事態になってさすがに恥ずかしかったのか、何度かちゃんとした服を着た事もあったのだが、その度に、服を着た鰤トニーさんは鰤トニーさんじゃないと言う皆の反対に押し切られ、赤ふん一丁に戻ったと言う、実は押しに弱い奴でもある。
「やはりバッファローと猪は外せないよなぁ、狩りの人数が足らないと言うのなら、アルフレニアから人員派遣するってのはどうだ?」
そう提案したのは、アレフレニアで現在狩を取り仕切っているニャア大佐、全身猫装備でキメたホビットの少年だ。
バッファローは牛肉系料理の、猪は豚肉系料理の素材なので、この二つが有ると無いとでは料理のレパートリーに雲泥の差があるのだ、
「そうして貰えれば正直助かります、バッファローや鹿は沸き位置の関係もあり、食材調達には苦労してますから」
その提案に、残月が喜びの声を上げる。
バッファローも鹿も、街から離れた所に沸く上、道中危険なmobが居たりと狩場へ着くまでに時間がかかるのだ。
ゲートストーンは街や村等のホームポイントにしか行く事は出来ないので、行きはどうしても歩かなければければならなくなる。
そして距離が増えた分、余計な敵とのエンカウントの機会も増え、戦闘で武器や薬などを消耗する事となり、肝心の狩りで支障をきたす結果となっている。
「こっちも助かる、猪狩りはとにかく人出がいるからな。 というかむしろ、雑魚狩りしてる連中はアルフレニアで兎狩りしてもらって、鹿やらバッファローやら猪やら狩れる連中をそれぞれの街に集めた方がいいんじゃないか?」
イノシシは街からそれほど離れていない所に沸く物の、群れない為、数を狩るには探し回らねばならず、これも少人数では手間のかかる獲物だった。
実際猪狩りでは、戦闘時間より、獲物を探す時間の方がはるかに長くかかっている。
対応策は、目下の所人海戦術あるのみだ。
「いえ、今門前狩りしてる人達を皆アルフレニアに集めれば、アルフレニアでmob不足が起こって、かえって混乱するでしょう、門前狩りは今のままの方が良いと思います」
「いわれてみればその通りだな、今でも沸き待ちしてたりる訳だし、一箇所に集めれば、無用なトラブルが起きかねない、門前狩りはストレス解消みたいな意味もあるから、そこでストレスためられちゃ本末転倒だしな」
鰤トニーの指摘にGAAPが納得する。
現在小康状態とはいえ、先の見えない現状に対する不安は、強烈なストレスとなっている。
それを解消する意味でも、美味い料理を食ったり、様々な仕事に従事したり、雑魚狩りで暴力衝動を開放したりするのは有効だと判断されている。
自分達とて、ここでこうやって都市運営の真似事をして、皆の世話を焼いているのは、ストレスや不安からの逃避という一面があることを否定できない。
そしてそのストレスの最大要因は、何と言ってもこの事態を引き起こした者達の事だ。
それは、この世界にいるプレイヤー全てが知りたいと望みながら、大っぴらに口にするのは憚られると、いわばタブー視されている。
何故ならば、人間下手に否定的な話を聞くより、不確かでも希望があった方が良い、明確な事が判らない現状では、嫌な話は聞きたくないと思う者が大半で、それがその話題そのものを禁じる風潮となっていた。
だが、ここに居るメンバーの間では避けて通れない話題でもある。
「で、肝心の連中とのコンタクトは、何か目処は立ったのですか?」
残月のその言葉に、鰤トニーとめどいが目配せしあう。
皆の視線が集中する中、おもむろに鰤トニーが口を開く。
「皆さんもご存知かと思いますが、あの日以来何度か彼らのコンタクトと思える物がありましたが、現在は止まっています。 代わりに、最近街の連絡掲示板に意味不明のメッセージが書き込まれていることがあり、始めの内は誰かの悪戯かとも思いましたが、発信者が存在しない事が確認された為、彼らが新たなコンタクト方法を模索している結果ではないかとの見解に達し、経過を見守る一方、掲示板に書き込んだりメールを送る事で、彼らに情報発信が可能かのテストをしているところです」
連絡掲示板とは、街の広場などに立っているだれでも書き込み可能な掲示板で、主にプレイヤーイベントの告知や、野良パーティーやギルドメンバーの募集、売ります買いますなどの情報交換に使われている。
これはスレッド式になっていて、書き込みは自動的に投稿者の名前で登録され、投稿者宛にメールを送る機能もある。
「待って、何でそれが彼らからの書き込みだと分かるの?誰かのいたずら書きかもしれないじゃない、根拠は?」
GAAPが慌てて聞く。
確かに今掲示板は、人探しや狩りや釣りの同行メンバー探し、アイテムの売り買いなどの書き込みに加え、現状に対する不満や不安などの吐き出し口にもなっていて、落書きやいたずら書き等は日々増える一方だ、変な書き込みがあったとしてもおかしくは無い。
だが、それに対する鰤トニーの答えはた単純にして納得のいくものだった。
「名前ですよ。現在は皆がログアウト出来ない状態にあります。 つまりキャラクター検索で名前を検索すれば、必ずヒットするはずなのですが出てきませんし、メールを送ってみても無反応です。 もしかしたら単なるバグかもしれませんが、そう言って見過ごしてしまうにはリスクが大きい、今は掲示板への返信と、メールを送ることで反応を見ている段階です」
確かに誰一人抜けられない現状では、キャラ名による検索から逃れる術は無い。
「という事は、そのスレッドに他の者が書き込んだりすることは、禁止した方が良いんじゃないですか?」
残月の言葉に、鰤トニーは首を振って答える。
