「バランスを考えれば、ヒイロとリフの元に急ぐべきなんだろうけど」
『教皇』の札となったちびシルバは、シーラの左肩の上で胡座をかいていた。
そのシーラは両足から衝撃波を連続噴出する事で、高速飛行を行なっていた。
もちろん目指す先は、タイランが墜落したと思われる、爆発が起こった場所だ。
シーラの右肩に乗っているちびネイトが頷く。
「さすがにあの爆発は心情的に見逃せないな、うむ」
「――最悪の事態にはなっていない。爆発は、敵の攻撃の効果。タイラン自身の爆砕ではない」
異常に視力のいいシーラの説明だったが、シルバは楽観視しなかった。
「……っても、んな攻撃食らっちゃ、みんなもタダじゃ済まないだろうに」
「――ちゃんと全員生きてる」
「オーケー。ネイト、みんなと精神共有は?」
「まだ遠い。代わりにシーラの視界を共有させよう」
ネイトが言うと、途端にシルバの視界がグッと広くなった。
黒煙の上がる戦闘地域から、巨大な鳥が遠ざかっていくのが見える。
タイランが掴まっていた怪鳥――イタルラだ。
「鳥が逃げていくな」
「――旋回しているだけ。すぐに戻ってくる」
地上では、カナリーやキキョウが何とか踏ん張っているようだ。
しかし、あの怪鳥イタルラが戻ってくると戦力を割かなければならない。展開は少々厄介になるだろう。
「……なら、俺達はあの鳥をやろう。倒す方法はある」
「あの手を使うか、シルバ」
「分かってるのか?」
ネイトの言葉は、今一つ信用出来ないシルバだった。
「ふふふ、シルバの考える事など、私には全てお見通しだ。分かっているぞ。シルバナックルは鋼の強さ」
「やるかんな事! 近い事はするけど、全然逆の効果だし!」
素手で殴る、という点では当たっているが、どこをどうやっても自分の拳であの巨大な鳥を撃墜出来るはずがない。
もっとも、普通の拳でないなら、相手を地面に叩き落とす事は可能だ。
「ふむ。まさか、シルバが姉上殿と同じような事をする羽目になるとはな」
「……あーゆーのは、ホント怖いからやりたくねーんだけどな」
今になって、実の姉サファイアのやっている事の恐ろしさを実感するシルバであった。
何より、あの巨大な敵に触れられる距離まで近付くという行為が、本来は至難の業だ。
ドラゴンの炎や魔神の鉄槌に、素手で挑む姉の、何と異常な事か。
「だが、確かに一番手っ取り早い。飛ばない鳥は……ニワトリに失礼だな。しかし一つだけ問題がある」
「分かってる。……高速で動いている相手にどうやって接近するかだよな。シーラ、もっと高く。頭上から攻めよう」
「――了解」
「それなら、精神共有がギリギリ届くかもしれないな」
要はタイミングだ。
下の誰かと連絡を取り、ほんのわずかでもイタルラの動きを止めてくれれば、それでいい。
……そして、それまでは、相手に自分達の存在を勘付かれてはならない。
(――という訳だけど、キキョウ、何か手があるって?)
地上……否、川の中で、ナマズの面を被ったキキョウはシルバの作戦を聞いていた。
「うむ。ちょうどよいタイミングであった……なるほど、シルバ殿の狙いはよいと思う。某が何とかするので、合わせて欲しい」
(何するつもりか知らないけど、了解した。じゃあ、後で会おう)
「うむ」
シルバの意識が離れるのを感じ、浮遊感を感じながらキキョウは腕を組んだ。
「ふむー」
そして満足げに、大きく息を吐き出す。
「やはり、見ている者がいてくれていると、やる気が違うな、うむうむ」
(って、そんな呑気な事を言ってる場合じゃないぞ、キキョウ! 早く何とかしてくれ!)
途端、カナリーの絶叫が頭に響いてきた。
陸の方では怪鳥イタルラが突風を放ち、カナリーらを苦戦させているようだ。
「承知。では某が、そろそろあの怪鳥を止めるとしよう」
川底に手を付けると、キキョウは小さな地震を起こした。
正面のやや離れたところにある砲撃の巨人、ディッツの足がバランスを崩して揺らぐ。
しかし倒れず、川面を通して彼の目は、地震の源であるキキョウを見つけていた。
「さあ、来るがよい巨人よ。お主の全力、某にぶつけてみよ」
それが聞こえたのか、ディッツの股間、両太股、両膝、両ふくらはぎが展開し、幾つもの砲口が出現した。
そして間を置かず、その全ての砲口から水中用のミサイルが飛び出してきた。
その圧倒的な量からは、どう考えても回避は不可能。
キキョウは表情を変えず(といっても面を被ったままなので当然だが)、両腕を交差させて防御の構えを取った。
そして、水中でとてつもない爆発が巻き起こった。
巨大な水柱が、巨人とタイラン達の間に発生した。
「キ、キキョウさん!!」
岸辺にいた精霊体のタイランが、悲鳴を上げる。
それは怪鳥イタルラの舞う遥か上空、シーラの視界を共有していた、ちびシルバも同じだった。
だが、その表情はタイランの悲痛なモノとはまるで違う。
「――よし!」
話を聞いていたシルバは、グッと拳を固めた。
巨人ディッツの砲撃を受けた川底は、膨大な衝撃と熱量と乱流を生んでいた。
そしてそれらが、次第に一点に集中していく。
川の底を見下ろすディッツの視覚センサーは、その異常を確認していた。
だが、何が原因なのかが分からない。
その聴覚センサーに、小さく聞き取れる呟きが混じっていた。
ディッツは聴力の感度を上げてみた。
「大ナマズ……某も聞いた事がある。地震の原因という伝説のアヤカシ。そして同じ言い伝えを持つもう一つの生物が存在する。その名を『龍』という」
川の水の中で、大きな渦が生じていた。
そしてその渦に、ディッツのミサイルで作り出した破壊の力が、徐々に呑み込まれていく。
中心にいるのは、両腕で顔を防御している着物の剣士だ。
その、顔に当たる部分から、組木を動かすような、カシャリ、カシャリという音が響き渡る。
「ジェント全土を取り囲む長き胴を持つ巨大なアヤカシとも呼ばれるそれと大鯰は、元は一つ。鯉が滝に昇りその身を変えるが如く、大鯰も我が意思により等しく龍となる事は可能」
剣士の腕がゆっくりと下がり、そこから出現した仮面は、ナマズのモノではなかった。
鹿のような角、駱駝の頭部、鬼の瞳を持つそれを、東方では竜と呼ぶ。
「巨人よ、その膨大な力と量、我が変化の贄とさせてもらうぞ!」
竜面を被った剣士が腕を振るうと、荒れていた水流が一気に中心の渦に取り込まれた。
身体の半ばを水に浸けているディッツはたまらず、膝を屈してしまう。
「な、何だ……!?」
水面に生じた大きな渦に、カナリーは動揺していた。
いや、キキョウが何かをしたのは分かるが、その何かが分からないのだ。
そして、渦の中心から巨大な蛇のような水の尾が飛び出したかと思うと、徐々に水面は穏やかさを取り戻していった。
「ガガ……何カ昇ッテイッタ」
モンブラン十六号がそれを呑気に見送っているのを見て、カナリーもハッと我に返った。
「って、いや、それどころじゃない! こっちはチャンスだチャンス! 相手は動きを止めている! タイラン、モンブラン、タイミングを合わせてもらうよ!」
「は、はい!」
「ガガ! アイツヤッツケル!」
※次回は引き続き、川辺での戦い。
そろそろ決着予定です、はい。