「いえ、掲示板を使って彼らがコンタクトを求めている事が知れ渡れば、皆が勝手な書き込みをしたりメールを出したりして、収拾が付かなくなる可能性が高いです。 はっきりした事が分かるまでは伏せておいた方が良いと判断してます」
「それもそうだね、もし失敗した時の事を考えれば、下手にぬか喜びをさせた分後の落差が怖いし、はっきりした事が判るまでは伏せた方が得策かもね」
そう言うGAAPの声は、強い不安の色を帯びていた。
こういった情報の独占は、他の者に強い不信感を抱かせる危険があり、それは今危ういバランスで保たれている平穏を脅かす物でもある。
だからと言って、あらゆる情報を無分別に公開すれば良いかと言うと、それも危険だ。
特に、彼らとのコンタクトという大事をまえに、不安定要素は極力排したいと思うのは当然だし、そうすべきでもあるが、自分達にそう言う事を決める権限があるかと問われれば、首を横に振らざるを得ない。
そもそもここに居る全員が、成り行きで今の立場に居るわけで、選挙か何かで皆の信任を得ている訳ではないのだ。
最も、多くのプレイヤーはそんな面倒な事に興味はなく、ましてや費用持ち出しのボランティアで、余計な苦労を背負い込む余裕など無いと考えている。
だが、中には俺達に仕切らせろと言ってくる者達も居て、そう言う者には一度仕事を任せてみるのだが、今の所お山の大将気取りたいだけの連中は、実際に仕事を任されると、手に負えずに逃げる者がほとんどだ。
そして逃げ出した者の言葉に耳を傾ける者は居ない。
結果、皆からの信頼は上がると同時に遠慮が薄れ、更なる苦情処理等に忙殺されると言う、当人達にとっては悪循環が繰り返される羽目となっていた。
無論、手伝いを申し出る者もいて、少しづつ人員は増えてはいるのだが、まだまだ人手不足で手が回らないことが多い。
「この事に気がついてる者は俺達以外にも結構居ると思う、実際怪しいとこちらに知らせてくれた者も何人かいるしね。 だが、今の所掲示板に山ほど書き込みがある等という事態にはなっていないし、メールの方はわからないが、この事に関する噂話も聞かない事を考えると、気がついた者が居るとして、彼らもこの件を公表するのは良くないと判断したんだろう、だから無用な刺激はせず、このまま様子見が良いと思う」
鰤トニーの意見に皆があいまいにうなずく。
そもそも、、鰤トニー達もこれをどう扱って良いのか考えあぐねているのが現状だ。
実際、彼らは学者でもなければ外交官でもない、元々単なる学生や社会人で、とてもじゃないが、人類初の異種知的生命体とのファーストコンタクトなんて物を取り仕切るのは、荷が重すぎる。
いっそすべて放り出してバックレてしまおうかと思ったのも1度や2度ではないが、そこまで無責任になれない事と、支えてくれる他の者が居る事が、逃げずに踏みとどまっていられる大きな理由だ。
「ま、コンタクト方法については、相手におんぶに抱っこで行くしかないな、こっちからは手の出しようも無いし、ただ、コンタクトのタイミングなどは注意しないと、失敗したら目も当てられない」
それしかないという事は皆にも分かる。
こちら方取れる手段はほとんど無いに等しい、彼らがこちらとのコミュニケーション手段を確立してくれなければ話にならない。
だが、それには時間制限が付いているのも確かだ。
今保たれている小康状態が崩壊する前に、彼らとのコミュニケーションを成功させなければ、とてもじゃないがまともな対話など成り立たないだろう。
皆が不安になる中、残月がさも安心したかのように言う。
「それなら鰤トニーさんに任せて安心ですね、何せ釣りマスターですから」
その言葉に、皆の顔がほころんだ。
このゲームでの釣りは、スキル値による単純な確率勝負ではなく、伸び縮みするバーを、成功枠であるHitゾーンに達したタイミングで止めると言うミニゲーム的な要素がある。
スキル値が高かったり、竿や餌が高級だと、Hitゾーンが広がったり、バーの伸び縮みの速度が変化したりするが、やはり目押し技術がものを言う。
最高レベルの獲物相手では、釣りマスター、すなわち釣りスキルを完全習得した者が最高級の餌は竿を駆使しても、Hitゾーンは5%あるか無いかと言う具合だ。
最も、竿や餌によっては、バーの速度が遅くなる代わりにHitゾーンが狭くなるものや、逆にHitゾーンが広くなる代わりにバーの速度が速くなる物、バーの速度がとんでもなく早くなる代わりに、普通では釣れない超大物が釣れる物等色々ある。
そして釣りスキルをマスターにする為には、その超大物を釣ってスキルを鍛える必要があり、その為マスター取得者は非常に少ない。
つまり釣りマスターの称号は、目押し技術が高いことの証明でもある上、このミニゲームによる成功可否は、釣り以外の生産スキルでも使われているので、釣りマスターの称号を持つ者は、生産者として優秀であると言う証であり、皆の尊敬を集めている。
無論、釣りマスターの称号など、彼らとの交渉には何の役にも立たない事は分かっている。
だか、釣りマスターを取るのに必要な要素、目押し以上に重要と言われているのがリアルラックなのだ。
かつてナポレオンは、兵士にお前は運が良いかと聞いたそうだが、今必要な物もそれであり、 伸るか反るかの大勝負なら、運が良い者に任せたい、その意味では釣りマスターである鰤トニーが居れば上手く行くかもしれない、何の根拠も無いが、運に根拠を求めるのは無粋だし、何よりただ安心したいだけなのだ。
誰でも似たような物だから、せめて運だけは良さそうな者にやってもらいたい。
そんな皆の期待を一身に背負い、鰤トニーの胃がキリキリ痛んだ。